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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第3章 束の間の休息

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23/60

初休日とお買い物

 

「えーと……ここは、どこのワイヤーアクション映画館ですか?」


 アクゥアとアズーラの激しい組手の連続に、思わずそう呟いてしまった。

 

 ていうか、アクゥア早過ぎない?

 普段の重々しい全身鎧のイメージがあるせいか、アズーラが意外と身軽に動ける人だったのにも驚いた。

 アクゥアが蹴った瞬間に、アズーラが浮いてるようにも見えるんだけど、アクゥアはどんだけ脚力あるの?

 うーん……小さい黒猫娘の見た目から考えるとありえない光景なのだが、今までのアクゥア先生の実績から考えると、それくらいならできそうと納得できてしまうのが恐ろしい。

 俺の世界では考えにくい現象だが、異世界のレベルシステムならではの不思議現象というところですかね?

 

「アクゥア……休憩したら……さっきの技を……もう1回……教えてくれ」


 地面に寝転んだアズーラが、肩で息をするように疲れた様子を見せながらもアクゥアに声をかける。

 あの激しい組手を続けていれば、さすがのアズーラもかなりお疲れのようである。

 アズーラの言葉を訳してアクゥアに伝えると、汗1つ掻いてないアクゥアがなぜか眉根を寄せた。


『それは良いのですが、アズーラさんはまず身体を鍛え直すべきです。組手をして思ったのですが、アズーラさんは基礎体力が低いと思います。これからは技の特訓と同時に、まずは1日中全力で走り回れるように、迷宮探索でも積極的に前衛として動いて、レベル上げと平行して持久力をつけるべきだと思います』


 俺がアクゥアの言葉を訳してアズーラに伝えると、アズーラが若干不満そうにしながらも「はぁー、サボった分のツケがきたか……」と呟く。

 しばらく考えるような素振りを見せると、息を整えた後に「よいしょっと」と言って上体を起こす。


「なるほどな。そうなると、ハヤト達の守りは誰がするんだ?」

『それは私がやれば良いかと。狩人に転職できましたし、ハヤト様とアイネスさんの2人くらいなら、私だけでも守りきれます』


 相変わらずのすごい自信である。

 新たなフォーメーションの絵を地面に指で描きながら、アズーラに説明を始めるアクゥア。

 アクゥアの話を訳してやるとアズーラが頷く。


「そうだなぁ……アクゥアだったら、確かに俺とアカネの2人分以上の戦力に余裕でなるからなぁ。それでも良いかもな、それでやってみるか?」

『はい』


 俺が2人の異国語を訳しているうちに、また新たなフォーメーションが確立されていく。


「あいあいあー! あいあいあー!」

『あ! レイナ、すぐに行きますよ。申し訳ないですが、レイナがほったらかしにされて機嫌が悪くなってきたみたいなので、先にあっちに行きますね』


 何時まで経っても戻ってこないお姉様に、遂には2本の木刀で地面を激しく叩き出した狐娘に呼ばれて、アクゥアがエルレイナとアカネのもとに向かう。

 剣士に転職したことで以前より動きが素早くなったエルレイナが、果敢に二刀流でアクゥアと激しい模擬戦を繰り広げている。

 皆の剣術や武術の先生的立場になりつつあるアクゥアは、いろんな所から呼び出されて大変そうだな。


「闘牛術の先生も近くにいるし、今回はかなりツイてるな」

「アズーラ、さっき使ってた闘牛術って何?」


 アクゥアと組手をして妙に上機嫌なアズーラに尋ねると、アズーラ達が使っていた格闘術のことを話してくれた。

 『闘牛術』と呼ばれるそれは、遥か昔にヴァルディア大陸を支配していた人間達に対抗する手段として、戦女神様が牛人達に教えた格闘術のようだ。


 地面に両手を置いて、腕の力を使って逆立ち状態で蹴りを繰り出すアズーラや、回し蹴りをしながら踊るように空中を舞うアクゥアに、自分の世界のカポエイラを思い出した。

 かと思えば接近しての強烈な膝蹴りや、隙あらば肘を使って後頭部を狙ったりする危険な技の連続に、自分の世界のムエタイが脳裏によぎる。

 自分の印象として闘牛術は、カポエイラやムエタイを混ぜ合わした変則的な格闘術というイメージが強く残った。

 

 アズーラの話によると、当時は人間達の知らない体術と重装備に身を包んだ牛人の大群に、人間達はあっという間に蹂躙されたらしい。

 それ以外にも、当時の人間達が知らない技術や魔法やら探索者職業などで圧倒的な優位に立った獣人達は、人間が支配する全ての国を獣人の支配下に塗り替えてまったようです。


 まあ、街で見かける牛人さんはかなりでかい方が多いからね。

 俺と身長が同じアズーラが子供と納得できるくらいに、大抵の牛人が2m越えのムキムキ筋肉だからね。

 牛の角が頭から生えた熊やゴリラが、街の中を二足歩行してるような光景がよく見えるもんな。

 アレに重装備して闘牛術とやらを使うのが大量に襲ってきたら、そりゃ人間は絶対に勝てんわな。


 歴史上、すべての国を統一したのは後にも先にも戦女神様だけらしい。

 

「戦女神様ってすごいんだな」

「すごいなってもんじゃねぇよ。おまけに皆が驚くような武術や加護を授けてくれたから、凄過ぎて戦女神様って呼ばれてるんだよ」

「確かにな。それだけすごいと、人って定義には当てはまらんな」

「実際の所、戦女神様は何の獣人かは分からずじまいだったらしいからな。牛人だっていう話もあったけど、結局は天界人ってことになってるからな」

 

 アズーラの話を聞いて、小聖堂に置かれていた戦女神様の石像の姿を思い出す。

 

 腰に手を当て、人差し指を天に向かって高らかと上げ、満足気な笑みを浮かべる戦女神様。

 「キャー、イクササーン!」と呼ばれてたのが予想できてしまう謎のポーズが、とても印象的でしたな。

 

 ポーズもそうなんだけど、その容姿も中々に衝撃的だった。

 どうみても男性だろうといわんばかりの超マッスルボディに、鳩胸を思い浮かべる分厚い胸筋肉と丸太のような太い腕。

 頭の左右からはクワガタかと思うような長い2つの角が、天に向かって伸びていた。

 そんな勇ましい姿なのに、頭からは三角の可愛らしい猫耳と腰からは猫の尻尾が生えているという、摩訶不思議な生物。

 

 なんかいろんな物が混ざり過ぎて、アレでは何の獣人かの判別はできんわな。

 俺がその当時にいたら間違いなく『合成獣キメラ』って種族を思いついただろう。

 

「戦女神様は誰にも超えられない力を持ってたんだけど、お茶目な所もあってな。絶対に『サクラ様』と呼ばせなかったらしいぜ」

「ほう、なぜに?」

「ばっちゃんが知り合いから聞いた話だと、『様付けで呼ばれてみたかったけど、いざ皆から呼ばれてみたら意外と恥ずかしかったから、辞めて』と言って、様付けは辞めさせたらしいぜ」


 えー、そうなの?

 あの容姿で考えることは意外と可愛いんだな。

 もっとオレ様なイメージが強いんだけど。


「かと言って呼び捨ては恐れ多くてできないから、『戦女神様』って呼び方が普通になってるみたいだな。まあ、そういった誰に対しても気さくな面もある神様だったから、当時から獣人達の人気は高かったと伝えられてるって、ばっちゃんが言ってたな」

「へー」

「そういえば、ハヤトの家名って」

『ハヤト様、少しご相談があるのですが……もしかして、お話中でしたか?』

「いんや、どうぞ」


 アズーラの会話を遮る形でアクゥアが入ってくるが、アズーラが先を促すような仕草をする。


『どうした?』

『レイナが剣士に転職したせいか、思ったより剣術の才の伸びが早いみたいでして、このままだと近いうちに私が教えることが無くなりそうです。私は体術専門なので、できれば剣術を専門とするかたに指南をさせてあげたいのですが……。贅沢を言えば二刀流の人が良いです。レイナはどうしても二刀流を目指したいようなのですが、それだとさすがに私では教えることが少なすぎます。どなたか、ご存知ありませんか?』


 アクゥアの話を訳してアズーラに尋ねると、アズーラが顎に手を当てて考えるような仕草をする。


「二刀流ねー」


 二刀流かー、さすがに俺はこっちに来たばかりだから、そんな都合の良い知り合いはいないな。

 んー……いや、待てよ。

 1人だけ、知り合いはいるな。


「サリッシュさんはどうだろう?」

「あー、サリッシュかー。でも、あれは迷宮騎士団だから、入団して無い奴には教えてくれないかも知れないぞ?」

「駄目か?」

「まー、駄目もとで聞いてみれば? もしかしたら、ちょっとは教えてくれるかもね」


 皆の早朝訓練を眺めた後、早く買い物に行きたい女性達に急かされて、そんなに早く行ってもまだ準備ができてないかもよと思いながらも『ナンデモアルネ雑貨店』に足を運ぶ。

 朝から迷宮に潜る予定は無いが、今日はいろいろ歩き回る予定なので、ロリンは道中でご両親に預けることにした。


 俺に馴染みのある物が前面に置かれた1軒の怪しげな店が目に入る。

 たぶんこの店が不人気なのは、その和を前面に押し出した品揃えのせいでは無いのかね?

 俺とアクゥアは飽きもせず見続けることができるけど、他の女性達は「何がおもしろいの?」と言った感じの目で見るからね。

 アズーラだけは『酒』とニャン語で書かれた容器の数々に、並々ならぬ興味を見せているが。


 この修学旅行のおみやげでありそうな、武器としては絶対に使えない半透明の長い筒の光る剣とか買いたくなるのは、俺だけですかね?

 薄暗い迷宮内で、懐中電灯代わりに使えるかもよ?

 え? そんな玩具はいらない。

 ですよねー。


 店の中に目的の人物がいなかったので奥に向かって声をかけると、何故か店の外から声がした。


「おー! シャッチョーさん、よく来たネ!」


 ニコニコと素敵な笑みを浮かべ、いかにも怪しげな風貌のおっさんが現れる。

 エルレイナを思わせる大きな狐耳を持った、狐人のおっさん。

 全身を金色の体毛に身を包んだ、見るからにお金が大好きそうなアイヤー店長が、くすんだ丸眼鏡を外す。


「アイネスちゃんに頼まれた物は、倉庫に置いてあるネ!」

「倉庫?」

「そうネ! 案内するネ!」


 さっきまで作業をしてたのか、布で汚れを拭き取ると丸眼鏡を掛け直す。

 その特徴的な糸目が隠れると、口元から生えた細くて長い口髭を指で弄びながら、俺達を先導するアイヤー店長。

 表面的な情報からだけで判断すると、どう見ても怪しげで信用できなさそうなオッサンだよなぁ……。

 今の所は詐欺的な被害に遭ってない所か、お財布の紐が固いアイネスに「買い物をするなら、『ナンデモアルネ雑貨店』が一番ですね。店長は胡散臭い風貌をしてますけど、品は安くて良い物が置いてますし」とまで言わしめる程に、商売上手なオッサンである。


 楽しそうに左右に揺れるフサフサの大きな店長の尻尾を眺めていると、雑貨屋の裏手にある倉庫と思われる大きな建物に連れて行かれる。

 その中を覗くと、どこの武器庫かと思わんばかりの沢山の武器や防具が陳列されていた。


「「「「おー!」」」」

「色んな所を、駆けずり回って集めて来たネ!」

「すごいであります!」

「えらい、いっぱい集めたなぁー」

『これだけあれば、レイナにも使える剣がありそうですね』

『はい、お姉様!』


 店長、頑張ったな―。

 徹夜明けなのか目が充血してるので、そんな迫真の表情で近くに迫られると怖いです。


「久々の上客を、逃がすものかネ!」

「「「「……」」」」


 上客って……店長、そんなにお客さんいないんだ。

 店内が和を強調したお店だし、こっちの人達には不人気の店だからね。

 なんでこの倉庫を最初から使わないのかとツッコミたい所だが、まあ商売の仕方は人それぞれだしね。


 雑貨屋に武器等が申し訳ない程度に置いてたのに比べれば、遥かに品揃えが多い。

 武器だけでも短剣にシミター、両手剣と思われる大きくて頑丈そうな大剣、槍や重そうな巨大斧にハルバード等が壁に沢山飾られてたり、立て掛けられてたりしている。

 「ここは美術館か」と思うような予想以上に多いラインナップなので、1つ1つを見ていくだけで日が暮れそうだ。


 お? 迷宮に潜るのに使えそうな、ランタンのような物もある。

 これがあれば、狼達に暗闇へ誘いこまれてもなんとかなりそうだ。

 

 防具も重々しい全身鎧に、身軽そうな白銀の胸当てや派手な装飾をした兜、怪しげな魔法使いのローブに……黒い忍装束?


 見覚えのあるそれに足を止めると、俺の隣からカチャカチャと何かをいじくってる音が聞こえる。

 視線を下げると見覚えのある黒猫耳を持ったアクゥアが、真剣な表情で籠手のような物を弄っていた。

 自分が後で買うつもりなのか、黒いシミターらしきものを2つ肩に下げ、黙々と籠手を弄くってるアクゥアに声を掛けようとした瞬間、突然に籠手の中から銀の刃が飛び出す。

 

 ええええええ?

 

 あぶないなー。

 仕込みナイフ付きの籠手もあるのかよ。

 不用意に触れないじゃん。

 

 俺が隣にいるのも気付かずに、カリアズさんの苦無を見た時のようにじーっと見つめる様子からして、『欲しいですけど、こういうのって高いんですよねー』とか思ってるんだろうな。

 悩ましげな表情で特殊籠手を棚から持ち上げたり、元に戻したりを繰り返すアクゥア。

 普段はあまり動かない腰から生えた黒い尻尾が、その心の迷いを現してるかのように、左右にユラユラと揺れて動いている。


 可愛らしいアクセサリーとかじゃなく、そういった物騒な物に真っ先に反応するのは女性としてどうかと思うけど。

 でも、戦奴隷を希望する者としては正しい反応なんだろうか? とか思いながら、アクゥアを観察していると奇声をあげる誰かさんの声が耳に入る。

 

「あいあいあー! あいあいあー!」

「エルレイナ。いくらなんでも、そんなに沢山は買えないわよ?」


 何事かと思って目を移せば、沢山の剣が乱雑に放り込まれた分厚い木の箱の前で、エルレイナとアイネスが立って揉めていた。

 花束ならぬ剣束と言ってもいいくらいに、エルレイナが両手で抱えるようにして全部の剣を抱きしめて、困惑するアイネスに向かって叫んでいる。

 えーと、それ全部欲しいのか?

 さすがにそれは選べよ、お前は何刀流を目指すつもりだ?


 アイネスがエルレイナを説得しようと試みているようだが、口先三寸で人を騙すのが得意なう詐欺娘でも、言葉の通じないウホウホ野生児はどうにもできないようだ。


「アイネ! アイネ! あいあいあー!」

「ちょっ!? そんなに服を引っ張らないで、服が割けるから!」


 剣束の入った箱を指差しながら、空いた手でアイネスの服の袖を引っ張り、玩具屋で親に玩具を欲しがる子供のように駄々をこねるエルレイナ。

 アイネスがうちのパーティーのお財布を握ってるのを理解しているのか、「アイネスがこの剣束を買うまで、私は離すのを辞めない!」と気迫のこもった様子である。


「アイネ! アイネ! あいあいあー!」

「だ、旦那様! 見てないで、助けて下さい!」


 えー、俺ッスか?

 いやいや、草食系男子ならぬ神子系男子の貧弱な俺では、剣士に転職したエルレイナを止めるのは無理ッスよ。


『アクゥア! 助けて!』


 ついにはアイネスが、ニャン語で教育責任者に救援を求めだした。


『アクゥア、エルレイナが……』

『え? ……あ!?』


 アクゥアが状況をようやく認識して、アイネスの下へ慌てて駆けつける。


『レイナ、そんなに沢山は買えませんよ。ほら、レイナに合いそうな剣を見つけてきましたよ。このくらいの長さであれば、レイナでも鞘から抜きやすいでしょう』


 そう言って、アクゥアがさっきから持ち歩いていた2つの剣を差し出す。

 それってエルレイナ用だったのね。

 普段使ってるシミターより曲がりが強く、確かに鞘からすぐに抜きやすそうな形に見える。

 

 アクゥアが差し出した剣にエルレイナが視線を移すと、目に見えて劇的な変化が起こった。

 さっきまで絶対に離すものかと握り締めてたアイネスの服をあっさりと手離して、アクゥアの剣に吸い寄せられる様にフラフラと近づく。

 大きな狐耳をピンッと立てて目を大きく見開くと、お姉様の剣を食い入るように興味津々といった感じで見つめている。

 アクゥアお姉様が鞘からゆっくりと剣を抜くと、鞘から現れた黒く濁った刀身に魅入られるようにじーっと見つめ続ける狐娘。


『レイナ、どうですか?』

『はい、お姉様!』


 アクゥアが鞘にしまった2つの剣をエルレイナに差し出すと、抱きしめるように2つの剣を持って嬉しそうに大きく頷いた。

 どうやら気に入ったようだ。


「だ・ん・な・さ・まぁあああ!」

「ふぎゃあ!?」


 目を吊り上げて俺に近づいてきた兎娘が、突然に俺の両頬を強く摘まんで左右に引っ張る。

 アイネスさん、痛いです……。


「何か私に言う事が、あるのではないですかぁあ?」

「……ひゅぐにたふけにいかなふて、ごめんにゃひゃい」


 大変ご立腹な様子の兎娘に、「そんなこと言っても、貧弱な俺に暴れ姫を止めれないよー」と心の中で文句をたれそうになるが、ここはぐっと堪える。

 とりあえず、この状況を早期に解決する為に謝るという選択をとったら、若干ご機嫌斜めながらもアイネスが手を離して開放してくれた。

 

「か弱い女性が困ってたら、男性はすぐに助けに行くものです!」

「俺もかよわ……あ、はい。次から気をつけます」


 ご主人様に対してメイスを構えようとする奴隷兎娘に、理不尽な想いを抱きながらも殴られるのは嫌なので、反省の弁を述べておく。

 まだ痛みの残る頬を擦りながら、何やら店長と装備を選んでいるアカネのもとに向かう。


「これは迷宮蜘蛛の硬い皮でできた帯鎧ネ。硬いだけでなく魔法耐性も少しだけあるから、中級者迷宮の攻略にはお勧め装備ネ!」

「いつもの皮鎧より硬いのに、軽いであります!」


 黒い皮のような物でできた胸当てや籠手とブーツ等を装備したアカネが、ぴょんぴょんと飛びながら装着具合を確認している。

 まだ痩せ気味のアカネには、アズーラみたいな重々しい鉄製の重装備は早いから、軽装備の帯鎧くらいが良いかもしれんな。

 アクゥアが硬度を確認しているのかコンコンと拳で叩きながら、アカネと同じ黒い皮鎧を手にして観察している。


『レイナにも、これくらいが丁度良いかもしれませんね』

『はい、お姉様!』


 『お姉様の選ぶものだったら、何でも良いです!』と言わんばかりの嬉しそうな笑みを浮かべて、2本の黒シミターを大切そうに抱きしめたエルレイナが頷く。

 店長曰く、エルレイナが持ってるそれは迷宮蜘蛛が生み出す、特殊な鉄である黒鉄から作られた剣らしい。

 黒鉄は普通の鉄よりも軽い上に、若干の魔法耐性が黒鉄自体に備わってるそうで、魔法加工せずに手軽な値段で買える黒鉄製は中級探索者にも人気の装備らしい。


 倉庫の中を見渡しても、確かに黒が混じった鉄で出来た物が多い。

 「中級者迷宮を攻略する装備が欲しい」と事前に言ってたから、自然と黒鉄製のシリーズが多く並んでいるのだろうか?


 アクゥアがエルレイナに合いそうなサイズを取り出すと、エルレイナがアクゥアに手伝われながら黒い皮装備を身に着ける。

 胸当てと籠手とブーツを装着し、獣耳を出せる皮兜を被る。

 最後に2本の黒鉄製シミターを腰に提げて、黒に身を包んだ黒狐娘が完成した。

 今までボロ中古皮装備だったが、今回の新装備で一気に進化しましたな。


『似合ってますよ、レイナ』

『はい、お姉様!』


 お姉様に褒められて、自慢気に胸を張るエルレイナ。

 「どうだ羨ましいか? 甲斐性無し」と言いたいのか、なぜかドヤ顔で俺を見ているのが少し腹が立つ。

 俺とアイネスとアクゥアは、今日は装備を買う予定が無いからいつも通りなだけなんだよ。

 

 今回は前衛に出ることが多くなりそうなアカネ、エルレイナ、アズーラの3人を優先的に装備を充実させるということになっているからな。

 アカネとエルレイナは、ひとまず迷宮蜘蛛とやらの硬い皮を使った帯鎧で問題無いだろう。

 ただし、すぐにスタミナ切れを起こしやすいアカネは、万が一の場合のために軽い素材の鎖帷子を鎧の下に着込ませるようにした。

 これであれば上腕や太腿等の肌を露出している箇所に、攻撃をされても何とか凌げるだろう。

 

 アクゥアは、前回の装備購入時に唯一新品を買ったアカネの皮装備を譲り受けるということで、話は纏まっている。

 『狩人に転職できましたし、中級者迷宮の浅層の魔物程度では当たりませんので、皮装備でも大丈夫です』と微笑むアクゥア先生のお言葉に従うことにした。

 

 さて、後は不良牛娘のアズーラの装備ですが……。


「おお、これは良いな。前のより中も涼しくて快適だし、すごく動きやすいぜ」

「迷宮蜘蛛から取り出した黒鉄で作った鎧だから、前回の偽物鉄と違って中級者迷宮にちゃんと潜れる装備ネ。もちろん、通気性も良くしているから夏になっても問題無く着れるネ!」

 

 アズーラが新しい新装備の全身鎧に身を包んで、アイヤー店長の説明を楽しそうに聞いている。

 

 えーと、またすごいデザインの全身鎧がでてきたな。

 その悪趣味なデザインは、誰の趣味なんですかね?

 

 不良装備を初めに着せられた時には困惑してたアズーラも最近は着慣れてきたせいか、漆黒に染まった全身鎧の装着具合を楽しそうに確認している。

 まあ、とりあえず皆の欲しい物がだいたい決まってきた事は大変良いことだ。


 ただし、問題が1つあるようで……。

 アイネスがテーブルの椅子に座って、顎に手を当てながら口を尖らせて悩む仕草をしている。

 

「アズーラの装備が、少し高いですね。借金も返済しないといけないですし……」


 アイヤー店長から聞かされた金額を1つ1つ紙に書いて、算盤を弾きながら計算する兎耳財務管理大臣。


「修理費も痛いですねー。扱いが雑過ぎるアズーラに持たせたのが、失敗だったかしら? でも、妙な輩を牽制をする為には、アレくらい派手な方が良かったですし……」


 手元にある資料と睨めっこして、眉間に皺を寄せたアイネスがブツブツと呟いてる。

 その資料を覗いてみると、今回の装備品に関する諸々の見積額が書かれている。

 えーと、どれどれ……。


 アイネスが前回後払いで購入した時の『標的の指輪』が10万セシリル。

 アズーラが借りていた展示品用不良装備の修理費が10万セシリル。


 『標的の指輪』も高いけど、アズーラの不良装備の修理費も高いなー。

 まあアズーラの場合は展示品だろうが後で返却しようが関係なく、地面にゴロゴロ寝転がったりだとか、全身鎧ごとゴブリンに棘肩タックルして遊んだりとかしてたからな。

 新品同様で戻したかったアイネスの計画や苦言なんて完全無視して、自由奔放に使ってたからなぁ。

 えーほんとに、毎回喧嘩の仲裁が大変でしたがね……。

 とてもじゃないが新品同様な以前の姿に戻すのは不可能であり、修理費含めた弁償代請求があっても仕方がないとは思うがね。


 そして、今回購入するアズーラの全身鎧に至っては、35万セシリルと目が飛び出るような素敵なお値段である。

 他にもアカネとエルレイナの装備も購入しようとしているから、それも合わせると予算の60万セシリルは軽く超えているな。


「いきなり予算、超えちゃったな」

「そうですねー。今回は、どれか諦めますかね。これからまだ生活用品も買う予定なので、出だしからこれでは困りますね」


 新しい装備を買う気満々な女性達に視線を移し、さすがにこの段階でやっぱりそれは買いませんとも言いづらいし、どうしたもんかなと2人で頭を悩ます。

 そこに一通り皆に装備の説明をしたアイヤー店長が、揉み手をしながらニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて、こちらに近づいてくる。


「お悩みのようネ。1つ良い案があるネ!」

「良い案? 何でしょうか?」

「フッフッフッ。これネ」


 怪しげな笑みを浮かべた店長が、1枚の紙切れを取り出す。

 アイネスがその紙に目を通すと眉根を寄せた。

 

「個人契約書?」

「簡単に言えば、迷宮で手に入れた物を市場に売るのではなく、必ず契約者に売るという買取独占契約書ですね」

「そうネ」


 ほう、なるほど。

 で、アイネスが気に入らないって顔してる理由は何?


「シャッチョーさん達には、悪い話じゃないと思うネ。こうみえて私、顔はかなり広いネ! 欲しい物を先に言ってくれれば、市場にいかなくても何でも揃える自信があるネ!」


 胸を張って自慢気に言う店長。

 『ナンデモアルネ雑貨店』の名の通り、ナンデモ用意できまっせと。


「今日のこれを見れば、店長の品揃えの良さは認めます。でも、それだけで私達が店長と個人契約する必要性は、あまり感じられませんね」


 品揃えの良さだけではアイネスの首は縦に振らないそうですよ、店長。

 アイネスの台詞に、アイヤー店長は待ってましたとばかりと不適な笑みを浮かべる。


「私と個人契約をすると、今なら更に3つの特典があるネ!」

「特典?」

「そうネ! まずは、今回も前回と同じように、特別に1つだけ無利息で後払いにしても良いネ」

「ほう」


 アイヤー店長の1つ目の特典に、兎娘の眉がピクッと小さく動く。


「次に、シャッチョーさん達に貸し出していた展示品装備の修理代を、今回は特別に免除しても良いネ」

「ほうほう」


 アイヤー店長の2つ目の特典に、アイネスの兎耳もピクッピクッと大きく動く。

 おー、それは大きいな。

 

「最後に私と個人契約すれば……」

「「すれば?」」

「全品3割引きネ!」


 おー! ブラボォオオ!

 店長、気前が良いじゃないッスか。

 あれ? アイネスさん、どうしたん?

 全品3割引きは、かなり良い条件では無いのかね?

 何故かテーブルの上に両肘を置くと顔を両手に乗せた兎娘が、口を尖らせて不満そうな表情を見せる。


「店長……。初めから、これを狙ってましたね?」


 狙う? 何を?

 アイネスが1度大きく溜息を吐くと、目を細めて店長を睨む。

 店長に視線を移すと、店長がニヤリと悪巧みが成功したような悪い笑みを浮かべる。


「前回、『標的の指輪』が払えないと言ったら、代金を無利息で後払いでも問題無いと言うし、アズーラの装備をどうするかで私達が揉めていたら、展示品の装備を貸してあげると言うし、払えなかったお金は返せる時にいつでも返しに来いというし、子供ばかりの初級探索者相手にえらく気前が良過ぎると思ってました。最初から、この話に持っていくつもりだったのですね?」

「ウチの家訓は、損して得しろネ! お金になる見込みのある人材なら、いくらでも先行投資するネ! さあ、どうするネ?」

「なぜ、私達新人をそこまで見込んでるかは分かりませんが、今回はこの話に乗らざるをえないようですね。確かに、私達には悪い話でもないみたいですし……」


 ほう、前回のやりとりから裏でそこまで計算してたのな。

 ただのおっぱい大好き店長じゃなかったのね?

 さすが腐っても商売人だねー。

 

 アイヤー店長が出した特典込みで見積もりを計算し直すと、予算の半分程度に収まった。

 後は生活用品の品揃えを見て問題無いようだったら、個人契約をすることにした。

 もう1つの倉庫とやらに足を移すと、「ここはどこの生活用品店ですか?」と言わんばかりの品揃えで出迎えられた。

 

 今日はいつもの古着ではなく新しい服を買おうという話をしてたので、女性達は一目散に装飾品コーナーに走っていった。

 アイネスも生活用品に目を通しながら、店長を見て苦笑する。

 

「どうネ?」

「ひとまずは合格ですかね。いいでしょう、個人契約を結びましょう」


 「計画通りネ!」な笑みを浮かべる店長に、若干諦めたような溜息をアイネスが吐く。

 個人契約書の内容をアイネスともう1度よく読んで吟味した後に、俺が契約者にサインをした。

 いろいろあったが、何とか中級者迷宮に潜れそうな装備と生活用品は、予算内で一通り揃える事ができそうだ。


 俺の服は前回の買い物で買ってるから、今回は女性達の新しい服の購入が主目的になる。

 俺以外の皆は継ぎ接ぎだらけの古着で生活していたから、今回の新品服の購入には目の色を輝かせて選んでいる。

 アイネスもメイド服があるとはいえ、あれはどちらかというと作業着だしな。

 1枚1枚を広げては畳んでを繰り返して、魔物との死闘を演じてるかのような真剣な表情で服を選ぶ女性達。


「新しい物はもったいなくて、すぐに着れないであります。迷宮に潜るのは破れてもいい、いつもの古着にするであります」


 アカネが嬉しさ半分、哀しさ半分の表情をする。

 俺達は昼間のほとんどを迷宮に費やしているからな、激しい動きをする時は破れても問題無い古着が良いだろうな。

 今回新しく買った服は、主に部屋着になりそうである。

 

 アクゥアは皆と違って、時代劇ででてきそうな着流しの服を選んでいる。

 エルレイナも興味津々の様子で、アクゥアが選んでいる物を見つめている。

 

『レイナもこれにしますか?』

『はい、お姉様!』


 エルレイナが元気良く頷くと、アクゥアがエルレイナの背丈に合うものを選び始める。

 お前はアクゥアが選ぶもんだったら何でも良いんだろ?

 2人とも背丈が同じだから、着せ替えも可能そうだしね。

 

 かぼちゃパンツとかが並んでいる下着コーナーがふと目につく。

 平民の女性達はお金のかかる下着類は穿かない主義の者が多いらしく、服の方ばっかりに夢中になっている。

 腹の足しにならない下着よりは、生きるために必要な御飯に金をかける方が先ってやつですかね。

 恵まれた暮らしをしていた俺には、下着を穿かずにノーパンで過ごすというのは理解できない感覚だが……。

 

 お? 褌をはっけ~ん。

 もう1個、買っておこうかな。

 

 前に雑貨屋で買った時も気になってたが、なぜこっちの褌はカラフルな濃い色が多いんだろうね。

 赤い褌とかは寒中水泳や時代劇の番組とかで見た事あるが、普段はなかなか履く事ないよなー。

 世界が違うと流行り物も違ってくるのかな?

 

 白い褌じゃ駄目なのかねー、しかも必ず赤みがかった布切れが大量にあるのが不思議だ。

 カラフルな濃い布切れの数々を持ち上げ、鼻歌を唄って眺めていた俺にアイネスが真剣な表情で近づいてくる。

 どうしたん?

 

「旦那様に、前々から聞きたかったのですが……もしかして旦那様、男性用下着ってご存知ないのですか?」

「え?」

 

 何何何?

 どういうこと?

 

 なぜか、他の女性達も何ともいえない表情で俺を見ている。

 俺を見つめていたアイネスが「やっぱり……」と呟くと、可哀想な者を見るような目で俺を見る。

 

「それは平民の女性用下着だというのは、ご存知ですか? ちなみにそれは、成人の女性が生理になった時に使う、一番安い下着です……」

 

 ええええええ!?

 

 どどどどどど、どういうこと!?

 それってもしかして……周りからはお店の生理用品コーナーで生理用ナプキンを、一所懸命に男の俺が選んでたように見えてたってことになるの?

 完全なド変態じゃないか!

 どうして今まで、誰も教えてくれなかったのさ!?

 

「なんネ。シャッチョーさんは、知らずに買ってたのネ。一番安い下着っていうから、冗談でそれを勧めたけどそれで良いっていうから、知ってて買ったのかと思ったネ」

「私も最初にそれを穿いてるのは、てっきり趣味だと思ってたのですが。私達の中にはまだ成人の女性はいませんですし、だから旦那様もそういったアレかと……」

 

 アホか!

 そんなわけないだろ!

 お前達は、俺を今までどんな目で見てたんだよ!

 俺の世界では褌は男性が穿くイメージが強いから、同じ感覚で当たり前のように一番安い褌を買ったつもりだったけど、そういうことかよ!

 

 どうりで白じゃ無くて、濃い色の布切れが大量にあるわけだ……。

 店長もおかしいと思ったならすぐに止めろよ!

 男が下着を選びに来てるのに一番安いからって生理用品を進めるな、お馬鹿!

 あの時、ネタじゃなく本当にぶっとばしとけば良かったのか?

 どうりで店長がさも当然のように、俺の着る服に巫女服を売ったのか理由が分かったよ!


 俺に女装の趣味は、断じて無いわッ!

 

「アイネス……」

「はいはい、旦那様のはこちらですよ」

 

 今までのことを思い出して恥ずかしさのあまりに顔を両手で覆って、そのまま床の上を転げ回りたい衝動に駆られる。

 顔が燃えるように熱くなりながらも、今度は間違えないようアイネスに正しい男性用下着を選んでもらうことにした。


 これ何て羞恥プレイ?


 作者の独り言


  第1話のふんどしを使った勘違いギャグのネタを考えている時に、ふんどしの歴史を読んでたら生理用品として使われたという話を見つけて、驚いたのは作者だけではないと思う……。

  つまり、ハヤト君がふんどしを男性専用と思い込んでたのも仕方ないわけでして、とフォローしておく(苦笑)


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