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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第3章 束の間の休息

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24/60

祝勝会とラウネ笑い

 

 いろいろあったがなんとか装備品を購入し終えたので、ようやく次の目的地である探索者ギルドへ足を運べた。

 女性達の買い物はやはり長く、待ってるほうは暇でしたがね……。

 まあ、午前中で終わっただけ良しとしますか。

 

 昼の鐘が鳴ってしまったようなので、雑貨屋で適当に摘める物を買って食べ歩きをしながら探索者ギルドへ向かう。

 街の中心にある高い鐘の塔を目印に歩いて行くと、街の通りを抜けた先に探索者ギルドの建物が目に入る。

 途中道行く人達が、すれ違い様に俺達を二度見三度見したりしてるが、それも仕方ないことだろう。

 

 俺は後ろを歩く、4本の角(・・・・)を持った牛人をチラ見する。

 

 相変わらず漆黒に身を包んだ全身鎧なんだが、前回と違って屈強そうな肩幅の広いデザインから、引き締まった細身な全身鎧へと様変わりしている。

 だからと言って、歴戦の風貌が損なわれているわけでも無い。

 むしろ悪い方向に洗練されて、更に近づき難い様相になってる。


 今回は肩の棘は無くなっているが、代わりに兜が人外系になっている。

 左右から生えた2本の牛人の角とは別に、兜の額から天に向かって生えた山羊を思わせるかのような2本の巻き角。

 鶏冠のパンク系髪型の次は、悪魔系の角ですか店長……。

 

 鎧には鈍い輝きを放つ金の文様が装飾されており、絢爛と悪趣味が融合した無駄に凝ったデザインになっている。

 これはどう見ても迷宮を潜る探索者というよりは、悪魔城で魔王を守る悪魔騎士といった方が正しい。

 通常の無骨なデザインの黒鉄製に、安い鉄製全身鎧が買えそうな料金を上乗せしてまで、店長と製作者がデザインに拘っただけのことはある。


 例えるなら、死地におもむき地獄を見てきた不良戦士が、悪魔騎士へと進化して舞い戻ってきたかのような有様だ。

 どうしてこうなった!

 

 前回の展示品装備と同じ店長の知り合いの職人集団が作った自信作らしいけど、デザインセンスが悪い意味でひどいな。

 女性には大不評の展示品装備を着る人が現れたということで、大喜びでアズーラに合わせて製作者達が作ったらしいけど……。

 むしろ才能の不法投棄だろ、アズーラ以外買わないだろこれ?

 

 相変わらず表情が見えない兜なために、中の人が何を考えてるのか分からない不気味さを持っている。

 たぶん中の人の性格的に、この状況をニヤニヤしながら楽しんでそうだけど。

 

 棘メイスを持ってるからか、アズーラが視線を動かすたびに目を合わさないよう逸らす人が多い。

 あっ、アズーラと目が合った子供が怯えるように泣いて逃げ出した……ごめんね。

 「大丈夫だからね。見た目は怖いけど、無差別に人を襲うような牛人じゃないからね」と言っても、この悪魔騎士の様相だと誰も信じてくれないだろうな。

 たぶん一緒に歩いてくれるのは、中の人を知ってるロリンぐらいだろうね。

 

「すごい注目の的ですね。よくもまあ、これだけ悪趣味な鎧がありましたね」

「本当だな」

 

 ここまでの周りの反応を見て、俺と似た感想を持ったらしいアイネスがボソリと呟く。

 

「アズーラと買い物に行くと、無駄に高い物を買わされます。これで迷宮に潜ってきちんと仕事をしなかったら、メイスで殴るとこですね」

 

 節約志向のアイネス的に、無駄にデザインにお金が掛かったアズーラの全身鎧の購入は若干不満があったみたいだ。

 でも子供パーティーなので、なるべく強そうなイメージのある牛人のアズーラに高そうな装備を買わせた方が、実力あるパーティーだと周りが勘違いして牽制になるだろうということで、渋々購入したような感じだからな。

 

 「いざ、悪魔城へ入城!」じゃなくて、探索者ギルドへ入場する。

 頭から4本角を生やした悪魔騎士に先導されながら探索者ギルドに入ると、入口前で邪魔そうに立って喋っていた人達が、アズーラを見てすぐに道を開けてくれた。

 悪魔城から間違って人間界に降りてきたと言わんばかりの悪魔騎士に、他の探索者達もドン引いてる。

 

 あっ! 1人若いお兄さんが驚いて椅子からコケた。

 お1人様が派手にコケてくれたお陰様で、室内にいる皆さんの視線が俺達に集中しましたよ。

 さっきまでガヤガヤと騒がしかった室内が、しーんと静まりかえる。


 その状況の中でも、我が物顔で歩みを止めない誰かさんのガチャリガチャリと重々しく擦れ合う鎧の音が、やけに室内に大きく響いて聞こえる。

 新人っぽい若い人達はアズーラに目を合わさないように顔を伏せたり、逸らしたりしている。

 さっき派手にコケた探索者さんとその仲間と思われるパーティー達が他所へ移動した席に、悪魔騎士が迷う事無く歩を進める。

 「この空いた席は、全部俺の物だ」と言わんばかりに、わざわざ中央位置にゆっくりと腰を下ろした4本角の悪魔騎士。

 図太い性格の中の人とその悪魔騎士デザインの相性が良いのか、腕を組んで座る姿は正に威風堂々といった風格を醸し出している。


 まだ14歳なのに……。

 

 席が空いたので俺達もアズーラの隣に座る。

 視線が俺達に集中して、誰かさんみたいな図太い神経は持ち合わせてない俺は、若干気疲れしながら前を見る。

 するとエルレイナが、皆の注目を浴びたのに気を良くしたのか、新しい装備を自慢するかのように腕を組んで胸を逸らす。

 「お姉様が選んでくれた装備だぞ。どうだ羨ましいか、甲斐性無し」と言いたいのか、俺に向かってドヤ顔を……って俺かよ!

 まだ俺に自慢してるのかよ!

 

 そのドヤ顔が無性に腹立つなー。

 だから、俺は前の買い物で必要な物を買ってもらったから、今日は新しい装備は買う予定はなかったんだよ。

 

 雑貨屋に立ち寄ったら一番良い装備を頼むつもりだったのに、店へ入ったらいきなり撲殺堕天使に気絶させられて、「そんな神子装備で大丈夫か?」「大丈夫です、問題無いですわ」と兎耳を生やした何かとのやり取りを夢の中でしてる間に、目が覚めたら強制的に一番最悪な装備を着せられて……あれれ?

 

 自分が装備を買ってもらった経緯を思い出してたら、なぜか目の前が霞んできたぞ?

 俺が目を擦ってる間に、エルレイナがアクゥアに連れられて席に座らされる。

 

 アイネスが受付に行ってマルシェルさんと……あるぇ?

 マルシェルさんがこっちをチラ見しながら、口元を手で押さえて笑いを堪えてますよ。

 笑いを堪えてるつもりなのかもしれないが、肩がプルプル震えてますよ?

 たぶん、アズーラの悪魔騎士を見て笑ってるんだと思うけど、中の人を知ってるとやっぱりそういう反応になるよね?


 マルシェルさんと一言二言やりとりをした後、アイネスがこっちに戻ってきた。

 

「アズーラの装備を見て、マルシェルさんが笑ってましたよ」

「だろうね」

「魔導書を読む為の鍵を用意したら呼び出すそうなので、待ってましょう」

「ほいさ」

 

 マルシェルさんの呼び出しがあるまで、しばし待つ事にした。

 静かだった周りもいつの間にか騒がしくなり、いつも通りの探索者ギルド内の風景に戻っていた。

 

「あれが噂の黒牛鬼か? シミターが折れるまで魔狼の亜種をぶった斬ったって噂の頭のイカレた牛人か?」

「あー、それなら似たような話を聞いたぞ。確か、自分の快楽を満たすために奇声をあげながらゴブリンを執拗にナイフで刻んだって奴だろ?」

「てことはあの噂になってた、初級者迷宮でゴブリンの亜種が現れた事件の真犯人ってか? うへぇー。牛人で狂人とか、最悪の組み合わせじゃねぇか。絶対に、パーティーは組みたくねぇな」

「男かと思ってたんだが、鎧の胸の形からして女っぽいな」

「俺が聞いてたのと鎧姿が違うぞ? 黒牛鬼は2人いるのか?」

「分からねぇ。でも、クロミコがいるから、たぶん黒牛鬼だろ?」

「クロミコ?」

「隣にいる巫女だよ。髪と目が黒くて可愛くないのが、黒牛鬼の隣にいるだろ。迷宮騎士団の連中が、あの巫女を指差してそう呼んでたのを聞いたことがある」

「あー、あれが噂のクロミコかぁー。マルシェ姐さんのお気に入りだろ? 探索者ギルドの知り合いが『ヴァルディア教会に所属しないクロミコが現れて、対ヴァルディア教会の切り札になる貴族がうちの街に来たから、マルシェルさんが大喜びしてた』て言ってたやつだな」

「だそうですよ?」


 俺よりも耳が良いアイネスが、周りの騒がしい雑踏の中からヒソヒソ話を聞きとって、楽しそうな表情で俺に伝えてくれる。

 おいおいおい。

 アズーラとエルレイナとアカネの3人の話がゴチャ混ぜになって、全部アズーラ1人でやったことになってるよ!

 アズーラに変な2つ名までついちゃってるし、しかも2人説もでちゃってるし。

 誰だよ、そんなひどい噂を流した奴は!

 

 それに、カリアズさんが言ってた『黒神子』っていう変な2つ名が、当たり前の様に広まり出してるし……どういうことだよ。


「対ヴァルディア教会の切り札だそうですよ?」

「何それ?」

「さあ? 今度、マルシェルさんに聞いてみますね」


 マルシェルさんは何を企んでるんだよ、ほんとに根掘り葉掘り聞いといてくださいよ?

 面倒くさいのは嫌だからな。


「黒牛鬼だとさ」

「黒牛鬼か……悪くないな」


 俺が囁くようにアズーラに話しかけると、満更でもない風の台詞が悪魔兜の中から返ってきた。

 表情は窺えないが、絶対にアズーラはニヤニヤした悪い笑みを浮かべているに違いない。


「クロミコ様ー、クロミコ様は、いらっしゃいますかー?」


 ええええええ!?

 

 しかも探索者ギルドの呼び出しも、その名前かよ!

 俺達が立ち上がるとこちらに周りの視線が一斉に集中したような気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせて受付のカウンター前に移動する。

 応接室に行くよう言われたので、応接室に移動して扉を開けるとマルシェルさんが席に座っており、俺達を見たマルシェルさんが堪え切れなくなってついに噴出した。

 ひとしきりマルシェルさんが大笑いした後、ようやくマルシェルさんが口を開く。


「はーはー、苦しぃ。もうやめてよ、アズーラちゃん。あやうく受付で噴き出す所だったから、同僚に頼んで慌ててこっちに逃げてきちゃったわよ」

「カッコイイだろ?」

「もう最高ね。それは誰の趣味?」

「雑貨屋の店長だ。俺の為に、一番いかついのを取り寄せてくれたらしいぜ」


 アズーラの全身鎧を楽しそうに眺めるマルシェルさん。

 その後、アカネとエルレイナの装備が変わってるのを見て満足そうに頷く。


「迷宮蜘蛛の皮鎧に、黒鉄製の剣ね。……うん、その装備なら問題ないでしょう。はい、アイネスちゃん。昨日言ってた資料よ」

「ありがとうございます! お借りしますね」


 アイネスがマルシェルさんからファイリングされた資料の束を受け取る。


「私が前に中級者迷宮に潜ってた時に書いてた、日記のような物だから。それを読んで対策を取りなさい。お店でも魔物図鑑とかは売ってるけど、すごく高いからね」

「はい、本当に助かります」

「良いのよ、これくらい。そのかわり、打倒ヴァルディア教会の為にハヤト君をしっかり支援してあげてね!」

「任せて下さい!」


 固い握手をし合った2人が、なぜか俺を見てニコニコと楽しそうな笑みを浮かべる。

 俺にどうしろと?


 応接室を出た後、アイネスの新しい魔法を覚える為に、探索者ギルドの地下にある魔導書を読む部屋に立ち寄る。

 アイネスの魔法を覚えた後、鍵を返す為に受付へ戻ると見覚えのある人が待ち構えていた。

 俺達に気付いたサリッシュさんがこちらに寄ってくる。


「待っていたぞ。魔狼の亜種のことで尋ねたいことがあってな。少し時間は空いてるか?」

「それは大丈夫ですが……こちらもサリッシュさんに、お願いしたいことがありまして」

「なんだ?」


 今朝アクゥアが俺達に相談していたエルレイナの剣術指導のことをアイネスに伝えていたので、それをアイネスがサリッシュさんに尋ねる。


「ふむ。……いいぞ」


 え? マジッすか?

 駄目だったら他の知り合いでも紹介してもらおうかと思ったが、予想外の色の良い返事を貰えた。


「今日は無理だが、明日なら非番だから大丈夫だ。午前中に生活用品を買い揃えたら午後は暇なんだ。部下の訓練でも見に行こうかと考えていたくらいだから、剣術の指導くらいはしてやっても良いぞ。それにそっちの方が、私にもいろいろと都合が良いしな」


 ラッキー。

 聞いてみるもんだな。


「サリッシュさんが、私達に尋ねたい事って何でしょうか?」

「いや、明日時間が取れるならその時で良い。それじゃあ、また明日な」

 

 サリッシュさんと探索者ギルドで別れた後、奴隷商会にも立ち寄る。

 以前アイネスが魔法使いになるために魔導書を読んだ際、ホーキンズさんから10万セシリルの借金をしてたらしいので、その返済に立ち寄ったのだが……。

 

「ホーキンズは、いないのですか?」

「はい。今は奥で他のお客様の対応をしております。ですので、代わりに私が受け付けます」

 

 奴隷商会の受付にいた若いお兄さんに声をかけてみたが、ホーキンズさんは接客中のようだ。

 アイネスの名が載った請求書を渡して魔導書閲覧代の借金を支払うと、代わりに支払い済みの証明書を受け取る。

 

「これでようやく、ホーキンズの借金が無くなりましたわね。ついでに報酬金の60万セシリルも、全て無くなったわけですが……」


 俺が渡した支払い済みの証明書を見てアイネスが笑みを浮かべるが、大金が1日で無くなったことですぐに沈んだ表情になる。

 まあ仕方ないさ、新しい装備品や魔導書閲覧代に生活用品諸々と一気に買ったからな。

 

「あー、アズーラの鎧代の借金がまだ残ってるな」

「はぁー。早く中級者迷宮に潜って、お金を稼がないといけませんね……」


 借金を返済したら次の借金が発生する状況に、思わず2人で深い溜息を吐いてしまう。

 探索者で生活するのも楽じゃないですね。

 生活費だけで無く迷宮に潜る為の装備代等、お金の掛かる物が多い。


 いつものようにロリン家に立ち寄ると、なぜか対照的な表情をしたご両親が待っていた。

 ロリンママはいつも以上に素敵な笑顔ですね、何か良いことがあったのですか?

 なんで、ロリンパパはそんなに沈んでるの?


「レイナちゃん!」

「ロリン! ロリン! あいあいあー!」


 嬉しそうな表情のエルレイナが、ロリンに駆け寄って持ち上げるとくるくると回りだした。

 恒例の『狐娘と幼女の舞』の儀式が取り行なわれる。

 そんなに回ってるとロリンがまた目を回すぞ。

 

 ロリンのご両親に見送られながら家に戻ると、すぐさまアカネとエルレイナが剣術の稽古の為に裏庭へ走っていった。

 お前らは元気だなー。

 その後を不良牛娘が、アクゥアと一緒に付いて行ったのには少し驚いたが……。

 アズーラは面倒くさがりやで修行嫌いなイメージがあったんだけど、いつの間にそんな修行熱心な不良牛娘になったの?


「ロリン、貴方に渡しておきたいものがあります」

「何でしょうか?」


 アイネスが、雑貨屋で買ったナイフセットをロリンに見せる。

 果物ナイフや肉切り用ナイフなど、身体の小さいロリンに合わせた物を揃えたナイフセットを見てロリンが目を輝かせる。

 

「わぁー。良いんですか、侍女長」

「貴方には、これからいろいろ手伝って貰わなければなりませんからね。今の貴方には、大人が使う包丁は使いずらそうでしたしね」

「侍女長、ありがとうございます!」


 ロリンが深く頭を下げる。


「今日は作る物が多いのでちょっと大変ですよ。ロリン、宜しくお願いしますね」

「はい、侍女長! 頑張ります!」

 

 何やら気合十分なロリンが腕まくりをする。

 夕食までは時間がありそうなので、手持ち無沙汰なご主人様は居間で横になってお昼寝をすることにした。

 朝早くから叩き起こされて寝不足なのでね。

 

 適度に睡眠を取ったところでアイネスに起こされて、もうすぐ晩飯の準備ができるから先に風呂へ入れと言われる。

 目を覚ますとアカネとアズーラが、お疲れな様子で居間にぐったりと横になっていた。

 どうやら良い感じにエルレイナとアクゥアに扱かれたようである。

 

 風呂から上がり、アズーラ達が風呂に入っている間に食堂でくつろぎながら待ってると、アイネスとロリンの会話が台所から聞こえてくる。

 

 どうやら家にいる間に、昼間からお酒を飲んでくだを巻いていたお父さんの話をしているみたいだ。

 ロリンパパは15歳の時に迷宮に潜り始めて、25歳の時に戦士から剣士に転職したらしい。

 ほう、ロリンパパ殿はなかなかやるではないか。

 

 アイネスから聞いた話だとロリンパパは迷宮で魔樹を育てる仕事をしてるそうだが、迷宮で仕事をする以上は魔物を倒せる実力はないといけないだろうからな。

 マルシェルさんの世間話の中にもあったけど、この世界では15歳に成人の儀とやらをしてすぐに、探索者になって小遣い稼ぎをする人が多いみたいだしな。

 晩御飯代を節約する為に比較的安全な初級者迷宮の1階層に潜って、ラウネの葉や一角兎を取るのはわりと平民の間では普通のことなのだろう。

 

「でも、レイナちゃんは10日で剣士に転職したんですよね? レイナちゃんて、やっぱりすごいんですね!」

「うーん。エルレイナは、少し特別な気がするけど……」

「お母さんもお父さんは普通だから、優秀なレイナちゃんと比べちゃ駄目だよって言ってました」

「普通なことは良いことですよ、ロリン。世の中には普通にもなれない、甲斐性無しという存在がいるのですから」

「侍女長、かいしょうなしって何ですか?」

 

 なぜかこっちに聞こえるような、大きな声で甲斐性無しについての説明を始める意地悪兎娘。

 あのー、ご主人様は既に涙目の状態なのですが……。

 俺もロリンパパの所に弟子入りして、魔樹を育てる方法を教えてもらおうかな?

 

 この家の大黒柱に俺がなる為の方法を真剣に考えていたら、アズーラ達が風呂から戻ってきた。

 

「どうしたハヤト、難しそうな顔して」

「え? うーん……俺って、探索者として無能者みたいだから、探索者以外でできる仕事は無いのかなーって思ってな」

「は? ……チッ、またあの馬鹿兎か」

 

 甲斐性無しについて懇々とロリンに語ってるアイネスをアズーラが睨むと、ボソリと呟いて俺の両肩に手を置く。

 

「いいか、ハヤト。お前はむしろ逆だ」

「逆? どういうこと?」

「それはだな、お前の戦女神さ……あー、めんどくせぇー。こういう肝心なことを言わない、例え話とか苦手なんだよなぁー」

 

 風呂上りなためか解けた長い髪をくしゃくしゃとかき乱した後、アズーラが腕を組んで考え込むような様子を見せる。

 

「うーん、そうだなぁ……あれだ! あれだよ、ほら。お前は探索者として、俺たちに必要な存在なんだよ。むしろお前が支援してくれないと、俺達はこれから先かなり困るんだぜ。アイネスもそのうち分かるようになるさ。ハヤトとパーティーを組むことがどれだけ良いことか分かれば、むしろハヤトの奴隷になって感謝すると思うぞ?」

「でも、俺は神子だから前衛では戦えんぞ? やれることと言えば、怪我を治すくらいだしな。子供でもできる職業みたいだし……」

「前衛にハヤトはいらねーよ。むしろこの面子でだいたい足りる……あーもうー、へこむなよ。そういう意味じゃねぇんだよ」

「良いよ、アズーラ。ありがとう、慰めてくれて……」

 

 何かこれ以上、年下に慰められていると余計にむなしくなります。

 

「何をされてるのですか?」

「あん? おめぇがハヤトを虐めてるから、慰めてやってるんだよ」

「失礼な言い方ですね。私は旦那様の為を想って、教育をしてるんですよ」

「お前そんなやり方だと、いつかハヤトに捨てられちまうぞ? 後で、ハヤトの凄さに気付いて泣きついても、俺は知らないからな?」

「私が旦那様に泣きつく? フッ……なかなか面白い話ですわね」

 

 アイネスに鼻で笑われた。

 だよねー、俺もアイネスに泣きつかれてる姿は想像できんな、その逆はあるかもしれないが……。

 

 えーと、アズーラさん目が怖いです。

 凄みを効かして睨むアズーラとそれを真正面から見下ろす形で、ニコニコと笑顔を作って対応するアイネス。

 もちろんアイネスの目も笑っていない。

 どうしてこの2人はいつもこんなに仲が悪いのかね?

 

 いつの間にか風呂から上がってきた女性達も、部屋の隅に移動して事の成り行きを見守っている。

 アクゥアがみんなを守る形で前に屈んで、その後ろでエルレイナが不思議そうにこちらを見つめていて、更にその後ろでアカネがなぜか両手を上にあげて降参のポーズを取って、謎のトーテムポール三人娘ができあがっている。

 ロリンも台所から顔を半分だけ出して、怯える様にしてこちらの様子を伺っている。

 これはやっぱり、俺が何とかしなきゃ駄目なんだろうか?


「あ、アイネスさん。お腹が空きました……」

「少々お待ち下さい。すぐに用意します。ロリン、手伝って下さい」

「は、はい!」


 ご主人様を虐めるのが趣味な侍女長だが、仕事熱心な所を利用したお願いをすれば、いつも通りのアイネスに戻って台所に入って行った。

 アズーラもそんなに不機嫌そうにしなくても、アイネスのあの性格は今更始まったわけじゃないんだし……はぁー、もう疲れるなーこの面子は。

 奴隷を雇うのも大変だなー、他のご主人様とかはどうやって対応してるんだろ?

 今日はせっかくの祝勝会なんだから、皆仲良くしてね。


 新しく買った6人席の縦長テーブルを並べて、その上にアイネス達が作った料理が並べられていく。

 

 ほう、これはまた豪勢だな。

 いつも通り兎肉を焼いた料理だが、普段以上に量や種類が多い。

 今日は焼肉だけでなく、挽き肉を使ったのかハンバーグのような肉料理もある。

 野菜スープもラウネの葉のみではなく色とりどりの複数の野菜が使われ、しかも肉団子のような物が入ってるシチューのようなとろみのある物が置かれている。

 サラダの入った皿にも新鮮野菜が複数載せられ、ゆで卵を切り揃えた物まで載っている。

 パンが入ったかごにはいつもの硬そうな黒パンではなく、柔らかそうな白いパンが大量に重ねらている。

 

 テーブルに所狭しと並べられた今まで見たこと無いような料理の数々。

 見た目的にはようやく自分のいた世界に近い、一般的な食事に近づいたなと思うところだが、他の女性達の目の輝き方を見るにこちらではかなり豪勢な部類なんだろう。


 って、なんだあの皿は!?

 アイネスとロリンの2人掛りで持ち運ばれた巨大な皿が、アカネの前に置かれる。

 あれは確か、今回アカネ用に購入した大皿だったかな?

 「10人前は軽く載せられるネ」と店長に言われた皿の上に、どこぞの皿鉢料理を連想させるような肉・肉・肉の盛り合わせ。

 

「ガルルルル!」


 わー。

 アカネさんが、どこぞの魔狼の亜種を思い出すような素敵な表情になってますよ。

 皆、早く席について!


 新しく買った6人席に俺、アイネス、ロリン、アクゥア、エルレイナの5人が座り、その隣にある4人席にアズーラが座り、一番奥の4人席に俺と対面になる形でアカネが座っているのを確認して手を合わせる。


 俺の「いただきます」の合図と共に、「いただきますであります!」と誰かさんが咆哮した。

 両手に握り締めた2本のフォークをまったく使わず(・・・)に、肉の海に顔ごとダイブしたアカネさん。

 こうして、ハラペコ狼娘の肉祭りは幕を開けたようである……。

 あれ? 主旨が変わってる様な……まあ、いっか。

 

「むぐ、もごぉ、むぎょぉおおお!?」

 

 くぐこもった妙な声が聞こえたかと思ったら、肉の海へ顔ごとダイブした誰かさんが無事に生還できたようだ。

 お前はリスかというくらいに頬を膨らますと、幸せな表情でモギュモギュと肉の味を噛み締しめている。

 その表情から本日の肉の美味しさについて感想を言おうとしてるのは分かるが、とりあえず食べてから喋ろうな。

 

「アカネ、あいあいあー」

 

 エルレイナですら呆れてるぞ。

 食事限定ではあるが、日が経つ毎にアカネが野獣化してるのはちょっとどうなんだろうか。


『今日のお肉は、また一段と美味しいですね』

『はい、お姉様!』

 

 顔中を肉汁だらけにしてるアカネとは対照的に、肉を1つ1つフォークに挿して口に運ぶエルレイナ。

 アクゥアお姉様の教育が良いのか、口元の汚れを布で拭く仕草まで見せている。

 スプーンやナイフを使う料理もあるが、アクゥアのやることをじーっと見てきちんと真似して食べている。

 言葉が通じなくても、そこまでできるもんなんだね。


 逆にアカネは丸呑みばっかりしている。

 お前はエルレイナを見習え。

 

 確かに今日の肉は質が良い。

 市販の肉を買ってきたらしいが、前の噛み応えのある肉に比べると柔らかい肉だ。

 市場で売られている肉は中級者迷宮で産まれる二角兎を使っているとアイネスが言ってたが、なるほどこれが初級者迷宮と中級者迷宮の違いか。

 茶葉もいつものとは違う物に代えたのか、お茶の匂いも味も美味しくなっている。

 

 ロリンが「お母さんがお店で買ってきたのと同じお肉を使ってるのに、違うお肉みたいです! すごく美味しいです!」と喜んでいる様子から、アイネス料理長の手で一般家庭より美味しさが更にランクアップしてるのだろう。


 さすが、魔法使いの職業についてる兎人は違うな。

 料理でも魔法が使えるとは……。

 

 あ、今のフレーズなかなか良かったぞ。

 心のメモ帳に書いておこう。

 

「幸せであります! ここは天国であります! 戦奴隷になって、良かったであります!」


 また始まったよ。

 アカネの天国は、随分近いところにあるんだな。


「アカネじゃないが、確かにこんな上手い酒が飲めるんなら、奴隷生活も悪くないな」

 

 おいおいおい、アズーラまで……。

 ご機嫌な表情を浮かべて「ウシシシシ」と笑いながら、高い酒を美味しそうにあおる不良牛娘のアズーラ。

 せっかく貰った1万セシリルを、余す事無く全額高い酒に使ったのはアズーラらしいと言えばアズーラらしいが。

 あんまり飲み過ぎんなよ?

 

 アイネスが作った料理に舌鼓を打っていると、ロリンが俯いてるのに気付いた。

 どうしたロリン、不味いのでもあったか?


「ロリン、どうしたのですか? 口に合いませんでしたか?」

「いいえ、違うんです! こんなに美味しいものばっかり食べちゃっても良いのかな? って思って。今、お父さんがお仕事できなくて、おうち貧乏だからお肉もお父さんが迷宮で取ってきた美味しくない兎肉ばっかりだったし、それにナイフも貰ったりして……」

「貴方はその報酬に相応しい働きをしてるのです。気にする事は無いのですよ」

「はい……」


 そうだぞ、ロリン。

 君は少なくとも俺の出来ないことをやってる。

 俺なんて迷宮に潜ってアイネス達に守られてるだけで、こんなに美味しい御飯を食べてるんだぞ。

 あれ? だから甲斐性無しと呼ばれてるのか……。

 また切ない感情が沸き起こってきたところに、アイネスが身を寄せてきて耳元で囁く。


「ロリンのご両親から聞いたのですが、どうやらロリンの父親がやってる魔樹園がある中級者迷宮が一時閉鎖された絡みで、収入がかなり減ってるそうです。それとどうやら迷宮の心臓が盗まれた時の迷宮の一部崩壊で、ロリンの父親が大怪我をしたらしく、その治療費の返済もあって今はかなり家計が苦しいみたいです。残ってる迷宮の土地を一時的に使わせてもらおうとしてたらしいのですが、商人同士の狩り場争いが激しいらしく、今は収入が安定してないそうです。商人ギルドからは休業手当をもらってるらしいのですが、厳しいみたいですね。それで今回、私達の仕事にロリンを出す話に飛び付いたのです」

 

 なるほど、ロリン家も大変なんだなー。

 もともと教会の治療費も高いみたいだし、大怪我をしたとなると結構なお金がかかってそうだね。

 なんとかして教会の治療費も安くできないものかね。

 

 この国には健康保険とかいう概念が無いみたいだから、皆で治療費を負担しあうというのが無いみたいだし。

 いっそのこと募金とかはできないのかね。

 

「皆でお金を少しずつ出し合って、治療費を安くするとかできないのかね?」

「今の教会に、私達が更にお金を払えと言うですか? どうせ教会の私腹を肥やすだけなのに、皆さんがそこにお金を払おうとは到底思えませんけどね」

「じゃあ信用できる人に預けて、上手く教会とやりとりしてもらうとか」

「もしやるとしても、探索者ギルドですかね。マルシェルさんと以前、お話した感じですと教会を目の敵にしてるみたいですからね。子供達や新人探索者の治療費が安くなると言えば、お金の管理はきちんとしてくれそうな気がしますが……」


 治療費を安くするために良い方法が無いかと云々と唸っていると、最後のデザートがテーブルに並べられる。

 ふむ、見た目はメロンだな。


「さあ、お待ちかねの高級メリョンですよ。1玉1万セシリルもするんですからね。ちゃんと味わって食べてくださいね」


 食べやすいサイズに綺麗に切り揃えられた物をフォークで1つ挿し、口に運ぶ。

 うん、やっぱりメロンだなこれ。


『やっぱりメリョンは、すごく美味しいですね』

『はい、お姉様!』

「上手いんだけど、俺としては甘い物より辛い方が酒の摘みに合うな」

「文句を言うなら食べなくて良いのですよ、アズーラ」

「へいへい、美味しいですよー」

「はぅー、幸せですぅー。高級メリョンなんて食べたの初めてですぅー。侍女長、こんなに美味しい果物があるんですねー」


 皆が高級メリョンを食べた感想をそれぞれ口にしている。

 あれ?

 こういったことに一番騒ぎそうな誰かさんは、口に入れたまま固まって……白目になって……消えた!?


「あれ? アカネ、どうした。おーい」

『……脈はありますね。気を失っただけのようです』


 アカネの顔をアズーラがぺちぺちと叩いているが、反応が無い。

 アクゥアが首に手を当てて、特に問題の無い旨を伝えてくれる。

 突然にアカネが視界から消えたと思ったら、気絶して倒れたみたいだ。


「美味し過ぎて、気絶したのかしらね?」

「かもな、それにしてもこの顔は……」


 白目に半笑いと、とてもじゃないがお嫁に行けそうにも無い笑顔で気絶しているアカネ。

 千年の恋も一瞬で冷めてしまいそうな表情だ。

 俺が恋人じゃなくて良かったな。


 しかし、この顔はどこかで見た覚えがあるな……何だっけ?


 アカネの気絶した顔に既視感を覚えながら悩んでると、エルレイナが何やらアカネの周りをうろつきだす。

 おもむろに持っていた白い物体を、アカネの顔の両隣に置く狐娘。

 

「あいあいあー」

 

 腕を組んで、何やら一仕事終えたようなやりきった顔で頷くエルレイナ。

 

 なるほどな。

 右から眺めても左から眺めても、ラウネ、アカネ、ラウネと見事なまでのラウネ三姉妹が完成されている。

 アカネは、ラウネ三姉妹の次女だったのか。

 どうりで並んでいても違和感が無いわけだ、納得した。


 返事が無い、ただのラウネ笑いのようだな誰かさんは置いといて、賑やかな祝勝会は夜遅くまで続きそうだ。


 おまけ『とある一家の日常風景』


 ロリンパパ「お父さんは15歳から迷宮に潜って、25歳の時に戦士のレベル16になってな、そこで剣士に転職したんだぞぉ! すごいだろぉ?」


 ロリンママ「あなた、またその話ですか? ロリン、いつもの酔っ払いの戯言だから放っておきなさい」


   ロリン「そうなんだー。でも、レイナちゃんは10日で、剣士に転職したってアイネスさんが言ってたよ。 レイナちゃんは、お父さんよりすごいんだね!」


 ロリンパパ「!?」(;゜д゜)


 ロリンママ「あら、それはすごいわね。ロリン、お父さんは普通だからミコ様の所と比べては駄目ですよ。あちらは、貴族様をお守りする優秀な方達ですからね」


   ロリン「そうなんだー。お父さんは、普通なんだね!」


 ロリンパパ (´;ω;`)(魔樹を育てる才能は、あったもん……)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 奴隷たちが個性豊かで魅力的です。 [気になる点] 対照的に主人公に主体性が無さ過ぎて見ていて辛い。 タイトルを改めて見るとなるほど、最初から”奴隷”たちの物語でした、これは一本取られました…
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