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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第3章 束の間の休息

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初級者迷宮再訪

 

「あれ? サリッシュさん、なぜここに?」


 「あいあいあー!」の煩い誰かさんの奇声と共に目が覚めて、窓から外を覗くと見覚えのある顔があって驚く。

 昨日と同じように、真剣を使った実戦訓練をしているサリッシュさんとエルレイナ。

 今日は昨日とは違って、サリッシュさんは騎士装備に身を包んでいるが、なぜこんな朝から裏庭に顔を出してるのだろう?


 エルレイナとアカネの訓練に付き合っているサリッシュさんを眺めていると、アイネスが朝食の準備ができたと呼びに来たので1階の食堂に足を運ぶ。

 まだ朝食を食べてないというサリッシュさんもせっかくだからと招いて、皆と朝御飯を食べることにした。

 何やらサリッシュさんは終始難しそうな顔をしているけど、何かあったのだろうか?


「実はな、風呂を貸して欲しいのだ」

「お風呂? 朝風呂ですか? それでしたら、別に問題無いですが」

「いや、違うんだ。入るのは、私だけでは無いのだ……」

「どういうことですか?」


 朝食を一緒に食べた後、サリッシュさんにしては珍しく、腕を組んで悩む様な仕草を見せる。

 ようやく口を開いたら何とも歯切れの悪い感じで、部下達にも風呂を貸して欲しいと言い出したサリッシュさん。

 どうやら本人的には、気の進まない話のようだ。


「昨日話してた、急な人事異動があったという話を覚えているか?」

「はい、覚えてます」


 確かサリッシュさん達が前にいた街は女性騎士が大半だったので、騎士団の予算を装備より入浴施設に割きたいという意見が多く、他の騎士団と共同出資という形で寮の近くに入浴施設を作ってたんだよな。

 でも、こっちに来たら男性騎士のみが住んでいた為か、入浴施設の無い寮だったから女性騎士達から不満がでて、今年の予算で入浴施設を建てる話を団長と相談してるんだったよな。


「昨日寮に帰ったら、案の定と言うか部下達に問い詰められてな。1人2人ならまだ良かったのだが、うちの騎士団は犬族で編成された鼻がとても良い者達の集まりだからな。そのな……」


 あー、何となく想像できた。

 温泉の独特の匂いを消すために、特に良い匂いのする高級石鹸を使って帰りましたからね。

 しかも、温泉の効果でお肌も若干スベスベになってましたしね。

 いろいろ根掘り葉掘り聞かれたんだろうな。

 

「さすがに100人を超えるとな」

「えっと、確か第13騎士団には、1000人くらいの女性騎士が在籍してるはずじゃあ……」

「……フッ。人生とは、ままならぬものだな」


 アイネスの台詞に、なぜかサリッシュさんが遠い目をして、ついには人生観を語り始めた。

 ……まさか!?

 確か昨日の話だとサリッシュさんのいる第13騎士団は、女性騎士の中でもトップクラスの精鋭が集まった騎士団だと聞いてたけど……あー、そういうことか。

 さすがに精鋭騎士1000人を1人で相手をするのは、『紅銀狼』の2つ名を持つサリッシュさんでも無理だったか。


「女性騎士とは言え、ある程度の割り切りはできている。初めから無いと言われれば諦めがつくが、それがあると分かってしまえば状況が変わる。今回は団長命令とはいえ、急な人事異動で部下達の中でもそれなりに、不満が溜まっている者達がいるようなのだ。まったく、お嬢も現場の厄介事を全て私に押しつけおって……」


 サリッシュさんが額に組んだ手を当てながら、困ったように眉根を寄せる。

 アイネスがしばし考えるような仕草をした後、俺をチラリと見る。


「条件次第、と言うことであればなんですけど」

「うむ。言ってくれ」


 俺が頷くと、アイネスがサリッシュさんに提案を始めた。

 昨日もまる1日サリッシュさんには世話になったし、人助けと思って協力してあげますかね。


「なるほど、その条件でかまわん。ひとまず、新しい入浴施設ができるまでの時間が稼げて、部下達の不満が少しでも抑えられたら問題無い。団長にも少し話したんだがな。ここの温泉とやらにも興味があるんだ。湯を暖めるための高価な魔道具を買わずにすむのなら、この近くに騎士用の入浴施設を建てるのでも構わないかなとも考えているんだ。実際に部下が温泉を使った感想も、聞いておきたいと思ってな」


 サリッシュさんやアイネスの話から推測すると、湯を安全に温める魔道具付きの風呂ってかなり高いみたいだしな。

 魔力を大量に保有している優秀な魔法使いがいない場合は、探索者から回収した大量の魔素を使って加工した、高価な魔石を使うしかないんだっけ?

 魔石は、うちみたいな魔力が常に発生する永続型の迷宮の心臓じゃなく、消費型の毎回補充タイプみたいだし、お金が大量にある貴族じゃなければ維持費が大変なんだろうな。

 魔法使いを雇うにしても、わざわざお湯を温めるために大量の魔力を使い捨て出来る程の優秀な魔法使いは少ないみたいだしね。

 サリッシュさんが前にいた所も時間制限をしてお湯の利用をしてたみたいだし、魔剣士であるサリッシュさんも維持費削減のために、よく自分の魔力を使って手伝ってたようだしな。


 侍女経験のあるアイネス曰く、貴族以外の平民が温かいお風呂に好きな時間に入れて、使いたいだけお湯が使えるのはかなり贅沢な事みたいだ。

 アイネスが貴族の所に奉公に出ていた頃は、侍女が入れないお風呂に入る為に、仲の良かったお嬢様のお手伝いという名目でちゃっかり一緒に入ってたみたいだからな。

 さすが抜け目ない兎娘である。

 

 まあ1000人が入る大入浴施設だと金がかかりそうだし、それだけの人数が使う魔道具付きの風呂となるとどれだけの費用がかかるか分からないし、できるだけ経費削減をしたいのは分からなくはないが……。

 とりあえず1000人がいきなり一斉に来られても困るので、人数制限はしてもらうことにした。


「大丈夫だ、来るとしても1分隊の6人くらいだ。1000はありえん。それはさすがに、私でも分かっている。いくらなんでも、そこまで無茶は言わんさ。はぁー……。しかし、今日はその1分隊を決めるので、まる1日は揉めそうだな……」


 サリッシュさんがお茶を飲みながら再び遠い目をするが、こればっかりは頑張って下さいとしか言いようが無い。


 朝食を食べ終え、迷宮へ出掛ける準備を済ますと家を出る。

 サリッシュさんは先に行ってしまったので、道中でいつものようにロリンをご両親に預けて迷宮に向かう。

 さてさて、魔狼の亜種と遭遇して以来の久しぶりな初級者迷宮ですが、転職した皆さんの実力を見せてもらいましょうかね。

 

「うしゃぎ! うしゃぎ! あいあいあー!」

 

 迷宮に潜った瞬間、一角兎を見つけたエルレイナが即座に反応して駆け出した。

 剣士に転職したせいか、いつも以上の素早さで耳を掴む余裕まで見せて、自慢げな表情で捕まえた一角兎を差し出す狐娘。

 

「アカネ! アカネ! うしゃぎ!」

「エルレイナ殿、今日は兎を取らないでありますよ」

「あいあいあ?」

 

 捕まえた一角兎の長い耳を掴んだ状態で、不思議そうな表情でアカネを見つめる。

 アカネがいつものクーラーボックスを肩に提げてないのに気付いたのか、首を傾げるエルレイナ。


「スンスン……エルレイナ殿、ラウネがあるであります!」

「!? ラウネ! ラウネ! あいあいあー!」

 

 大好物の名前を聞いた途端に一角兎を放り投げ、アカネと一緒に駆け出すエルレイナ。

 宙を舞った一角兎をアクゥアが受け止めると、それを地面に置いた。

 一角兎が逃げるように迷宮の奥へと走って行った。

 

 アカネは上手くエルレイナを誘導したな。

 まあエルレイナに、「市場の解体済二角兎肉を買うように決めたから、今日から迷宮内でアカネはクーラーボックスを持ち歩く必要は無くなった」と説明しても「あいあいあ?」と首を傾げるだけだろうからな。

 これからは食べ物をアイヤー店長の所で買うようになるから、食費を頑張って中級者迷宮で稼がないといけないがね。

 

 ラウネの葉を刈る必要も無くなったので、アカネがそのままラウネを地面から引き抜くとエルレイナに渡す。

 いつもと違う葉っぱ付きのラウネに一瞬エルレイナが硬直するが、すぐに齧り出した。

 

 エルレイナが大人しくラウネを齧ってる間、アイネスが作業を始めるために、ローブの中にある腰ベルトにメイスを挿した。

 雑貨屋で買ったランタンもどきである迷宮灯の厚底を開けると、輝石と呼ばれる拳サイズの石を取り出す。

 アイネスが魔力を流し込んだ事によって、輝石が眩しいくらいに輝き出した。

 その輝石を再び迷宮灯の中に放り込む。

 

 迷宮灯の外側を覆ってる筒の下半分を上にスライドすることによって、光が漏れ出して薄暗い迷宮内が明るく照らされる。

 上にスライドさせた上部をもう1度下にスライドさせると光が漏れなくなり、迷宮内が光苔のみで照らされる薄暗い状態になった。

 

「いけそうですね」

 

 アイネスが迷宮灯の具合を確認して1つ頷くと、前方を照らすように迷宮灯を持ち歩く。

 「輝石は魔力を一度、目一杯流し込めば半日は光り続けるネ!」とアイヤー店長も言ってたから、これで当分は問題無いだろう。

 迷宮灯の底をいじることによって、懐中電灯代わりとして奥も照らせる。

 1つ1万セシリルする高い魔道具だが、これがあれば暗い場所でもかなり助かる。


「目一杯注ごうとすると、雷気線エレキライン1回分の魔力量を消費するといったところですかね?」


 目を瞑ると心臓部分に自分の手を当てて、アイネスが感覚を掴もうとするような仕草を見せる。

 木の棒の先を燃やして松明代わりにするのも雑貨屋にあったが、せっかく他の人よりも魔力を持ってる魔法使いがいるんだから、こっちにした方が効率的だよね。

 

 エルレイナの食事も終わったようなので、迷宮探索を再開する。

 さて、中級者迷宮を想定して探索をしてみましょうかね。

 今日は兎肉を取る予定も無いので、アカネの先導のもとそのままゴブリンを探して前進する。


 しばらくすると子供ゴブリンの集団を発見した。

 今回は迷宮灯を使って迷宮内を照らしながら移動しているので、あちらの方が先に気付いてしまったようだ。

 ゴブリン達が、迷宮灯に照らされた俺達に警戒している。


 「早く逃げたほうが良いよ」と心の中で呟く前に、いきなり暗闇から颯爽と現れた獣人がゴブリン達に襲いかかった。

 

「あいあいあー! あいあいあー!」

 

 黒い装甲に身を包んだ野獣姫が、2本の黒いシミターを素早く振り回して次々とゴブリンの首を跳ね飛ばしていく。

 俺達に警戒し過ぎていた為か、予期せぬ闇からの襲撃と次々に仲間が狩られていく状況に、パニック状態に陥ったゴブリン達が我先にと逃げ出す。

 

 3日間もゴブリン狩りのお預けをくらった為か、今まで溜めていたうっぷんを晴らすかの如く、エルレイナが大暴れしている。

 ゴブリン達にとってそのさまは、さながら自分達を冥土に送る黒い死神に見えていることだろう。


 相変わらずのひどい惨状は見なかったことにするとして……うむ、なかなかに良さげではないのかね?

 剣士に転職したことによる腕力の職業補正が大きく効いているのか、転職前の両手で持ってるかのような感覚で、黒シミターを片手で勢いよく振り回している。

 

「あいあいあー! あいあいあー!」

 

 「ヒャッハー! 試し切りしまくりだぜぇ!」と言いたいのか、ゴブリンの亜種に間違えられそうな勢いで、いつもの如く返り血で身体が緑に染まり出した狐娘。

 予想以上の斬れ味に野獣姫も大興奮のようである。

 そんなに大暴れして、また迷宮騎士団に通報されても知らんぞ?

 

「こりゃあ、当分は俺達の出番はなさそうだな」

「仕方ないですわね。もう少し降りてみたら、2人にも出番があると思いますよ」

「むー、もうちょっと我慢するであります」


 やっぱりアカネも新装備の性能を試したいのか、鞘に入れた黒鉄製ロングソードを素振りしながら若干不満そうな表情を見せる。

 次々と現れるゴブリン達が、野獣姫の前にいとも容易く屠られていく。

 迷宮内を緑に染めていくエルレイナに先導されながら、迷宮の奥へ奥へと進んでいく。

 

「獣人の副職補正も効いてるはずですし、エルレイナは問題無さそうですね」

「アイネス。副職補正って何?」

 

 ぼそりと呟いた兎娘の言葉に疑問を持ったので尋ねてみると、アイネスが溜息をつく。

 「ちょっと待って下さいね。説明しますから」と面倒くさそうな表情をすると、パーティーの歩みを止めていつもの目を瞑る仕草をする。

 

 ゴブリンをようやく沢山狩れて上機嫌のエルレイナが、迷宮内で拾ったラウネを転がして遊んでいると、しばらくしてアイネスが目を開いた。

 パーティーの歩みを再開すると、アイネスが口を開く。

 

「さて、今回は補正の話となりますが、前回お話した探索者職業の職業補正の話は覚えてますか?」

「えーと、職業毎に一部の能力が向上するだっけ? 剣士の場合は、腕力が大きく補正されるだったかな?」

「自信なさげに答えるのはアレですが、旦那様なのでまあ仕方ないですね。さて、探索者職業に転職した時に得られる補正ですが、厳密には3つの分類に分けられます」

 

 アイネスが俺に見せるように指を1本立てる。

 

「まず、基本職業の補正となる一般的には職業補正と呼ばれるものが1つ。次に経験値や職業補正は得られませんが、身体能力と魔力の引継ぎや取得可能な呪文を使うことができる副職補正と呼ばれるものが1つ」

「すまん、アイネス。基本職業と副職業って何?」

 

 どうしても気になった言葉を尋ねると、アイネスが目に見えて冷めた目で俺を見る。

 ギルドカードで皆のステータス情報を確認した時に、なんとなく名前からイメージはできるけど、こっちの世界ではもしかしたら意味合いが違うかもしれいないじゃないか。

 『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』になるかもしれないから、念の為に聞いたんだけどな。

 

 アイネスの言いたい事は分かるよ。

 「何で探索者ギルドへ最初に訪問した時に、そんな初歩的な事を聞いてなかったの?」と言いたいんだろ。

 俺は一気に説明されても覚えられないタイプだから、後で疑問に思ったことを掻い摘んで聞こうと思ってたからだよ。

 

「はぁー。基本職業と副職業と言うのは、探索者職業に転職できる枠のような物と考えて下さい。1人が転職できる枠は4つまでです。基本職業が1つ、副職業が3つです。この2つには、先程言ったように経験値が取得できるかということと、補正の支援効果に大きな違いがあります」

「なるほど」

「エルレイナは基本職業を剣士にしました。それと、副職業の1つにもともとの基本職業である獣人を転職させました。なので、獣人としてレベル15まで上げた身体能力が上乗せされているだろうと言う意味で、先ほど副職補正も効いてるはずと言ったのです。ここまで宜しいですか?」


 俺が頷くと、アイネスが3本目の指を立てる。


「少し脱線しましたが、最後の3つ目の補正がパーティー補正と呼ばれる基本職業にのみ適用される補正です。今の私達にはあまり関係無い補正ですが、一応説明しておきますね。これは上級職業になった者が、パーティー申請した仲間に対してする支援補正です。例えば忍者なら反射神経や俊敏、後は隠密の能力が大きく向上する支援効果が仲間に得られます」

「へー」

「そう聞くと、初級職業や中級職業には意味が無い話のように思えますよね。実はパーティー補正には、3段階あるのです」

「3段階?」

「はい。上級職業限定のパーティー補正の下位にあたる重複補正ですね。これは同じ基本職業の者が5人以上パーティー申請されていれば、条件解放されるパーティー補正です。これが条件解放されれば、初級職業や中級職業でも支援効果が得られます」

 

 なんか段々ややこしくなってきたな。

 探索者職業には、基本職業と副職業の異なる2つの補正があって、更に3つ目のパーティー補正と呼ばれる仲間を支援する補正もあると。

 パーティー補正は上級職業限定なんだけど、実は重複補正と呼ばれる下位補正もあるよと。

 重複補正になると、同じ基本職業の人が5人以上パーティー申請されていれば、初級職業や中級職業でも支援効果が得られるようになるんだと。

 

 うん、確かに今の俺達にはパーティー補正の恩恵を受ける要素が見当たらんな。


「まあ、これはマルシェルさんの日記に書かれた補正についての話を、旦那様に分かり易いように纏めただけなんですけどね」


 今ので分かり易くした方なのか、結構ついていくのがキツかったです。

 アイネスは、本当にどんな頭の構造をしてるんだろう。


「あれ? パーティー補正には3段階あるって言ってたけど、一番上のやつの話はしたっけ?」

「あー、加護補正ですね。複数の上級職業のパーティー補正を混ぜたようなとても凄い補正ですが、それを取得するための条件が厳し過ぎるので、今の私達がその補正を手に入れるのは不可能です。なので気にする必要は無いですね。今は覚えなくて良いですよ。……アズーラ、何を笑ってるのですか?」

「あん? 俺、笑ってたか?」


 いつの間にか俺達のすぐ後ろを歩いていたアズーラに、アイネスが振り返って睨むような視線を浴びせる。

 ていうかいきなり悪魔騎士が視界に入ると、かなりびっくりするのですが……。

 迷宮灯で下からライトアップされてるせいか、余計に悪魔兜が際立って怖いです。


「ええ、鼻で小さく笑ってましたね。何か私の説明に、おかしなとこでもありましたか?」

「いんや。無いな」


 それだけ言うと、何やらご機嫌な様子で口笛を吹きながらアズーラが離れていく。

 アイネスがその様子を腑に落ちないような表情で見つめるが、すぐに視線を俺に戻す。


「探索者職業の補正の話はこれくらいにして、私も実験したいことがあるのですが宜しいですか?」

「何?」


 新しく修得した魔法の実験をしたいから、アイネスにゴブリンを1匹捕まえてきて欲しいと言われる。

 俺があのヒャッハーやってる野獣姫の中に混ざるのは当然無理なので、アクゥア先生にお願いすることにした。


『……だそうだ。お願いしても良いか?』

『はい、分かりました。1匹捕まえてくれば良いのですね?』

『うむ』


 アカネが新たなゴブリン集団を見つけると、すぐさまエルレイナが駆け出す。

 エルレイナに襲撃され、野獣姫から逃げようとした1匹がアクゥアに捕獲された。

 アクゥアがゴブリンの首根っこを掴み、ジタバタするゴブリンを引き摺ずりながらこっちにやってくる。

 不良牛娘並みの腕力を持つアクゥアにとっては、子供ゴブリンは大した重さに感じてないみたいだな。

 

 俺達に囲まれて、怯えるようにこちらの様子を見る子供ゴブリンの前に、アイネスが歩み寄る。


風槌エアハンマー!」


 兎耳魔法使いが右手を大きく振りかぶって、勢いよくゴブリン目掛けて平手打ちをする。

 まるで不良牛娘に棘メイスのフルスイングで殴られたかのような打撃音が、迷宮内を盛大に響き渡る。

 ゴブリンが宙を舞って、綺麗な放物線を描いて地面を数度バウンドした。

 ピクピクとゴブリンが痙攣して、しばらくすると動かなくなった。


 何その強烈なビンタは……。


 えーと、痴漢対策にはバッチリそうだね!

 電車内で中学生服を着た兎耳少女に痴漢をしたおじさんが、即座に強烈な風魔法ビンタを食らって、窓を突き破ってダイナミック退場するイメージが簡単に想像できて、戦慄を覚えましたよ!

 お願いだから、俺には普通のビンタでお願いしますね。

 死ぬから……いやマジで。


「これはなかなか使えそうですわね。魔力量の消費が雷気線エレキラインの倍近くあるのと、魔物と接近戦になった時しか使えないのが厄介ですが、これくらいの威力があれば魔狼に近づかれても逃げる時間を稼げそうですし」


 満足気な表情で、自分の手の平を眺めるアイネス。

 ついにパワーファイターがもう1人増えましたか。

 

「でも、この消費量だと今は1日2回程度しか……旦那様、なぜ逃げるのですか?」

「な、なんとなく……」

「フフフ。分かってるとは思いますが、私に妙なことをしたら即座に風槌エアハンマーを使わせてもらいますからね」


 あんな恐ろしい物を見せられて、妙な事なんてするわけねーだろ。

 

「ほらほら、私達が離れるとアクゥアが守りづらくなります。私のすぐ近くを歩いて下さい」

 

 新しい強力な武器を手に入れたためか、素敵な笑顔でぐいぐいと俺に近づいてくるアイネス。

 兎耳美少女と並んで歩けると言われても、嬉しさをまったく感じない経験というのも珍しいな。

 俺は戦々恐々と言った感じで、渋々アイネスの隣を歩くことにした。

 

 アイネスの新魔法の実験も終わり、エルレイナにゴブリンを掃討してもらいながら迷宮の奥へと順調に足を進める。

 3階層まであっという間に辿り着くと、前を先導していたアカネがふいに立ち止まる。

 

「山犬が来るであります!」

「あいあいあー!」

 

 アカネが待ってましたとばかりに、鞘から黒鉄製ロングソードを勢いよく引き抜く。

 ゴブリン狩りを堪能して、少し落ち着いてきだした野獣姫も鞘から2本のシミターを引き抜き、舌なめずりをしそうな獰猛な笑みを浮かべて待ち構える。

 エルレイナさん……その表情はどうなんですかね?

 いや、確かに魔物を倒すような戦奴隷にはそれくらいのS属性が必要だと思いますが、エルレイナの表情を見ていると妙に不安になるなー。


 迷宮の奥から現れた山犬が、こっちに向かって走ってくる。

 山犬は全部で6匹か、おそらく後からコボルトも暗闇に紛れてやってくるのだろう。

 

「エルレイナ殿、行くであります!」

「アカネ! あいあいあー!」

 

 最近妙に仲の良いアカネとエルレイナの2人が、山犬達に駆け寄る。

 6匹の山犬と2匹の獣人の激しい乱戦が繰り広げられる。

 

 山犬達を相手しているエルレイナとアカネを横目に、アイネスが迷宮灯の外底を外す。

 懐中電灯代わりに迷宮内を照らしていくと目的の魔物を発見した。

 

「いましたね」


 迷宮灯の灯りに照らされて、犬の顔を持った魔物がキョトンとした顔をしてこちらを見ている。

 エルレイナ達を邪魔するつもりだったのか、手には石のような物と木の先を尖らせた棒を握り締めている。

 

「あいあいあー!」

「キャイン!」

 

 エルレイナがすかさず懐から1本の投擲ナイフを取り出すと、アクゥアを真似るようにしてナイフを投げた。

 視界からコボルトが消えたので、たぶんコボルトに命中したのだろう。

 朝の投擲ナイフを投げる練習の成果が出始めてるね。


『頭では無かったですが、胸に当たったみたいですね。頭に当てれるようになるには、まだまだ練習が必要そうですけど……。でも、動く的に当てれたのは大きな進歩です。後で褒めないといけませんね』


 夜目だけでなく、動体視力も良いアクゥアが俺に状況を伝えてくれる。

 出来の悪い妹の成長を喜ぶような感想を述べる黒猫お姉様。

 いや、ちゃんと目的の物に当てるだけでも俺は大したものだと思うのですが。

 えーと……この距離から投げて、脳天に百発百中できるのはアクゥア先生ぐらいのものですよ?


「あいあいあー!」


 エルレイナが近づいてきた山犬を1匹シミターで斬り飛ばすと、両手で握りしめたシミターで止めを刺した。

 投擲ナイフを投げるために地面に刺していたシミターを引き抜いた後、コボルトに止めを刺すつもりなのか迷宮の奥へ走って行った。

 なんかエルレイナの行動パターンが、だんだんアクゥアに似てきたな。

 アクゥアを教育担当者にしたのは正解だったようだ。

 

 エルレイナがいなくなった戦場で、残る2匹の山犬に囲まれる狼娘。

 2匹の山犬が、同時にアカネに襲い掛かる。

 

「エルレイナ殿の動きに比べたら、遅すぎるであります!」


 黒鉄製の長剣を両手でしっかりと握り締め、痩せた身体に見合わぬ力強さで両手剣を振り回す狼娘。

 シミターよりもごつい西洋剣を思わすロングソードで、斬るというよりは叩き斬ると言う動きで山犬達を斬り飛ばしていく。

 さっきから見ていたが、いろんな方向から飛び掛って来る山犬達にもしっかり対処している。

 獣戦士に転職したのもあると思うが、足の速い獣娘達と模擬戦を繰り返した成果が出てきてますな。

 

 すんばらしぃ!

 

 エルレイナとアカネのコンビプレーによる活躍で、3階層の山犬達も問題無く倒すことが確認できた。

 4階層に移動する前に昼食を食べておこうということで、適当な小部屋へと移動する。

 

「今日はロリンと早起きしてお弁当を作ってきました。お店の物に負けないくらいに、美味しくなってると思いますよ」


 アイネスが自慢気な表情で、サンドイッチの入ったバスケットを開く。

 最近は食材を市場の物で買い揃えているので、節約の為にも料理上手なアイネスがお昼御飯を作ってくれたようである。

 アカネだけは、アイネス特製の肉弁当を美味しそうに頬張っている。

 どうやら市販の携帯弁当よりもアイネスの肉料理の方が上らしく、ロリン家用の報酬肉を焼く片手間にアカネの弁当も作ってくれたみたいだな。

 アズーラは早朝訓練のために早起きしたためか、昼飯を取らずに壁へ背を預けるようにして座ると、棘メイスを腕で抱えるようにしてすぐに昼寝を始めた。


 昼休憩を兼ねた昼食を終えると、次の戦場を4階層に移す。

 

 さて、次は狼が相手かと移動してみれば、どこか見覚えのあるシチュエーションになってしまいましたね。

 そう思って、俺達を取り囲む沢山の狼達を見渡す。

 今回はアイネスの迷宮灯があるおかげで、暗闇に誘い込まれてもかなりの数の狼を視認できる。

 これは何十匹いるのでしょうか?


「ようやく俺の出番かと思ったら、これかよ。めんどくせぇけど、しゃあねぇなー」


 棘メイスを肩に担ぎながら、ついに3人目の悪魔騎士がゆっくりと前線に出る。


「よぉしてめぇら、肉塊になりたい奴から、前に出ろやぁあああ!」

「オォーン!」


 アズーラの啖呵を切るような台詞に、最前線にいる狼が遠吠えをする。

 それが合図だったのか、狼の群れがアズーラに向かって殺到した。


 獣戦士に転職したことによる職業補正の賜物か、それとも紛い物ではない新しい迷宮装備に変えたおかげか、はたまた元々実力を隠していたのか。

 転職前以上にキレのある動きで、漆黒の悪魔騎士が棘メイスを振り回し、駆け寄ってくる狼達を次々と屠っていく。

 離れた所にいる狼は棘メイスで殴り飛ばし、近づいてきた者にはひじや膝蹴りを使った多彩な攻撃を見せる。

 時にはアクゥアとの早朝組手でも見せた空中を舞うような、回転するような動きの闘牛術も混ぜながら狼達に強烈な蹴りも食らわせる。

 

 悪魔騎士が子犬とじゃれあってるかのような光景が繰り広げられ、アズーラに飛び掛った獣達が、蠅叩きの如く次々と叩き落されていく。

 

 見ろ、狼が子犬のようだー。

 思わず異世界ネタを挟んでしまうくらいに、悪魔騎士が大暴れしている。

 

 まるで黒い竜巻だね。

 もうアズーラさんったら、強いじゃないですかー。

 最初から本気出しといて下さいよ。

 

 悪魔騎士に恐れをなしたのか、最前線で大活躍しているアズーラの横を何匹かの狼達が通り抜けてやってくる。

 それを待ってましたとばかりに、エルレイナとアカネが迎え撃つ。

 狼達は数で押し潰すつもりだったのかもしれないが、前衛の3人組が大奮戦してくれてるおかげで均衡は保たれている。

 

「キャイン!」


 突然に背後から情けない声がしたかと思うと、身体に傷を負った狼達がアイネスの迷宮灯の光に照らされて俺達の横を通り過ぎて行った。

 おそらく闇に紛れて俺達の不意を突くつもりだったんだろうが、夜目の利くアクゥア先生にすぐさま狩られてしまったようだ。

 深手を負ってよろめくように走る狼達が、足の速い野獣姫に補足されて即座に2本の刃によって地に伏した。

 我がパーティーには、前衛3人組以上に強い黒猫娘が用心棒をしてくれてるので、後衛組の俺達にはかなりの安心感がありますね。

 

「アカネ!」

 

 アイネスの不安そうな声に振り向くと、アカネの腕に狼が牙を立てて噛み付いている。

 さすがにスタミナが切れだしたのか、動きが遅くなったアカネが狼に捕まってしまったようだ。


『大丈夫です、アイネスさん』


 アイネスが援護をしようかと魔法を放つような構えを見せていたが、いつの間にかアクゥアが俺達の前に現れてそれを制止する。


『あの籠手は硬い皮でできてますし、アカネさんは中に鎖帷子を着てるのでアレくらいでは傷つきませんよ。それに……』


 アカネがロングソードを地面に突き刺すと、空いた腕を狼の胴体の下に差込んで、狼を抱きこむような体勢になる。

 

「狼のくせに……」

『剣術指導をやっていて気付きましたが、アカネさんは意外と力持ちですしね』

「おおー、マジかよ……」

 

 アクゥアの台詞と共に、アカネの両腕に持ち上げられるようにして狼の身体がフワリと浮く。

 

「生意気であります!」

 

 痩せた身体に似合わない腕力で持ち上げられた狼がそのまま放り投げられ、地面に激しく叩きつけられた。

 まあ、魔狼の亜種の足を斬り飛ばすくらいのことはできる狼人だから、これくらいはわけないか。

 獣戦士にも転職したしね。

 

「キャイン! キャイン!」

「あいあいあー!」

 

 その衝撃には流石に耐えられなかったのか、情けない声をあげながら狼がアカネから逃げ出した。

 しかし、野獣姫がパニック状態になった獲物を逃がすわけがなく、すぐさま2つの刃の餌食となった。

 

「あっ、狼達が……」

『どうやら終わりのようですね』

 

 集団で襲ったのに予想以上の反撃を食らって勝ち目が無いと悟ったのか、狼達が突然に退却を始める。

 

「あいあいあー!」

『レイナ、追っては駄目です! 戻ってきなさい!』

『はい、お姉様!』

「何匹か逃がしてしまいましたね」

 

 最前線にいたアズーラがこっちに戻ってくると、壁に背を預けるような体勢になって地べたに座り込んだ。

 さすがにあれだけ激しく動くとかなりのスタミナを消費するのか、悪魔兜を取り外すと目に見えて疲労困憊な、汗だくの顔が現れた。

 全身鎧は文字通り全身を硬い鉄で覆い、肌の露出部分がほとんど無くなるが、その分激しい運動をするのにはかなりの体力がいるみたいだからな。

 黒鉄は普通の鉄よりも軽いとは言うが、体力の無い俺には絶対無理だな。

 

「やっぱ、コレを着けたままで、闘牛術を使うのは、ちとキツイな……」

「アジュ! アジュ! あいあいあー!」


 いつも適当で面倒臭がり屋な不良牛娘が、格好良く狼達を撃退したのを見て感動したのか、エルレイナが尻尾を振りながらアズーラの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 確かにさっきのはカッコ良かったな。

 普段チャラい奴が、ここぞという時に頼りになる姿を見せられるとグッとくる物があるな。

 これがいわゆるギャップ燃えという奴だな。

 残念ながら相手が悪魔騎士なので、萌えると言うことは無い。


「なんだよアジュって……。アズーラ、だろ?」

「アジュ? あじゅ、あじゅー、……あじゅーりゃ?」


 アズーラはエルレイナ的に言いにくいのか、首を傾げながら変な名前を繰り返し呟く狐娘。

 それを見てウホウホ狐娘には無理だと悟ったのか、アズーラが諦めたような表情で大きくため息を吐く。


「……もう良いよ。アジュで」

「アジュ! アジュ! あいあいあー!」

「獣戦士ってすごいんだな。俺には、そんな重そうな鎧を着てあそこまで動ける自信はないな。さすが牛人だな」

「え? あ、いや、獣戦士が凄いって言うか……あー、まあ、そんな感じだな」


 アズーラが何かを説明しようとするが、なんか面倒くさくなって途中で説明を放棄したように見えたが……まあいっか。

 それにしても、ここまで強くなったのなら、中級者迷宮とやらもイケるんじゃないのか?


 その後も休憩を挟みながら何度か狼達と交戦したが、通常の4、5匹程度の狼達だと転職した前衛3人組の相手には大してならなかった。

 俺達が派手に暴れ過ぎたせいか途中から狼達が寄ってこなくなり、5階層は魔物と会うことなく迷宮神殿に到着してしまった。

 5階層は魔物と出会わなかったために、休みなく無駄にかなり広い範囲を歩いたので、迷宮神殿で一度休憩を取ることにした。


「マルシェルさんの日記に書かれてたのですが、狼は他の魔物に比べて、危機察知能力が高いみたいですね。初級者迷宮では一番稼ぎが良い魔物ですが、相手が強いと分かると近づいてこなくなるみたいです。今日は大きな群れを倒したので、もう狼と戦うのは無理かもしれませんね」

「なるほどね」

「今回の探索で、皆さんが予想以上に強くなってるのが分かりましたし、初級者迷宮は卒業しても問題無さそうですね。明日から、中級者迷宮に挑戦してみましょう」

「帰りも、歩いて帰る?」

「いいえ。帰りも魔物と会えない可能性も高いので、無駄に終わりそうですし、今日は転移石を使って帰りましょう」


 アイネスがおもむろにローブの胸元を開くと、メイド服に覆われた素敵な谷間が現れる。

 相変わらず、14歳にしては大きいのぉー。

 そんな良からぬ事を考えてたら、すぐさま膝を強く抓られた。

 

「アイネス、痛い……」

「学習するということができない馬鹿猿には、当然の結果です」

 

 首から提げていた蒼いペンダントのような物を、指で摘むように持ちながらご主人様を睨む兎娘。

 そんなこと言われましても……。

 可愛くて胸が大きな女性に、誘うように胸元を開けられたら、普通の男は条件反射的にエロイ反応をすると思うのです。

 俺に悟りを開いて、賢者になれとでも言うのですか?


「それにしても、これが100万セシリルもするとは驚きですね。」

「え? それ100万もするの!?」

「みたいですね。転移門の技術を携帯できるくらいに小さくする技術というのは、かなりの価値があるみたいですよ。ちなみに、悪用しようとしても、この大陸の人には到底解読不能な技術らしいですね。サクラ聖教国の特に優秀な錬金術士以外に、細工は不可能らしいです」


 不思議な文様が描かれた装飾品を、マジマジと見つめながらアイネスが呟く。

 俺も転移石をじっと見るフリをしながら、さりげなく谷間をチラ見する。


「ッ!? アイネスさん、痛いです……」

「マルシェルさんの日記に書かれてたのですが、この転移の技術はサクラ聖教国だけが持つことを許された、『神書』と呼ばれる書物に書かれた内容を応用した技術らしいですね。本人のレベルを調べられる魔道具然り、ギルドカードや魔吸石に奴隷の従属の首輪という魔道具等、高度な魔道具の起源はその『神書』にあるらしいですね。そして、世界一の技術力を誇るサクラ聖教国でも詳細に解明できない秘術の数々が、その『神書』の中には記されているそうですね」


 ご主人様の問い掛けを完全に無視して、マルシェルさん日記に書かれたうんちくを語ってくれるアイネス。

 だが今の俺には、この膝に走り続ける痛みにひたすら悶絶するしかない状況で、アイネスの長台詞を聞くのは拷問でしかない。

 いや、自業自得なんだけどね……。


「かつてはその技術を盗もうと画策した愚かな人間達が、尽くサクラ聖教国に国ごと滅ぼされていた歴史があるみたいですね。富を得た人間とは欲深く、学ばない馬鹿猿が多いと言われてますが、本当にそうだと思いますね。過去の歴史から考えて、人間に渡すと碌な事をしないと思うので、信心深い猫族しかいないサクラ聖教国が持つのが一番安全なのでしょうね」

「ッ!?」


 ひときわ強く抓られるとようやく解放してくれた。

 と思って油断してた所に、今度は頬を抓られる。


「アイネふふぁん?」

「さあ、皆さん近くに集まって下さい」


 どうやら少し調子に乗り過ぎたようである。

 頬を兎娘に抓られながら、俺の問い掛けを無視してアイネスが皆を集める。

 「こいつらまたやってるよ」なことを言いたげな視線を、周りから浴びる情けないご主人様。


『アイネスさん』

『これ、豚野郎、教育!』

『はい……。ハヤト様……』


 アクゥアが何かを言いたげな視線でこちらをチラチラと見るが、目を吊り上げたお怒りアイネスに睨まれ、これはご主人様の教育だと力強く言われてしまって仕方なく引き下がった。

 アイネスは、片言だけどニャン語も上手くなってきたよね。

 特に『豚野郎』の発音は完璧ですね。

 こういう流れの場合は大抵、俺が悪いことをしたのが始まりだし、俺が謝ってアイネスのご機嫌をとるしかないから、アクゥアは申し訳なさそうな顔でこちらを見守っている。


 大丈夫だよアクゥア、いつものことだから。

 

 でも、男の子がエロイことを繰り返すのは、仕方の無いことだと思うのです。

 昔のエロイ人も言ってたじゃない。

 「エロは滅びぬ、何度でも甦るさ!」とかね、……あれ? 違ったっけ?

 アイタタタ、痛い痛いアイネス。

 ごめんなさい、やっぱり滅びます。

 調子に乗りました、今はすごく反省してます!

 

 アイネスが俺の頬を強く抓んだまま、転移石を握り締める仕草を始める。

 

 転移石に魔力を流し込んだのか、手の隙間から零れるように蒼い輝きが放たれる。

 魔力を流し込まれた蒼い転移石を地面に置くと、転移石を中心にして不思議な紋様と蒼い魔法陣のようなものが地面に描かれた。

 6畳くらいの円の中に立っていると、自分に何かが纏わりつくような感覚が始まる。

 

 さて、いよいよ中級者迷宮への挑戦か。

 中級者迷宮がここより恐ろしい所とか思うと少し不安を覚えるが、今はアイネスのご機嫌を直してもらうためにどうするかを考えるのが先だな。

 自業自得とは言え、これは頭の痛い難題ですなぁー……ついでに頬も痛い。


 蒼い光の奔流に包まれながら、不思議な浮遊感と共に迷宮神殿を後にした。


 おまけ『とある巫女の日常風景』



新人巫女「マリンちゃ~ん。一緒にお昼ご飯、食べよぉ~」


 マリン「良いわよ。どうせ、また私のお昼御飯をたかりに来たんでしょ?」

 

新人巫女「えへへ。ばれたぁ? だってー、マリンちゃんの持ってくる兎肉すごく美味しいんだも~ん」

 

 マリン「うちの妹が、侍女見習いでミコ様から分けてもらってるやつだけどね。はい、どうぞ」

 

新人巫女「元侍女で、家内奴隷の兎人が作った料理でしょ? 貴族の奴隷となると、やっぱり優秀なんだね~。はむ、おいひー」


 マリン「一緒にいる所を見てると、奴隷って感じはしないんだけどね。すごく仲良いし。奴隷というよりは、家族みたいな感じだしねー」

 

新人巫女「へー、そうなんだー。私も、ミコ様の奴隷にしてもらおうかしら?」


 マリン「ちなみに、すごく優秀な戦奴隷じゃないと雇ってもらえないと思うわよ? 皆、14歳の未成年らしいけど、近いうちに中級者迷宮に挑戦するってロリンが言ってたわね。雇ってもらう?」

 

新人巫女「……やっぱり、私は巫女を頑張るわ!」


 マリン「そうしなさい」


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