くのいち?
「うー、昨日のアレのせいか、妙に腹が痛い気がする」
俺は朝から便座に長いこと座りながら、昨日の夜の事を思い出し身震いする。
ほんと、よくアレから俺は生き残ったな。
アイネスのおっぱいを見た代償はあまりにも大きかったぜ。
いや、わざと見たわけじゃないんだけどな。
本当にラッキースケベ系は、碌なことが無いな。
とりあえずは大丈夫かなと思った所で立ち上がり、便座についているレバーのようなものを動かす。
そうすると、水が流れ始めた。
アイネスの話だと、このようなサクラ聖教国製の水洗便所は、貴族が住む家にはどこでもあるらしいな。
平民となると汚水等は専用の壷にするのが一般的で、溜まった汚物は決められた所に捨てにいかないといけないとも言ってたが。
よく歴史にある汚物を外に放り投げて街が汚物まみれ、という世界じゃなくて良かったなと思う。
『ハヤト様。お腹の調子は、大丈夫ですか?』
便所から外に出ると、アクゥアが心配そうな表情で俺に尋ねる。
『大丈夫だ。少しは楽になった。迷宮には潜れると思う』
『そうですか』
アクゥアは昨日の騒動が、エルレイナとの勉強会を引き金に起こったことを気にしてるみたいだ。
悪いのは、ノックもせずにアイネスの部屋に入った俺なのにな。
『ハハハ、何か悪いものでも食ったのかな?』
『アイネスさんは、食事にそのような物を出さないと思います』
『あー、まあ、うん』
ごまかそうと思ったら失敗した。
『アイネスって、まだ怒ってる?』
『少し、まだ……』
まあ、そうだろうな。
朝の恒例の寝起きドッキリも、アイネスが部屋に入った瞬間に飛び起きるぐらいに、殺気がでまくってたからな。
昨日は腹に痛恨の一撃を食らってそのまま気絶したから、言い訳もできずじまいだったからな。
朝から土下座して言い訳はしたけど、果たしてどこまで納得していてくれてるのか疑問だな。
メイスで殴られることはなかったから、一応は許してもらえたのかな?
朝飯を食ってるときは、一言も口を聞いてくれなかったけど。
『『はぁー』』
なぜか二人して深くため息をついてしまう。
『アクゥアは気にしなくて良いよ。今回は俺のせいでアイネスを怒らしてしまったんだ』
『いいえ。私がハヤト様だけでなく、アイネスさんにも断りを入れてれば問題無い話でした。言葉が通じないからと、連絡を怠った私の責任でもあります。今日より、もっと真剣にこちらの言葉を覚えようと思います!』
アクゥアの何かに火をつけてしまったようです。
家から迷宮に移動する間も、何とも言えない空気がパーティー内に流れる。
まあ、原因は言わずもがな。
アカネとアズーラの何とかしろよ的な視線を背後に感じながら、俺の横を歩くアイネスに視線を移す。
「何?」
「いえ、何でも無いです」
鬼兎さんに睨まれた。怖い。
しかし、そこへまさかのアクゥアが声をかけ、深く頭を下げる。
『アイネスさん。ごめんなさい』
「えーっと……ああ。ごめんなさいでしたわね。何を謝ってるのかは知りませんが、あなたが謝ることはありません」
アイネスが昨日の勉強会で書いていた紙に目を通して、アクゥアに返答をする。
「今朝、豚野郎から事情は聞きました。悪いのは豚野郎です。豚野郎、アクゥアに訳しなさい」
「はい」
兎娘から豚野郎と言われて悲しくなるが、今のお怒りモードのアイネスに逆らう勇気はないので、そのままアクゥアに通訳する。
『ハヤト様……』
『大丈夫だ。アイネスの言うとおり、俺が悪い。俺がアイネスの怒りを静めておくから、もうアクゥアは気にするな』
アクゥアが何とも言えない物悲しそうな瞳で俺を見つめるが、俺は大丈夫だ。もう慣れてる。
むしろ会話をしてくれるようになっただけ、一歩前進だ。さすがアクゥアさんだな。
あれ? 目から汗が。泣いてないもん。
「今日は午前中を昨日のように一角兎を取った後に、様子見で階層を1つ降りてみましょう。さあ、皆さん。お通夜でも無いんだから、暗い顔をせず気合いを入れて下さい。豚野郎、アクゥアに訳しなさい」
「はい」
俺はアイネス大魔神に言われるがまま、今日の方針をアクゥアに通訳する。
『ハヤト様……』と泣きそうな顔で、アクゥアが俺に訴えるような瞳を向ける。
おそらくさっきそのまま通訳したから、ヴァルディア語の『豚野郎』を覚えてしまって、アイネスが俺のことを豚野郎と呼んでることに気付いたのだろう。
大丈夫だ、俺はまだ戦える! 戦えるかなー?
アイネスとの会話の中で『豚野郎』と罵られるたびに、アクゥアが申し訳なさそうな顔でこちらを見る。
会話の節々に『豚野郎』が入るが、それ以外は普通の会話をしてくれるので少しだけパーティー内の空気が良くなった気がする。
最初にアイネスと会った頃は、『豚野郎』の一言でかなり凹んだんだけどなー。
なんか耐性が徐々につきだしたのを喜んで良いものか、哀しんだら良いものなのか。
「はぁー。もう、いいです。怒り続けるのも馬鹿らしくなってきました。次からは気をつけて下さい。旦那様、二度目は無いですからね?」
「分かった。すまん、アイネス。気を付けるよ」
「信じましょう。では、受付に行きましょう」
ちょっとだけ機嫌を直したアイネスと一緒に、迷宮前にある受付所に向かう。
受付所に入る直前に『許してもらえたっぽい』とアクゥアに小さく言うと、すごくホッとしたような顔で『良かったです』と言ってくれた。
良い子だよね。
「おやぁ? ハヤトちゃんのおでましだね」
ちゃん呼ばわりに引っかかるものを感じるが、見覚えのある人が受付をしていた。
「あれ? 今日は、カリアズさんが担当なんですか?」
「そうだよーん」
机の上に肘をついて、頬杖を突きながらニヤニヤした顔でカリアズさんが返事する。
なんというか、ノリが軽い人だな。
騎士団の人は、皆がお固いイメージがあったが、意外とこういうタイプもいるんだな。
「ギルドカードを」
「ああ、良いよ良いよ。もう君達のことは知ってるしね。『黒神子』で有名だもん」
アイネスがいつものようにギルドカードを出そうとするが、カリアズさんが手を振っていらないと言った仕草をする。
ていうか、それよりも気になる言葉が。
「黒神子?」
「おおっと、余計なことを言ってしまった。サリッシュには、内緒だぞ」
おどけたような仕草をした後、カリアズさんが席を立ち、俺の左肩を掴んで顔を近づける。
「もし、喋ったら……」
「!?」
突然、カリアズさんが消えたかと思ったら、背後から誰かの左腕が俺の首を絞め付けていた。
何が起こったのか分からないまま後ろを振り返ると、カリアズさんが俺の首を絞めつつ、別の人に視線を向けている。
「へー、これに反応できる子がいるとは思わなかったよ。予想外だね」
いつのまにか俺のすぐ近くに来たアクゥアが、カリアズさんの右手を掴んでいる。
カリアズさんの手には、黒い刃物のような物が握られていた。
ナイフとは違う、刃の部分がひし形の板状になった特殊な形状だ。
『武器を収めて下さい。これ以上、ハヤト様に危害を加えるようであれば……』
アクゥアが鞘からシミターを抜き、刃の部分をカリアズさんに向ける。
『私も、手を出す事になります』
先程までの泣きそうな顔とは正反対で、殺気めいた雰囲気のアクゥアが、カリアズさんを睨む。
『それは怖いですね。遠慮しておきましょう』
両手を挙げて降参の合図を示すと、カリアズさんが俺から離れる。
『それは、苦無ですか?』
シミターを鞘に収めながら、アクゥアがぼそりと呟く。
「およ?」
一瞬、カリアズさんが不思議そうな顔をした後、自分の手元にある黒い得物を見る。
そして、持ち手の先にある穴の部分に人差し指を通して、くるくると回し始めた。
『そうよ、苦無よ。サクラ聖教国では人気の武器ね。私も気に入って、よく使ってるの』
めずらしくアクゥアが、食い入るようにカリアズさんの苦無とやらをじーっと見つめる。
くるくると苦無とやらを回しながらアクゥアをしばらく見た後、カリアズさんがニヤリと笑う。
『さっきのお詫び代わりに、宜しければ1つどうぞ』
さっきから気になってたが、流暢で妙に丁寧なニャン語を喋りながら、カリアズさんが苦無の1つをアクゥアに差し出す。
『宜しいのですか?』
『いっぱい持ってますから。1つくらいあげても、問題無いです』
『……いただきます。ありがとうございます』
少し悩んだ後、アクゥアが苦無を受け取る。
「カリアズさん、ニャン語を話せるんですか?」
「少しねー。師匠が、サクラ聖教国の人だったからねー」
貰った苦無をまじまじと見ているアクゥアに目を移すと、カリアズさんがさっきまでのニヤニヤした顔から一転して、真剣な表情に変わる。
『貴方のお名前を、教えてもらえるかしら?』
『……アクゥアです』
『覚えとくわ。私はカリアズ。もし良ければ、是非うちの迷宮騎士団に入団して……』
『お断りします』
「えー、断るの早いよー」
がっくりと肩を落とすカリアズさん。
ていうか、俺の前で堂々と引き抜きをしないで下さい。
なんというか、騎士団らしくない自由な人だな。
受付をすまして、迷宮に向かう。
「びっくりしたであります」
「まったくです! カリアズさんの悪ふざけは、あまり褒められたものではありませんね。騎士団の人が、素人相手にやるようなことではないと思います」
アイネスが頬を膨らませ、ムスッとした顔をする。
意外と俺のことを心配してくれたのかね。
「アクゥアって思った以上に早いんだな。俺は全然、反応できなかったぜ」
まったくだな。
俺も目で追えませんでした。
気付いたら後ろにいるんだもん。
「なんか武術をやってるんだろ?」
「武術ねー」
アズーラに疑問系で返答した後に、視線を前に向ける。
上機嫌のアクゥアが、エルレイナに何かを話しているようで、そちらに寄って行ってみる。
カリアズさんから受け取った苦無を指でくるくると回しながら、アクゥアが苦無の説明をエルレイナにしているようだ。
エルレイナに理解できるのかね?
『随分、気に入ってるみたいだな』
『あ、はい。奴隷になる前はよく使ってた物でして、雑貨屋で携帯ナイフや投擲ナイフを買ったのですが、やっぱりこれが一番馴染みますね』
苦無ってどっかで見たことあるなーって思ってたんだけど、たしか忍者漫画とかに出てくるやつが苦無だったよな。
アクゥアは、前は女忍者のくのいちでもやってたのかな?
エルレイナと天井裏に潜って、こそこそ何かやってるし。
猫耳忍者か。ありだな。
にんにんでござるニャー! ……混ぜすぎだな。
『奴隷になった時に、前に持ってた物は全て取り上げられてしまいました。後で、雑貨屋の店長さんに同じものが仕入れるかどうか尋ねたいのですが、宜しいでしょうか?』
お、アクゥアにしてはめずらしく催促の願いですか。
『苦無とやらが、仕入れることが可能か店長に聞けばいいんだな? 良いよ。アイネスにも伝えとこう』
『ありがとうございます!』
思わぬ臨時収入を得た俺達は、迷宮へと潜って今日の経験値稼ぎに勤しんだ。
午前中を兎肉とラウネを取りつつ、ゴブリン戦を数度繰り返した。
午後も午前中と同じように2階層で経験値を稼いで、必要な数の兎肉を手に入れた後、様子見がてらに3階層に潜ってみる。
「何か来るであります!」
3階層に潜って暫く歩くと、パーティーを先導していたアカネが身構える。
「ウォン! ウォン!」
「えっ? 犬?」
暫く待っていると、迷宮内で犬の鳴き声が聞こえて、俺は首を傾げる。
「山犬ですね」
「山犬がいるってことは、アレもいるだろうな」
アイネスの返答に、アズーラが何かを探す仕草をする。
迷宮の奥からタッタッタッと走りながら、山犬とやらがやってくる。
うん、犬だな。
灰色の体毛に覆われた垂れ耳の3匹の山犬達が、涎を垂らしながら俺達を取り囲む。
「ウーッ」と威嚇をしていて、今にもこちらに飛びかかろうとしている。
『いました』
アクゥアが身体に巻きつけてるナイフホルダーから投擲ナイフを1つ取り出し、素早く腕を振って、迷宮の奥に向かって投擲ナイフを投げる。
「キャイン!」という犬のような鳴き声が、暗闇から聞こえた。
『レイナ、行きますよ』
『はい、お姉様!』
走りだしたアクゥアが、すれ違いざまに苦無で山犬達を切りつける。
エルレイナは近くにいた山犬の1匹に飛び掛って、山犬を蹴り飛ばした。
『レイナ、ここはまかせます』
『はい、お姉様!』
アクゥアはエルレイナを置いて、奥に向かって走っていった。
山犬はそれなりに素早い相手なので、アズーラは下手に動かず、いつでも飛びかかれるように待機している。
俺達は密集しながら、エルレイナの行動を様子見することにした。
「あいあいあー!」
「キャイン!」
エルレイナが別の山犬を蹴り飛ばし、飛び掛る。
山犬の背に乗りロデオ状態になりながら、必死にしがみ付いて首元に噛み付いている。
他の山犬がエルレイナを追いかける。
「もうどっちが獣か分かんねぇな」
「その意見には同意しますね」
まったくだな。
アズーラの呆れた口調に、アイネスが賛同する。
もはや野獣姫だな。
「仕留めたぞ!」
アズーラの台詞通り、首を噛まれていた1匹が絶命して地面に転がり落ちる
それと同時に、エルレイナがもう1匹の山犬に飛び掛かり、2匹目の背中にまたがりロデオを始める。
「隙ありッ!」
「キャイン!」
エルレイナに警戒しすぎてこっちの警戒がお留守になった1匹に、アズーラの棘メイスのフルスイングがおみまいされる。
山犬の顔面に棘メイスが命中し、山犬が宙に舞う。
「もう一丁!」
棘メイスを振り下ろし、アズーラが山犬に止めを刺す。
「あっちも終わったみたいですね」
アイネスに言われて、その視線の先を見ると、アクゥアが何かを引き摺りながら戻ってくる。
「あいあいあー!」
エルレイナも走りながらこっちに戻ってくる。
どうやら山犬を仕留めたらしい。
口の周りを赤い血でべっとりとさせて、こちらに笑顔を振り撒くエルレイナ。
緑の血ならまだしも、さすがにそれは……。
「そろそろ、エルレイナにも武器を持たせても良いんじゃないのか?」
「そうですね。ちょっとアクゥアと相談してみましょう」
毎回こうも見た目が酷い状態だと、いろいろとねー。
はっきりいって、怖いんだよ!
こっちまで食われるかと心配になるんだよ。
周りに他の山犬がいないことを確認している間に、アクゥアが持って帰ってきたものを観察する。
犬の頭を持った子供だ。
頭に投擲ナイフが刺さってる。
まじかよ。まさか、さっきの一投げが命中したんじゃないよね?
かなり距離あったし、薄暗くて俺には見えなかったぞ。
どんな命中率だよ。
「犬……人ではないんだよね?」
「む! 犬族と一緒にしないで欲しいであります。コボルトは、魔物であります!」
ふと思ったことを口にしたら、アカネに怒られた。
これは、コボルトというのかね。
「これが、山犬達を引き連れているのです。山犬が複数で行動しているときは、このコボルトが大抵近くにいると思っていて下さい」
「アズーラがさっき探してたのはコイツか?」
「そうだ。意外とコイツらがうざいんだよ」
「時に知恵を持つようになったコボルトは、木の先を尖らせた槍を投げたりして、山犬達と連携した攻撃を仕掛けてくるのです。一匹では雑魚ですが、山犬が一緒だと注意する必要があるのです」
「なるほどな。気をつけよう」
アクゥアを探すと、エルレイナの口周りを布で拭いていた。
エルレイナも慣れてきたらしく、大人しくアクゥアにされるがままになっている。
そこに近づき、さっき気になったことを聞いたみた。
『そういえば、さっき山犬を苦無で軽く切りつけたのは何?』
『あれはレイナに、私達の敵は誰であるかを教える為にやってみたものです。私が攻撃したものは、敵であると認識してくれてるようなので、ちょっとやり方をいつもと変えてみました』
『なるほどな。じゃあ、アクゥアの思惑通りにいったてことか?』
『そのようですね。レイナ、よくやりました。貴方は出来る子です』
「あいあいあー!」
アクゥアに頭を撫でられて、エルレイナが嬉しそうに尻尾を左右に振る。
3階層で、新たに現れたコボルト戦を数回繰り返した後、いつも通り日が暮れるまでに迷宮を出て、家路に着いた。
* * *
迷宮から戻って、いつものようなにぎやかな夕食を済ませた後、俺の部屋で異国語の勉強会を始める。
まあ、始めてしばらくして誰かさんが早々にリタイアしましたがね。
「それでは、勉強会の続きを再開しますね」
「ほいさ」
予想通りのアクシデントが発生して一時中断したが、勉強会を再開する。
アイネスに聞かれた単語をニャン語で答えたり、文字を書いてあげたりして紙に記録していく。
地道な作業だが、これが最終的に辞書の代わりになり、アイネスがアクゥアとの会話をする手助けになると思うので、協力をしている。
もし俺がいない時とかに、アクゥアと意思疎通できる人がもう1人はパーティーに欲しい所だしね。
アイネスと勉強会をしていると、『うーん』という呻き声のようなものが耳に入る。
視線をそちらに移すと、アクゥアが水で濡らした布を頭にのせて横になっている。
意外な話でもあるが、体術の得意なアクゥアは、座学がすごく苦手だということが判明している。
昨日もそうだったのだが、言葉を一生懸命に覚えようとしているうちに、見た目でも分かるくらいに顔を真っ赤にして、すぐに倒れてしまった。
頭から湯気でも出るんじゃないかと思ったが、実際に軽く熱が出てる。
昨日と同じように、俺の部屋にあった団扇を使って、アクゥアの顔をエルレイナが扇いで冷やしている。
俺が団扇を使ってアクゥアの顔を冷ましてやっていたら、エルレイナがそれを覚えてアクゥアが倒れた時にやるようになった。
アクゥア絡みになると覚えるスピードが段違いだな。
『すみません、ハヤト様。私は駄目な従者です』
『気にするな。誰にだって、得意不得意はある』
俺だって学校で英語の勉強はしたが、まったく覚えられなかったからな。
母国語は、成長過程で自然と覚えることはできるかもしれないが、大きくなってから異国語を覚えるのはすごく大変なんだよな。
『今朝、ヴァルディア語を覚えますと宣言したばかりなのに、不甲斐無いです』
『何度も言うように気にするな。ゆっくり覚えれば良い』
アクゥアの気持ちは大変ありがたいのだが、無理をして倒れてしまっては元も子もない。
それに俺は、ズルしたような感じでヴァルディア語を使えるようになってしまってるからな。
アクゥアには、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
『ううう……ハヤト様』
瞳を涙でウルウルさせて俺を見つめるアクゥア。
そして、なぜか俺を睨むエルレイナ。
小さくだが「ウーッ」とまるで昼間の山犬のような唸り声が聞こえる。
ご主人様を威嚇するな。
大好きなアクゥアを俺が虐めてると思われてるのかな?
俺が泣かしてるんじゃないのに、何この理不尽。
下手に知性が芽生えてきただけに、これ以上めんどくさい方向に成長しないか少し心配だな。
更に意外なことなのだが、勉強会の間はエルレイナがすごく大人しい。
アクゥアの顔を団扇で扇ぎながら、俺達の会話をじっと見つめるエルレイナ。
普段、意味不明なことを言って騒ぐキャラだけに、こうも大人しいと逆に不気味だな。
まさかと思うけど、アクゥアの代わりに自分が覚えなきゃとか思ってないだろうな?
まさかねー。
異世界生活4日目【完】




