あいあいあーとナイフ
「はむ、んぐ! おいしいであります!」
そんなに喜ぶほど美味しいのかは分からん黒いパンを、スープにつけながら口の中に放り込む。
黒パン単品だと味がしなくてうまいと思わんが、スープにつけると不思議と美味しくなる。
さすが、アイネスが作ったスープだな。
やはり料理は材料だけでなく、作る人の腕も必要なんだなと実感する。
「今日も迷宮に潜って、晩御飯をいっぱいとってくるであります! はむ、んぐ!」
朝飯を食いながら、既に晩飯のことを考えてる狼娘のアカネ。
お前は、飯以外のことは考えないのかとアカネをチラリとみる。
「……あれ? アカネ、ちょっと太った?」
「太ったという表現が正しいかは分かりませんが、ほんの少しだけ肉がついたような気がしますね」
侍女服を着た兎娘のアイネスに言われて、アカネをじっと見る。
激やせ姿に見慣れてるせいか、注意して見ないと分からんが、違和感を感じる程度にはなってる。
「皆より多く食べてるので、さすがに少しは太り始めてもらわないと困ります」
「たしかに……」
朝は2人前を食って、昼も2人前を食って、夜は7人前を食ってるからな。
1日3食計算でいくと、単純計算しても1日で4人分近くは食べてるよな。
多く見積もっても、3日で12日分の食事をしていることになる。
どう考えても食いすぎである。
3日もそんな大食い生活をしてれば、皮と骨状態から少しは変化するか。
ていうか、7人前はやっぱりおかしいよな。
その細い身体のどこにそんな量が入ってるんだよ。
「調理器具に、一角兎を12匹焼けるものがあって助かりました。アレがあるおかげで、迷宮から帰ってすぐに料理ができますから」
そう言われて、アイネスの視線の先にあるものを見つめる。
たしかにな。
家の台所にある、業務用かと思うような大型の電子レンジもどきに目をやる。
もどきと言うのは、熱するための魔法が発生する魔道具が使われてるからなんだけどね。
それが兎肉を12匹まで一気に焼く事が可能なため、アイネスはかなり助かってるようである。
本当に魔法って便利だよね。
魔法がある世界だと、科学技術があまり発展しなくなる理由も分かる気がするわ。
「これは便利ですよね。前のパーティーも、同じくらいの量を食べてたのでしょうね」
「まあ、1人が7人前を食うという計算はしてなかったと思うがな」
「たしかに……」
1人2人前で6人が食べるという計算なら分かるんだが、うちはちょっと配分の仕方が特殊だからな。
「おいしいであります! おいしいであります!」
朝からご機嫌な様子で食事をするアカネを見ながら、自分の朝食もさっさと済ませて席を立つ。
迷宮に行く準備をしようかと装備を取りに2階に上がろうとすると、異様な光景が目に入った。
居間で正座をして上を見上げる狐娘のエルレイナと、天井から逆立ちになって見下ろす黒猫娘のアクゥア。
『本日より、修行のレベルを1つ上げます。アイネスさんから、レイナに武器を持たせる許可がでました。まずはナイフの使い方から始めます。しっかりと学ぶように』
『はい、お姉様!』
天井のマス目のでこぼこを器用に足の指先で挟み、天井から逆さ吊り状態で腕を組んで見下ろすアクゥア。
アクゥアに教えられたのか、畳の上で正座をして頷くエルレイナ。
シュール。
アクゥアのくのいちは冗談のつもりで考えてたんだけど、やっぱり本当に忍者娘なんだろうか。
ていうか、どんだけ足の指の力があるんだよ!
それもお師匠様とやらから教わった修行の1つなの?
朝の支度を済ませて、いつも通りに皆で迷宮に向かう。
迷宮に入る前の受付所で、初めて見る騎士さんに「へー、これが黒神子かー」とジロジロ見られたが、なるべく気にしないようにした。
俺は動物園の客寄せパンダかよ。
見世物じゃないんだからな!
今日も1階層あたりを晩御飯のおかず探しに精を出してると、3匹のゴブリン達と遭遇した。
『レイナ、このナイフを貴方に預けます。ここを握って使ってみなさい』
『はい、お姉様!』
アクゥアが普段使ってるサバイバルナイフを受け取ると、エルレイナが目をキラキラと輝かせながらそのナイフを見つめる。
ピロリロリーン!
エルレイナはナイフを手に入れた!
エルレイナはナイフを装備した!
獲物を狙う獣の如くゴブリンを睨むと、エルレイナが勢いよく走り出した。
「あいあいあー!」
エルレイナはゴブリン達に襲い掛かった!
エルレイナは特技の切り裂くを使った!
ゴブリン達は逃げ出した!
しかし、エルレイナに先回りをされてしまった!
エルレイナは笑みを浮かべている。
エルレイナからは逃げられない!
「あーあ、予想通りの結果になったな。レベル15もあるんじゃ、こうなるわな」
「まあ、仕方ないですわね。エルレイナですから」
「ちょっと、ゴブリンが可哀想であります」
エルレイナの切り裂きショーを見つめながらアズーラが呆れ、アイネスが諦めたような台詞を言い、アカネが困惑したような表情をする。
うん、これはひどい。
たぶん本人は遊んでるつもりだが、口で語るのが憚られるような悲惨な状況だ。
緑の返り血を全身に浴びながら、嬉々としてナイフを滅茶苦茶に使いながらゴブリン達を攻撃するエルレイナ。
えーと、コメントに困るな。
しばらくすると、エルレイナの凶刃に倒れたゴブリン達の屍の中心で、エルレイナのみが立ってる状況となった。
「あいあいあ?」
いや、もう終わりなの? 見たいな顔をされても。
「あいあいあー!」
全身を緑の血に染めたエルレイナが、笑顔を振り撒きながらこっちにやってくる。
いつも以上に素敵な笑みだね。
あれ? 何か昨日より更にひどくなってない?
『やっぱり、ナイフを渡すのは早かったか?』
『大丈夫です。これから正しい使い方を覚えさせていきますので。しばらくレイナの気が済むまで、レイナの好きなようにさせてみましょう』
『分かった。その辺はアクゥアに任せるよ』
アクゥアがエルレイナからナイフを受け取ろうとすると、エルレイナが素早く後ずさる。
「ウーッ!」
唸り声をあげながら、エルレイナがナイフを握り締めて後ろに隠そうとする。
ありゃりゃ。これは、お気に入りのおもちゃを取り上げられるかと警戒しとるな。
『気に入ったのかな?』
『そうみたいですね。大丈夫ですよ、レイナ。取り上げたりはしません』
アクゥアが腰に巻いたナイフを入れる収納ホルダーを外し、エルレイナの腰に巻きつける。
『そのナイフは、これからレイナの物です。でも、あぶないですから戦いの時以外はその中に入れなさい。ほら、ナイフの血糊を拭くことも覚えましょう』
そう言って、アクゥアが投擲ナイフを布で拭くのを見せ、収納ホルダーにしまうというのを繰り返す。
エルレイナが警戒しながらも、じーっとその様子を見る。
アクゥアが布を差し出すとそれを受け取り、雑ではあるがナイフの血糊をとって、収納ホルダーにしまった。
『よくできました、レイナ。貴方は出来る子です』
『はい、お姉様!』
アクゥアに頭を撫でられて、ご機嫌な様子で尻尾を振るエルレイナ。
さすが、野生児調教師アクゥア。手馴れてるなー。
今日はエルレイナの気が済むまでゴブリンを狩らせようということで、コボルト達のいる3階層に行くのは辞めて、1、2階層を中心に経験値を稼ぐ方針に変更した。
しばらくは、エルレイナ単独によるゴブリン狩りが続いた。
「エルレイナが全部やってくれるから、今日は楽だな」
棘付きメイスを肩に担ぎ、完全にリラックスモードのアズーラがそう呟く。
たしかにな。
何しろアカネが見つけるよりも先に、野生の感的なものを発動させて、ゴブリンを狩りに走り出すからな。
今まで爪とか噛みつくだけだったから、よっぽどナイフを使って切り裂くのが楽しいんだろうな。
そのまま、変な趣味に目覚めないでね?
20匹を超えたあたりから、興奮状態から少しずつエルレイナも落ち着きだしてきた。
その頃合を見計らって、アクゥアがエルレイナの横に立って、一緒にゴブリン狩りに参加する。
子供ゴブリンは、凶暴な小娘達に取り囲まれて怯えている。
『レイナ、ナイフの正しい使い方を見せます。よく見ておくように』
『はい、お姉様!』
エルレイナからナイフを借りたアクゥアが、返り血を一滴も浴びることなく、華麗なナイフさばきでゴブリンを斬り刻んだ。
「あいあいあー!」
アクゥアのやることをじっと見た後、アクゥアからナイフを返してもらい、ゴブリンに止めを刺したエルレイナ。
おい! こいつ、いきなり躊躇なく首にナイフを突き刺しやがったぞ。
いつも首を噛み付いて仕留めるからか、急所は首って理解してるみたいだな。
『なるほど。それも悪くないですね。ですが、このように喉元を横に裂くのも一つの手です』
アクゥアがそうやってお手本を見せると、目をキラキラとさせてエルレイナが真似をする。
次々とゴブリンに切り傷が増えていき、最後には絶命したゴブリン。
南無……。
すまん、ゴブリン。悪気はないんだ。
しかし、うちの女性達は容赦ないなー。
さすが戦奴隷を志願する女性達である。
アクゥアによるマンツーマン指導により、エルレイナはナイフの使い方が少しずつ様になってきた。
晩御飯の一角兎とラウネの葉を確保できた所で、今日の迷宮探索は終了にした。
エルレイナもかなりの数のゴブリンを狩り尽くして、満足したようだ。
ご機嫌な表情で、おやつ代わりのラウネを自分の背負い袋に詰め込んでいた。
それは、夜食用か?
この様子であれば、明日からはいつも通りの迷宮探索ができるかな?
帰り際に、転移石を返却する為に受付所へ寄ると、騎士さん達が数人集まって険しい顔で何かを話し合っていた。
なんかトラブルか?
「どうしたんですか?」
「今日、ゴブリンがナイフで執拗に切り裂かれた死体が、迷宮の1階層と2階層でたくさん見つかったらしい。後、ゴブリンとも違う妙な奇声も聞こえたという証言があってな、副団長に相談して少しこちらで警戒をしておこうとしてるんだ。もしかしたら、頭のおかしい奴がうろついてるかもしれんから、君達も気をつけるように」
受付の騎士さんに言われて、俺達は何とも言えない表情を浮かべる。
騎士さん、ごめんなさい。
それ、うちのエルレイナです。
たぶん、奇声もエルレイナの「あいあいあー!」だと思います。
今日は、すごく興奮してましたからね。
結局、1人で40匹くらいゴブリンを狩ってましたし。
まあ、最後の方にはアクゥアの指導のおかげか無駄切りが減って、なるべく必要最低限の攻撃でゴブリンを仕留めるようになってきたから、返り血を浴びる量も減りましたけど。
今日使っていた服はあまりにも見た目が酷かったので、迷宮で一度別の古着に着替えさせたけど、あれはもう使えんな。
これを予想して準備してたアクゥアさん、さすがです。
俺は後ろをチラ見する。
今日は、いっぱい動いて腹が減ったのか、ご機嫌な様子でラウネの実をガツガツと貪るエルレイナ。
そんなに食ってると晩御飯が食えなくなるぞ?
アカネが葉を刈り取ったラウネの実を、背負い袋が破けるんじゃないかというくらいに詰め込んでる。
袋に入りきれなかった半笑いの顔が、袋の隙間から覗いてこちらを見てる。
きめぇ。
「さっきの話って、エルレイナだと思う?」
「おそらく。エルレイナが間違って人を襲わないように、いつも以上に人目を避けるように行動したのが、裏目にでましたね」
アイネスが思わず苦笑いをする。
荒地や空き地ばかりの人がいない田舎道を歩いてると、我が家が見えてくる。
二階建ての家の屋根を越えるくらいの大きな桜の木が、俺達を出迎えてくれる。
裏庭にある桜なのだが、見頃は既に終わってるらしく花は完全に散ってしまってる。
花見ができなかったのが、大変残念である。
花の散った桜を見上げていたら、アクゥアの故郷であるサクラ聖教国には、もっと沢山の桜があると教えてくれた。
花見のシーズンになると、桜が街のいたる所で咲き乱れ、とても美しい光景を目にすることができるのだと言う。
桜がいっぱい咲いてる国か。
良いね、行きたいねー。
サクラ聖教国とやらは日本に近い文化がありそうだから、意外と俺みたいに外から来た人間が過去にいそうな気がするんだよな。
元の世界に帰る手段も見つかるかもしれないから、お金が貯まったら観光に行きたいなあ。
まあ、今の調子だと生活費を稼ぐので精一杯だから、他の国に行ける様になるのはまだまだ先の話になりそうだけどね。
焦っても仕方ないから、ゆっくりとやれることからやりますか。
別に今すぐ元の世界に帰る理由もないしね。
俺のことを心配してくれる奴って言っても、アホ田中しか思いつかないしな。
「アクゥアが戻ってきましたね」
アイネスに言われて、視線を前に移す。
さっき、家が見えてきたあたりで何かに気付いたアカネとアクゥアが家の方に駆け出したが、アクゥアが走りながらこっちに戻ってきた。
何かあったのか?
『ハヤト様。うちの裏庭に、知らない子供がいます。足を怪我してるようなのですが……』
アクゥアに先導されながら、裏庭に向かう。
桜の木の近くに、木で出来たテーブルと椅子があり、そのうちの1つに子供が座っていた。
透き通るような蒼い瞳と髪を持った、小さな少女のようだ。
アカネが少女の足を何やら真剣に見ている。
俺達が近づくと少女がこちらに気付き、怯えるような表情をする。
あっ、そういえば……。
「アズーラ。この子が怯えてるみたいだから、少し外してもらえますか?」
「あん? おー。そうか、悪い悪い。先に家に入ってるわ」
アイネスに指摘されて、胸に7つの傷を隠し持ってそうな凶悪装備のアズーラが先に家に入っていった。
最近、当たり前のように一緒にいるから、見た目は怖いアズーラの存在をすっかり忘れていたよ。
「アカネ、どんな具合なの?」
「どうやら、毒蛇に噛まれたようであります。近くに毒を持った迷宮蛇がいたようであります」
アイネスの質問に返答するアカネの話を聞き、俺は少女の足を覗き込む。
ひどいな。
足のすねが紫色に変色して、ひどく腫れている。
毒か。毒って、確か俺の覚えた回復魔法の中に……。
俺がアイネスの方に振り向くと、アイネスが眉根を寄せる。
「たしかに、ご主人様の覚えた回復魔法の1つに毒を治すものがあります。しかし、それは今のご主人様では……」
アイネスが言い終わる前に、自分の中にある魔法を探るようなイメージで、俺は意識を集中させる。
前に魔導書を読んだように、魔導書のページをめくるような感覚で目的の魔法を探す。
目的の魔法を見つけるとそのページを読むような感覚で、少女の足に手をかざす。
自分の中で何かが抜けていく感覚と共に、少女の紫に変色した肌に、たくさんの小さな光が浮かび上がる。
しばらくすると光は消え、紫では無い綺麗な肌が現れた。
「治ったであります。良かったでありますね」
アカネがニコニコと嬉しそうな表情をして、少女の頭を撫でる。
少女は驚いたように目を見開き、足をしきりにぺたぺたと触る。
ふむ、うまくいったみたいだな。
どうした、アイネス? 難しそうな顔をして。
「ご主人様、身体の調子は大丈夫ですか? 魔力を使い切ったような、疲労感はありませんか?」
えらく神妙な顔で、アイネスが俺の顔色を伺うように尋ねる。
特に問題は無い感じなので、俺が首を横に振ると、更に難しい顔になった。
「おかしいですわね。毒の治療魔法が使えるのは、巫女のレベル3からと聞いてましたし、となるとご主人様は既にレベル3になったということでしょうか? 早過ぎないかしら? うーん、そんなものかしら?」
顎に手を当て、何やら考えるような仕草でブツブツと呟き始めたアイネス。
大丈夫か?
「あ、ありがとうございます」
蒼髪少女が俺の前にやってきて、ペコリと頭を深く下げる。
でも、顔を上げるとすごく不安そうな表情で俺を見上げる。
「お金……持ってないです」
ん? どういうこと?
「あ、大丈夫ですよ。ご主人様は、お金が欲しくて貴方の治療をしたわけではないのですから。それよりもなぜ、貴方は人もいないこの様な所に来てるのですか? ご両親は、一緒ではないのですか?」
アイネスが、小さな少女に疑問を投げかける。
少女の名はロリンと言い、年齢は6歳とのこと。
動きやすそうな短めの髪で、身体はとても小さく、可愛らしい大きな蒼い瞳が特徴的だ。
見た目の割にはしっかりと受け答えをするので驚いたが、大抵の家は小さい頃から親の家業の手伝いをするらしいから、この歳にはこれくらいの感じになるとアイネスに言われた。
何というか、義務教育という名の学校に通っていた自分には考えられない世界だが、どうりでうちの少女達も14歳の割にはしっかりしてるなあと納得できた。
4歳くらい、さばを読んでると言われても違和感ないもんな。
「じゃあ、ロリンちゃんは今度帰ってくるお姉さんのために、野苺を取りに来たのね」
「はい」
ロリンには歳の離れた姉がいるらしく、教会で巫女の仕事をしているらしい。
久しぶりに帰ってくる姉のために、野苺を使った料理をするつもりだったのだが、自分の家の近くにいつも生えてる野苺が既になく、前に両親とこの辺りに採りに来た事を思い出して、ここまでやって来たみたいだ。
その際に、毒蛇に足を噛まれたと。
「あの辺はあぶないですよ。毒を持った迷宮蛇がうろついてるって、雑貨屋の店長も言ってましたし」
「でも……」
ロリンが行こうとしてる所は、既に荒地で雑草が伸び放題なので、足元に気をつけないと迷宮蛇とやらに噛まれる危険があるらしい。
でも、本人的には遠目から野苺が確認できたし、どうしても行きたいようである。
「はぁー、困りましたね」
「野苺でありますか? 久しぶりに私も食べたいであります。私が一緒に、ついて行ってあげるでありますよ!」
食い物に食いついたアカネ。
涎が出てるぞ。
じゃあ、アカネで良いじゃないの? そんなに遠くないんでしょ?
アカネは鼻が良いし、危険な奴が近づいてもすぐに逃げれそうだし。
「しょうがないですね。アカネ、ついて行ってあげなさい」
「あいあいあー!」
「エルレイナもですか? じゃあ、二人がついて行ってあげなさい。日が暮れるまでには帰ってくるのですよ? それでは、今日の兎肉の皮剥ぎは、アズーラとアクゥアに手伝ってもらいましょう」
家に帰ってしばらくゴロゴロしていると、野苺を採りに行ったアカネ達が帰ってきた。
籠に沢山の野苺を入れて、ロリンもご満悦のようだ。
一緒についていったお礼に、野苺を分けて貰ったアカネは、更にご満悦のようだ。
良かったな、アカネ。
日も暮れかけてきたので、万が一のことがあったらいけないということで、アカネとエルレイナにアズーラを足した3人でロリンを家まで送ってあげることになった。
凶悪装備のアズーラに最初は怖がってたが、アカネとエルレイナと仲良くなった事も有り、恐る恐るながらも一緒に帰っていった。
風呂に入ってのんびりした後に、食堂に向かった頃にはアカネ達も帰って来ていた。
「おかえり。ん、どうした?」
何やら皆が難しそうな顔をしている。
夕食の支度はできてるようなので、飯を食いながら話を聞く事にした。
アカネ達は、ロリンを無事にご両親のもとへ送り届けてきたらしい。
最初は凶悪装備のアズーラを見た瞬間に、盗賊が娘を人質に強盗に来たかと間違えられたらしく、その話を聞いてちょっと笑ってしまった。
誤解を解いた後に、野苺を一緒に採りに行ってあげたということで、大変感謝されたようです。
しかし、毒蛇に噛まれたのを治療したという件で、両親の顔色が悪くなった。
しきりに治療費を払いますと言われて、アカネ達は断るのに苦労したようだ。
なぜ毒を治しただけで治療費うんぬんの話になるのかと思ったら、どうやらそこに教会の話が絡むみたいだ。
「はぁあ? 5000セシリル? 毒の治療をするだけで、何でそんなにかかるの?」
「旦那様は、この街での平民の暮らしを知らないから驚くかもしれませんが、この街の教会で毒の治療をしようとするとそれくらいかかるのです」
アイネスの台詞に、思わず俺は顔をしかめてしまった。
「毒はひどい傷みを伴いますが、放置してれば2、3日で回復します。死にいたる物では無いので、大抵の平民は放置します。大人は我慢できるかもしれませんが、先程の子供には少々つらいかもしれませんね」
いやいや、あの腫れ具合はよっぽどだぞ。
さすがにあの状態で歩くのは無理だと思うぞ。
ちょっと可哀想じゃないか?
「うーん。でも、ちょっと高過ぎないか?」
「懐にでも入ってんじゃないの? 傷を治す治療費もやけに高いしさ。この街の教会は他の街に比べても、高過ぎると思うぞ」
ラウネの葉を漬したおつまみを食べながら、お酒をちびちびと飲んでたアズーラが呟く。
「アズーラ、外でそんなことを言わないで下さいね。この街で、教会に睨まれると厄介なことになりますから」
「へいへい」
アズーラが、アイネスに窘められる。
でも、アイネスの口調もそんなに強くないので、アズーラと似たようなことを考えてるのかな?
俺も一瞬、アズーラと同じことを思ったし。
たしかに、教会を病院と考えると、患者から多少のお金を貰う必要はあると思うけど。
それにしても、その金額はちょっと……。
「旦那様が言われたように、少し高いとは思います。うちのパーティーの1日分の生活費が軽く飛びますね。そんな治療費をすぐに払おうと思いますか?」
「思わんな」
うーん、なるほどね。
それでロリンも俺が治療した時に、しきりに俺の顔色を伺うようなことをしてたのか。
治した後に、教会と同じ治療費を寄越せとか言われたら嫌だもんな。
「治療費を請求すれば、少しはお金が貰えたかも知れませんね」
食後のお茶を飲みながら、アイネスが呟く。
「さすがにそれはできんな」
「でしょうね。旦那様なら、そう言うと思いました」
アイネスがニコリと笑みを浮かべると、一枚の紙を取り出して俺に渡す。
何コレ?
「帰り道に雑貨屋へ立ち寄った時に、店長から渡されました」
「国民ギルドの仮住民登録完了? 正式な住民登録の申し込み依頼と住民税の支払い請求?」
謎の文言が書かれた紙を斜め読みしてから、一番下の請求額に目を移して俺は驚愕する。
「ご、56万セシリル!?」
「この街の住民税は、高いですよね」
「高いよなー。スラム街に引っ越せば、タダだぜ?」
「スラム街には、アズーラだけ引越して下さいね。私は嫌ですよ」
俺が動揺してるのを尻目に、アイネスとアズーラが涼しげな表情で会話を繰り広げる。
「心配しなくても大丈夫ですよ。金額だけ見れば高く見えますが、年内中には払えますよ。たぶん」
「たぶん!?」
「はいはい。説明しますから、落ち着いて下さい」
アイネスがお茶をゆっくりと一飲みすると、耳を伏せていつもの考える仕草をする。
しばらくすると、閉じていた目を開き、桃色の瞳が俺に向けられる。
「まず、この国には国民ギルドというのがあります。国民ギルドというのは、街の住民登録を管理しているギルドです。街で借家や家を購入した際には、必ずこの国民ギルドに住民登録をする義務が発生します」
「へー」
「今回の場合はこの家を借りる契約をした時に、不動産を通して国民ギルドに仮住民登録がされました。次に、私達がしなくてはいけないのが、本人による正式な住民登録。明日の朝にでも、国民ギルドに立ち寄る必要がありますね。ここまでは宜しいですか?」
俺は頷く。
なるほどな。住む家を手に入れたら、国民ギルドとやらに住民登録をしろと。
「住民登録がされたら、次にしなくてはいけないのが住民税の支払い。この街ですと成人で16万セシリル。未成年や奴隷だと半額の8万セシリル。うちの場合ですと、旦那様と奴隷5人の56万セシリルを、年内中に支払わなければいけません」
「そうなんだ。ちなみに、支払えなかった場合は?」
「国外追放。もしくは、最悪奴隷になってしまいますね」
えー。奴隷は嫌だな。
「以前、奴隷を買うことが安くないと言った意味が分かりましたか? お猿様」
な、なるほど。
前にアイネスが、俺に対して頭がおかしい発言していた意味が、少し分かった気がする。
「心配しなくても大丈夫ですよ。探索者生活をしながら税金も払えるように、先のことは考えて生活してますので。皆が、路頭に迷う事はありませんよ」
さ、さすがアイネス様! 頼りになります。
この辺の予備知識無しの俺主導でやってたら、これは間違いなく詰んでたな。
「よ、宜しくお願いします。アイネスさん」
「はいはい」
「坊ちゃんてさぁ。本当に何も知らないんだな? よっぽど箱入り息子に育てられたんだな」
アズーラがテーブルに両肘を置き、頬杖を突きながら俺を見つめる。
ええ、まあ、異世界人ですからね。
こっちの常識なんて、何も知らんのですよ。
「アズーラ、あまり人の過去を詮索するものではありませんよ。人によっては止む得ない事情と言うのもあるのですから」
「何言ってんのさぁ。アイネスだって、坊ちゃんのことをもっと知りたいくせに」
「いずれ旦那様の口から言ってもらえますよ。そうですよね? 旦那様。あ、別に今すぐ言ってもらっても構いませんよ?」
「……そのうちな」
さすがに異世界のことは説明できないので言葉を濁すと、アイネスとアズーラが口を尖らせて俺を見る。
そんなに不満そうな顔をしないで下さい。
俺だって説明できるものなら、今すぐにでも説明したいけど厳しいものがありますよ。
「あいあいあー、あいあいあー、あい、あい、あー」
アイネスとアズーラの探るような視線から逃れるように、謎の歌を唄い出したエルレイナに目を向けると、テーブルの上に今日の戦利品達が並べられていた。
しかも、なぜか戦利品達の視線が、全て俺に向けられている。
俺を見つめる半笑いのラウネ達。
きめぇ。
やめて下さい、エルレイナさん。
夢に出てきそうです。




