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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第2章 初級者迷宮攻略

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17/60

あいあいあーとねんがんのシミター

 

「き、筋肉痛で動けないであります……」


 今日も珍しく日の出と共に起き、早朝訓練を覗いたら狼娘のアカネの姿が見えなかったので、なんとなく様子を見に来たらコレである。

 筋肉痛がひどすぎて、布団から出られないみたいだ。

 どうやら全身にまで筋肉痛が走っていて、指一本動かせないようである。


 まあ、昨日はあんだけ激しい運動をしてたからそうなるわな。

 激ヤセのアカネにしては、よく頑張ったほうだと思うよ。

 やっぱり、狼人だから激ヤセでもあんなに動けるのだろうか?


「いだぃッ!」


 身体を動かそうとする度に、筋肉痛の痛みで悲鳴を上げるアカネ。

 この様子だと今日は、迷宮に潜るのは無理かもな。

 対照的に狐娘のエルレイナはピンピンして、今日も朝早くから猫娘のアクゥアと剣術の練習をしてるけど。

 あっちは野獣姫だからか、普段から身体ができていて大して筋肉痛にならなかったのかな?

 窓から覗くと、昨日と同じように2本の木刀を両手に持ってアクゥアに飛び掛っている。

 二刀流が気に入ったのかな?


「皆さん、朝御飯ですよー」


 1階からアイネスの声が聞こえる。

 今にも死にそうな顔をしていたアカネが、突然に目をカッと見開いた。


「朝御飯でありますかぁあああ!」


 布団を蹴り飛ばし、アカネが立ち上がった。


 立った! アカネが立ったー!


 ええええええ!?

 油が切れて錆付いたロボットのように、ぎこちない動きをしながらも2階から食堂に向かって降りて行くアカネ。

 さすがハラペコ狼娘である。

 御飯にかける情熱は、激しい筋肉痛すらも乗り越えましたか。

 

 まるで見えない筋肉養成ギプスを腕にされたかのような、ぎこちない動きで朝御飯を食べるアカネ。

 パンを持つ手がプルプル震えてるぞ。

 もはや執念だな。

 

 そんなアカネに兎娘のアイネスも苦笑しながら、俺の朝食を用意してくれる。

 エプロン姿のロリンが踏み台を持って、とてとてと歩きながら俺の横を通り過ぎて行く。

 踏み台を置くとその上に上がり、壁に飾ってる日めくりカレンダーをめくる。

 日めくりカレンダーの日付が、春月の68日に変わった。


 朝の食事を終え、皆が迷宮へ潜る準備をしている横で俺も巫女服に着替える。

 

『レイナ、アイネスさんからシミターを使う許可がでましたよ。私の言う事を聞いて、しっかりと学ぶように』

『はい、お姉様!』

 

 エルレイナが頷き、本当に分かってるのかどうか判断のつきかねる元気の良い返事をする。

 アクゥアがいつもと違ってシミターを2本持ってるから、頭の中があいあいあーなウホウホ野生児でも、今日からシミターが使えるというのを感覚的に理解しているのかもな。

 さっきから、アクゥアのシミターをしきりに目で追っているからな。

 アクゥアの指導のおかげか、装備も自分1人で出来るようになって、サバイバルナイフが入った収納ホルダーもしっかり腰に巻いている。

 皆が準備している間も畳の上をしきりにウロウロして「まだ行かないのか?」といった感じの視線をこっちに投げかけている。

 

 ヤル気満々だな。

 今すぐ持たせるといきなり鞘から抜いて街で振り回す危険があるから、迷宮に潜るまでは持たせないことにしたけど正解のようだ。

 恐らくナイフを初めて持った前回と同様に、ゴブリン達を震え上がらせた悪夢が再び繰り返されるのだろう。

 切り裂き魔の再来である。

 ゴブリンさん、南無。

 

 皆の準備ができたところで迷宮に向かう。

 その前に、ロリンの家に立ち寄らないと行けないが。

 

 そう思って後ろを振り向けば、案の定というかアズーラの周りを不審者がうろついていた。

 

 朝のうちにアイネスが焼いた兎肉を、鍋に入れて持ち歩く牛娘のアズーラ。

 ロリンへの報酬として調理済みの兎肉を渡すことになっているので、それを襲撃者に奪われないようにロリン家までアズーラが警護している。

 昨日の狼の如く目をギラギラとさせて、兎肉の入った鍋を睨む襲撃者こと狼娘のアカネ。

 

 アカネに持たすと鍋の中に入ってたものが、いつの間にか胃の中に入ってそうだから、アズーラに持たす事にして正解だったな。

 兎肉の美味しそうな匂いにあてられたせいか、カクカクしてた動きも恐ろしいぐらいにスムーズになってる。

 「グルルル……」と唸り声を出しながら、アズーラの周りをウロウロする狼娘。

 傍から見るとアブナイお嬢さんだ。


 さっき朝御飯、食べただろ?

 夕食でまた同じ物が食べられるんだから、他人の御飯を狙っちゃ駄目だぞ。

 それと涎を拭きなさい。

 女の子が朝からそんな顔をしてたらいかんだろ。

 アイヤー店長がまたお昼用のスタミナ弁当を仕入れてくれてるだろうから、それで夜まで我慢しなさい。


 事前注文してたら、何でも揃えてくれるアイヤー店長はさすがだよな。

 『ナンデモアルネ雑貨店』の名は伊達じゃないですね。

 人の多い市場まで行かずに済むから、今はなるべく危険な奴らを避けたい俺達には大助かりである。

 

 おそらく今日も、いつものサンドイッチが大量に入ったバスケットと、アカネ用の特製スタミナ弁当が用意されているのだろう。

 こっちのサンドイッチは、白パンと言われる味は無いが柔らかいパンで肉やサラダを挟んだりしている物が多い。

 元いた世界に比べると味はかなり落ちるが、それでも無いよりはマシだ。

 エルレイナだけは夜の肉料理で充分に満足しているのか、サンドイッチに手をつけずに迷宮で拾ったラウネをいつも昼御飯にしている。


 弁当を食べないエルレイナ分の食費が浮いてるから、代わりにアカネの弁当がスタミナ3段弁当に進化している。

 どの段も見事に肉尽くしで見る方がげんなりしそうな物だが、アカネは大喜びでいつも食べてる。

 本当に肉が好きだよな。

 

 迷宮に移動する途中で、ロリン家に寄ってご両親にロリンを預かってもらう。

 本日の戦利品である兎肉が入った鍋を持って、ロリンが嬉しそうな表情で両親のもとへ駆けて行く。

 アカネがその後ろ姿を、すごく残念そうに見送っている。

 いい加減、諦めなさい。

 「夕方くらいに、また迎えに来ます」とアイネスが言って、ロリンのご両親に見送られながら迷宮に向かった。

 

 迷宮に向かう間、俺の後ろでアイネスとアカネとアズーラの3人が、何やら今日の迷宮探索のことで熱心に話し合っている。

 会話の内容からして、対狼戦の作戦を練り直してるようだ。

 昨日の狼戦で撤退することになったから、特にアイネスは今日のリベンジ戦に並々ならぬ闘志を燃やしてるからな。

 

 狼へ致命傷を与えれる必殺技を、アクゥアが持ってるのも昨日の件で分かったしね。

 ただ、あれは単純な力技で狼の足を骨ごと切断してるらしいから、下手するとシミターが折れる可能性があるので、あまり使えない技だとアクゥア先生は言ってたな。

 

 その話をすればアズーラが、「アクゥアは、本当に猫人か? 虎人じゃないよな?」って疑いの眼差しを向けてたが、実際の所どうなんだろね。

 アクゥア先生は、謎が多過ぎる猫娘だからな

 おそらくお師匠様とやらに無茶な修行ばかりさせられて、すごく強くなったんだろう。

 俺の隣で歩いているアクゥアに目を移す。

 俺の視線に気付いたのか、可愛らしく首を傾げるアクゥア。


『ハヤト様、何でしょうか?』

『アクゥアは、頼りになるなと思ってな。うちのパーティーで、一番剣が上手く使えるからな』


 俺がそう言うと、アクゥアがなぜか額に皺を寄せて、困ったような表情をする。

 どうした?


『実は、私は剣術が苦手でして、どちらかと言うと体術の方が得意です。お師匠様にも、気配の消し方と苦無の扱いは一流だと褒めて貰えたのですが……』


 申し訳なさそうな顔で言うアクゥアに、思わず苦笑してしまった。

 昨日あれだけアカネとエルレイナをボコボコにしといて、剣術は苦手とか言ってますよこのお嬢さんは。

 俺とは絶対に苦手の基準が違うな。

 アクゥアとお師匠さんは、どこを目指してるんだろう?


 できることならアクゥアには業物の剣を買ってあげたいけど、業物は最低でも10万セシリルするって前に言ってたし、今の貧乏パーティーの俺達ではすぐに手が出せんな。

 今いるメンバーと装備で、地道にやっていくしかないな。

 

「あいあいあー、あいあいあー、あい、あい、あー」


 めずらしく俺達を先導するように、一番前を歩くエルレイナ。

 今日からシミターが使えるのが嬉しいのか、道端で拾った木の枝を楽しげに振りながら、謎の歌を唄ってますよ。

 

 エルレイナで思い出したが、昨日アイネスが対狼戦対策にフォーメーションを変えるって言ってたな。

 とりあえず、速さを得意とするエルレイナにもシミターを持たせて、速さを生かした戦略も試してみたいとか言ってたよな。

 ナイフ装備だとあれだけど、シミターだったら狼相手でも結構な傷を負わせれそうだしな。

 

「アクゥアは頼りになりますけど、個人の強さに頼るだけでは、この先すぐに躓く事になります。パーティー全体のレベルを上げて、狼相手に皆で対応できるようにしましょう。アクゥアならまだしも、エルレイナの足手纏いになるのだけは、私は嫌ですからね」

「了解であります!」

「めんどくせぇけど、アクゥアだけに良いところを持っていかれるのも、おもしろくないしな」

 

 後ろでアイネスが、2人に発破をかけている。

 皆やる気満々だね。

 でも、なぜかアイネスが俺を見てため息をつく。

 

「せめてもう1人、戦士職か攻撃魔法が使える人がいれば、更に楽になるんですけどね。あっ、これは独り言ですよ」

「大きな独り言ですね」

「あら? 聞こえましたか?」

 

 アイネスも俺をからかう余裕があるから、今日の狼戦は大丈夫だろう。

 昨日の件でもう狼と戦いたくないって言われるかと思ったが、さすがに戦奴隷を志願する女性だけあって、あの程度では全然折れんな。

 アイネス以外の皆さんも、狼とのリベンジ戦に怖がる素振りをまったく見せてないし。

 

 やっぱり、ビビッてるのは俺だけか。

 元いた世界でリアルに狼なんて会わなかったから、昨日の狼達に内心では結構ビビッてたんだけどね。

 またアレを今日も繰り返すかと思うと、本音を言えば俺はすごく行きたくない気分なんですが、やっぱり行かなきゃ駄目かな?

 でも、神子の俺が戦うわけじゃないし、基本女性達に任せっきりの身で、怖いから行きたくないとも格好悪すぎて言えんしな。

 はぁー、憂鬱だな。

 

 迷宮の入口前でいつもの受付を済ました後、まずは晩御飯の確保のために1階をうろつく。

 迷宮に入った瞬間に、すぐに狼娘が走る食料達を見つけた。

 

「待つであります、兎肉!」

「うしゃぎ! うしゃぎ! あいあいあー!」

 

 晩御飯を追い掛け回すアカネとエルレイナ。

 おー、早くもエルレイナに昨日の勉強会の成果がでとりますな。

 

「ふむ。言い方はあれだけど、兎は覚えたか」

「興味があるものに関しては、エルレイナは覚えが早いですからね。逆に言うと、興味を持ってくれないと、見向きもしない子ですが」

 

 俺の顔を見てアイネスが苦笑する。

 たしかにな。

 毎度のことながら、アカネよりも足が速いエルレイナが先に兎を捕まえる。

 

「アカネ! アカネ! うしゃぎ!」

「よくやったであります、エルレイナ殿! さあ、早くここに入れるであります!」

 

 アカネがクーラーボックスを開けて、エルレイナに兎を入れるように催促する。

 エルレイナも楽しそうに捕まえた兎をクーラーボックスに投げ入れる。

 

「あれ? エルレイナって、アカネの名前を呼んでたっけ?」

「いいえ、初めてですね」

 

 思わずアイネスの顔を見ると、アイネスも驚いた顔をする。

 

「昨日の模擬戦で、最後の方はアカネとエルレイナの2人でやり合ってたんだけど、その辺りからアカネの名前を呼び出してたぜ」

 

 膝の辺りまでの高さに突き出た岩に腰かけたアズーラが、俺達の会話に入ってくる。

 あー、そういえば途中からアクゥアが2人の相手をするんじゃなく、アカネとエルレイナで模擬戦もやらしてたな。

 『型が違う者同士でやると、学ぶところが多くあります』だったかな?

 ということは?

 

「アカネも、エルレイナの興味対象になったんじゃねぇのか?」

 

 棘メイスを肩に担ぎながら、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべるアズーラ。

 なるほどな。

 

「ふむ。エルレイナの攻略法が、少しずつ分かってきたかな?」

「アカネにも興味を持ってくれれば、アカネとの連携も早い段階で可能かもしれませんね。足の速いアクゥア、エルレイナにアカネを足した3人の前衛も、検討しても良いかもしれませんね」

 

 戦略の幅が広がる気配がしたからか、若干嬉しそうなアイネス。

 アカネは狼人だからな、それも有りだな。


 迷宮で見つけたラウネを齧りながら、こっちにやってくるエルレイナ。

 俺がじーっと見ているとエルレイナが可愛らしく首を傾げる。


「あい?」

「あいあいあー」


 せっかくなので、俺もエルレイナに興味を持ってもらおうと、適当にエルレイナ語を話して遊んでみる。


「あいあいあー!」


 お? 何か通じたぞ。

 エルレイナが尻尾を振りながら、嬉しそうに飛び跳ねる。

 

 だが、すまんなエルレイナ。

 エルレイナ語を翻訳してくれてるアイテムは食べてないから、お前の言ってることはさっぱり分からんのだよ。

 齧りかけのラウネの実を持ってエルレイナがこちらに来ると、ご機嫌な表情でラウネを差し出す。

 まさか、そういうことか?

 

「あい!」

「えー、それは無理だよ」

 

 俺が断ろうとすると、エルレイナが目を吊り上げて突然に怒り出した。


「あいあいあー! あいあいあー!」

 

 なんか知らんが、エルレイナさんはすごいお怒りのようだ。

 「さっき食べる言うたのに、食わないというのはどういうことかね? 私のラウネが、食べれんのか!」てことかな?

 まいったな。

 そんなに怒るなよー。

 激しく地団駄を踏み、俺を睨む狐娘。


「ごめんな、エルレイナ。俺にそれは、食べれ……」

「ぶたやろう!」


 ええええええ!?

 

 え、え、エルレイナさん?

 今、何とおっしゃいましたか!?

 まさか、どこぞの某腹黒兎娘と同じ悪口を言ったのではないですよね?

 もしかして、意地悪娘のいつもの暴言を覚えてしまって……。


「あらあら。エルレイナ、豚野郎は人前で言っては駄目ですよ」


 ニコニコと天使のような笑みを浮かべて、中味が悪魔な兎娘がこちらにやってくる。


「あいあいあー!」


 エルレイナは未だに怒りが冷めやらないのか、ラウネをバリバリと食い散らかしながら目を吊り上げて、親の仇を見るかの如く俺を睨み続ける。


「誰が悪魔ですか? エルレイナ、アレはどちらかというと、甲斐性無しですよ。ほら、言って御覧なさい。か・い・しょう・な・し」


 ちなみに心も読めるタイプの悪魔です。

 って、コラ!

 アイネス、エルレイナに何を教えてんだよ!

 俺を指差して、アイネスが酷い事をエルレイナに教える。

 

「かいしょうなし!」

「まあ。エルレイナ、よく出来ました。貴方は出来る子です」


 アイネスがエルレイナの頭を撫でる。

 おい! 何をアクゥアみたいなことをやってんのさ!

 

 それは褒めたら駄目だろ!

 エルレイナが、変な言葉を覚えたじゃないか!?

 褒められたと勘違いしたのかエルレイナの機嫌が突然に直り、ご主人様を指差してエルレイナが楽しそうにはしゃぐ。


「かいしょうなし! かいしょうなし! あいあいあー!」

「良かったですね、旦那様。エルレイナに、興味を持たれたみたいですよ」

 

 全然、嬉しくないよ!

 もっと良い呼び方があるだろ!

 なぜに甲斐性無しをチョイスしたのさ!

 

「旦那様、どうしたのですか? すごくおもしろい顔になってますよ」

「よりにもよって、甲斐性無しかよ……」

「豚野郎と呼ばれるよりは、マシだと思うのですが?」

 

 確かにアイネスの言うとおりだが、それでも甲斐性無しはひどいよ。

 魔物と遭遇する前から、ご主人様はもう大ダメージですよ。

 

「どうせ回復魔法が使える職業になるんでしたら、神官にでもなって頂ければ良かったんですけどね。そうすれば、前衛に出て戦いにも参加できますし、甲斐性無しと呼ばれることは無かったんですけどね。まあでも、戦士職になることができない旦那様では、戦士が転職条件の神官になることは、一生不可能ですけどね」


 「フッ……」と俺を馬鹿にしたような笑みを浮かべて、追い討ち発言をする鬼兎娘。

 一生不可能という言葉が俺の脳内に響き渡る。

 

「かいしょうなし! かいしょうなし! あいあいあー!」

 

 間違いなく言葉の意味を理解していないアホ狐娘が、傷口に塩を塗りたくるように暴言を吐き続けながら、俺の着ている巫女服の袖をしきりに引っ張っている。

 たぶん早くシミターを振りたいから、ゴブリンのいる所に俺を移動させようとしてるのだろう。

 

 もうやだ、この異世界。

 

 心で泣きながら、エルレイナに引き摺られるように俺は皆とゴブリンのいる所を求めて迷宮内を移動する。

 アカネの先導で、すぐに目的の魔物達を見つけることができた。

 軽く10匹くらいはいるな。

 これはよりどり緑のゴブリンさんですなー。

 

 おもわず両手を合わせてしまった。

 ゴブリンさん、南無。

 

『ようやく、レイナお待ちかねのゴブリンですね。さあ、ここを握って使ってみなさい』

『はい、お姉様!』

 

 アクゥアから渡されたシミターを両手で握り締めて、嬉しそうな笑みを浮かべるエルレイナ。

 待ちに待った玩具を手に入れたからだろうか、目の輝きがいつも以上にすごい。

 

 エルレイナは、ねんがんのシミターをてにいれた!

 それはもう君の物だから、他の人から殺してでも奪い取ったら駄目だぞ。

 

「あいあいあー!」

 

 弓から放たれた矢の如く、風を切るようにゴブリンの群れに駆け寄る狐娘。

 ゴブリンの群れに、シミターを持った切り裂き魔が襲い掛かる。

 暗闇から突然に現れた野獣姫に、ゴブリン達はパニック状態になってる。

 昨日のアクゥアを真似をしているのか、両手でシミターを握しめ、フルスイングをしてゴブリンを吹き飛ばすエルレイナ。


 おいおいおい。

 エルレイナのシミターで斬り飛ばされたゴブリンが、宙を舞いましたよ。

 やっぱりナイフとは威力が全然違うな。

 ちなみにシミターは、バットじゃ無いからね?

 打つ物ではなくて、斬る物ですよ。

 

「あちゃー」

「ゴブリン殿が、可哀想であります」

「はぁー、エルレイナですからね」

 

 アズーラが手で顔を覆って天を仰ぐように視線を上げ、アカネが思わず魔物を殿付けで呼ぶぐらいの悲惨な状況だ。

 アイネスも諦め顔で、溜息をつきながら肩を落とす。

 

 予想はしていたが鬼に金棒と言うべきか、やっぱり野生児にシミターはもっとも危険な組み合わせだな。

 本人にとっては遊んでるつもりかもしれんが、ゴブリン達からすれば悪夢以外の何者でもないな。

 エルレイナ無双、始まったな。

 

「あいあいあー!」

 

 コヤツめ、逃げようとするゴブリンを足払いで転がして、遊び相手を逃がさないような悪知恵まで駆使してますぞ。

 あ、1匹ゴブリンが逃げていく。

 

 それに気付いたエルレイナが、アクゥアが投擲ナイフを投げるようにシミターを投げてゴブリンを、いやいやいや!

 シミターは、投擲ナイフじゃ無いですからね!

 

 剣の使い方が滅茶苦茶だ。

 自由すぎるだろ。

 

 後頭部にシミターが刺さったゴブリンが、地面を激しく転がる。

 見事に仕留めたゴブリンの後頭部からシミターを引き抜くと、いつも以上に素敵な笑みを浮かべるエルレイナ。

 

「あいあいあー!」

 

 両手を広げて奇声をあげると、シミターを振り回しながら逃げるゴブリン達を追い掛け回す狐娘。

 もう、どっちが魔物か判別がつかん。

 

『レイナ、腕の力だけで剣を振るのではなく、足と腰も上手く使いなさい』

『はい、お姉様!』

 

 いつの間にかエルレイナの隣にアクゥアが立ち、さりげなく剣術指導をするが、絶対お前は分かってないだろ?

 アクゥアが横斬りのやり方を指導してるのに、ジャンプしながら縦斬りでゴブリンを斬り伏せるエルレイナ。

 

 目が血走って、鼻息がフーッフーッ言ってるぞ。

 興奮状態のエルレイナがキョロキョロとあたりを見回すと、すぐさま次の獲物ゴブリンに襲い掛かる。

 

「あいあいあー!」

 

 次々とスイカ、じゃなくてゴブリンの頭がシミターで割られていく。

 色的な意味で緑ですが、それはスイカじゃないですよ、エルレイナさん。

 

「あんな無茶な使い方をしてたら、シミターがすぐに壊れるんじゃ……」

「はぁ……。仕方ありませんね。もう1本の予備がありますので、アレは最悪壊れても止むなしとしましょう」


 アイネスが、諦めた表情で溜息をつく。

 お金の使い方に厳しい財務管理大臣も、本件に関しては仕方無しと判断したようだ。

 良かったな、エルレイナ。

 壊れるまで好きに使いなさい。

 

 ついには、エルレイナの手によってゴブリン軍団が壊滅した。

 ゴブリンさん、南無。


「あいあいあー!」


 ひとしきりゴブリン狩りを楽しんだエルレイナが、満面の笑みでシミターを振り回しながらこちらに走り寄って来る。

 全身を緑に染めて、一瞬ゴブリンに転職したかと見間違えるような状態だ。

 アクゥアが苦笑しながら、エルレイナを拭く為の布を取り出す。

 

『しょうがない子ですね。ほら、こっちに来なさい』

「ウーッ!」

 

 お気に入りを取られると思ったのか、唸り声を出しながらシミターを後ろに隠そうとするエルレイナ。

 どこかで見たことのある光景だな。

 

『大丈夫ですよ、レイナ。それは今日から貴方の物です。取り上げたりはしませんよ。でも、普段からそのままですと危ないので、鞘にしまう事を覚えましょう』

 

 前回と同じようにシミターの血糊を布で拭く真似をした後、鞘にしまう動作を繰り返すアクゥア。

 その様子を、じーっと警戒するように見つめるエルレイナ。

 

 アクゥアが布と鞘をエルレイナに差し出すと、雑であるがシミターの血糊を布で拭き、シミターを鞘にしまった。

 おお! すげぇ。

 前回のナイフで、鞘にしまえはシミターを取りあげられないと学習したのか、おとなしく鞘に入れて持ち歩いてるぞ。

 お気に入りを取られたくなければ、アクゥアお姉様の言う事に従えば良いと身体に染み付いてるみたいだな。

 

 アクゥアの言いつけを守り、魔物と戦う時だけ鞘からシミターを抜くことを覚えた狐娘が、その後もゴブリン達に次々と襲い掛かる。

 前回と同様に数をこなしてるうちに、エルレイナが少しずつ落ち着きを取り戻し始めてきた。


『レイナ、シミターの使い方を教えます。今度は、よく見ておくように』

『はい、お姉様!』


 さっきはアクゥアの言う事をまったく聞いてなかったが、アクゥアが指導するようにシミターを使うと、それを真似してシミターを使うエルレイナ。

 これからもシミターを使いたいのなら、お姉様の言う事はちゃんと聞いとけよ。


「一時はどうなるかと思ったが、あの感じだと大丈夫かな?」

「まったくですね。おそらく、あの様子ですと大丈夫でしょう。はぁー、この古着も使えそうにありませんね」


 先程エルレイナに着替えさせた古着を、アイネスが溜息を吐きながら背負い袋にしまう。

 帰り際に、緑に染まったエルレイナの髪を携帯水筒で洗っとく必要があるかもな。


「ゴブリンについては、適当な所で切り上げましょう。早めに3階層へ移動して、エルレイナがシミターで山犬も問題なく倒せるようでしたら、午後には狼との再戦をしたいのですが、宜しいですか、旦那様? 宜しいですよね?」

「えーと、そうだな……」


 やっぱり行くの?

 昨日の狼達を思い出して、若干憂鬱な気分になる。


「誰も甲斐性無し様に、戦えとは言ってませんよ。甲斐性無し様は、後ろで見てればいいだけなのですから、心配しなくても大丈夫ですよ。ゴブリンや山犬を倒してるだけでは、我がパーティーの収入は赤字続きですよ? それとも、侍女服に着替えて雑貨屋で受付の仕事をして、その赤字分を稼いでくれるというのなら、狼との再戦は考え直しますよ。どうしますか?」


 素敵な笑顔でアイネスが、俺に毒を吐きまくる。

 戦闘には一切参加できない俺が、甲斐性無し呼ばわりされるのは仕方ないことだが、赤字を穴埋めする場合の選択肢がひどいな。

 俺は両手を広げ、天を仰ぐ。


「あいあいあー」

「エルレイナみたいに、意味不明なことを言って誤魔化しても駄目ですよ。さあ、行きますよ。私も逃げっぱなしは、癪に障りますからね。狼の顔に一発、火球ファイヤーボールを食らわせないと、気が済まないですからね!」


 本日修得したエルレイナ語を使って誤魔化してみたが駄目でした。

 気合い十分なアイネスに腕を掴まれて、強制的に連れて行かれるご主人様。

 はぁー、覚悟を決めますか。


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