サクラ聖教国<捜>
私はいつものように聖堂で、戦女神様を模した石像の前で跪く。
「あの子が、すぐに見つかりますように……」
最近、姿が見えなくなった妹弟子の無事を願い、祈りを捧げる。
しばらくすると、聖堂に誰かが入ってくる気配がする。
目を移すと、侍女が俯き加減で私の所にやってきた。
「エンジェ様」
「どうしたのですか?」
「シズニア様が今日も部屋に籠もったままでして、朝食を召し上がりに降りて来ません。どうすれば良いでしょうか?」
「少し待って下さい。すぐに着替えてから、シズニア様の部屋に伺います」
部屋に戻り、サクラ聖教国の貴族を守護する者のみに着る事を許された、侍女服を黒に染めた冥土服に着替える。
シズニア様の部屋に急いで向かうと、扉の前で数人の侍女達が部屋の中を伺うように声をかけている。
「あ! エンジェ様」
「貴方達は持ち場に戻ってなさい。私がシズニア様を起こします」
侍女達を下がらせ、私は扉に向かって声をかける。
「シズニア様、エンジェです。鍵を開けてもらえないでしょうか? 侍女達が心配しています。顔を見せて頂けませんか?」
微かだが、部屋の中から人の動く気配がする。
しばらく我慢強く待つと、鍵が開く音がして、シズニア様が顔を出す。
「エンジェ……」
全然寝ていないのだろうか。
目の下には黒い隈が出来ており、頬も若干やつれているように見える。
侍女達の話だと、風呂に入ることもしてないと聞いてる。
母親譲りの白く美しかった髪も、今はひどく乱れていた。
予想していた以上に、かなり良くない状態ですね。
「シズニア様。もう数日食事をされておりません。このままでは倒れてしまいます。法王様も大変心配されてます」
「いらない。食べたくないの。エンジェ、お姉様は見つかったの?」
「……まだです。現在、こちらの者達に大陸中を調べさせていますが、情報は私の所に来ておりません」
「そう」
普段はにぎやかなシズニア様も幼馴染が行方不明となったと連絡を受けてから、目に見えて塞ぎ込んでしまった。
このままひきこもってしまっては、昔の病弱な頃に逆戻りになってしまう。
それだけは何とか避けたい。
シズニア様の母である法王様も気にしている。
何とかしてあげたいのだが、シズニア様を元気づけるような連絡はまだあがってきてない。
「通常の食事が駄目と言うのでしたら、せめてお粥だけでも召し上がってください。後で部屋に持ってきます。宜しいですね?」
「……分かった」
思わずため息を吐きそうになる。
私は食事係の侍女を探しながら、シズニア様の幼馴染が、城に顔を出した時のことを思い出す。
久しぶりにお師匠様が弟子をとったと思ったら、随分可愛いらしい子供。
お師匠様と同じく、瞳や髪が黒色。
そして、耳や尻尾まで全てが黒だったのがとても印象的でした。
これは大変めずらしいと、あの時はすごく驚いたものです。
お師匠様の娘だと紹介されたら、思わず納得してしまうところだろう。
クエンに続いて、私の妹弟子になる猫族の女の子。
「お姉様! 本当に、遊びに来てくれたのですね!」
「シズとの約束です。今日は表から来ました」
お師匠様が用意したのか、貴族が着用する袴姿で、深く頭を下げる妹弟子。
礼儀正しく、とても真面目そうな子だ。
病弱で、普段は引きこもりがちなシズニア様が部屋から出てきて、応接間にまで顔を出したのには驚きました。
それ以上に、シズニア様にご友人がいることに、更に驚きました。
「今日は? 表?」
「フフフ、実はな。最近ずっと、シズニアの部屋にこっそり忍び込んでたんだよ。気づかなかっただろ?」
「何ですって!?」
「エンジェ、まだまだだな。頑張れ、法王代理近衛隊長殿」
まったく、お師匠様の型破りな行動には毎回呆れるばかりです。
まさか5歳の子供を連れて、城の厳重な警備をかいくぐって、シズニア様の所に遊びに通ってるとは思いませんでした。
いくら妹弟子の修行のためとはいえ、挑戦する難易度が高すぎます。
「エンジェー、しばらく見ないうちに腕が落ちたんじゃないのか?」
お師匠様が私の両肩に手を置き、顔を近づける。
この笑みは危険です。
嫌な予感がする!
「1本、いっとく?」
あー。
思い出したくない。
あれは久々に地獄を見ました。
私も弟子達に鬼教官と言われたことがありますが、猫人の皮を被った魔王とはまさにあの方の事を言うのでしょう。
『超越者』、『国崩』、『武神』。
様々な2つ名を持つ方ですが、個人で国と喧嘩を売って勝てるのはあの方ぐらいでしょう。
あの方の弟子になったらまずは自分の墓を建てることが始まりと言われるように、よく生きていられたなというような恐ろしい修行の連続でした。
生きながらにして地獄を見れるのは、あの方の修行くらいなものです。
あれを経験した後であれば、どの戦場に行ってもぬるいとしか感じれなくなるくらいの精神力を身につけれるようになってしまいました。
いろんな意味で恐ろしい方です。
よく妹弟子もあんな小さな頃から、お師匠様の弟子としてやっていけてますね。
本当に感心します。
まあ、でもあの子は小さい頃から、武術に関しては突出する物がありましたからね。
正直、私が同じ年の時にあそこまでのことができていたかどうかと考えると、自信が持てません。
しかし、困りましたね。
まったく、お師匠様の考えはいつだって理解ができません!
『おもしろいのを見つけた』と言ったと思ったら、妹弟子を異国に置いてきたと言う始末。
どこに置いてきたかと聞けば、『秘密だ』と人差し指を口に当て、『いつもの修業だよ』とほくそ笑む。
そして、『しばらく、旅に出るから』とそのまま本当に国から去っていった。
もはやあの子が、どこにいるかは誰にも分からない状況。
たしかにシズニア様の幼馴染に対する溺愛ぶりには目に余るものが有り、しばらく離すべきかという話は身内でしてましたが、唐突にするのもどうかと思います。
しかも、妹弟子は異国の言葉を修得できてません。
武術に関しては問題無いと思いますが、言葉が通じない状態で1人にするのはまだ危険があります。
特にあの子は真面目過ぎる所があるので、口のうまい詐欺師にでも騙されないかと心配です。
主に、詐欺師側の命が危ないですからね。
お師匠様の話だとこの前も、我が国の貴族の名を騙った詐欺師を袋叩きにして、引きずり回してたらしいですからね。
根は良い子なのですが、妹弟子に流れている一族の血はかなり特殊ですから、むしろ心配より不安の方が大きいかもしれません。
「はぁー」
思わず溜め息が出る。
そう言えば、今日は愛弟子と会う約束をしてました。
シズニア様の容体を法王様に伝えた後、部屋に戻って外出するための準備を始める。
「えーと、たしか時間は……」
貴重品を入れた小箱から『転移許可証』と書かれた紙を取り出し、場所が迷宮都市イルザリスになってることを確認する。
便利なものですね。
サクラ聖教国製の転移門がなければ島から外に出るのも一苦労ですが、これのお陰で我が国から遠くに短時間で移動できます。
さすが、世界一の技術力を誇るサクラ聖教国ですね。
向こう側にも同じ転移門が無いといけませんが、オーズガルド王国はどこぞの教会と違って、友好国ですからね。
知り合いが多い街なので特に助かります。
時間の余裕はまだあるが、転移門の使用予約時間に遅れると責任者に小言を言われそうなので、早めに出かける事にした。
* * *
今日はめずらしく愛弟子から急ぎの呼び出しがあったので、イルザリスまでやって来ましたが何の用事でしょうか?
サクラ聖教国にも関わる重大な話というので、さすがに無視するわけにはいきませんね。
待ち合わせ場所の店に入り、案内された個室に座る。
愛弟子に会うのも久しぶりですね。
ちゃんと仕事はしてるのでしょうか?
迷宮騎士団に入団してるとは聞いてますが、昔の性格を知ってるだけに不安はあります。
まあ、同じ所に彼女達もいるので大丈夫だとは思いますけど。
店員に注文した紅茶が届き、口に運ぶ。
「おいしい。やっぱり茶葉はサクラ聖教国が一番ですね」
この店の茶葉は、サクラ聖教国のも取り扱ってるので気に入ってる。
愛弟子が来るまでの時間つぶしに、昔のことを思い出しながら紅茶を飲む。
「紅騎士に紅銀狼。それと紅牛鬼でしたかね」
お師匠様のもとでの修行を終え、新たな修行として1人旅をした時に出会ったパーティー。
『紅の騎士団』。
その中でもとりわけ目立っていたのが、あの3人。
今、考えても物騒な2つ名ですよね。
あの方達が通った後には、血で染まった紅い道ができるとか言われてましたからね。
でも、それに相応しい実力を持った方でした。
その話をすれば、毎回なぜか私がいるからそうなったと言われるのが不思議でなりません。
ただ、目に入った山賊を狩っていただけなのに。
お師匠様との修行時代に、迷宮に入った時は魔物よりも山賊を積極的に狩っていたので、その癖がついてるだけなんですけどね。
あー。そういえば、クエンもいましたね。
サクラ聖教国の出身者ではないですが、お師匠様がどっかから見つけて育てていた豹人の女性。
たしかに才能豊かな人でした。
性格が少しアレでしたがね。主に性的な意味で。
まあ、アレはどうでもいいんです。
他人の者にまで手を出そうとする馬鹿豹は、ほっとけば良いんです。
母性本能が性的な意味でくすぐられるという、意味不明な言動で弱そうな若い男ばかりを追いかけるような馬鹿豹は、私の中では妹弟子として数えないことにしているのでいいんです。
そこは、保護欲とか言えばまだ聞こえが良いのですが、「子宮が疼くにゃー」とか意味が分かりません。
あの馬鹿豹は、完全に脳味噌をやられてますからね。
私も豹人ですが、アレと一緒にされると困るものがありますね。
お師匠様の修行の厳しさに、頭をやられてしまったのでしょうか?
まあ、ありえない話ではないですよね。
そして、愛弟子のカリアズ。
色的な意味で、妙に親近感を沸いた縁でしょうか。
探索者ギルドで、未成年ながらも迷宮に1人で潜ろうとしてたあの子に、思わず声をかけたのが始まりでしたね。
皆に困惑されながらも、私が育てるからと少しわがままを言って、パーティーに加えたんですよね、
思えばあの時に一目見て、あの子の中に眠る才能に気づいたからこそ、声をかけたのでしょう。
猫族以外の者を弟子にしたことをお師匠様に咎められるかと思いましたが、違う言葉が返ってきたのが印象的でしたね。
「何を言ってるんだ? エンジェが選んだんだろ? 私は嬉しいぞ。自分よりも弱い足手纏いには、すぐ興味を失くすお前が、弟子をとったんだ。さあ、今度は弟子を育てる大変さを味わってみろ!」
その後、なぜか「お祝いだ―!」とか言われて、酒を酒樽ごと私に飲ませようとした事が意味不明でしたが、よっぽど嬉しかったんですかね。
「フフフ、懐かしいですね」
確かに、弟子を育てるのは大変でした。
思い通りにいかなくて、怒ってしまうことも多々ありました。
カリアは性格があれでしたからね。
他の弟子達の中でも、一番手がかかったかもしれません。
でも、それ以上に弟子が育っていくのを見るのも楽しいものでした。
手がかかる者ほど、不思議と可愛く見えるのですよね。
お師匠様も、こんな気持ちで私を見てたのでしょうか?
懐かしい思い出を回想していると、覚えのある気配を感じ取る。
「やっほー! 師匠、おひさー!」
「カリア。久しぶりね」
個室の扉が開いたかと思うと、私と同じ色を持つ犬人の愛弟子がやってくる。
種族さえ同じであれば、姉妹と思われるでしょう。
実際の話、よく周りの人に、両親が種族違いの姉妹かと言われましたしね。
どっちかというと中性的な顔立ちなので、弟と呼ばれることも多いですけど。
「ねぇねぇ、聞いて聞いて! 昨日ね、すごい子供を見つけたの! 僕の不意打ちを初見で止めた子がいるの!」
「ほう。それは中々優秀ですね」
興奮した様子でカリアが私に話し始める。
カリアは普段が飄々としてる分、大抵は相手も油断して初撃をくらうものだ。
それを止めたとなるとかなりの武術者と思われる。
「しかも猫族! 騎士団に勧誘しようとしたんだけどね。戦奴隷だし、あれは難しそうだねー」
「奴隷? それは聞き捨てなりませんね。そのご主人様には近々、お話し合いの場を設けたいところですね」
猫族を奴隷にするのは見過ごせませんね。
本人の希望次第ですが、その気があるのならサクラ聖教国で引き取りたいですね。
「どうだろうね。あれは力づくでいうことをきく子じゃないと思うから、本人の意思でご主人様についていってると思うよー。難しいんじゃない?」
「そうですか。それは困りましたね。どのような子なのですか?」
「そう言うと思ったよ。聞いて驚け、師匠。なんとその子は、サクラ聖教国の子なのだ!」
「なんですって!? サクラ聖教国の子が、奴隷になってるというのですか!」
そうなると話は別です!
しかも子供となら、早急に保護しないと!
「ちょっ!? 師匠、落ち着いて! その子にも事情があるかも知れないじゃないか! 殺気を出さないで! 迷宮騎士団が駆けつけてくるよ!」
「フーッ……。カリア、続きを」
「ふーっ、びっくりしたー。それがまた面白い事にね。前に師匠が言ってた妹弟子みたいに、身体中の体毛が真っ黒な女の子なの。目、髪、耳、尻尾、全部が黒なの! すごくない? サクラ聖教国でも黒で統一された子って1人しかいないんでしょ? 実は2人目がこの街にいたのだー。へっへっへっー。僕、すごいの見つけちゃったんだぜ。えらい? 褒めて、褒めてー!」
私はカリアの話に、何も言葉が返せなくなった。
まさか、その子って。
「カリア、教えて。その子の名前は?」
「師匠、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「良いから教えなさい!」
「怖っ!? えーと、えーと、名前は……」
カリアの悩むような仕草が、私の感情をひどく苛立たせる。
じっと耐え忍ぶような時間が過ぎ、ようやくカリアが口を開く。
「あっ、思い出した! アクゥアって名前の子」
やっぱり。
「カリア。その名前で、間違いないのね?」
「そうだよーん。どうしたの師匠?」
「ありがとう、カリア。今日は良い話が聞けたわ。悪いけど、急用を思い出したの。国にすぐ帰るわ」
「えー! もう帰るの? たまには稽古してよー」
私が席を立つと、カリアが頬を膨らませる。
「大丈夫よ。すぐにこっちに来ることになると思うから。たぶん、次に来る時は長くいると思うわ」
「ほんとに? いえーい! それは、楽しみだね」
ええ、本当に。
そのご主人様とやらとも、いろいろとお話を聞かなければいけませんしね。
その時を想像し、私は黒い笑みを浮かべる。
「カリア、そのアクゥアって子のご主人様の名前を教えてもらえるかしら?」
「ハヤト=サクラザカ。うちの迷宮騎士団では『黒神子』で有名なんだよ」
「黒神子?」
「そう。髪も目も黒なんだよ。アクゥアって子と並んでると兄妹みたいに見えるんだよ。人間の男なんだけどね」
髪も目も黒の人間の男。
ハヤト=サクラザカ。
覚えたわ。
「本当にありがとうね、カリア。次来た時は、つきっきりで稽古してあげるわ」
「ほんとに? ひゃっほー!」
ご機嫌な様子のカリアに見送られながら、私はその場を後にする。
* * *
街の市場に立ち寄り、活気ある喧騒の中を進んで行く。
とある店の前で、足を止める。
箱に詰められた果物が、店の前に並べられている。
気になった物を1つ手に取った。
「この果物、おいくらでしょうか?」
「あっ、はい! 300セシリルになります!」
店の中にいた猫族の女性店員に声を掛けると、元気の良い声が返ってくる。
代金を支払おうとして、女性店員に顔を近づけた。
『各国に放っている草に指令を与えます。ハヤト=サクラザカという者に関する情報の収集。どんな些細な情報でも構いません。期限は5日とします。宜しいですね?』
『御意』
女性店員に、囁くように伝えると顔を離す。
「ありがとうございますね」
「まいどありー!」
笑みを作ってお礼を言うと、愛嬌のある笑みを返された。
草の1人に指令を与えると、その店を後にする。
買った果実を一齧りする。
お師匠様と同じ、黒の髪と目を持つ男。
もしかして、これがお師匠様が言っていた『おもしろいのを見つけた』の答えでしょうか?
お師匠様が、自分の弟子が奴隷になってるのを知らないはずはありません。
おそらくその者と、どこかで接触があったはずです。
まだ見ぬ人物を想像して、目を細める。
ひとまずは、国へ帰りましょう。
これを手土産にすれば、シズニア様も喜ぶでしょう。
そして、ハヤト=サクラザカ。
サクラの名を家名に持つことは、サクラ聖教国以外では暗黙的に禁止されているはず。
ならば我が国の貴族の1人であるはずなのですが、そのような名の者は聞いたことがありません。
何者か、我が国でも早急に調べる必要がありますね。




