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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第3章 束の間の休息

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あいあいあーと剣術指導

 

「あいあいあー! あいあいあー!」


 剣士に転職したためか、以前よりも素早い動きで相手を翻弄する二刀流狐娘。

 更に腕力も大きく強化されたためか、転職する前の両手で持ってた頃のように木刀を激しく振り回し、対象者にダメージを与え続けていく。

 

「……ッ!」


 二刀流エルレイナの上下左右から放たれる猛攻に、木刀1本の狼娘のアカネはかなり苦戦しているようだ。

 捌ける攻撃は木刀で捌き、捌ききれないものはあえて身体で受けとめている。

 

「あいあいあー! あいあいあー!」

 

 調子に乗ってきたのか、「テンション上がってキタァー!」と言わんばかりの楽しそうな顔で、2本の木刀を振りまわすエルレイナ。

 そのせいか、少しずつエルレイナの攻撃が大振りで雑になってきたような気がする。

 

「隙ありであります!」

 

 その時を我慢強く待ってたかように振るった一撃は、見事に対象者を捉えた。

 木刀が身体を激しく殴打した音となって、裏庭に響き渡る。


「ッ!? あいあいあー! あいあいあー!」


 目玉が飛び出る程に目を見開いて、エルレイナがピョンピョンと飛び跳ねる。

 あー、今のは痛かったなー。

 自分が受けたんじゃないのに、思わず仰け反ってしまうような快音でしたね。


「やったであります! エルレイナ殿から、1本取ったであります!」

 

 身体中を青アザだらけにしながらも、嬉しそうな笑みを浮かべるアカネ。

 

「うー、うー、あいあいあー」

「あ! ……申し訳ないであります、エルレイナ殿。少し、力み過ぎたであります……」


 アカネがエルレイナに近づき、頭を下げて謝る。

 やはり相当痛かったのか、涙目になってお尻を擦る狐娘。


「むー、もう少し力加減を緩めないと駄目でありますかね? 獣戦士に転職したせいか、妙に感覚のズレがあるであります」


 頭を傾げながらアカネが素振りを始める。

 確かに転職前と違って、木刀で風を斬る音が明らかに重みを感じる音になってる。

 剣士程ではないが獣戦士も少し腕力補正があるってアイネスから聞いてたけど、これはなかなかに良さげでないのかね?

 アズーラもだけど、後はアカネに必要なのは持久力だな。

 2人とも短期戦なら大丈夫だけど、長期戦になるとキツイみたいだしね。


『レイナ、やっぱりアカネさんと訓練をする時は、防具を着けなさい。少し重くなりますが、迷宮に潜ることを想定して訓練の時も着るようにしなさい』

『はい、お姉様……』


 痛いのはやっぱり嫌なのか、アクゥアが用意していた防具をエルレイナがアクゥアに手伝われながら着替え始める。

 しょんぼりしたエルレイナとは対照的に、アカネは体中を青痣だらけにしながらも鼻歌混じりのご機嫌な様子で素振りを続けている。

 

「アカネ、治そうか?」

「大丈夫でありますよ! これくらいなら、父殿の訓練で慣れてるでありますから」


 見てて思わず痛々しく感じたので声を掛けたが、大丈夫だと返事するアカネ。


「エルレイナ殿の木刀は確かに痛いでありますけど、父殿の方がもっと痛かったであります!」


 俺の表情から心情を読み取ったかのように、アカネが笑顔で答える。

 えーと、アカネのお父さんは聖騎士だっけ?

 狼人の聖騎士って聞くと、すごく強そうなイメージがあるよな。


「父殿の訓練の時は、青アザどころか骨にヒビが入って、よく父殿に治してもらったであります」


 お父さんとの訓練を思い出したのか、アカネが苦笑いする。

 その表情を見て、思わず俺も苦笑してしまった。

 

 えーと、それは虐待じゃないよね?

 何というか厳しい修行時代だな。

 そりゃあ、アカネは痛みに我慢強くなるわな。

 できれば食事の時も、もう少し我慢強くなってもらうと嬉しいんだが、それはさすがに無理なのかね。


「アカネ! アカネ! あいあいあー!」

「ん? 了解であります! もう1本やるであります!」


 昨日買ったばかりの黒い装甲に身を包んだ狐娘が、嬉しそうな表情でアカネのもとにやってくる。

 アカネと対峙すると仕切り直して、また木刀でお互いを激しく叩き合う狐娘と狼娘。


「おーい、アクゥア。ちと組手の相手をしてくれや」

『はい、分かりました』


 準備体操を終えたアズーラがアクゥアに声をかける。

 会話ができないので『1本稽古をつけてくれ』と言う意味で、指を1本立てる仕草をするアズーラを見て、アクゥアが1つ頷く。

 

 アカネとエルレイナから離れた所に移動すると、今度は闘牛術を使ったアクゥアとアズーラの激しい組手の応酬が始まる。

 アズーラもいつの間にやら、修行熱心な女性になりましたな。

 

 早朝から黒い全身鎧に身を包んで、シャドーボクシングをするように身体を動かす悪魔騎士を見た時は、思わず「悪魔騎士がもう1人!?」と叫びそうになったのは仕方ないと思う。

 激しく身体を動かした後に、昨日の酒が残ってたのか「おぇ、吐きそう……」と悪魔騎士がうずくまる姿に、中の人がアズーラとすぐに再認識できましたがね。

 昨日も俺の事を「ソーマ、ソーマ」と呼ぶ程に、ご機嫌な様子で酔っ払ってましたからね。

 誰だよソーマって……。

 

 朝食を挟んで訓練をしている女性達を眺めてたら、見覚えのある人物が裏庭に現れた。

 訓練する女性達の様子を少し眺めた後、俺の方に近づいてくる銀髪の狼人。

 

「朝から訓練とは、感心だな」

「おはようございます、サリッシュさん」

「うむ、おはよう」

 

 腰には2本の剣を帯剣しているが、いつもの騎士装備とは違ってラフな格好になったサリッシュさんが、俺の所にやって来た。

 背負い袋を木製テーブルの上に置くと、俺と対面になる形で椅子に腰かける。

 

「土産だ」

「お土産、ですか?」


 む?

 この袋を開けた瞬間にする独特の匂いは……お酒ですか?

 お酒は苦手なので、思わず顔をしかめてしまった。


「ハヤトは酒を飲まんのか?」

「俺は飲まないですけど、酒好きはいるので問題無いです」

 

 不良牛娘が大喜びしそうだな。

 後、「俺の世界では酒と煙草は20歳になってからで、未成年は駄目だと法律で決まってます」と言っても、たぶん通じないよねー。

 ついでに言うと俺は未成年ですと言っても駄目なんだろうな。

 

「思ってたより早いみたいですけど、買い物は終わったんですか?」

「うむ。もともと欲しいものは決めていたから、大して時間も掛からなかった」

 

 シュシュのような物をポケットから取り出すと、銀色の長い髪を邪魔にならないように後ろで束ねる。

 そしてなぜか、両肘をテーブルの上にのせると両手の指を組んでその上に顎を乗せ、意味深な笑みを俺に見せるサリッシュさん。

 

「どうだ、似合うか? さっき買ったやつだ」

「え? あ、はい」

 

 突然のフリに思わず困惑して、素っ気無い返答をしてしまう。

 俺の答えに満足しなかったのか、サリッシュさんが不満そうな表情を見せる。

 

「駄目だなハヤト、今回は減点だな。そんな受け答えでは女性に嫌われるぞ。奴隷とはいえ、彼女達も年相応の女性だからな」

 

 いつもの意地の悪い笑みを見せるサリッシュさん。

 えー、いきなり減点対象ですか?

 副団長という役職と美人だけど強面のイメージが強いから、そのギャップのあるフリを急にされると対応しきれないのですが。


「どれ、私も混ざるか」

 

 意外とお茶目なサリッシュさんがいつもの真面目な表情になると、椅子から立ち上がる。

 テーブルに立てかけていた2本の木刀を握り締めると、感覚を確かめるように何度か素振りをする。

 訓練している女性達のもとへ歩き出すとアカネ達が嬉しそうな表情で集まってきた。

 『紅の騎士団』に在籍していた過去を持ち、『紅銀狼』と呼ばれた伝説の狼人から直々に指導を受ける事など滅多に無いということで、今日は迷宮に潜るのを辞めて待ってたくらいだからな。

 嬉しさもひとしおだろう。


「さ、サリッシュ殿。け、剣術指導を」

「あいあいあー!」

「エルレイナ殿……」

 

 緊張した様子のアカネがお願いするよりも先に、木刀を2本持ったエルレイナが前に出てくる。

 不承不承な様子で、アカネがエルレイナに先を譲った。

 あれ? デジャブ?


「どちらでもかまんぞ。さて、先手は譲るぞ。好きなだけ打ち込んでこい」

「あいあいあー!」


 本能的に相手が只者ではないと分かってるのか、エルレイナがいつも以上に気合い十分な奇声を上げると、サリッシュさんに飛びかかった。

 アクゥアに鍛えられて少しは剣の使い方が上手くなってきてるが、やはりその道で生きて来た人の剣術は違う。


 剣士に転職したことでかなり激しい応酬をしてるのにも関わらず、まるで舞ってるかのような動きで、すべての剣撃を受け流すサリッシュさん。

 アカネとの模擬戦以上に真剣なエルレイナの表情から、本気で挑んでいるはずなのにサリッシュさんは涼しげな表情だ。


「ッ!?」


 しばらくすると、突然にエルレイナが何かに弾かれたように後方へ飛んだ。


「ほう……ふむ。剣術はまだまだだが、勘がとても良いな。気絶させる程の一撃を入れるつもりだったが、逃げられてしまったか」


 何やら楽しげな表情で、恐ろしいことを言うサリッシュさん。

 勢い任せにひたすら全力で打ち込むタイプのエルレイナが、珍しく相手の様子を窺うようにじーっと見つめている。


「フフフ、その反応はクエンを思い出すな。これはまずいな、もう少しお前の本気を見たくなった。ハヤト、シミターはあるか?」

「え?」

「私とエルレイナ用と4本シミターを貸して欲しいが、持っているか?」

「おいおい、サリッシュ。子供相手に本気になるなよ?」

「心配するな、アズーラ。子供を怪我をさせる程、私の腕は悪くはない。シミターはあるか?」


 先程の涼しげな様子から、物々しい雰囲気になったサリッシュさんに困惑しながらもアカネが家からシミターを持ってくる。

 アカネから渡された2本のシミターを鞘から抜くと、黒鉄製のシミターを2本持ったエルレイナと対峙する。


「お前には言葉で語るより、身体に教えたほうが良いのだろう。武器の良さだけが、剣術の全てではないという事を教えてやる」


 サリッシュさんが、いつもの口の端を吊り上げた笑みを浮かべる。

 なぜだろう、今のサリッシュさんを見てると不安な気持ちだけが沸き起こる。

 エルレイナも硬皮装備をしてるし、大丈夫だよな?

 日が出てるはずなのに、なぜか急激に冬の夜になったかのような寒気を覚え出す。


「殺すつもりで掛かって来い……でなければ……」

「ウーッ!」


 突然にエルレイナが魔狼の亜種と対峙したような、威嚇するような唸り声を上げる。


「殺す」


 小さく呟いたはずなのに、はっきりと耳に残るような言葉を聞いた瞬間、突然に目の前を突風が横切る。

 人を殺せる鋭さを持った、鉄の刃同士が激しく衝突する音が裏庭に木霊する。

 もはや俺には目で追えないサリッシュさんの斬撃を、エルレイナが火花を飛び散らせながら捌いている。


「ッ!」


 鬼気迫る斬撃に、さすがのエルレイナも奇声をあげる余裕も無いのか、必死な表情で防戦一方の状態になっている。

 剣術指導であるはずなのに、見ていてこんなにハラハラするのは何でだろうか?

 時々捌ききれなかったのか、エルレイナの硬皮鎧からも火花が飛び散る。

 容赦ない斬撃の嵐にエルレイナが後退していき、ついには桜の木が背後に迫るまでに追い込まれていく。

 

「どうしたエルレイナ、貴様は死にたいのか! 貴様の前にいるのは敵だと思え! 死にたくなければ、本気を出せ!」

「あいあいあぁあああああ!」


 今日一番の大きな奇声をあげ、サリッシュさんの猛攻に突撃したエルレイナ。

 数えきれない程の剣が撃ち合う音と共に、サリッシュさんの腕から鮮血が飛び散った。

 何が起こったのか俺には目で追いきれなかったが、どうやらサリッシュさんの剣撃を捌きながら懐に上手く潜り込んで、サリッシュさんの腕をエルレイナが斬ったようだ。


「ふむ、思ったより深く斬られてしまったな。ちょっとだけ隙を作ったつもりだったが、なかなか良い反応と迷いの無い踏み込みだ」

「うー、うー、あいあいあー」


 無意識の反応で本能的にやっただけで、本人はそこまで傷つけるつもりは無かったのか、エルレイナがオロオロとした表情でサリッシュさんの周りをうろつく。

 サリッシュさんは何やら楽しそうな表情ですが、結構傷が深いですよ!

 服を斬り裂いて大量に出血してる腕に、慌てて傷を治す為に回復魔法を使う。


「いや、ハヤト。回復用の魔導具ならさっきの袋に入ってるし、この傷はお前の小回復では……」


 サリッシュさんが言い終わる前に、回復魔法を発動させる。

 傷口の周りに小回復の時以上の白い輝きが起こり、出血が止まった。

 

「ん?」

 

 サリッシュさんが不思議そうな顔をすると、ポケットから布きれを取り出して血を拭き取る。

 どうやら傷口が塞がって、出血が止まったようだ。

 良かった、上手くいったようである。


 小回復では治らない可能性があったので、レベルも上がって魔力量も余裕がありそうだし、別の魔法を発動できるか試してみたが上手くいったようだ。

 こっちの魔法は、縫わないといけない傷程度なら治せるとアイネスも言ってたしな。


「中回復? ……ハヤト、今のレベルはいくつだ?」

「え? えーと、レベルは6になりましたね」

「6!? 待て待て待て、お前達と最初に会った時は10日前だぞ? その時のギルドカードは、確かに神子のレベル1だったはずだ。あれはもしかして、ギルドカードの更新をしてなかっただけなのか?」


 サリッシュさんがなぜか勢いよく俺に顔を寄せて、捲くし立てるように問い詰めてくる。


「い、いえ、サリッシュさんと会った時が初めて迷宮に潜ったので、俺のレベルは1でしたよ」

「まさか、私の知らぬ間に中級者迷宮に潜ってたのか?」

「いいえ、まだ潜ってないです」


 何だ?

 話が妙に噛み合わん。

 

「……」

「……」


 サリッシュさんが目を細めて、真剣な表情で俺を見る。


「嘘は言ってないな?」

「は、はい……」


 嘘を一言でも言えば、斬りかかってきそうな鋭い瞳で睨まれるが、嘘はついてないからそんなに責められましても……。

 暫く無言で見詰め合ってるとサリッシュさんがふいに口の端を吊り上げて、いつもの意味深な笑みを浮かべる。


「フッ。ハヤトと関わってから、面白いことばかりが起こるな」

「それって、どういう意味ですか?」

「さあな。気にするな……」

「うー、うー、あいあいあー」

「心配するな、もう傷口は治った」


 アカネが慌てて持ってきた携帯水筒で血を綺麗に洗い流し、サリッシュさんが治った箇所を見せる。

 

「……あいあいあー!」


 エルレイナが傷口をじーっと見た後に嬉しそうな表情を見せた。

 せっかくこんなにすごい人が剣術の稽古をしてくれるのに、いきなり退場じゃあエルレイナも物足りないよねー。

 他の皆も安堵した表情を見せる。


 その後もサリッシュさんとエルレイナの見ていてハラハラするような真剣勝負は続行された。

 でも、さっき攻撃を受けたのはやっぱりわざとだったのかと思えるように、一度も怪我をすることなく2人の激しい真剣勝負が繰り広げられる。


「……ッ!」

「うむ、良い読みだ。そのまま前に踏み込んでいたら、首を刎ねていたところだ」


 突然にエルレイナが後方に飛ぶと、サリッシュさんが満足そうな笑みを浮かべて頷く。

 サリッシュさん、冗談でも恐ろしいことを言わないで下さい。

 

 ……冗談ですよね?

 サリッシュさんは『紅銀狼』という2つ名がつく程の狼人なので、大丈夫だと思いながらもどうしても不安がよぎってしまう。


 結局、昼の鐘の音が鳴るまで2人の真剣勝負は続き、アイネスのお昼の食事が木製テーブルに並べられたので、そこで一度お昼休憩を挟むことになった。

 アイネスとロリンも混ざって、皆で裏庭でのお昼御飯となった。

 まあ、今の時期は外に出ても日が出て暖かいからね。

 夏月の上旬に入れば雨が多くなるとのことなので、今は時期的に5月くらいなのかなと予想してみたり。

 こっちの世界は四季もあるみたいだしね。

 

 午前中は相手をしてもらえなかったアカネが不満そうな顔をしていたが、午後はみっちり相手をしてもらえるということで、嬉しそうな表情でアイネス特製の肉料理をかきこんでいる。

 エルレイナも沢山相手してもらって満足したのか、ご機嫌な表情でラウネをモリモリ食べている。

 

「フッ。エルレイナを相手にしていると、懐かしい顔を思い出すな」


 アイネス特製のサンドイッチを食べながら、サリッシュさんがふいに思い出し笑いをする。


「懐かしい顔? 誰ですか?」

「クエンと言う、『紅の騎士団』にいた頃のパーティーの1人だ。まさに才能の塊というやつでな、いろんな意味で常識外れな奴だった。剣術をまともに指南されたことも無いと言う割には、私と遊び半分で鍛錬を組むうちに私の技術を短期間で吸収してな、すぐに私を追い抜いてしまった」


 えー。

 信じられんな。

 そんなすごい人がいるんだ。

 他の面々もサリッシュさんの話に驚いたような表情をする。


「私も小さい頃は神童と呼ばれていて、剣術の腕には自信があったんだがな。クエンに会ってからは、天狗になってた鼻があっさりと折られたよ。アレが本当の天才と言う奴なんだろうな。武に愛された者と呼ぶに、相応しい奴だった」

「サリッシュが敵わないような化物が、他にもいるのか? なにもんだ、そいつ?」


 アズーラが興味津々と言った様子で尋ねる。

 先程のエルレイナを軽くいなすような、真剣勝負すら遊びに見えるようなものを見た後だと、にわかに信じ難いものがあるのだろう。

 俺もそうだし。


「カリアズが師と仰ぐ者に、更に凄い師匠がいてな。私達は大師匠と呼んでるが、その者の古くからの知り合いで『紅豹』と呼ばれる一族がいるんだ。魔物と同じように定住を決めず、自然の中で生きてる紅豹の一族から預かった優秀な豹人が、さっき言ったクエンと言う女性だ」

「へー」

「あまり髪の毛を切ったり、手入れをしたりする習慣が無いのか、血のように紅いたてがみのような長い髪が特徴的な女性でな。獣に育てられたと言ったのが正しいくらいに、恐ろしく勘の良い奴でな。戦うために生まれた天才児とは、正にあれのことを言うのだろう」


 血のように紅い鬣のようなというくだりで、奴隷商会で紹介された豹人の女性が脳裏をよぎる。

 アレも紅豹の一族の女性なんだろうか?

 凶悪な笑みを浮かべながら、獲物を見るような瞳で自分を見ていたのを思い出して、おもわず身震いをしてしまった。

 うん、あの人を選ばなくてやっぱり正解だったな。


「世界は広いぞ、アズーラ。神童と呼ばれて調子に乗ってるようじゃ、すぐに本物の天才に一瞬で負けてしまうぞ」

「俺は別に天狗になったことねぇよ。上には上がいるって知ってるし……。ていうか、俺が神童って呼ばれてたのは小せぇ時だし、何でその話をサリッシュが知ってるんだよ。また伯母さんから聞いた話か?」

「そうだ。ヴァスニアが、姪が真面目に鍛練しなくて酒ばっかり飲んでもったいないと、嘆いてたのをよく聞かされていたからな」


 ほう、アズーラは神童とか呼ばれてたのかね。

 まあアクゥア先生との激しい組手をしてるのを見るからに、なかなかのやり手だとは思ってたが。


「10歳で神童、20歳過ぎれば」

「ただの人、だろ? 戦女神様の言葉は、ばっちゃんから嫌になるくらいに聞かされてるよ」

「武を極めた達人と呼ばれる者達は、優れた才能を持ちながらも常に努力を怠らない」

「へいへい、わーってますよ。まあ見てろよ。そのうち、どこに行っても俺の名前が聞けるくらいに、凄い奴になってやるからよ」

「ほう、それは大層な自信だな。今日のアクゥアとの訓練を真面目にやってる所からして、努力は怠ってないのだろう。ぜひ楽しみにしておこう」

「おうおう、楽しみにしてろや。ウシシシシ」


 昼飯が終わった後は、アカネが直接サリッシュさんの指導を受けていた。

 当然、剣は真剣じゃなく木刀の方だが。

 さすがにまだ体力の無いアカネに、真剣を使った練習は危険だからね。

 

 エルレイナは言葉が通じないから真剣を使った実践のみの特訓だが、アカネには口頭も交えての指導をサリッシュさんがしていた。

 サリッシュさんの訓練は厳しいが、エルレイナもアカネも嬉しそうに指導を受けてるのが印象的だった。






   *   *   *






「すまないな。風呂を使わせてもらった上に、食事まで馳走してもらって」

「気にしなくて良いんですよ。こちらも副団長様、直々に指導をしてもらって、大したお返しができなくて申し訳ないくらいです」

「いやいや、これ程美味しい料理もなかなか食べられん。最近の若い侍女にも、中々に料理上手な者がいるんだな」


 先程の料理を思い出しているのだろう。

 アズーラと晩酌を交わしながら、アイネスをべた褒めするサリッシュさん。


「そんなに褒めても、これ以上大した物はでませんよ?」

「フッ、それは残念だ。それにしても、この家に入浴できる風呂があるとは思わなかったぞ。あの温泉というやつは、独特の匂いがあって最初はかなり気になったんだが、石鹸を使えばアカネが言ったとおり特に気にならない程度になるから、思ったより問題は無かったな。こういうのは、実際に体験してみないと分からんもんだな」


 最初は温泉独特の匂いを気にしてたみたいだが、犬族であるアカネに説得されて渋々入ってみたら予想以上に好評だったようだ。

 温泉の効能なのか、少し肌の潤いが増したような感触をアイネスと語り合ってる様子から、異世界を超えてもやっぱりそう言った所に女性達は敏感に反応するようである。

 温泉独特の匂いを相殺する安価な石鹸が出回れば、平民にも温泉の文化が根付くかもしれないというのがサリッシュさんの言い分のようだ。

 お土産に持ってきた酒をあおりながら摘みを1つ口に運ぶと、サリッシュさんが満足気な笑みを浮かべる。


「そういえば、聞いたぞアズーラ。魔狼の亜種を、シミターが折れる程の怪力で倒したそうじゃないか」

「は? 倒したのはアカネだぞ。サリッシュも知ってるだろ?」

「街に広がってる噂の方だ。当然、私は真相を知っている」


 クツクツと楽しそうに笑うサリッシュさんとアズーラの会話に、皆が思わず耳を傾ける。

 探索者ギルドでも少し気になったが、街に広がってる噂とは何かね?

 実際どんな噂が広がってるん?


「中級探索者が数人でパーティーを組んで倒す魔狼の亜種を、たった1人の牛人の女が倒したというのが探索者ギルドの表向きの話だからな。そこから街に噂が早く広がったのだろう。まあ、痩せた狼人のアカネよりも牛人のアズーラの方が信憑性が高まるだろうから、探索者ギルドのやり方は別段不味いという事は無い」

「一昨日の話ですよね。もう、そんな噂になってるのですか?」

「部下の話だと、酒場に行けばどこでもその話を酒の肴にして、盛り上がってるみたいだぞ。シミターを頭に刺した魔狼の亜種を担いで、探索者ギルドを訪問したのを大勢の探索者達が見ているからな。嫌でも噂になるさ。その不気味な黒い全身鎧から、中の奴はまともな牛人の女じゃないって事で、『黒牛鬼』なんて呼ぶ奴も出る始末だ」


 あー、なんかそんな2つ名も出てましたね。

 アズーラはその話を聞いて満更でもないような、ご機嫌な表情で酒をあおる。


「ヴァスニアが、是非その『黒牛鬼』とやらに会って、腕試しをしたいと言ってたぞ」

「ブフォオオ!? ゲフッ、ガフッ!?」

「アズーラ! 汚いですよ!」


 アズーラが気持ちよく飲んでいた酒を噴出し、ゲホゲホと激しく咳き込む。

 目を吊り上げたアイネスが、慌てて台所からふきんをもってくると汚れたテーブルを拭き始める。

 してやったりな笑みを浮かべるサリッシュさんの様子から、どうやらわざとやったようである。

 

「さ、サリッシュ!」

「心配するな。ヴァスニアに住んでいる所を知らないかと聞かれたが、その辺は適当に誤魔化しておいた。ここまでは来ないさ」

「はぁー、良かったー」

 

 アズーラがテーブルに脱力したように突っ伏す。

 その様子をサリッシュさんがクツクツと笑うと、ふと気付いたように周りを見渡す。


「そういえば、アカネの姿がさっきから見当たらないが、どうした?」

「アカネなら、マルシェルさんから借りた日記の写しをお願いしてます」

「日記の写し?」


 アイネスが、2階でアカネが黙々とやってる作業の内容をサリッシュさんに説明する。

 アカネはどうやら文字の読み書きが達者らしく、アイネスが10日間夜食を作るという取引により、今日からアイネスのお手伝いをしているという内容を語り始める。


 そういえば、アカネがアイネスより語学力が高いのにも驚いたな。

 マルシェルさんから借りた日記を読んでる時に、アイネスが分からない文字があるという話をした時も、後ろから覗いてたアカネがアイネスに教えてたしね。

 小さい頃から武術よりも文字の読み書きの方に熱心なお父さんに、将来役に立つからと教えられたと言ってたな。

 文字を覚えたら剣術も教えてやるとお父さんに言われて、兎肉を齧りながら一生懸命文字の読み書きを覚えたと聞いて、お父さんに上手く誘導されたなと思った。

 

 テーブルに置いてる大きめの皿に、ロリンが台所から持ってきた串に刺さった肉団子を載せている。

 「まさかそれ、1人分じゃないですよね?」とツッコミたくなるが、アカネの夜食だと言われると納得できてしまうのが恐ろしい。

 晩飯で10人前の肉を平らげて、夜食も4人前の肉を食うとか想像するだけで吐きそうになる。


 せっかく貰った1万セシリルのお小遣いを、迷うこと無く全額アイネスの料理の食費代につぎ込むのはアカネくらいだろう。

 昨日の料理に感動して、二角兎肉を毎日2匹分追加してもらって、10日間は夜食が食べれると大喜びしてたからな。

 1匹で2人前取れる二角兎は、一匹500セシリルするんだっけ?

 

 一角兎の倍の大きさの二角兎6匹が入るクーラーボックス2個のうち、クーラーボックス1個分が全てアカネの胃袋へ入ってるという恐ろしい状況になってるしね。

 皆で1日消費する二角兎12匹の肉代だけで、6000セシリルという素敵なお値段になってるからな。

 

 アイネスが「アズーラは装備代、アカネは食事代で……フフフ……」と見ていて不安になる笑みを浮かべながら算盤を弾いてるのを見て、アカネも多少は自分が負担をしなければ我が家の家計がヤバイと思って、自分のお小遣いを食費の足しにしようと思ったのだろう。

 特別報酬を貰ってからは大量に買い物をしたから、アイネスが家計簿をつけてる紙は血のように赤い文字でいっぱいになってるからね。

 マイナス分を分かりやすく赤文字にしたせいで、チラリと見ただけで「うわぁー」って思うような悲惨な状態だったから、それを日々眺めてるお金大好きのアイネスの精神ダメージはかなりのものだろう。

 

 アカネには早急に普通の身体に戻ってもらって、中級者迷宮で自分の食費分ぐらいは稼いでもらわないとな。

 「店長も損して得しろと言ってましたし、今は損してもきっといずれは……フフフ……」と自分に言い聞かせるように呟く、兎耳財務管理大臣の心労を少しでも軽くしてあげて下さい。

 まあ、もともとアイネス自身が皆のやる気を出させる為に、食事はしばらく市販の物を買う方針に決めたのだから、まだ我が家の貯蓄は多少の余裕があるのだろうとは思うが……。


「しかし、アカネの食いっぷりはなかなかだな。うちの団長を思い出す」

「団長も、よく食べる人なのですか?」

「かなり食うぞ。ファルシリアン家のお嬢様なんだがな、あそこの一族は大食家が多いんだ。初代が美味しい物が沢山食えるからと飯に釣られていろいろ頑張ってたら、いつの間にか貴族の身分を貰っていたという、冗談のような本当の話があるくらいだからな。犬族の多い北国では有名な話だ」


 実話かよ。

 アカネみたいな人だな。


「文武両道と大食家で有名な一族だ。それと『豪腕』の2つ名を持つ者も多く、狼人の中でも尋常ではない腕力を持つ者が多いのもファルシリアン家の特徴だな」


 サリッシュさんが顎に手を当て、視線を宙に彷徨わせながら思い出すように語ってくれる。

 へー、アカネ並に食べる人達がいるんだ。

 それは食費が大変そうだな。

 アイネスも俺と同じ事を思ったのか、肩を落として深くため息を吐く。


「今回の中級者迷宮の心臓が盗まれた絡みで発生した急な人事異動も、事後処理等で誰もが嫌がる仕事だったんだが、給料がかなり良いということでうちの団長が、二つ返事で了承したらしい。美味しい物がまた沢山食べれると喜んで、今は書類の山に埋もれながら楽しそうに事務仕事をしているぞ」

「なんというか……いろんな意味で、すごい人ですね」

「貴族の英才教育を受けてるお嬢様だから、頭の回転も速くて優秀な狼人なんだが、飯が絡むと人が変わる奴なんだ。初代の血が濃い狼人程、そんな性格になるらしい。だから私も含めて部下達もよく振り回されて、大変な思いをしているんだよ。まあ、私はお嬢とは付き合いが長いから、慣れてはいるんだがな」


 迷宮騎士団もなかなかに大変そうである。

 しばらくアズーラと晩酌をした後、迷宮騎士団の寮に戻るためにサリッシュさんが帰り支度を始める。

 すっかりサリッシュさんに懐いたエルレイナが、サリッシュさんの背負い袋を持ってきてそれを渡す。


「サリィ! サリィ! あいあいあー!」

「ん? おー、すまんな。……これは?」


 しかし、渡された自分の背負い袋が裂けそうな程、大量に詰められた半笑いの白い塊達に、困惑したような表情を見せるサリッシュさん。

 まあ、初見はそうなるわな。

 お礼でも、さすがに大量のラウネはいらないよな。

 これはどう見ても嫌がらせである。

 

 俺達が談笑している間も、エルレイナがラウネをせっせと背負い袋に詰めていたの目撃していたしな。

 「エルレイナに悪気は無いんです。たぶん、お礼代わりのお土産用のつもりだと思います」と、サリッシュさんにはこっそりと説明しておいた。

 本人が良かれと思って差し出したラウネを断ったら、「ぶたやろう!」と罵られた理不尽な過去を思い出しながら、被害者を増やさない為にさりげなくフォローしておく。

 

「それではな。おやすみ」

「おやすみなさい」

「サリィ! サリィ! またね!」

 

 エルレイナが大きく手を振り、家路につくサリッシュさんを皆で見送った。


 おまけ『とある一家の日常風景』



 ロリンパパ「お父さんはな、今は迷宮が壊れかけたせいで働きに行けないんだが、迷宮が復活したら我が家の大黒柱としてまた稼ぎまくるぞ!」

 

 ロリンママ「本当に、早く稼いで欲しいものですわね。今はロリンが頑張ってるお陰で、ミコ様の食事の御裾分けを頂いてるようなものですからね」

 

   ロリン「アイネスさんの御飯、すごく美味しいよねー」

 

 ロリンママ「今は私の稼ぎとお父さんのなけなしの休業手当てだけで、何とか住民税と日々の生活を凌いでるような物ですからね」

 

 ロリンパパ「ぐぬぅ……魔樹農園さえ使えれば……二人とも待ってなさい。お父さんが復活した暁には、1旬月で15万……いや、もしかしたら20万セシリルが我が家に……」

 

   ロリン「そういえばこの前、アイネスさんが魔狼のあしゅ? を倒したから、1日で70万セシリル稼いだって喜んでたよ! すごいよね!」


 ロリンママ「!?」(;゜д゜)

 ロリンパパ「!?」(;д)゜゜


 ロリンママ「……ロリン。貴方は、とても良い貴族の方に拾って頂いたのです。身命を懸けて、立派な侍女となりなさい!」


   ロリン「う、うん」


 ロリンママ「……ロリンさえ、貴族様の所の侍女として奉公に行ければ、お父さんがいなくてもロリンの稼ぎで私達の生活は、フフフ……」


   ロリン「お母さん、お顔こわい……」


 ロリンパパ (´;ω;`)(迷宮が復活したら、頑張るもん……)


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