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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第2章 初級者迷宮攻略

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魔狼


「あいあいあー!」

「!?」

 

 身体に重い物が落ちてきたような突然の衝撃に、パニック状態になりながら目を覚ます。

 布団から慌てて顔を出したら、俺の布団に跨って馬乗りになった本日の襲撃者が、嬉しそうな笑みを浮かべて俺を見ている。

 これは夢だなと思って布団をかぶり直すと、手で激しく布団をバシバシと叩くアホ狐娘。

 

「エルレイナ、後5分寝かせてー」

「かいしょうなし! かいしょうなし! あいあいあー!」

 

 今日は兎メイドのドッキリメイスではなく、エルレイナの精神攻撃かよ。

 甲斐性無しの自覚があるご主人様なので、朝からその攻撃は地味にキツイんですけどー。

 

「起きる、起きるからぁ……」

「あいあいあー!」


 ついには布団をエルレイナに勢いよく引っぺがされた。

 窓越しに外を見れば、空がすっかり明るくなっている。

 寝ぼけ眼の目を擦って、もう1回窓の外を見る。

 うん、やっぱり明るい。

 

 あれぇ? もしかして、寝坊したぁ?

 最近ありえないくらいの早起きばかりで寝不足気味だったしな、そのせいかな?

 

「かいしょうなし! かいしょうなし! あいあいあー!」

 

 早く早くと俺を急かすように服の袖を引っ張り、部屋の外に連れ出そうとするエルレイナ。

 朝からお前は元気だなーと欠伸を噛み締めると、1階の食堂に向けて足を進めた。

 

「おはようございます、旦那様。今日は起きるのが遅いようでしたので、エルレイナが起こしに行ったようですが、無事に起きれたようですね」

 

 ロリンの報酬用兎肉が入った鍋を持ちながら、侍女服にエプロン姿のアイネスが台所から出てくる。

 ええ本当に、朝から一瞬で目の覚めるような素晴らしい起こし方でしたよ。

 「もうやめて、エルレイナ。ご主人様の精神ライフはとっくに0よ!」と心の中で叫びながら起こされるとは、予想もしてませんでしたがね。


 昨日は意地悪兎娘に俺の野望を打ち砕かれ、せめて夢の中ではとふて寝をしたら、優しいおっぱい兎娘達のハーレム生活という夢を見たのもつかの間。

 一気に現実に戻されましたね。

 若干寝ぼけながらも、座布団に腰を下ろして席につく。


 エプロン姿のロリンが俺の朝御飯の準備をしているのを、まだ夢うつつなボーッとした感じで見守る。

 今日も幼女が可愛いねーと思ってたら、視界の端で狐娘がテーブルに両手を置いて、ピョンピョンと飛び跳ねながら落ち着きの無い様子を見せる。

 既に装備も整え、完全武装したエルレイナが「早く行くぞ! さっさと食え!」と言いたいのか「あいあいあー!」と奇声をあげている。

 落ち着けエルレイナ、テーブルがガタガタ揺れてるから。

 

『レイナ、落ち着きなさい。ハヤト様の食事が終わって、皆さんの支度ができたら出掛けますから』

「うー、うー、あいあいあー」

 

 アクゥアに窘められて、エルレイナが渋々といった感じで座布団に座る。

 言葉は正確に理解できなくても怒られたと分かったのか、組んだ腕をテーブルの上に置いて顔をうつ伏せ状態にすると、おとなしくなった狐娘。

 しかし、組んだ腕の隙間から顔半分だけを覗かせて、上目遣いの視線で「早く食べろよ!」と俺に訴えかけている。

 エルレイナさん、まだ寝起きなので待って下さいませんかね?

 

 パサパサの黒パンを野菜スープに漬して口に放り込む。

 今日もアイネスの朝御飯は美味しいね。

 ご主人様への愛情はあまり感じられないが、料理への愛情は感じられる一品である。

 

 相変わらずのツンドラ兎娘だなと思いつつ、周りを見渡す。

 どうやら今日は俺が一番最後の起床だったみたいですな。

 皆は朝食を既に終えて、迷宮に潜る準備を始めてるようだ。

 アクゥアも既に皮装備に身を包み、俺の隣で座布団に正座をして瞑想をしている。

 相変わらずアクゥアは姿勢が綺麗ですね。

 

「ウーッ」

『レイナ』

『はい、お姉様……』

 

 待ちきれないのか小さく唸り声をあげて俺を威嚇しだした狐娘に、黒猫娘のお姉様が静かに窘める。

 名前を呼んだだけなのに目に見えて威力を発揮し、エルレイナがしゅんとした様子で再び狐耳を垂れさせる。

 言葉は通じ合わない2人だが、野獣姫の本能が強者を理解しているのか、この2人はきっちりと上下関係が確立しつつあるよな。

 ちなみに俺もご主人様と言う、俺の知ってる世界では上の位置にいるはずの存在なんだけど、皆知ってるのかな?

 このパーティー内ではむしろ一番下の位置にいるような気がするのは、俺の気のせいだろうか?


 今更ながら、俺は戦士へ転職できる身体能力も魔法使いへ転職できる才能も無いと知ってから、探索者をやるかを考えるべきだったなと思うところだが、後悔先に立たずという話である。

 いや、だってねぇ、まさか戦士も魔法使いも転職できないとか思わないじゃん?

 

「かいしょうなし……」

 

 狐娘がボソリと呟いた言葉が、俺の胸を深く抉る。

 うむ、黒パンが妙に塩辛い気がするが気のせいだろう、たぶん。

 泣いて無いもん。

 

 あまりエルレイナを待たしても可哀想なので早めに朝食を終わらせると、巫女服に着替えて皆と外に出る。

 ロリンをご両親に預けた後、いつもの謎の歌を唄って一番前を歩くエルレイナに先導されながら迷宮に向かう。

 その歌はご機嫌な時によく聞くよね。

 今日もシミターをいっぱい振るえるのが、嬉しいんだろうな。

 いつものように迷宮前の受付所に向かったら、見覚えのある人が待っていた。

 

「おはようございます、サリッシュさん。今日は、サリッシュさんがこちらの担当なのですか?」

「うむ、おはよう。本当は、今日は私の担当ではないんだがな。実は昨日の夜遅くに、中級者迷宮の方で問題が発生してな。部下をそちらに割いてしまったので、その代わりに私がこっちに来てるんだ」

「何かあったのですか?」

 

 アイネスの問い掛けに、サリッシュさんが困ったような表情を見せる。

 

「いやなに、中級者迷宮の浅層で少々強い魔物が現れてな。探索者の重傷者が、何人かでたんだ」

「強い魔物ですか……」

「心配するな。さっき、カリアズも向かわせたから、すぐに沈静化するさ」

 

 カリアズさんが向かったのなら大丈夫だろう。

 仕事は不真面目そうだが、腕は確かだって言ってたしね。

 アイネスが、転移石をサリッシュさんから受け取る。

 

「そういうわけで、こっちの初級者迷宮はうちの部下達がほとんどいなくなっている。無いと思いたいが、万が一ということが発生した場合は、すぐに転移石を使って逃げるように。いいな?」

「はい、大丈夫です」

 

 子供パーティーだからか、少々心配そうな顔を見せるサリッシュさんに見送られながら、本日の迷宮探索を始めた。

 

 いつも通り1階層で晩御飯を確保し終えたら、4階層に向かって歩き始める。

 今日はできることなら一気に5階層まで行きたいとアイネスが行ってたから、あまり寄り道せずに午前中で4階層に到達できるくらいのつもりで移動をする。

 匂いを嗅いで危険を回避するアカネと今日もやる気満々のエルレイナに先導されながら、昨日の会話で気になってたことをアイネスに尋ねる。

 

「アイネス、昨日アクゥアと話してたやつなんだけど、狩人と剣士って何?」

「え? ……あー、中級職業の話ですね」

 

 俺の疑問に兎娘がしばし視線を宙に彷徨わせて、昨日の内容を思い出したかのような表情を見せると、1つ頷く。

 

「近いうちに転職をすることになりそうなので、このあたりで旦那様にも、少し職業の話をしておきましょう。説明する要点を整理したいので、少し待って下さい」

「ほいさ」

 

 そう言うと、一度パーティーの歩みを止めさせて、いつもの瞑想するような仕草を見せるアイネス。

 

「あいあいあー!」


 今日はゴブリンがすぐに見つからないためか、若干ご機嫌斜めになりだした狐娘が、道端を歩いていたラウネを勢いよく蹴り上げた。

 理不尽な暴力を受けて天高く宙を舞ったラウネを狐娘が受け止めて、荒々しくバリバリと齧り出したところで、アイネスが目を開ける。

 再びパーティーが歩き始めると同時に、アイネスが口を開いた。

 

「以前、神子とは何かと発言していたお猿様の為に、少し初歩的な話から始めますね。少々、長くなりますよ?」

「宜しくお願いします」


 さっそく棘の入った台詞を吐かれるが、もう慣れたもんなので華麗にスルーをしながら先を促す。


「ご存知だと思いますが、獣人は産まれながらにして、獣人の探索者職業についてます」

「へー」

「そこからですか?」

 

 予想外の反応だったのか、アイネスが心底呆れたような表情で俺の顔を見る。

 はい、そこから知りません。

 

「はぁー、申し訳ないですが、神話の話をするつもりはなかったので、今日はそこを割愛しますね」

「うむ」

「とにかく、人は戦女神様を怒らせた過去の過ちから、探索者ギルドで転職しないと、迷宮に潜るのに適した探索者職業を、最初から何も持ってないという事実を覚えておいて下さい。これは常識ですからね」

「はい」

 

 目を若干吊り上げたような真剣な表情で、兎娘に忠告されてしまう。

 常識を知らなさ過ぎるのも問題があるみたいですね。

 この世界の人間は、産まれながらにして探索者職業は無職とちゃんと覚えおこう。

 

「逆に獣人は、迷宮にいきなり潜っても問題無いように、魔物と戦う術を持つ獣人の職業についてます。ただし、獣人というのは親の才能を強く引き継いでないと、その効果が大きくでないので、本格的に探索者になる者は大抵、探索者ギルドで獣戦士に転職します。一部、獣戦士に転職しなくても問題無いくらいに強い、例外の獣人がいますが……」

 

 そう言って、アイネスが俺の隣を歩いてる人物に目を移す。

 俺もその人物に視線を動かすと、視線の先にいる猫耳の獣人が不思議そうな表情で首を傾げる。

 

『ハヤト様、何でしょうか?』

『獣人のアクゥアは、すごく強いなって話をしてるんだよ』

『大した事では無いです。お師匠様のご指導のおかげで、ここまでやってこれただけです。皆さんも私と同じ獣人ですから、修行次第で、私くらいの強さにすぐなれると思います』

 

 そう言って、アクゥアが微笑む。

 たぶんアクゥアの性格的に嫌味とかで言ってるんじゃなく、素で言ってるんだろうな。


 獣人では無い俺が言うのも何だが、たぶん無理だと思います。

 自分の飛び抜けた才能のすごさをよく分かってない、忍者猫娘の話をそのままアイネスに通訳すると、予想通り溜息で返された。

 

「おそらく、アクゥアのご両親はかなり才能のある方だと思います。それと私の推測ですが、アクゥアを指導したお師匠様も、かなりの指導力をお持ちの方だと思います」

「だろうね」

「さて、獣人という職業でもすぐに限界は来ます。中級者迷宮というのは、今私達が潜っているこの迷宮とは、比べ物にならないくらいの厳しさを持ってます。ということで、次に探索者ギルドで転職をすることが可能な、職業の話となります」

「ふむ」

 

 獣人という職業でも初級者迷宮に潜る事は可能だが、中級者迷宮とはそんなに甘い世界ではないと。

 最低でも、探索者ギルドで何かの職業に転職をするべしと。

 

「探索者ギルドに転職を願い出た時に、初めに選択肢として提示されるのが初級職業。この初級職業とは、ギルドに立ち寄った際の個人の身体能力、才能等によって2つの系統に分けられます。俗に言う、戦士職と魔法職ですね」

「ほう」

「戦士職は一般的に2つあり、人がなることが可能な戦士と獣人がなることが可能な獣戦士があります。魔法職も一般的には2つあり、私が転職した魔法使いと回復魔法を専門とする巫女があります」

 

 アイネスが俺に視線を移すと、可哀想な人を見るような目で俺を見つめる。

 何だよ、言いたいことがあるなら言いなさい。

 君が何を言いたいのかは、もう分かってるけどね!

 

「例外的に、旦那様が転職した神子と言うのがありますが、これは例外中の例外です。普通は神子を選択するぐらいなら、商人ギルドに行って商人になります」

「知ってるよ。前に聞いたし」

「そうでしたね。さて、わざわざ転職するのには理由があります。まず、この探索者職業には、職業補正と言うものがあります」

「職業補正?」

 

 俺が気になった単語をオウム返しで尋ねると、アイネスが大きく頷く。

 

「職業補正と言うのは、職業毎に一部の能力が大きく向上する事です。例えば、戦士なら筋力が向上します。獣戦士なら反射神経が、魔法使いなら攻撃魔法の威力が向上します。これは獣人という職業が、親の才能に大きく左右されるのとは違い、職業毎に必ず決まった能力が向上します。その恩恵により、より強い魔物と戦う力を得ることが可能なのです」

「なるほどね。親の才能は関係無いから、親が戦士じゃなかった人でも戦士としての能力がつくと」

「簡単に言うとそんな感じですかね。ただし、旦那様みたいに戦士となる前提条件が達成できてない場合は、その戦士の恩恵すら得られないという話となりますがね。農家の平民ですら、子供時代から親の手伝いをしていれば、適度な筋力がついて戦士に転職できるというのに、旦那様はどれだけ貧弱なのでしょうか?」


 ぐはっ!?

 なかなかに今の台詞は、俺の心に大きなダメージを与えましたよ。

 疑問系で俺に聞かれても、大して力仕事のしてない学生時代を過ごしましたからとしか答えれませんな。

 

「ここから先がようやく、初級職業よりも職業補正が大きくなる中級職業の狩人と剣士の話になるのですが……」

「あいあいあー! あいあいあー!」

「スンスン、妙でありますね」

 

 前方で何やら腕を組んで首を傾げる狼娘と不機嫌そうに奇声をあげながら地団駄を踏む狐娘が目に入る。

 俺とアイネスも会話を中断させ、少し歩調を速めながら2人に近づく。

 

「どうしたのですか? 今日は珍しく、魔物と全然遭遇してないみたいですが」

「魔物の匂いが、全然しないであります」

 

 アイネスの台詞に、アカネも困惑したような表情を見せる。

 確かに今日はアイネスとのお喋りが長く弾むくらいに、魔物と遭遇してないな。

 いつもの危険から逃れるような迂回するコースを1つも通ってないから、ずっと最短コースを通ってる。

 このまま魔物と出会わなかったら、すぐに4階層に到着するかもね。

 

「あいあいあー!」

 

 「ゴブリンはどこじゃゴルァ!」と言わんばかりに、途中で拾ったラウネを地面に叩きつける狐娘。

 大事な昼飯兼おやつを投げる程に、野生児もお怒りのようである。

 ラウネさんも散歩してただけなのに、いきなり蹴られたり齧られたり地面に叩き付けられたりと散々ですな。

 落ち着けエルレイナ。

 そのうち魔物が出るだろうから、その時にシミターを振るいなさい。

 

 それからしばらく歩き続けたが、本当に1匹も魔物に遭遇できずに4階層の手前まで辿り着いてしまった。

 このペースなら本当に一気に最深部まで行けるかもしれないので、適当な小部屋を見つけて早めの昼食をとる事にした。

 不満そうな表情でバリバリとラウネを齧るエルレイナとご機嫌な表情でスタミナ弁当を口の中にかきこむアカネ。

 

 誰も競う相手はいないのに、1人早食い選手権をしている狼娘を眺めながら、自分の食事にも手をつける。

 

『……』

『アクゥア、どうした? 食べないのか?』


 サンドイッチの入ったバスケットに手をつけず、小部屋の入り口を無言で見つめ続けるアクゥア。

 食欲が無いのか、いつもと様子の違うアクゥアに思わず声をかける。


『いえ、頂きます』

『早く食べないと、アカネに食われちまうぞ』

『そうですね。1つ頂きます』


 3段スタミナ弁当の1段目と2段目の攻略をあっと言う間に終えたアカネが、3段目に手を付け始めた様子を見て苦笑を洩らしながら、アクゥアがバスケットからサンドイッチを1つ取り出す。

 ただ、その間も何かを考えるような仕草で、しきりに小部屋の入り口へ視線を移していた。

 

「むー、食べ終わってしまったであります」


 他の人より明らかに量が多い弁当をペロリと平らげた狼娘が、若干物足りそうな顔をして弁当の底をペロペロと舐めると、背負い袋から小瓶を取り出す。

 小瓶に入った野苺を1つ取ると口の中に放り込み、満足そうな笑みを見せる。

 おそらくいつものように、舌の上で飴のように転がして味を楽しんでいるのだろう。

 

「んー、野苺も美味しいでありますが、またメリョンが食べたいであります……」

「メリョン?」

「あら? 旦那様は知らないのですか。メリョンは、丸くて大きい、外も中も薄い緑色のとても甘い果物ですよ。あの甘い香りが癖になりますね。私も好きな甘味の1つですね」


 アイネスが両手を出して、その上にその果物が載ってるような仕草をする。

 内容とその仕草から、メロンに近いイメージの果物なのだろうか?


「甘くて、すごく美味しいでありますよ!」


 そのメリョンとやらを想像しているのか、涎を垂らしながら、だらしないニヤけた笑みを浮かべるアカネ。

 年頃の女の子が、そんな顔をしたら駄目だぞ。


「もともと、サクラ聖教国でのみで栽培されていた果実ですが、こっちでも結構出回ってるはずですよ。旦那様はあまり知らないかもしれませんが、平民の祝い事の際に、よく食べられるものですよ。高級な物は、1つ1万セシリルしますが」

「高っ!?」


 自分の世界の高級メロン並の高さだな。

 そういえば、こっちの世界に来る直前にもメロンを食ってたな。

 まさかアレが、あっちの世界の最後の食事になるとは思わなかったけどね。

 

 ふむ、メリョンか。

 この世界のメリョンとやらがどんな味をする物なのか、ちょっと興味はあるな。


 昼食を終えて小部屋を出ると、4階層に足を進める。

 しかし、進めど進めど狼1匹会うことすらない状態で、先へ先へと進むことができた。


「何か気味わりぃな。迷宮の中が、こんなに静かなのも珍しいな」

「迷宮騎士団が間引き過ぎたせいで、狼達がいなくなったのでしょうか?」

「それにしても、全然狼の匂いがしないでありますよ。どこに行ったでありますかね」

『……』

「あいあいあー」


 皆が不思議そうな顔で口々に感想を言う。

 アクゥアは無言で、迷宮の奥の暗闇を見つめ続けている。

 ここまで一度もシミターを鞘から抜くことが無かったエルレイナも、不満気な表情でとぼとぼと歩く。

 結局、何事も無いまま5階層まで辿り着いてしまった。


「もうここまで来れば、最深部まで行ってもいいかもしれませんね。えーと、確かこの道を進んだ先にあるはずなのですが……」


 アイネスに指示されるがままに洞窟を進むと、突然に開けた広い場所に辿り着く。

 眼前に現れたのは、神殿の中に入り込んでしまったと勘違いするような大きく広い部屋。

 迷宮内とは思えないような神聖な雰囲気に、思わず圧倒されてしまった。

 複数の大きな柱の間の先に、巨大な扉のようなものが見える。

 よくよく見ると壁がキラキラ光っており、どこかで見た光景だと思ったら魔導書を読んだ部屋と同じ壁だ。

 この部屋も、魔法が使えないように細工されてるのかな?

 

「ありましたね。ここが初級者迷宮の最深部で有り、迷宮の心臓が収められている部屋ですね。迷宮神殿とも呼ばれている場所です」

「すごいなアイネス。ほとんど迷わずに、ここまで来れたぞ」

「初級者迷宮の地図は、安価で出回ってますからね。普段から穴が開くほど見てましたので、大体の順路は頭の中に入ってますから。さて、あとはギルドカードに、迷宮踏破の証を記録するだけですね」

 

 頼りになる我がパーティーのブレインに先導されながら、扉の前に近づく。

 まるで先に進む者を拒もうとするような頑丈そうな左右開きの扉に、動物をかたどったような煌びやかな絵が描かれている。

 巨大な狐のように見えるそれが、俺達を見下ろしている。

 おそらくこの扉の向こう側に、迷宮の心臓とやらが厳重に管理されているのだろう。


「この国の象徴である神獣のヨウコ様ですね」

「ヨウコ様?」

「でたよ、坊ちゃんの超世間知らずが。ヨウコ様はな、生きる伝説だぞ。この街で知らないって言うのは、かなりやばいぜぇ?」


 アイネスの台詞に反応したら、アズーラにツッコミを入れられてしまう。

 気になった言葉をそのままオウム返ししたら、常識外れをまたしても暴露してしまったらしい。

 アイネスが溜息を1つ吐くと、真剣な表情に変わり説明を始めてくれる。


「遥か昔、獣人達を奴隷にしていた人間達から解放する為に、天界から現れた戦女神様と共に戦った英雄達の1人であり、神獣とまでに呼ばれるようになったのが、狐人のヨウコ様です」

「へー」

「坊ちゃんさぁ、この街でヨウコ様を知りませんでしたなんて言ってたら、怖い狐人達にイチャモンつけられるから、覚えといた方がいいぜ。この街は狐人の商人が多いから、最悪店で何も買えなくなっちまうぜ」

「それは困るな。分かった、覚えとくよ」


 常識知らずのせいで、店で買い物ができなくなるのはすごく困りますな。

 そんな事になった日には、アイネス大魔神のメイスでフルボッコにされそうなので、真面目に覚えておきましょ。

 

「ヨウコ様は、この街の上級者迷宮の主でもあります。そして、この街の周辺にいる強力な魔物達を迷宮に引き寄せ、街の安全をずっと守り続けているこの街の守護神でもあります。さて、ヨウコ様の講義もこれくらいにして、魔道具は……これですかね?」

 

 アイネスが胸の谷間からギルドカードを取り出し、扉についてる出っ張りのような魔道具と思われる物を調べると、差込口のような穴にギルドカードを差し込む。

 しばらくして差込口から、ギルドカードが吐き出される。

 アイネスがギルドカードの中味をチェックして、満足そうに頷く。


「これで、迷宮踏破の証が――」

「あいあいあー!」


 突然にエルレイナが奇声をあげ、アクゥアが同時に鞘からシミターを抜いた。

 その様子に周りの皆もギョッとした表情で驚く。

 

「ウーッ!」

 

 俺達が入ってきた入口を、真剣な表情で見つめるアクゥアと白い牙を剥き出しにして威嚇するエルレイナ。

 いつもと様子が違う2人の反応に、何事かとアクゥアに声をかける。

 

『……アクゥア?』

『迷宮に入ってから気になってましたが、今日は魔物の気配がまったくしませんでした。いえ、言い方が悪いですね。正確には、いないように見せかけるために、他の魔物達は安全な所に逃げて、息を潜めていたのです』

『逃げる? 何から?』

『アレです』


 アクゥアの指差す先、入口の暗闇の中から黒い塊が顔を出した。

 俺達のいる部屋に、暗闇の中からゆっくりと姿を現したのは、遠目からでも分かる大きな動物。

 何の獣かと見つめていると、アズーラが大きく溜息をついた。


「あーあ、めんどくさいのに当たっちまったな。魔狼だよ」

「魔狼?」


 今まで聞いた事の無い名前に思わず反応して、その名前を聞き返してしまう。


「そうだよ。狼のちょっとやばい奴ってとこかな?」

「ちょっと待って下さい、アズーラ。魔狼は確か、中級者迷宮に出る魔物と私は聞いてたのですが、違うのですか?」

「そうなんだけどな、時々こっちにも出るんだよ。探索者ギルドの掲示板に貼ってるのを、見たこと無いのか? 倒せば、報酬金が出るんだぜ」

「それって、まさか……」

 

 俺達の会話の最中にも魔狼は歩みを止める事は無く、俺達に向かって歩を進め続ける。

 

「初級者殺し、だったかな? さーて、どうすんだ、リーダー? 決めるなら早めに決めろよ。この前みたいに、ビビッて判断が遅れると、一瞬で殺られるぞ」

「アズーラ。それは、私を馬鹿にしてるのですか? 言われなくても、すぐに決めますよ。初級者殺しと名がつくということは、中級探索者であれば倒せると言う事ですよね?」


 前回と違うアイネスの冷静な切り返しに、アズーラがピューと感心したようなニュアンスを含んだ口笛を吹く。


「アズーラが前に言っていた、パーティー内に最低でも中級探索者が、2人は必要と言っていた本当の意味が、やっと分かりましたよ」

「へー、お城育ちのお嬢ちゃんにしてはやるじゃねぇか。正解だよ。報酬金が出る魔物だから、初級探索者にはかなりヤバイ奴だが、アクゥアとエルレイナがいるんだったら、もしかしたらいけるかもな」


 アイネスとアズーラの視線が、魔狼を睨み続けるアクゥアに移る。


『アクゥア、今、皆と戦うべきか、逃げるべきかを相談しているんだが、アクゥアはどう思う? アズーラが、アクゥアとエルレイナがいれば、倒せるんじゃないかと言ってるんだが』

『……可能だと思います。それにあの魔物は、中級者迷宮では当たり前のように出る魔物です。むしろ、先々のことを考えて、一度このパーティーで相手をするのも良いのではないかと』


 アクゥアの台詞を訳して伝えると、アイネスが頷く。


「申し訳ありませんが、この部屋は魔法が使えなくなってますので、私の援護は期待しないで下さい」

「どっちにしろ、魔狼は魔法耐性ができてるから、あんましアイネスの魔法も効かないだろうし、問題ないだろ?」

「アズーラ……」

「あん?」

 

 アイネスが何か言いたげな不満そうな表情でアズーラを睨む。

 おそらくアイネスには役立たず的な発言に聞こえたので気を悪くしたのだろうが、すぐに気を取り直して真剣な表情で皆に視線を移す。


「転移石はあります。いざとなれば、逃げることは可能です。ただし、誰か1人でも重傷者が出た場合、もしくは危険だと私が判断した場合は、即座に撤退します。皆さん、良いですね?」

「了解であります!」

「ハヤト、俺から離れるなよ」

「分かってる」

 

 牛娘のアズーラが真剣な声色でそう言うと、俺を守るようにしてメイスを構える。

 アズーラに言われなくても、この状況で自分勝手な行動をとる勇気はない。

 珍しく俺を坊ちゃんとからかわないアズーラの様子からして、やはり今までにない危険な魔物なのだろう。


 アズーラに魔狼と呼ばれた魔物がこちらに近づくにつれ、徐々にその姿がはっきりと認識できるようになった。

 

 特徴的なのが、黒い体毛と血のように紅い2つの鋭い眼。

 ライオンとまではいかないと思うが、体長は2mを超えてるかもしれない。

 明らかに前回見た狼よりひとまわり大きく、体格も良い。


 アイネスの作戦をアクゥアにも伝えると、アクゥアが1つ頷く。

 エルレイナは既にシミターを鞘から抜いて構えており、いつでも行けそうな雰囲気だ。


『レイナ、行きますよ』

『はい、お姉様!』

 

 2人の最速獣人コンビが魔狼に向かって駆け抜ける。

 迷宮神殿の半分を超えたあたりで、魔狼がピタリと歩みを止めている。

 

 アクゥア達が魔狼に接近する直前に、いきなり弾かれたようにアクゥア達が後方に飛び退いた。

 魔狼が大きく口を開け、鼓膜を裂かんばかりの強烈な咆哮を放った。

 馬鹿でかい咆哮に思わず耳を塞ぎながら様子を見ていると、2人が左右に飛び退いた隙を突く様に、2人の間を縫って魔狼が駆け抜けて来る。

 血のように真っ赤な眼を持った魔狼が大きな身体を揺らし、こちらに向かって突撃するかのような勢いで走ってくる。

 

「チッ! あいつら、何やってやがる! ハヤト、少し下がってろ!」

 

 若干イラついたような台詞を吐くと、アズーラが棘メイスを構える。

 慌ててアクゥア達がこっちに向かって走ってきているが、魔狼の方が若干足が速いようだ。

 魔狼の突進に対して、カウンター狙いの一撃を食らわそうと棘メイスのフルスイングを放つ。

 しかし、魔狼はアズーラの攻撃を予測していたかのように俺達の手前で大きく跳躍して、俺達を飛び越えた。

 

「アカネ!」

 

 悲鳴にも似たアイネスの叫び声に後ろを振り返ると、魔狼が背負い袋に噛み付いてアカネを持ち上げていた。

 最初からアカネ狙いだったのか、軽々とアカネを持ち上げた魔狼は、その大きな身体を左右に揺らすとそのまま勢いよく柱にアカネを叩きつけた。

 激しく柱に身体が衝突したアカネが、意識を失ったのか床に崩れ落ちる。

 

「ヒッ!」

 

 アイネスが小さな悲鳴をあげる。

 守る者がいなくなった兎娘のアイネスに魔狼が顔を向け、メイスを両手で持って震えながらもアイネスが身構える。

 魔法を使うことが出来ないアイネスの前に、黒い影が滑り込む。

 

 俺の眼前で大量の紅い鮮血が、宙に舞い散った。


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