野獣剣士ゴブレイナVS亜種
そもそもこのようなカオスな状況になったきっかけは、3つある中級者迷宮のうち2つの迷宮の心臓が、盗賊達に盗まれたことが発端なんだそうだ。
迷宮の心臓が盗まれたことで地上付近の崩壊が始まり、入口は完全に崩壊してしまったらしい。
「迷宮の心臓が無くなると、心臓から最も遠い所から迷宮の崩落が始まりますからね。完全崩落が始まる前に、サクラ聖教国の錬金術師達がなんとかしてくれたみたいなので、浅層の一部崩落のみで済んだみたいですけど」
サリッシュさんの話に、アイネスが補足するように説明しくれる。
「アイネスの言う通りだ。今回はサクラ聖教国の錬金術師達のおかげで被害が少なく済んだ方だが、万が一のことを考えれば街にかなりの被害を与えていた」
「でも、迷宮の心臓をおめおめと盗賊に盗まれた迷宮騎士団に対して、商人ギルドからかなりの抗議があったみたいですね」
「お陰さまで我々が責任を取る形で、左遷された迷宮騎士団の尻拭いでこちらに異動させられることになったんだ。団長命令で仕方なくとはいえ、部下達にも散々愚痴を言われて……まったく、盗賊共め。今度会ったら、どうしてくれようか」
そう言うと、サリッシュさんが獰猛な笑みを見せる。
もちろん、目は笑ってない。
おー、怖い怖い。
自業自得とは言え、サリッシュさんを怒らしたその盗賊達には、一生明るい未来は来なさそうだな。
「崩落した迷宮の入り口付近は、未だに魔素がうまく行き届いてなくてな。迷宮で生まれるはずの魔物達が、まだ出てこないそうだ。おかげで、餌場を失ったゴブリン達がここの迷宮に集まってるというのが1つ」
「1つ、他にも理由が?」
「旦那様、ここに来る時に話したことをお忘れですか? 本来、中級者迷宮の1階層から2階層は、商人ギルドが国から土地を借りて利用しています。しかし、今回の事件で2つの迷宮は、土地が利用できなくなりました。土地を無くした人達は、どうすると思いますか?」
あー、なんかそんな話を、アイネスがさっきしてたな。
「んー、他の土地を探す?」
「そうです。今は国の命令で特例として、他の2つの中級者迷宮が復活するまではという条件で、この迷宮の3階層と4階層の土地も商人ギルドに貸し出している状態なのです」
「へー」
「しかし、それだけでは他の使えなくなった4階層分は賄いきれなくてな。土地を貸し出すための抽選に漏れた者達は土地を使えなくて、今は商人ギルドからの休業手当だけで、厳しい生活をしているという話も聞いてる」
「旦那様。前に言ってた、ロリンの父親の話ですよ」
うーむ、なるほどねー。
使える土地には限りがあるから、こればっかりはどうしようもないな。
2階層分だけじゃ、4階層分は賄いきれないわな。
「今のアイネスが言っていた、3階層と4階層の土地も商人ギルドに貸し出しているのが2つ目の理由。そして、このゴブリンが餌を取るために活動しているのが、中級者迷宮の3階層から5階層と言えば、後は分かるな?」
「あー、なるほど」
「他の2つの迷宮の3階層から5階層にいたゴブリン達、それとこの迷宮の3階層から4階層にいた全てのゴブリン達が、この5階層に集中しているわけですね」
つまり8階層分のゴブリン達がここに集中してるわけか。
通常の9倍ってことか?
そりゃあー、こんだけワラワラ集まるわけだ。
「しかしこれだけいると、今度はゴブリン達の餌が賄いきれない。そうなると、目の前のような状況になるわけだ」
「それでゴブリン達が、餌を求めて戦争をしてるわけでありますか?」
「そういうことだ」
サリッシュさんの話に、アカネが納得したように頷く。
さすがの迷宮さんも、1階層だけで9階層分の食糧を作ることは難しいようですな。
「あいあいあー!」
あら、エルレイナさん。
お早いお帰りで。
予想していたより早くこっちに戻ってきたエルレイナが、2本のシミターを地面に勢いよく突き刺す。
背負っていたラウネ入りの背負い袋やシミターの鞘を身体から取り外すと、地面に放り投げた。
そしてすぐさま2本のシミターを引き抜くと、身軽になった状態を確認するようにシミターの素振りをしたり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりしている。
「あいあいあー!」
嬉々とした表情で一声奇声を上げると、ゴブリン軍団に向かって再び駆け出した。
まるでアトラクションに遊びに行く子供のように、スキップするかのような軽い足取りで、殺伐とした血生臭いゴブリンの海へと入って行った。
ようこそ、修羅の国、ゴブリンシーへ。
お客様1名入りましたー。
「うーむ。剣士となると、やはり獣戦士とは動きが違うな。私があれくらいの頃は、あそこまで動けてたかどうか……」
「さすが、副団長のお弟子さんですね。やっぱりこのぐらい小さい時から、あれくらいのことはできるようにならないと、副団長の弟子になるのは難しそうですね」
「世界は広いというやつだな。副団長は弟子を取らない主義かと思ってたが、今まで弟子入りを志願した者は、お眼鏡に適わなかっただけということか」
「この前、うちの入団試験を受けに来た若いのと、どっちが強いと思う?」
「難しいところですね。剣士と騎士では、得意とする分野が違うのでどちらが強いとは……。でも、騎士に転職する前の獣戦士だった新人と比べると、エルレイナの方が明らかに早いですし、強いのでは?」
「やっぱりお前もそう思うか? アレと正面から戦うとなると、私でも少し手こずりそうだな」
エルレイナが思ったより戦えると気づいたからか、女性騎士達も観戦モードに入っている。
しかも、サリッシュさんの弟子という嘘情報が混じってるせいか、エルレイナの評価が鰻登りだ。
「あいあいあー!」
おー、お帰りー。
ゴブリン狩りは、満喫できたかね?
長いこと暴れていたので、相当な数を切り裂いたのだろう。
全身を緑色に染めて、子供ゴブリンへの擬態に成功した、ちびゴブリンこと『野獣剣士ゴブレイナ』が帰ってきた。
今だ興奮が冷めやらないのか、鼻息がフーッフーッと荒れており、目をギラギラと光らせながらゴブリン達を睨んでいる。
『お帰りなさい、レイナ。これを食べて、少し休憩しなさい。慌てなくても、ゴブリンは逃げませんよ』
『はい、お姉様!』
興奮状態のエルレイナが、アクゥアから渡されたラウネを荒々しく齧り出した。
黙々とラウネを食すエルレイナの横で、アクゥアがエルレイナのシミターに付いた血糊を布で拭いている。
ゴブリンから視線を外さずにラウネをガツガツ食ってる所からして、まだまだ殺る気なんだろう。
お前は本当、元気だな。
「エルレイナがかなりの数を倒したはずですが、少しも減った気がしませんね?」
「目の前の2、30匹を倒した程度では、大して状況は変わらん。ここにいるだけでも100は軽く超えているだろうから、まずはそれくらいを蹴散らせないと前には進めんぞ」
「それは困りましたね。しばらくは、他の中級者迷宮が復活するまで、このゴブリンを相手にレベル上げをしてた方が良いのでしょうか?」
サリッシュさんの返答に、アイネスが眉根を寄せる。
「そこは心配しなくて良い。今日はお前達のパーティーがどれくらいできるかを試験する為に、ここの通路は誰も通してないだけだ。普段ならこの通路にも1小隊が先に入って、ゴブリン達を掃討しているから、昼頃には他の階層に移動出来るくらいにはなってるはずだ」
なるほど、そういうことか。
それなら安心して迷宮の攻略ができますな。
「さて、それでは試験を……ん?」
「グギャギャギャギャァアアアアア!」
突然ゴブリンの悲鳴にも近い、奇声が迷宮内に響き渡る。
それと同時にゴブリン達が何かから逃げるように、波が左右に引いていくかのように別れる。
何事ですか?
「ほう。まさか、あちらから来るとはな。エルレイナが派手に暴れたせいで、血の匂いに引き寄せられたか、それとも別の何かに引き寄せられたか……」
目を細めたサリッシュさんが、俺に視線を移す。
……何か?
「ハヤト、お前達はツイてるぞ」
ツイてる?
何がですか?
「今朝、部下から報告があってな。深夜の迷宮騎士団の見回りが少ない時に、商人ギルドに所属する者達が狩り場を求めて、5階層に入っていくのを目撃した者がいたらしい。しかもその者達は、まだ迷宮から帰ってきてない」
サリッシュさんが唐突に、脈略の無いような会話を始めながら視線を前に移す。
さっきまで散々我が物顔で暴れていたゴブリン達が、怯えるような様子で、壁に張り付くくらいに移動している。
誰もいなくなったその空いた道を、こちらへとゆっくりと歩を進める人影が1つ。
……探索者か?
ん? いや、何か様子がおかしいぞ。
「最近多いのだ。若い時は探索者として活動していたから、武器も持たぬゴブリンなど大したことないと侮る者達が。1匹1匹は弱いかもしれんが、これだけの数が一斉に襲ってくるとゴブリンとは言え、かなりの脅威だ。特に深夜は、部下達もほとんど迷宮にいないから、一気に新たな大勢のゴブリンが増える。だから、その集団にあたる可能性も高いと、いつも警告をしていると言うのに……」
腕を組んだサリッシュさんが、呆れたような台詞と溜め息を吐く。
アイネスの迷宮灯に照らされて現れたのは、緑の肌を持った1匹の逞しい肉体を持った大人ゴブリン。
だがその様相は、他のゴブリンとは明らかに異質だ。
せいぜい腰巻程度の他のゴブリン達とは違い、目の前のゴブリンは皮で加工された帯鎧を装備している。
腰には2本のシミターを帯剣しており、まるで探索者のようだ。
額の右側からは白い小さな角が生えており、目は他のゴブリンのような金色では無く、血のような紅い瞳。
「ゴブリンの亜種だ」
え?
何ですと!
エルレイナのようなネタでは無く、本物が来たんですか!?
「おそらくあの装備は、死んだ奴らから奪い取った物だろう。亜種になる魔物は、己より強者を倒してその肉を喰らうことで、上位種に進化した魔物と言われている。お前達が倒した、魔狼の亜種が現れた時のように、探索者から何人もの死者が出た時は、魔物の亜種も現れやすい」
「グギィ……」
先ほどの戦いで負傷したゴブリンだろうか。
ほふく前進のように、下半身を引きずりながら逃げようとするゴブリンの前に、ゴブリン亜種が歩み寄る。
次の瞬間、ゴブリン亜種が鞘からシミターを引き抜き、両手で握ったシミターを勢いよく振り抜いた。
それと同時に、宙を舞ったゴブリンの首が地面に転がる。
「グギャァア!」
ゴブリン亜種が首を無くしたゴブリンを「弱者はいらぬ!」と言わんばかりに、道の端に蹴り飛ばした。
更にもう1本のシミターを抜くと、こちらに睨みをきかす。
まるで「ここのゴブリン達では、俺を倒すには力不足だ。お前達、かかって来い!」といわんばかりの態度で、仁王立ちするゴブリン亜種。
ゴブリンの癖に生意気な奴め。
皆さん、やっておしまいなさい!
そんな脳内決め台詞を言いながら、悪魔騎士アズーラの後ろに身を隠す。
主にアイネスあたりから、冷たい視線と溜息が聞こえた気がしたが、気のせいだ!
「私の方から狩りに行くつもりだったが、あちらから来てくれたのなら好都合。せっかくだ、腕試しに誰か行くか?」
「サリィ! サリィ! あいあいあー!」
「師匠! 師匠! 私にやらして下さい!」と言わんばかりに、エルレイナが前に進み出る。
「だろうな。よし、行って来い」
「あいあいあー!」
いつの間にか師弟関係になっていたサリッシュさんが頷くと、エルレイナがゴブリン亜種に向かって歩み寄る。
ゴブリン軍団が遠巻きに眺める中、円陣の中心にいるゴブリン亜種の前まで行くと、不意に立ち止まった。
まるで、初めからここで会う運命だったといわんばかりに、静かに睨み合う野獣剣士達。
『エルレイナも成長したな。いつもなら、魔物がいたら即座に飛びかかっていたのに』
『サリッシュさんに沢山鍛えてもらったので、たぶんレイナも自分がどれだけ成長したか、試してみたいのでしょう。相手も二刀流ですしね。後ろから見てても、レイナの楽しそうな顔が目に浮かびますね』
クスクスと笑うアクゥアに、思わず俺もなるほどなと頷く。
こちらに背を向けたエルレイナの尻尾が左右に激しく揺れており、これから始まる戦いを楽しんでるというのがよく分かる。
さすが、戦闘民族な野獣姫だな。
「いつまでも、睨みあっていても始まらんぞ」
サリッシュさんが楽しそうな笑みを浮かべると、1枚の硬貨を取り出す。
それを親指と人差し指で挟むと、硬貨をエルレイナ達の方に向かって指で弾いた。
「さあ、エルレイナ。訓練の成果を見せて見ろ」
放たれた硬貨は放物線を描き、睨み合う両者の間へ吸い込まれるように落ちて行く。
地面に硬貨が跳ねる音がした瞬間、2本の剣を持った野獣剣士達が駆け抜けた。
「あいあいあー!」
「グギャギャギャー!」
互いの身体が交差すると、刃同士の衝突による金属音が迷宮内に響き渡る。
刃と刃が激しくぶつかり合う度に火花が飛び散り、迷宮内を明るく照らす。
「おー!」
「さすが、『紅銀狼の弟子』ですね」
大人ゴブリンの力強い攻撃にも怯むことなく、エルレイナが素早い動きで斬撃を捌くと、女性騎士達から感心したような歓声が起こる。
そのような激しい斬撃の応酬の中でも、野獣剣士達は楽しそうな笑みを浮かべている。
まるで剣劇をしているかのような、踊っているかのような動作で、両者が軽やかに宙を舞う。
それでも、最後に立っているのは勝者のみ。
今、野獣姫とゴブリン亜種による互いの生き残りを賭けた、戦いの幕は切って落とされた……。
「あいあいあー! あいあいあー!」
「グギャ!? グ、グギャー!」
「あっ、エルレイナ殿が押し始めたであります」
は、早いよ!?
折角カッコいい脳内ナレーションを流してあげてるんだから、もっと続けてくださいよ……。
『どうやら、飽きてきたみたいですね。サリッシュさんに比べると、あのゴブリンは大した技術を持ってません。一気に決めるつもりなのでしょう。所詮、力任せの素人剣術ですからね』
アカネとの訓練レベルの素早さになった途端に、後ずさりを始めだしたゴブリン亜種。
上下左右から来る猛攻に、防御するので手が一杯な様子だ。
「終わったな」
サリッシュさんの台詞と共に、エルレイナがさらに加速した。
「あいあいあぁああああ!」
サリッシュさんと真剣を使った訓練レベルの手捌きになった途端、ゴブリン亜種も流石についていけなくなったようだ。
俺の目では追い切れない斬撃の嵐に、剣で捌ききれなくなったゴブリン亜種の身体が、次々と斬り刻まれていく。
「グ、グギャァ……」
弱弱しい声と共に、膝から崩れ落ちたゴブリン亜種。
二本の剣も手から滑り落ち、完全に戦意喪失状態になってしまっている。
「あいあいあー!」
そのゴブリンの隣で、エルレイナが勢いよく横回転をする。
二本の剣による素早い回転斬りをして、ゴブリン亜種の喉元を何度も斬り裂いた。
ゴブリン亜種が、喉から大量の緑の血を撒き散らして、地面に崩れ落ちる。
「あいあいあー! あいあいあー! あい、あい、あぁああああ!」
剣を握り締めた拳を、高々と突き上げる野獣姫。
「ゴブリンの亜種、討ち取ったりー!」と言ってるのか迷宮内に喜びの雄叫びと、女性騎士達の拍手が響き渡った。




