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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第2章 初級者迷宮攻略

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14/60

あいあいあーと幼女先生

 

「夢かよ……」


 体中が寝汗でべっとりとした最悪の状態で目を覚ます。

 まさか、キングラウネ(・・・・・・)が夢の中に現れるとは思わなかったな。

 

「エルレイナめぇ……」

 

 昨日のエルレイナの怪しげな儀式のせいで、先程の悪夢を見たのが容易に想像できる。

 二度寝する気にもなれず、妙に目が覚めてしまったので布団から起き上がる。

 

 窓に近づき外を見ると、空が明らみだしたばかりで、いつも以上に早く目覚めたことに気付く。

 喉が渇いたので食堂に下りることにした。

 食堂に行くと、台所で兎娘のアイネスが朝御飯の準備をしていた。

 俺が食堂に入ってきたことに気付き、アイネスが驚いた表情で俺を見る。

 侍女服に兎のアップリケが刺繍されたエプロン姿と今日も可愛らしい組み合わせで、こっちにアイネスが慌ててやってくる。

 

「おはようございます、旦那様。めずらしいですね、こんなに早く起きるなんて」

「おはよう。ひどい夢を見たんだ」

「夢ですか?」


 アイネスから水を受け取ると喉を潤し、先程見た悪夢の話をする。


 夢の中に現れたのは、怪しげな魔法使いのローブを着たエルレイナ。

 無数のラウネを並べて出来た六芒星の魔法陣の中心で、怪しげなステッキを振りかざしてエルレイナが言い放つ。


「もう、どうにでもなーれ!」

 

 エルレイナが片足立ちでクルクルと回ると、ステッキの先にある星型の飾りから無数の星が舞い散る。

 すると、突然にラウネ達がトコトコと移動して中心に集まり、液状に溶けたかと思うと合体して巨大なラウネに生まれ変わった。

 王冠を頭に被った、キングラウネの誕生である。

 

「あいあいあー!」


 いつの間にかキングラウネの頭に乗ったエルレイナが、俺の方を指差して奇声を上げる。

 すると、キングラウネが巨大な身体を使って飛び跳ねた。

 頭上高く舞い上がったキングラウネが俺に向かって落ちてきて、ぶつかる直前で目が覚めたのだ。


「恐ろしい夢だった……」

「はあ……旦那様、キングラウネって何ですか?」


 何だと!? キングラウネのネタが通じないだと!

 ゼリー状の魔物が合体したら、王冠を被った巨大ゼリーになる有名なアレを知らないだと!

 エルレイナの悪夢以上の衝撃を覚える。


 が、すぐにここが異世界だったこと思い出し、それは通じないわなぁと納得する。

 

 アイネスが壁に飾ってる日めくりカレンダーをめくるのを見て、今日が春月シュンゲツの66日だと気付く。

 この世界は日付の考え方が変わっていて、1月を90日で数え、1年は4ヶ月の360日となっている。

 たしか、1月の中で30日ずつを上旬、中旬、下旬と呼称するんだったかな?

 各月は春月シュンゲツ夏月カゲツ秋月シュウゲツ冬月トウゲツと呼ぶらしい。

 なぜそんな名前かというと、例えば今が春月だとすると夜に空を見上げた時に、桜色の月が目に入るから。

 あれには、かなりびっくりしたな。

 だって、夜空を見上げたら月が4つあるんだもん。

 各月毎に、違う色の月がこの大陸に大きく接近してるようだから、そのような呼び方になったのだろうと推測できる。

 

 「朝食はまだですよ」とアイネスに言われる。

 部屋の窓から裏庭を見た時に、アカネ達の姿を目撃したことを思い出し、時間潰しに裏庭に出ることにした。

 

 大きな桜の木の下で、複数の人影が目に付く。

 

「おはよう、アカネ。早いな」

「ハヤト殿! おはようございます! 朝御飯でありますか!」

「いや……朝御飯は、まだだな」

「そうでありますか……」


 ショボーンと狼耳と尻尾が垂れるアカネ。

 相変わらず、御飯のことで頭がいっぱいなハラペコ狼娘である。

 

 しばらくすると、立ち直ったアカネがシミターを持って素振りを始める。

 

「身体を動かしても、大丈夫なのか?」

「アイネス殿の兎肉のおかげで、少しだけ元気が出てきたであります。これから、身体を作っていくでありますよ!」

 

 ふむ。

 さすが兎肉パワーだな。

 しばらくすれば、アカネも前衛として戦闘に参加させられそうだな。

 

 「朝御飯、昼御飯、晩御飯……」と呟きながら素振りを続けるアカネをそっとしておいて、何やら投擲の練習をしている少女達に足を向ける。

 ていうか、アカネの行動の原動力って全部ご飯絡みだよな?

 

『おはよう、アクゥア。二人とも早いな。こんな朝から訓練か?』

『おはようございます、ハヤト様。訓練は大事です。日々の弛まぬ鍛錬があるからこそ、普段から本来の力が発揮できるのです』

 

 仰るとおりです。

 視線を移すと、狐娘のエルレイナが何やら真剣な表情で投擲ナイフを構えている。

 エルレイナが見つめる先には、桜の木の枝からぶら下げた板に、二重丸のような的らしき絵が描かれている。

 

「あいあいあー!」


 奇声を上げながら、エルレイナが投擲ナイフを投げる。


「おー。当たったね」

 

 的から外れてるが、投擲ナイフが板に刺さった。

 ここから見ても結構距離がある。

 俺じゃあ、当てれんな。

 

『上手ですよ、レイナ。後は練習を続ければ、いずれ的にも当たるようになります』

『はい、お姉様!』

 

 そう言って、アクゥアが手に持ってた苦無を投げる。

 

 マジかよ。

 狙いを定める予備動作も無しにいきなり投げて、的の中心に綺麗に刺さってるぞ。

 どんだけ命中率が高いんだよ。

 さすが、くのいち疑惑のある忍者娘だな。


「あいあいあー!」

『刺さりましたね。心配しなくても大丈夫ですよ。レイナもすぐに、これくらいのことができるようになります。貴方は出来る子ですから』

『はい、お姉様!』

 

 黒猫娘のアクゥアに頭を撫でられて、ご機嫌なエルレイナ。

 機嫌を良くしたエルレイナが的板まで走り寄って複数の投擲ナイフと苦無を抜くと、こっちに戻ってきて苦無をアクゥアに渡す。

 すぐさま投擲ナイフを使って狙いを定めると、的板に投擲ナイフを投げ始めた。

 

 うーむ。エルレイナの教育も順調そうだな。

 前衛にアカネも出て、エルレイナの投擲支援も出来るようになったら、かなりパーティーの戦略の幅が広がるな。

 そして、ますます俺が楽になる!

 素晴らしい!

 

 まったくパーティーの役に立つ予定の無い自分の事は棚に上げといて、パーティー強化が順調にされていることに俺は満足する。

 ご機嫌でアイネスに朝の訓練の話をしたら、「甲斐性無し様は、何か訓練をしないのですか?」と笑顔で言われた。

 

 俺に戦う才能が無いことを知っていて、意地悪兎娘のこの発言である。

 今日は迷宮に潜らず、ふて寝して良いですか?

 私は普通の一般人なのですよ。

 貴方達、戦奴隷と同じ土俵に立てるわけが無いだろ。

 そもそも、戦士職に転職できない時点で俺は詰んでるんだよ!

 

 てことをアイネスに言ったら即座にメイスで殴られそうなので、適当に「ごめんなさい」と謝って「朝御飯は、まだですか?」と尋ねる。

 

「とりあえず、謝れば許されると思ってるのですか? 甲斐性無し」

 

 うん。

 いい加減な気持ちで謝ったら、しっかり毒付きで返答されましたな。


「役に立たないご主人様で、ごめんなさい」

「よろしい。すぐに朝食を用意しますので、席に座って待っていて下さい」

 

 もう1度心を込めて謝ると、朝御飯をきちんと準備してくれるツンドラな兎耳メイドさん。

 迷宮に潜る前から心にダメージを負いながら、美味しい朝食を頂く。

 こうやって侍女の仕事はきちんとしてくれるから、アイネスは嫌いになれないんだよなー。

 口は悪くて、腹黒だけどね。

 

「何か言いましたか?」

「何も言ってません」

 

 迷宮に潜る為の準備を済ませた後、皆で国民ギルドに立ち寄る。

 正式な住民登録をし、改めて住民税の支払いを催促されたので、「お金が貯まったら、払いにきます」とアイネスが返答する。

 本当にこいつら払えんのか? 的な視線を窓口の職員から浴びるが、後ろに控えていた凶悪装備のアズーラがやってくると途端に態度を変え、「年内中に、お支払い下さいね」と笑顔で返された。

 分かりやすい人である。

 

 まあ、傍から見ると女子供パーティーだからな。

 アズーラがいなかったら、間違いなく頭の悪い男達に絡まれるパーティーだもんな。

 特に、アイネスあたりが美人だしね。

 兎耳と尻尾を隠して人間のフリをしてるけど、兎人とバレたら更に余計な厄介事に巻き込まれやすくなるらしい。

 やっぱり天然物のバニーガールは、異世界を超えても人気なのね。男の人って……。

 早く皆のレベルを上げて、アズーラがいなくても堂々と外を歩けるようにしないとな。

 そして、か弱いご主人様も守って下さい。

 

 迷宮に潜り、いつものように経験値稼ぎをする。

 午前中は、いつもの晩御飯の確保に精を出す。

 目を血走らせたアカネが一角兎を駆け足で追いかけるが、すぐさまエルレイナに追い抜かれて一角兎を先に捕まえられてしまう。

 へこむアカネを慰めながらも、食料の確保を無事終えた。

 

「エルレイナが昨日よりも落ち着いてるみたいなので、今日は3階層まで潜ってみますか?」

「そうだな……」


 苦無を使ってゴブリンを切り刻むアクゥアの真似をしながら、サバイバルナイフを昨日よりも上手く使うエルレイナ。

 午前中の様子だと、俺から見ても問題なさそうに見えるな。


『アクゥア。3階層に移動しようと思うが、エルレイナは大丈夫だと思うか?』

『そうですね。問題無いと思います』


 アクゥアの許可も出たので、3階層に移動してコボルトと山犬達と何度か戦闘してみる。


 山犬はそこそこ足が速いが、それ以上に足が速い野獣姫ことエルレイナが、ナイフで山犬達を切り刻む。

 エルレイナに意識が集中している山犬を、待ってましたとばかりに待ち構えていたアズーラの棘メイスのフルスイングが、山犬におみまいされる。


 俺達の方に近づいてきた山犬を、アカネが木の盾で牽制しつつ、隙をみてシミターで斬り裂いている。

 やっぱり迷宮に潜ってる経験があるのか、激やせ姿の割にはうまく山犬を攻撃する狼娘のアカネ。

 そして、弱ったところをアズーラが止めを刺す。


「ようやく、パーティー戦らしくなってきたかな?」

「そうですね。それでは、そろそろ私も参加しましょう」

 

 お? アイネスさんもついに参戦ですか?

 

「皆さん、予定通り火球ファイヤーボールを使うので、注意して下さい!」

 

 今まで、『標的の指輪』から魔力糸を出すだけだったアイネスが、ついに火球ファイヤーボールを解禁するそうです

 

「ターゲット! ……火球ファイヤーボール!」

 

 アイネスの指に嵌めてる『標的の指輪』から出た赤い糸が、山犬に付着する。

 その後に、野球ボールくらいの火の玉が現れて、赤い糸を辿って山犬に飛んでいく。

 エルレイナに切り刻まれて、若干弱ってた山犬にアイネスの火球が当たり、山犬に火が燃え移る。

 

「焼き犬、一丁上がり!」

 

 背中が燃えながら、「キャイン! キャイン!」と右往左往する山犬に、アズーラの棘メイスが襲い掛かる。

 おー、良いですね。

 素晴らしいですよ、皆さん。

 

「ターゲット! 火球ファイヤーボール!」

 

 再び、アイネスが一匹の山犬に火球を放つ。

 

「あ! エルレイナが!」

 

 タイミングが悪い事に火の玉が赤い糸を辿ってる山犬に、エルレイナがナイフで切りかかる。

 しかし、着火する前に山犬を飛び超えて逃げたので、火球ファイヤーボールに巻き込まれずに済んだ。

 

「あっぶねー」

「少し焦りましたね。でも、魔力糸を視認してから避けたので、分かってて山犬を攻撃してたのでしょう。エルレイナも、大丈夫そうですね」


 身体が燃えている山犬にアズーラが止めを刺す。

 4匹いた山犬が、皆の見事な連携により殲滅された。

 アクゥアが、いつも通り脳天に投擲ナイフが刺さったコボルトを引き摺りながら、こっちに戻ってくる。

 

 うむ、完璧だな。

 何もやってない自分の事は棚に上げておいて、満足気に俺は頷く。

 

「それで? 甲斐性無し様は、戦闘に参加しないのですか?」

 

 ぐはっ!? 思わず吐血しそうになりましたよ。

 調子に乗ってる俺の心を読んだアイネスが、すぐさま笑顔で毒を吐く。

 魔物からの物理的ダメージは受けてないのに、仲間からの精神的ダメージを受けて膝を地につきそうになる。

 

「アイネス……分かってて言ってるだろ?」

「何のことですか?」

 

 可愛らしい笑顔で惚ける毒舌兎。

 後衛要員の神子が、戦闘に参加できるわけがないだろ?

 相変わらずの意地悪兎である。

 

「冗談ですよ」

「もう少し、優しい冗談が嬉しいんだが」

「すぐに調子に乗る、旦那様がいけないんですよ」

 

 俺のせいですか、そうですか。

 納得はできんが男女関係で上手くいくコツは、衝突した時にとりあえず男が先に折れる事と聞いてるしな。

 あれ? ご主人様と奴隷の場合にも、それは当てはまるのか?

 いつもどおり、一方的な会話の顔面ドッジボールをしながら、今日も順調に経験値稼ぎを終了した。

 

「3階層によく出るコボルト達も、特に危なげなく倒してるから、楽でいいな」

「ええ。私の予想してた以上に、順調に進んでますね。エルレイナもちゃんと仕事をしてくれるようになりましたし、アクゥアには、感謝しないといけませんね」

 

 迷宮から家への帰り道に、今日思ったことを呟いたらアイネスが嬉しそうな表情をする。

 たしかに、エルレイナがここまでうまく立ち回るようになったのは、アクゥアの教育があるからな。

 さすが、アクゥア先生だな。

 

「当初はもっと苦戦するかと思ってましたが、この様子ですともう1階層降りても良いかもしれませんね」

「本当はコボルトって、少し厄介な相手なんだけどな。木の槍だけでなく、石も投げたりして山犬との戦闘を邪魔してくるんだ」


 後ろを歩いていたアズーラが、俺達の会話に入ってくる。


「魔法や飛び道具の無い初級者パーティーは、あの連携に苦労するという話はよく聞きます」

「そうなんだよ。でも俺達の場合は、アクゥアがすぐにうざいコボルトを見つけて倒してくれるから、コボルトの邪魔が入らないんだ。それと、山犬よりも足が早いエルレイナが追いかけまわして、山犬の注意を引いてくれるから、かなり楽になってるように見えるんだ」

「アクゥア殿もエルレイナ殿も、優秀であります」


 いつの間にか、こちらに近づいてきたアカネが頷く。


「山犬もそれなりに早いですしね。こちらには、投擲や速さを得意とする優秀な獣人が2人いますし、それが良い方向に作用しているようですね」

「4階層以降は、パーティー内に最低でも中級探索者が2人は必要だと言われてるんだが、アクゥアとエルレイナがいるんだったら問題無いかもな」


 ほう、何か厄介な奴らがいるのかね?


「狼ですね」

「ああ、初級探索者のみのパーティーには、かなり手ごわい相手だ。山犬よりも速いし、力もあるからな」

「おまけに、山犬よりも連携が上手いと聞きます。厄介な相手ですね」

「そういうこと」


 ふむ。

 アイネスとアズーラの会話から予想すると、その狼とやらはなかなか強敵ということかな?

 これは、厳しい戦いになりそうですな。


 俺も最近は、戦闘中にクーラーボックスを座椅子代わりにして、待っている間の脳内1人しりとりに飽きてきたところなんだが。

 何か他に良い時間潰しは無いかね? ってアイネスに聞いたら、即座にメイスで殴られそうなので聞くことはしないが……。

 でも、ここは携帯ゲームが無い世界だから、やることが無いご主人様はすごく暇なのです。

 俺にとっても、厳しい戦いになりそうだな。


 3人の戦奴隷娘達が、狼との戦いになった時のパーティーの配置や作戦について話合っている間、新たな暇つぶしのネタを考える俺。


 家の桜が視界に入りだした頃に、何かに気付いたアクゥアとエルレイナが家の方に駆け出した。

 しばらくすると、アクゥアだけが走って帰ってくる。

 

『どうした?』

『ハヤト様。ロリンさんのご家族の方が来てます』


 あら? お客さんですか?


「旦那様、どうしたのですか?」

「ロリンが家族を連れてきて、家に来てるらしい」

「昨日のお礼でしょうか?」


 アイネスも首を傾げている。


 裏庭まで行くと、木で出来た椅子に腰掛けている人達が目につく。

 俺達に気付くと立ち上がって、頭を下げるロリン一家。

 エルレイナは、ロリンと何やら楽しそうに会話をしている。

 ロリンは、「あいあいあー」のエルレイナ語は理解できるのかね?

 

 そして、見覚えのある人が。

 

「あら、マリンさん。何となく、ロリンちゃんに面影が似てるなと思ってましたが、やっぱりご姉妹でしたか?」

「ミコ様、アイネスさん、お久しぶりです。はい、ロリンは私の妹です」


 教会からの帰りなのか、白い巫女服を着たマリンがロリンの後ろに立ち、ロリンの両肩に手を置きながらニコリと微笑む。

 ご姉妹さんでしたか。

 マリンの長髪と違い、ロリンは短髪だから雰囲気が違って気付かなかったな。


「今日はどうして、皆さんこちらに?」

「実は……」


 アイネスの疑問に、マリンが答えてくれる。

 マリンの話を要約すると、どうやら昨日の毒の治療で、治療費も貰わず無償で治してもらったことに両親が大変喜んだみたいだ。

 野苺をわざわざ一緒に探してくれたこともあり、ロリンの両親がどうしても本人にお礼を直接言いたいということで、姉であるマリンが巫女をしている教会を訪ねたらしい。

 基本的にこの街で巫女をしている人は教会に所属しているので、そこにいる人だとロリン一家は思ったようである。

 でも、マリンに聞いてもそんな巫女はいないし、その人の容姿をロリンに尋ねたら俺の存在を思い出したとのこと。

 

「黒い目と髪をお持ちの方は珍しいので、恐らくミコ様では無いかとすぐに気付きました。私も是非、もう一度ミコ様にお会いしたくて、こちらまで足を運びました」

「なるほど。そういうことだったのですね」

 

 アイネスが頷く。

 

「私もまだ巫女になったばかりでレベルが低かったので、後でこっそりと毒の治療をすることもできませんでした。本当に、ミコ様には感謝してます」


 え? そうなの?

 そう思ってアイネスを方を見る。


「毒の治療魔法が使えるようになるのは、巫女のレベル3になってからと言われてます。迷宮へ潜らずに治療魔法を使うだけでは、大した経験値も増えないので、ご主人様のようにすぐにレベルが上がりません」


 と、俺の耳元で小さくアイネスが囁いて教えてくれる。

 あー、そういうことね。

 迷宮に潜らない人は大変だな。

 それに昨日の話だと、治療費が高くて教会にあまり人が来なさそうだし、治療費を貰えないと治療できないんじゃ、治療魔法を使う機会がないからよけいにレベルが上がりにくいよね。


「新人の巫女を育てるために、むしろレベル3までは無償で治療しますとかにすれば良いのにね」

「うーん。悪くない案だと思いますが、教会は頷かないでしょうね」


 アイネスに聞こえるようにぼそりと呟くと、否定的な返答が返ってきた。

 どうやら教会の方もいろいろ難しいみたいですな。


「どうかされましたか?」


 こそこそと話す俺達に、マリンが不思議そうな視線を向ける。


「いえ、何でもありませんよ」


 その後、マリンのご両親も紹介されて、大変感謝されました。

 毒の治療をしただけなのに。

 というか神子が職業な俺の取り得って、それしかないので、むしろこんなに感謝されるとすごく嬉しいね。

 うちのパーティーは優秀すぎて治療をする機会も無かったので、ようやく神子の仕事を出来た気がする。

 アイネスに役立たず扱いされて苛められていたから、嬉しさのあまり思わず目から涙が零れそうになった。

 ていうか、朝の悪夢による寝不足のせいで思わずあくびが出たので、口元を手で押さえながらあくびを噛み殺す。

 その後、ご機嫌な俺も満面の笑みを浮かべて頷いておいた。

 

「良かったですね。ご主人様も大変喜んでいます。ご主人様、涙が出てますよ」

 

 アイネスから布を渡されて、思わず俺は目元を拭う。

 あ、いかんいかん。

 お客さんの前でした。

 そう思い視線を前に移すと、ご両親もマリンも泣いていた。

 

 え?

 

「皆さん、気にしなくて良いんですよ。ご主人様は人を治す力を得た者として、当然の事をしただけです」

 

 アイネスがマリン一家を慰めると、マリン一家が更に泣き出した。

 何だコレ?

 涙もろい家族なのかね?

 

「ミコ様。お家、幽霊でない?」

 

 エルレイナと仲良く手を繋いで、こっちにやってきたロリンが不思議そうな顔で俺に尋ねる。

 

「コラ! ロリン、その話はしたら駄目でしょ!」


 ロリンの質問に、マリン一家が慌てた様子でロリンの口をふさごうとする。

 幽霊?

 アイネスが俺に近づき、耳元で囁く。

 

「以前、店長にこの家を紹介された時に言われたのですが、どうやらこの家には幽霊が出るという噂があるらしいのです」

 

 えー。

 マジですか?

 

 アイネスの話によると、誰も住んでいないはずのこの家に、夜な夜な黒髪の猫人が現れるらしい。

 その猫人は突然に現れ、家の前にいたかと思うと次の瞬間には屋根の上にいたり、そうかと思うと次の瞬間には突然消え、そして、また突然屋根の上に現れたりするというのだ。

 うん、幽霊だな。

 

 その幽霊は、裏庭の桜が咲き乱れる時期には必ず現れると言われており、家の外観の不気味さもあって近所からは『お化け屋敷』といわれてるらしい。

 花見が好きな幽霊さんなのかな?

 

 しかし、幽霊がいる家かー。

 そら誰もこの家を買わんわな。

 貴族並の設備があるのに、この家の家賃が安い原因も判明したな。

 

「幽霊なんていませんよ。ここに私達は住んでますが、今まで見たことはないですよ」

 

 申し訳なさそうな表情をしているマリン一家に、アイネスが笑顔で否定する。

 

 ご近所さんなので、これからも仲良くして下さいね的な会話をした後、マリン一家が帰ろうとしてエルレイナと楽しそうに会話をしているロリンに声を掛ける。

 会話と言っても、ロリンが一方的に話してるのをエルレイナが「あいあいあー」言ってるだけにしか見えんのだがね。

 

「それでは。ミコ様、皆様、失礼しますね」


 マリン一家が立ち去る間際に、ロリンがこっちに振り向いて手を振る。


「レイナちゃん、またね!」

「ロリン、またね!」

「「「「!?」」」」


 アクゥア以外の全員が、思わず後ずさる。


「エルレイナが、ヴァルディア語を喋っただと!?」

「おいおいおい。いつの間に、あいあいあーを卒業してたんだ?」

「エルレイナ殿! やったであります!」

「なんということでしょう……」


 皆の反応がひどい。

 でも、今までエルレイナにヴァルディア語を教えようと皆で協力してたが、誰一人として習得させることができなかっただけに、この衝撃はかなりでかい。


「あいあいあ?」


 エルレイナが、不思議そうな顔で俺達を見る。


『お友達が出来て良かったですね、レイナ』

『はい、お姉様!』


 アクゥアに頭を撫でられて、嬉しそうな表情を見せるエルレイナ。

 なるほど、友達か。

 ふむ。これは使えるな。


「アイネス。エルレイナのヴァルディア語教育に、ロリンを当てられないかと考えたんだが、どう思う?」

「私も、同じことを考えました。旦那様、私に1つ妙案があります。ロリンのことは、私に任せて頂けないでしょうか?」

「分かった。じゃあ、アイネスに任せるよ」

「承知しました」


 エルレイナに、ヴァルディア語を教える先生が見つかったようです。


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