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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第2章 初級者迷宮攻略

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ウルフリベンジ

 

「あいあいあー!」

「キャイン!」

 

 飛び掛ってきた山犬を器用にかわし、すれ違い様にシミターを横薙ぎに振り抜くエルレイナ。

 噛み付こうと飛び掛った山犬は、狐娘から予想外の反撃を食らい、悲鳴のような鳴き声をあげる。

 

「あいあいあー!」

 

 狐娘に斬り裂かれたことにより、山犬が体勢を崩したのをエルレイナが見逃すはずもなく、胴体にシミターを使った渾身の一突きを放つ。

 串刺しにされた山犬はしばらく悶絶した後、地に伏した。

 

『お見事ですよ、レイナ』

『はい、お姉様!』

 

 アクゥアがエルレイナを褒めながら、自分に飛び掛ってきた山犬を器用にかわし、すれ違い様にシミターで斬り飛ばす。

 黒猫娘に斬り飛ばされた山犬が、宙を舞った。

 牛娘のアズーラが、棘メイスのフルスイングで山犬を殴り飛ばした時ぐらいの威力があるよな。

 アズーラとレベル10も差があるとはいえ、ホントその小さな身体のどこにそんなパワーがあるのかね?

 

 恐らく致命傷だったのだろう、山犬が地面に叩きつけられてしばらく悶絶すると動かなくなった。

 しかも今、山犬が後ろから飛び掛ってきたのに振り向かずに避けて斬ってたよな。

 アクゥアさんは、頭の後ろにも目があるのですか?

 

『私のやってる事をよく見て、上手く自分のモノにしてますね。素晴らしいですよ、レイナ。貴方は出来る子です』

『はい、お姉様!』

 

 『アクゥアお姉様の、ご指導の賜物です!』と言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、アクゥアに頭を撫でられて嬉しそうに尻尾を振るエルレイナ。

 エルレイナが山犬と戦っている間に、他の3匹を斬り伏せたアクゥア。

 しかも、山犬達との戦闘が始まってすぐに投擲ナイフを暗闇に投げてコボルトを倒してるから、実質1人で4匹も倒してる。

 今日はいつも使ってる苦無から攻撃範囲の広いシミターに武器を変えてるから、もはやアクゥア先生の独擅場どくせんじょうだな。

 

「いけそうだな」

「そうですね。この様子でしたら、狼戦もエルレイナを前衛とした戦いができそうな気がしますね」

 

 俺の呟きに、アイネスが真剣な表情で頷く。

 おそらくエルレイナの動きを見ながら、エルレイナを前衛にした狼戦の新しいフォーメーションを脳内イメージしているのだろう。

 本日3度目の山犬達の戦闘で、アイネスのOKもそろそろ出そうな雰囲気だ。

 アクゥアが山犬と戦ってた時の動きをよく見て、エルレイナが予想以上にアクゥアの動きを上手く模倣している。

 狩猟民族なウホウホ野生児だからか、言葉で教えるよりも実践で見せた方がエルレイナは吸収が早いみたいだ。

 この調子なら、午前中の実践練習だけで何とかなりそうだな。

 

 本人的には遊んでるようにも見えなくは無いが、こちらの戦力になるんだったら何でも良い。

 エルレイナはもともとレベルが高いし、反射神経はすごく良いから避けるのは問題無さそうだな。

 後は、シミターの扱いさえ問題無ければエルレイナも充分に前衛で活躍できる。

 

「もう1回、山犬達とエルレイナを戦わせてみて、問題無ければ昼食を挟んで狼と再戦しましょう。アカネ、次の山犬達を探して頂戴」

「分かったであります。スンスン、こっちであります!」

 

 アカネに先導されながら、午前中最後の山犬戦にエルレイナを挑ませた。

 3階層にも足を伸ばして山犬達とも戦ってみたが、ナイフよりも攻撃力があるシミターなので、エルレイナでも難なく山犬達も斬り伏せることができることが分かり、アイネスはかなり満足そうだ。

 適当な小部屋を見つけると、アイネスがご機嫌そうな表情で持ち歩いてた3段弁当をアカネに渡し、サンドイッチの入ったバスケットを開く。

 バスケットからサンドイッチを取り出し、それを齧りながら午後の方針をアクゥアと相談する。


『午後からは、狼達とまた再戦したいとアイネスが言ってるが、エルレイナは大丈夫そうか?』

『はい、問題は無いかと。レイナはシミターを今日使い始めたばかりなので、少し剣に振り回されてる所がありますが、狼が相手なら特に問題無い範囲です』

 

 へー、そうなんだ。

 素人目にはエルレイナが楽しそうにシミターを振り回してるようにしか見えんが、アクゥア先生的には気になるところなのだろう。


『了解。じゃあ、アイネスにそれを伝えておくよ』

『はい、お願いします』


 午前中を沢山動いたからか、ラウネをモリモリ食べるエルレイナ。

 その隣では、肉が沢山入った重箱弁当を口の中にかきこむように食べるアカネ。

 アカネは午前中ほどんど戦いに参加してないはずなのに、よくそんなに食べれるよな。

 

 昼休憩を挟み、いよいよ狼達のいる4階層に足を運んだ。

 昨日と同じように大勢の狼達に取り囲まれないように、アカネに先導されながら慎重に足を進める。

 

「来るであります!」

 

 アカネの言葉に、パーティー内に緊張が走る。

 他の4人が俺とアイネスを守るようにして密集隊形を作る。

 獣の走るような足音と共に、暗闇から現れたのは4匹の狼。

 

「……4匹ですか? 随分、少ないですね。どうやら、迷宮騎士団が間引いてくれたみたいですね」

 

 アイネスが周りを警戒するように視線を移動させて、俺達の前方に現れた狼達を睨む。

 

『それで、隠れてるつもりですか?』

 

 おもむろにアクゥアが呟くと、投擲ナイフを取り出して暗闇に投げた。

 「キャイン!」と暗闇の中から狼の悲鳴にも似た鳴き声が聞こえる。

 

「5匹だったな」

「うるさいですよ、アズーラ」

 

 凶悪兜で表情は見えないがおそらくニヤニヤと笑ってるであろうアズーラに、アイネスがムッとした顔で睨む。

 昨日より数が少ないと分かったからだろうか、どことなく皆の表情にも余裕の色が見える。

 

『レイナ、行きますよ』

『はい、お姉様!』


 アクゥアが鞘からシミターを抜くと、エルレイナも戦いの合図だと理解したのか鞘からシミターを抜く。

 エルレイナが剣を抜刀したと同時に、黒猫娘が銃から撃たれた弾丸の如く狼の群れに突撃して、狼の1匹が後方に吹き飛んだ。

 その左右にいた狼達は「キャイン!」と情けない声で鳴いて、血飛沫を舞い散らせながら左右に飛び逃げる。

 アクゥアが体を捻って回転するような動きを見せたから、おそらく1匹を蹴り飛ばすと同時に、左右の狼を斬り飛ばしたのだろう。

 派手にやるなぁ。

 

「あいあいあー!」

 

 アクゥアが3匹を同時に相手をしている間に、エルレイナが残りの1匹に駆け寄る。

 狼もエルレイナに気づいて飛びかかるが、それをジャンプして空中で横回転しながら避ける狐娘。

 「キャイン!」と一声上げると、エルレイナとすれ違った狼が背中から血を流し、怒り狂ったように唸り声を出してエルレイナを睨む。

 

「グルルル!」

 

 どうやら、すれ違い様に空中で横回転しながらシミターで狼の背中を斬り裂いたみたいだ。

 お前は軽業師かよ。

 その後も、何度も狼がエルレイナに飛びかかってるが、エルレイナは器用に避けながらシミターで狼を斬り裂いている。

 あっちの2人は、問題なさそうだな。

 

 問題はこっちだな。

 2人が狼達と激しい乱戦をしている間に、こちらは暗闇を徘徊しているもう1匹の狼を警戒する。

 前回と同じように光苔が少ない所に誘われたので、狼が視認しづらい。

 

「もう1匹いるはずだが、どこに行ったと思う?」

「恐らくすぐ近くにいるはずです、皆さんは動かないで下さい。私が見つけ次第、足止めをします」


 アズーラが暗闇へ探るように視線を動かす。

 兎娘のアイネスは三角帽子を外し、目を瞑って耳を澄ましている。

 アイネスが何やら魔法を放つ雰囲気を醸し出しているが、火球ファイヤーボールだと足の速い狼は当てづらいのではないのか?

 標的の指輪を使うにしても狼が闇の中にいたんじゃ、まず目標に魔力糸を当てれないし、どうするつもりなんだろう。

 突然にアイネスが目を開くと、右手を闇に向かって突き出す。

 

雷気線エレキライン!」

 

 アイネスの右手がバチンと帯電したかのような音と青白い光を放った後、突き出した右手から高速の電気の線が飛びだした。

 

「ターゲット! 火球ファイヤーボール! アズーラ、今です!」

「おうよ!」

 

 アイネスの電気魔法の光で一瞬見えた狼に魔力糸が付着し、その糸を辿るように火球ファイヤーボールが移動する。

 狼が逃げるかと思ったが、なぜか狼はうずくまってすぐに動き出そうとしない。

 火球ファイヤーボールに追従するように、アズーラが狼に向かって走っていく。

 

「焼き狼、一丁上がり!」

「キャイン!」


 火球ファイヤーボールが着弾して身体の一部が燃えることによって姿を現した狼に、牛娘の棘メイスによる痛恨の一撃がおみまいされた。

 下から掬い上げるように胴体めがけて振り上げた強烈な一撃に、狼が宙を舞う。

 その後に、アズーラが狼を数度殴打して止めを刺した。

 

「フゥー、こっちは終わったみたいですね」

 

 実は緊張していたのか、一仕事終えたかのようにアイネスが息を吐き出すと、アクゥア達の方に視線を移す。

 

「あっちも、無事に終わったみたいですね」


 地に伏してる狼達の中心で、アクゥアがエルレイナの頭を撫でていた。

 あの2人はアイネスの予想通り、狼達との相性が良いみたいだな。

 

 アカネ達が他の狼を警戒している間に、さっきの初めてみた魔法が気になったのでアイネスに尋ねてみる。

 

「アイネス、今の魔法は何?」

「え? あ、はい。雷気線エレキラインという、雷属性の魔法です。攻撃力は無いですが、着弾時に相手を一時的に痺れさす事が可能な魔法です」

「あー、それでさっき、狼がすぐに動かなかったのか」

「そうです。火球ファイヤーボールだとすぐに避けられますし、暗闇だからアズーラに視認しやすいように、複数の魔法を組み合わせたのです」


 なるほどな。

 高速で飛び出る雷気線エレキラインで足を止め、その間に火球ファイヤーボールを着弾させて、アズーラに止めを刺さすように指示を出したのか。

 相変わらずの頭脳プレイだな。

 雷気線エレキラインっていうのは、俺の世界のスタンガンが飛び道具になった魔法なんだろうな。

 着弾すれば電気ショックで、一時的に痺れるんだな。

 

「使える魔法は、火球ファイヤーボールだけじゃなかったんだな」

雷気線エレキラインは、火球ファイヤーボールの倍の魔力を消費します。今日は狼戦の為に、魔力を温存していたので使ってみました。狼に使ったのは初めてでしたが、何とか上手くいったようですね」

 

 アイネスが、おもむろに人差指を顔の前に差し出す。

 すると、次の瞬間にポッという小さな音と共に、指先から小さな火が出てきた。

 

「ちなみにこれは、魔法使いが覚えることが可能な、発火と言う初級中の初級の魔法です。そういえば、旦那様には言ってませんでしたね。私が今修得している魔法は、この3つですよ」

 

 アイネスがフッと息を吹きかけると、指先の火が消えた。

 何と言うか、使い捨てライターが指先ライターになったみたいだな。

 とりあえず火が欲しいと思った時に、役立ちそうな魔法だな。

 

「さて、次の狼を探しましょう。アカネ、お願いしますね」

「分かったであります。スンスン、こっちであります!」

 

 しばしの小休憩の後、次の狼を探す。

 次に俺達の前に現れたのは4匹の狼達。

 アクゥアが周りを視認したが今回は伏兵がおらず、アクゥアとエルレイナの2人が狼達の群れに突撃した。

 

 さっきと違って、今回はじっくりとエルレイナとアクゥアの戦いを観察できる。

 野獣姫が派手でアクロバティックな避け方をするのに対し、忍者猫娘は必要最低限の動きで狼の突進攻撃を避け、すれ違いざまに狼達をシミターで斬り裂いている。

 エルレイナは近くにいる敵を全力で斬り裂いているのに対し、アクゥアはエルレイナに攻撃が集中しないように、複数の狼達を攻撃して自分を囮にするようにうまく誘導している。

 目の前の敵しか見てない野生児と周りがよく見えてる忍者娘では、やはり経験の差は歴然だな。

 

「予想以上に順調ですね。あの2人なら、安心して見ていられます」

「獣人でレベル15もあれば、装備次第では中級者迷宮の攻略に挑戦できるレベルだからな」

 

 真剣な表情でアクゥア達を見つめるアイネスの呟きに、他の狼の襲撃に備えて周りを警戒してるアズーラが反応した。


「たしか、イルザリスの中級者迷宮に挑戦する目安としては、獣人のレベル15、戦士のレベル10、獣戦士のレベル5が一般的な基準と言われてましたよね?」

「そうだなぁ。だいたい、そんなもんだな」


 アイネスの質問にアズーラが1つ頷く。

 シミターを持ったレベル15コンビには、この階層の狼達は比較的に楽な部類なのかね?


「終わったみたいでありますよ」


 アカネの台詞に振り向けば、狼達を殲滅したアクゥアとエルレイナが楽しそうに会話をしながらこっちに戻ってきていた。

 まだまだ余裕そうだな。


「私達も、負けていられませんね。アカネ、次の狼達を探して下さい。今日はそれで最後にしましょう」

「了解であります!」

 

 アカネの先導で次の狼達を探す。

 現れたのは5匹の狼。

 

『アクゥア?』

『伏兵がいますね。アイネスさんに、2匹闇に隠れていると伝えてもらえますか?』

 

 暗闇を睨むアクゥアに問い掛けると、アクゥアが2本の投擲ナイフを取り出した。

 アクゥアが腰を下ろすと、地面に生えている光苔を握る。

 投擲ナイフに光苔を擦り付けると立ち上がり、闇の中に向かってアクゥアが投擲ナイフを投げる。

 闇の中から「キャイン!」という2つの鳴き声が聞こえたから、上手く命中したのだろう。

 

『行きますよ、レイナ』

『はい、お姉様!』

 

 シミターを鞘から抜いた2人の獣娘が、風を切るような速さで狼の群れに走って行く。

 2つの刃の暴風に翻弄されて、狼達はこっちに来る余裕が無さそうだ。

 あっちは2人に任せて良いだろう。

 さてと、問題はこっちの狼だが……アレかな?

 微弱な光だが、暗闇の中を薄っすらと何かが動いている。

 

「皆さん、狼は見えてますか?」

「大丈夫であります!」

「おうよ、2匹とも見つけたぜ」

 

 先程の戦いでアイネスが思いついた作戦だったが、上手くいったようである。

 アクゥアは夜目が利くから問題無いけど、暗闇に隠れられると俺達には狼が視認できる範囲に来てくれるまで、見つけにくいからな。

 狼の癖に数で陽動しておいて、油断したところを暗闇から襲撃するとは小癪な奴らめ。

 皆さん、やっておしまいなさい!

 

「先程と同じように、1匹は私が足止めをしますので、アズーラが止めを刺して下さい」

「ういよ」

「アズーラが離れている間は、もう1匹をアカネにお願いします。アカネ、大丈夫ですね?」

「大丈夫であります!」

 

 アイネスが1匹を狙い始めると、反対側から隙を付くように暗闇の中を移動してる狼をアカネが警戒する。

 牛娘のアズーラが離れるのは不安だが、ここはアカネを信じるしかない。

 

雷気線エレキライン!」


 先程と同じように、アイネスの右手がバチンと帯電したかのような音と光を放った後、突き出した右手から高速の青白い電気線が飛び出す。

 

「アズーラ、今です!」

「おっしゃあ!」


 痺れて動けなくなった狼に、アズーラが突撃する。

 一度動きが止まれば、アクゥア達のように足が早くないアズーラでも一撃を入れることができる。

 牛娘の棘メイスによる重い一撃が、狼に振り下ろされた。

 暗闇から狼をアズーラが明るい所に引き摺り出す。

 

「キャイン!」

「おらよ! 隙だらけだぜ!」


 一度足が止まればこっちのものだ。

 姿も見えて足の遅い魔物になってしまえば、アズーラの前では狩りやすい獲物に成り下がり、棘メイスの滅多打ちの餌食となる。

 良い連携プレーだな。


「ガァアアア!」


 突然の鼓膜を裂かんばかりの咆哮に、驚いて後ろを振り向く。

 暗闇に潜んでたもう1匹の狼が、いつの間にか俺達のすぐ近くまで来ており、なぜかアイネスの雷気線エレキラインを食らったかのように硬直していた。

 

火球ファイヤーボール!」


 目の前にまで近づいていた狼に気付いたアイネスが、火の球を放つ。

 火の球が狼に着弾し、それに追随するようにアカネのシミターが狼を斬り裂く。

 

「キャイン! キャイン!」

「あいあいあー!」


 アカネに斬り付けられ、アイネスに身体を燃やされた狼が、俺達から離れて情けない声で鳴きながら右往左往している。

 目敏くそれを見つけた野獣姫に補足され、焼き狼がシミターの餌食となった。


「アカネ、よくやりました! さすが狼人ですね。咆哮で獣を足止めできるのは、かなりの強みですね」

「た、大したことないでありますよ」

 

 手放しで褒めるアイネスに、アカネが照れたように頬をかく。

 しかしすぐに、お腹をさすって腹が減ったような表情をするアカネ。

 

「でも、これをすると少しだけお腹が空くので、痩せてる間はあまり使いたくないでありますよ」

「大丈夫ですよ、今日もたっぷり兎肉を焼きますから、すぐにお腹がいっぱいになりますよ」

「それは、楽しみであります!」

 

 狼達が無事殲滅できたところで、今日は迷宮探索を引き上げることにした。

 今日も大量の収穫があったからか、アイネスが目に見えて上機嫌だ。

 

 迷宮の2階層あたりまでくれば、大して強い魔物も出てこないので駄弁りながら迷宮内を移動する事ができる。

 4階層をうろついている間は緊張していた皆の表情も、どことなく安堵したように見える。

 2階層ならたとえゴブリンが出てきたとしても、シミターという新しい玩具を手に入れたエルレイナが、喜んで狩ってくれるしな。

 あ! またゴブリンが宙を舞いましたね。

 お前はほんと元気だよな。

 

『たぶん、レイナは二刀流にしたいのでしょうが、片手でシミターを振り回すのはまだ難しそうですね』


 ゴブリンと楽しそうに戯れるエルレイナを見つめながら、アクゥアが呟く。

 アクゥアが言うように二刀流を意識してるのか、シミターを左手にサバイバルナイフを右手に持って振り回している。

 あー、そういえばエルレイナは左利きだっけ?


『お師匠様が言ってたのですが、中級職業の剣士に転職すれば、腕力の職業補正が大きくされると言ってました。筋力の職業補正がされる獣戦士に転職するのも良いのですが、レイナの場合は魔物の攻撃を避ける為の脚力と反射神経は十分にあると思います。獣戦士よりも腕力の職業補正がされる剣士に、早い段階で転職した方が良いかもしれませんね』

『ふーん』

「何のお話ですか? 迷宮攻略に関わる話なら、私にも分かるように訳して下さいませんか?」


 可愛らしく頬を膨らませたアイネスが、俺達の会話に割り込んできて私にも説明しろとせがむ。

 アクゥアの喋ってた内容をそのままアイネスに伝えると、アイネスが頷く。


「なるほど。アクゥアがそう言うのなら、それも良いかもしれませんね。エルレイナのことは、アクゥアが一番詳しいですしね。この調子で問題なく進めば、初級者迷宮も残すは5階層の最下層のみですし、中級者迷宮に向けてそろそろ準備を始めないといけませんね」


 アイネスが人差し指を頬に当てながら、考えるような仕草をする。

 なんだ、初級者迷宮って5階層で終わりなんだ。

 10階層ぐらいあるのかと思ってたけど、意外と浅いんだな。

 まあ、初級って名が付くくらいだし、そんなもんなのかね?


「一応、中級者迷宮を攻略する前に、皆さんは獣戦士に転職させるつもりですが、アクゥアはその後の中級職業で、転職したい希望職業はありますか?」

『そうですね。私はもともと隠密と足の速さを得意としてますので、お師匠様には忍者を目指せと言われてました。そのために、まずは狩人になれれば良いかなと』


 異国語で会話する2人の間に立ち、2人の会話をそのまま通訳してると、アイネスが満足そうに頷く。


「なるほど。上級職業の忍者になるためには、中級職業の狩人になる必要があるようですし、私もアクゥアにはそっちの方が向いてると思うから、その意見には賛成ね。アクゥアは優秀ですから、飛び級で初級職業を飛ばして、いきなり中級職業に転職できそうですしね。わざわざ、獣戦士に拘り続ける必要も無いでしょう」

「あいあいあ?」


 さっきから気になるキーワードが飛び交ってるので、それについて尋ねようとした所でエルレイナが会話に入ってくる。

 ゴブリンを掃討し終わったエルレイナが、こっちに戻ってきたようだ。


『レイナ、こっちに来なさい。顔を拭いてあげます』

『はい、お姉様!』


 ゴブリンの返り血を浴びたエルレイナを、アクゥアが布で綺麗に拭きとる。

 アイネスの方を見ると、真剣な表情で何やら考え事に没頭をしているようだ。

 たぶん今は、邪魔をしない方が良いんだろうな。


 迷宮を出て、転移石を返却する為に受付所に向かうと、何やら受付前で騎士さん達が真剣な表情で話し合っていた。

 なんか既視感のある光景だぞ。

 今日はサリッシュさんもいて、何か大事になってる雰囲気がある。


「すごく、嫌な予感がするんだが……」

「旦那様もですか? 実は私も、何故かすごく嫌な予感がします」


 アイネスと思わず目配せをしてしまう。


「何かあったのですか?」

「あー、君達か? 午前中に、例の奴がまた現れたんだ」


 前回、エルレイナが犯人と思わしき事件が会った時に、受付をしていた騎士さんが反応する。


「今回も現場には、執拗に切り刻まれたゴブリン達が見つかっている。酷い物は、わざわざ頭を鈍器でなく、鋭利な刃物でかち割られている。しかも、前回と同じように気味の悪い奇声も聞こえたらしいから、おそらく前回と同じ奴だろう。今の所は魔物以外で、人が斬られたという報告は無いから、騎士団の方では警戒するのみとしているが、万が一ということもある。勘が良いのか、私達の巡回網を巧みに潜り抜けているようで、足取りがなかなか掴めていない。いろんな意味で頭の切れる奴みたいだから、君達も警戒するように」


 うわー、予想通りの事態が発生しとりましたか。

 今回は前回の失敗を繰り返さないように早めに切り上げたつもりでしたが、やっぱり頭をカチ割ったのが目立ってしまったか。


 本当にごめんなさい、騎士さん。

 前回と同じく、たぶん犯人はエルレイナです。


 恐らく全員が同じことを思ったのだろう、後ろでガツガツとラウネを食う人物に視線が集中する。

 今日もいっぱい動いた為か、ラウネをモリモリ食べる切り裂き魔の真犯人こと、狐娘のエルレイナ。


「ハヤト、何か知ってるのか?」


 バツの悪そうな顔でお互いの顔をみやる俺達に、サリッシュさんが何か思う所があったのか、尋ねるような視線をこちらに向ける。

 

「もしかしたらって、思うところがあるのですが……」

「ふむ。何やら訳有りそうだな。少し話を聞かせてもらおうか」

 

 これ以上この話が大きくなっても問題があると思ったので、サリッシュさんに打ち明けることにした。

 俺達は個室に連れて行かれて、サリッシュさんに事の顛末を説明する。

 

「ふむ、なるほど。奇声の証言とも当てはまるな。部下の中には、ゴブリンの亜種が現れて、同族のゴブリンと喧嘩しているのではという意見もあってな。初級者迷宮に入る者達は、レベルが低い者が大半だからな。彼らには、それなりに脅威だから、部下達が必要以上に心配していたんだ。とりあえずは、分かった」

「ご迷惑をおかけしました」

「かまわん。人に危害を加えないように、君達で気を遣ってくれたのだろう? なら問題は無い」


 良い人だなー。

 部下に慕われる上司って、こんな人なんだろうな。

 

「どっちにしろ、後で私が直接迷宮に潜って調査するつもりだった。それで特に何もでなければ、この件もそれで終わりということだ」

 

 俺達には特にお咎めも無さそうだし、この様子だとゴブリン切り裂き魔事件も無事に解決しそうだ。

 家に帰る前に、ロリン家にも立ち寄る。

 ロリンのご両親がいつも以上にニコニコしているが、何か良いことでもあったのだろうか?

 

 怖い狼達のいる迷宮から無事に帰還し、食堂で茶を飲みながらくつろいでると、台所からアイネスとロリンの会話が聞こえてくる。

 どうやらアイネスが作った兎肉を食べたロリンの両親が、感動していたという話をしているみたいだ。


「お父さんが泣きながら、『これが宮廷料理か!?』って喜んで食べてました!」

「フフフ、それは良かったですね」

「はい!」


 ロリンパパ、泣くほど感動したのか。

 だが残念ながら、それは初級者迷宮で捕れる普通の兎肉です。

 元侍女のアイネスが作ったとなると、何でも宮廷料理に早替わりするのね。

 アイネスは料理も上手いし、城で侍女をしてたこともあるって言ってたから、勘違いするのも仕方ないかもしれないが。

 

 アカネとエルレイナがバタバタと廊下を走り回る音が聞こえる。

 おそらく晩御飯の準備が終わったから、剣の練習をしに裏庭に出たのだろう。

 風呂の準備が終わるまでまだ時間が掛かりそうだから、暇つぶしに裏庭に出てみる。


 今日はアカネがシミターを使って、フルスイングの練習をしている。

 おそらく昨日アクゥアに教わった、狼の両足を切断した技の練習をしているのだろう。

 『狼人も腕力がある種族なので、練習次第ですぐにできますよ』とアクゥアに言われてから、アカネは必死に練習をしている。

 うむ、昨日より様になってるような気がするな。


「あいあいあー!」


 エルレイナの方は相変わらず二刀流を諦めきれてないのか、木刀を2本もってアクゥアと模擬戦を繰り返してる。

 今日の戦いで『レイナは勘が良い子なので、剣士になれば、修行次第で化けるかもしれませんね』とアクゥアに褒められてたから、ますますヤル気になってるのかな?

 狼戦でも見せた空中で回転しながら斬るとか、無駄に派手なアクションを見せているが、残念ながら全部アクゥア先生に木刀で捌かれてるか避けられている。

 やはり経験の差は、いかんともしがたいな。

 

 皆の練習を眺めながら、さっき迷宮でアイネスに言われたことを思い出す。

 明日5階層にも行けそうだったら、行ける所まで一気に行って、最深部で迷宮踏破の証を獲得するとか言ってたな。

 たしか、初級者迷宮を踏破したら特別報酬が出るとか。

 報酬は1人1万セシリルだから、それは個人のお小遣いにしても良いから、何買うか決めとけとかアイネスが言ってたけど、どうしようかねー。

 

 とりあえず、おっぱい兎娘の沢山いる娼館のお値段調査を、アイヤー店長に依頼しないとな。

 前回、腹黒兎娘に阻止された野望を、今こそ復活させる時でありますぞい!

 題して、お小遣いを溜めて娼館に行くぞ作戦。

 

 やっぱり兎娘は、どこぞの意地悪な性格の上にメイスで人を叩くような女性では無く、優しく包み込んでくれる女性が一番だよな!

 素晴らしき未来を描いて、思わず顔がニヤけてしまう。

 グフフ、妄想が止まりませんなぁ。

 

「旦那様?」

「ヒィッ! あ、アイネス!? なぜ、ここに……」

「明日の迷宮探索のことで、お話をしておきたいことがあったのですが、その前に話し合いをしないといけないことがありそうですね?」

「な、なんのことかな?」


 どうして、この狙ったかのようなタイミングで俺の背後に?

 やっぱり貴様は、新手の能力者か!?


「なぜ、目を逸らすのでしょうか? その顔は、私に語れない疾しい事がある証拠ですね。さて、お小遣いの使い道を、私とゆっくり話し合いましょうか、豚野郎?」


 俺の顔を見るとニコニコと可愛らしい笑みを浮かべながら、メイスを構える撲殺天使。

 こうして御主人様の野望が、また1つ闇に葬られてしまうのだろう。

 

 ひどいであります!


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