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神子の奴隷  作者: くろぬこ
第1章 異世界のご主人様と5人の奴隷娘

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ニャン語

 

「おい。今、エルレイナがまともな言葉を喋ったぞ……」

「え? そうなのですか? いつもの意味不明な言葉では無いのですか?」

「あいあいあーと何が違うでありますか?」

 

 俺が異世界に来てから最大級の驚きをしてるのに、他の面々からはいつも通りの反応を返された。

 あっ! そうか。アクゥア以外には異国語だから、結局は意味不明な言葉に聞こえるのか。

 

「今、アクゥアのことをお姉様と呼んだぞ」

「本当ですか!?」

 

 俺の台詞にアイネスが食いついた。

 我がパーティーのブレイン担当としては、エルレイナに意思疎通の気配が見えることはかなり大きいからな。

 

「あー、さっきから二人で妙にぶつぶつ言い合ってるから何してるかと思ってたら、言葉を教えてたのか。意味が分からない会話だったから、子守唄がわりに聞こえてつい寝てしまったぜ」

 

 アズーラが納得したように頷く。

 

「そんなことは、どうでも良いことです! それで? 他にどのような言葉を覚えたのですか?」

 

 アクゥアに身体をぐいぐいと寄せて、アイネスがアクゥアを問い詰める。

 言葉が通じないために、状況が理解できてないアクゥアが困惑した様子で、俺に助けを求めるような視線を送ってくる。

 

『今、エルレイナがお姉様って喋ってたけど、アクゥアが教えたのか?』

『はい。やはり会話による意思疎通ができないと、今後の教育に問題が発生すると思いましたので』

『すごいじゃないか! あのエルレイナが言葉を喋るなんて。アイネス達も驚いてるぞ』

『あっ、そういうことですか……実はまだ、レイナは言葉の意味を理解できてないんです』

 

 アクゥアの申し訳なさそうな表情に、俺は首を傾げる。

 どういうこと?

 

『レイナ』

『はい、お姉様!』

 

 アクゥアの呼びかけに、エルレイナが元気良く返事する。

 問題無いじゃん。

 

『ハヤト様』

『はい、お姉様!』


 は? 何が?

 

『アイネスさん』

『はい、お姉様!』

『アカネさん』

『はい、お姉様!』

『アズーラさん』

『はい、お姉様!』


 まるで壊れたCDのように、同じ言葉を繰り返すエルレイナ。

 

「エルレイナ」

「あいあいあー!」

 

 俺が名を呼ぶと、元気良くいつもどおりの意味不明な言葉を返す。

 

「はぁー、なるほど。2歩進んで、3歩下がった気分だ……」

「ご主人様?」

 

 俺達のやりとりに言葉は理解できなくても何か通ずるものがあったらしいアイネスが、眉根を中央に寄せて俺に問いかける。

 俺がアクゥアとのやりとりを訳してやると、若干気落ちしたようにアイネスが肩を落とした。

 やっぱり、そういう反応するよな。

 

 三者三様の反応を示しながら、とりあえずはここにいてもしょうがないので、迷宮に向かうことにした。

 

「でも、その話の流れから考えますと、言葉の意味は理解できてないだけで、エルレイナに会話をするという意思が芽生えてるように思えますね」

 

 探索者ギルドから迷宮への移動中に、立ち直ったらしいアイネスが俺の隣で呟く。

 

「そういえば、名を呼べば反応するようになってきてるな」

「できればエルレイナには、こちらの言葉であるヴァルディア語を覚えて欲しいところですが、アクゥアの国の言葉を先に覚えたことから、そちらの方に興味が大きいようですね」

「アクゥアとまともに喋りたくなったのかね?」

「ありえますね」

 

 俺とアイネスが前方に視線を移し、仲良く会話をしているアクゥアとエルレイナを見つめる。

 正確にはアクゥアが一方的に喋り掛けてるのに対して、エルレイナが『はい、お姉様!』と反応してるだけなのだが。

 珍妙な光景ナリ。

 

 アクゥアの話によると、返事をする時は『はい』と私の事は『お姉様』と呼ぶようにとエルレイナに教えていたら、くっついた状態で1つの言葉として覚えてしまったらしい。

 思わず納得してしまった。

 

 今は、アクゥアが悪戦苦闘しながら何とか意味を理解してもらおうとしてるみたいだが、先は長そうである。

 言葉を教えるって大変ね。

 人の名前を聞いて、『はい、お姉様!』の返答はさすがにおかしいから、頑張って直そうね。

 

「あー、話は変わるんだけど、昨日ゴブリンを何匹か倒して俺のレベルは上がってるのか?」


 俺は神子レベル1と言う最弱レベルだから、レベルが1つくらい上がってるんじゃないかと思って尋ねてみる。


「分かりません。たぶん、上がってないんじゃないでしょうか?」

「たぶんって、ギルドカード見たら分かるんじゃないの?」


 ギルドカードはアイネスに取り上げられてしまってるので、見せて下さいと奴隷に尋ねる弱気なご主人様こと、俺。

 俺がそう言うと、こいつ何を言ってるの的な視線を俺に送った後、アイネスがため息をつく。

 その表情から察するに、どうやら俺の無知をまた晒してしまったようである。

 「教えて」と小さく頼むと、面倒くさそうな表情をしながらもアイネスが口を開く。

 

「もし、旦那様のレベルが上がったとしてもギルドカードのレベルは更新されません。レベルを更新するためには、探索者ギルドでギルドカードの更新をしてもらう必要があります。有料で」

「そうなの? いくら」

「1人2000セシリルです。初級探索者だと、1000セシリルと安くなりますが」

 

 地味に高いな。

 自動車免許の更新じゃないんだから。

 

「探索者ギルドでギルドカードを作る時は無料です。しかし、職業やレベル等の更新に関しては、身体検査用の魔道具を使った作業が発生するせいか、有料なのです。後、ギルドカードへの紙記録を転写する事務作業費も含まれてるとも言ってましたね」

「健康診断みたいだな。それだと、探索者ギルドはかなり稼いでるだろうね」

「ええ、そうかもしれませんね。ですから、ギルドカードの更新はお金が溜まった時にしましょう」

「ほいさ」

 

 そんな理由があるなら仕方ないね。

 

「あれ? でも、奴隷商会で契約した日って、確か探索者ギルドに行って皆の身体検査をしたよね。料金の請求はされなかった気がするけど、奴隷は無料なの?」

 

 俺は過去の記憶を思い出し、疑問に思ったことを口にする。

 

「違います。あれはホーキンズが一緒に探索者ギルドへ行った時に、私達の更新料を事前に払った後、ギルドカードの更新をしてもらったのです」

「え? ホーキンズさんが払ってるの?」

「そうです。普段は未成年の戦奴隷達にそこまでしないんですが、今回は特別にやってもらえたみたいですね」

 

 ほう、未成年の戦奴隷達にはそこまでしないとな。

 そう考えると、実はホーキンズさん的には特別なお勧めメンバーだったのかな?

 性格に難があったりとか、会話ができなかったりとか、ご主人様をメイスで殴るとか、一見すると曲者メンバーではあるけどね。

 セット価格とはいえ安い値段で交渉してくれたし、ギルドカードの更新を無料でしてくれてるし、まさに至れり尽くせりな対応は、なかなか商人としてはサービスが行き届いてるよな。

 

「ホーキンズさんって、良い人だよな」

「知らないってことは幸せですね」

「どういう意味だ?」

「なんでもありません」

 

 でも、ギルドカードでアイネスのスリーサイズを見れなかったのは残念だったな。

 アイネスにスリーサイズを見ようとした所を阻止されたことと、ギルドカードが奪われるまでの経緯を走馬灯のように思い出す。

 

 俺はチラリとアイネスの胸元を見る。

 魔法使いのローブの上からでも分かる膨らみ。

 メイド姿でいる時の谷間のできた胸を思い出す。

 目測による推定ではあるが、あのサイズって俺の世界ではDカップくらいだったような。

 待てよ。アイネスって14歳だよな。

 冷静に考えれば、中学生でDカップってかなりでかいんじゃ……。

 

 中学生の制服を着た兎耳少女をイメージする。

 制服のブラウスが大きく膨らみ、歩くたびにユサユサと揺れる。

 エロイな。

 

「フンッ!」

「ぎゃっ!?」

 

 メイスを勢いよく足に振り下ろされた痛みで飛び上がる。

 

「ぐおぉぉ……メイスはやめろ。アイネス」

「やましい事を考えた天罰です。豚野郎」

 

 涙目で足を擦りながらアイネスに訴えるが、睨み返された。

 ちょっと想像してみただけじゃないか。


「また夫婦漫才が始まったよ」

「二人とも仲が良いであります」

 

 後ろからアズーラの呆れた声とアカネの勘違い発言が聞こえる。

 これのどこが仲が良いように見えるんだよ。

 

 迷宮へ行く道中を駄弁りながら移動する。

 

 昨日と同じように、迷宮に入る前に受付所に寄ったのだが、女性騎士が俺の顔を見て「あー、君が例の……」と言われた。

 何も尋ねずに通してくれたから良かったけど、サリッシュさんが他の人達にどんなことを話しているのかが、すごく気になるんだが。

 カリアズさんのニヤニヤした表情を思い出し、もやもやとした気分を抱えながら迷宮に潜った。

 迷宮を昨日と同じように晩御飯の捕獲と、ゴブリン戦を繰り返して、日が暮れる前に迷宮探索を終了した。

 

 せっかく回復魔法を覚えたのに、誰一人傷を負わずに帰還したために、俺の活躍は今日もゼロだったりする。

 奴隷娘達の後ろについていって、今日もガリガリ狼娘のアカネと一緒に戦闘を見守る簡単なお仕事です。

 いや、別に良いんだけどね。

 皆優秀みたいだし、怪我を負わないのは良いことだしね。

 いや、別に拗ねてないっすよ。俺を拗ねさせたら大したもんっすよ。


「はぁー」

 

 俺は大きくため息をつく。

 今日は、ネタのキレも今一つだな。


「今日もいっぱい晩御飯が取れたでありますよ」

 

 沈んでる俺とは対照的に、嬉しそうな表情で今日の戦利品に喜びの声を上げるアカネ。

 剣を杖代わりにしながらフラフラとした足取りで、一角兎がたくさん入って重くなったクーラーボックスを持ち歩く。

 見ていて危なっかしいが、本人が「戦いに参加できないので、これくらいはやらせて欲しいでありますよ!」と強く希望したので、今日は様子見と言う事で晩御飯の荷物持ちを担当している。

 さすが御飯に掛ける情熱はパーティー1と言うか、結局は家に着くまで見事クーラーボックスを担ぎきった。

 

 家に帰り着いて風呂に入ろうとしたが、2度あることは3度あるじゃないが、昨日の地獄を再現したくなかったので、今日は入る順番をしっかりと皆で話し合った。

 俺的には自分の順番は最初だろうが最後だろうがどっちでも良いが、「旦那様を差し置いて、奴隷が先に入るというのはおかしい!」という、アイネスのいつもの頑固な性格が顔を出したので少し揉めた。

 結局は俺が1番で、その後に皆が続くという形になった。

 

 だが、それをするとまた昨日の二の舞になる恐れがあるので、もちろん対策はしておいた。

 俺が入ってる最中にアズーラが入ってきた場合は、夜の晩酌酒を出さないと決まりごとを取り付けた。

 

「むー。わかったよぉー」

 

 頬を膨らませて、不満そうな表情をした不良牛娘だが、さすがに大好きな酒が取り上げられるとなると困るらしい。

 不承不承、納得してくれた。

 

 エルレイナについては、俺が風呂を出るまでは教育係であるアクゥアがきちんと見張るということで、一応の決着がついた。

 これで、ようやく一安心である。

 

 なんで風呂に入るだけで、こんなに苦労しなきゃいけないんだろう。

 

 異世界に来て、ようやくのんびりと風呂に入ることができた。

 

「はぁー、極楽なりー」

 

 久々に、風呂にゆっくり浸かるという感触を楽しんだ後、居間でゴロゴロしてるうちに夕食の準備ができる。

 

 晩御飯は、予想通りアカネによる「おかわり!」連続攻撃とその対応に目を回すアイネス。

 アクゥアが肉にフォークを挿して食べる所を、じっと見つめながらそれを真似するエルレイナ。

 

 おー、エルレイナが手掴みを辞めましたよ。

 エルレイナがフォークで肉を口に運ぶたびに、アクゥアがエルレイナの頭を撫でる。

 それをされて、ご機嫌なエルレイナ。

 なるほど。褒めて伸ばす作戦か。

 

 昨日と同じくアカネの大食い無双が終わった後、お腹を擦りながらご機嫌な様子でアカネが畳に寝転ぶ。

 ようやく一段落した所で、アイネスが自分の食事に手をつけ始めた。

 

「そういえば、アズーラのお酒をアイネスがよく買ってくれたな。安かったの?」


 アイネスの性格的に食費は最低限にするイメージがあるから、酒は買わないかと思ってただけに、毎晩の食卓にアズーラの酒がきちんと用意されてるのには、地味に驚くものがある。


「あー、これか? 1本200セシリルの安物酒だ」


 アズーラが酒を注ぎ足して、空になった瓶を俺に見せる。


「何が安物酒ですか。奴隷がご主人様に酒を要求するなんて、そもそもおかしいんですよ。旦那様の約束がなければ、買うことはありませんでした!」

 

 俺とアズーラの会話に怒ったような表情で、アイネスが割り込んでくる。

 あー、そういえばアズーラを買う時に、そんな約束もしてたな。

 

「本当は皆の装備品を買いに行ったのに、アズーラは装備代を全部酒に替えろというんですよ。だから、雑貨屋の店長に無理に頼み込んで、店に展示していたあの装備品を貸してもらうことにしたんです。本当に大変だったんですからね」

「良いじゃねえか。店長もそろそろ捨てようかどうしようか迷ってたって言ってたんだから、壊れるまで使えば」

「か・り・も・の・で・す!」

 

 アイネスが目を吊り上げて借り物と強調するが、アズーラはどこ吹く風と言った様子でちびちびとお酒を飲み始める。

 

 それは、あれか? 雑貨屋で、俺がアイネスに殴られて気絶していた間の話か?

 

「そんなことがあったんだ」

「1本200セシリルの酒を、200本買ってもらう約束をしたんだ」


 それって、4万セシリル相当になるんじゃ。

 アイネス相手に、よくそこまで粘ったな。


「まったく、酒を買わないと迷宮に潜らないと言うから、仕方なくです。おかげでアズーラの装備代は、全部お酒に消えることになりました」

「へっへっへー」

 

 アズーラの嬉しそうな笑みに、アイネスの顔に青筋が浮かぶ。

 おー、怖い怖い。

 

「そのかわり、迷宮ではしっかりと働いてもらいますからね!」

 

 終始、いろんな意味でにぎやかな夕食となった。

 

『勉強会ですか?』


 エルレイナの口の周りに付いた肉汁を布で拭き取りながら、アクゥアが首を傾げる。


『そうだ。アイネスと俺達の会話を見てるうちに、エルレイナが言葉の意味を理解するかも知れないだろ?』


 俺は昼間にアイネスと一緒に考えてたエルレイナの教育について、アクゥアに説明する。

 もともと、アイネスもアクゥアの言葉については覚えたいと話していたので、勉強会をしてみてエルレイナが言葉を覚えたらラッキーくらいの感じである。


『なるほど。試してみる価値はあるかもしれませんね。やりましょう』

 

 アクゥアの許可も取れたところで、俺の部屋に集まって勉強会を始めることにした。






   *   *   *






「うーん。これはなかなか先が長そうだな」

 

 先程までの勉強会のやり取りを思い出しながら、布団の上に仰向けに寝転ぶ。

 

 俺達の会話のやりとりをじっと見つめてる様子からして、エルレイナも会話をすることに興味を見せてる節はある。

 だが、そこからすぐに言葉を覚えるかというとなかなか難しいものがある。

 

「そういえば、アイネスがこっちの言葉をヴァルディア語って言ってたけど、アクゥアの国の言葉って何語なんだろう?」

 

 俺が天井を見上げながらボソリと独り言を言うと、天井のマス目上の1マスが突然に空いた。

 

『ハヤト様。呼びましたか?』

 

 ええええええ!?

 

『な、何でアクゥアが天井裏にいるの?』

 

 さっき勉強会を終えて俺の部屋を出ていったはずのアクゥアが、天井穴から顔を出して俺を見下ろす。

 

「あいあいあー!」

『エルレイナもかよ……』

 

 呆然とする俺を気にした様子も無く、ひらりと天井から降りてくるアクゥアとエルレイナ。

 

『勉強会の続きをしてました。せっかくですので、お師匠様から私が学んだ事も伝授しようかと思いまして』

『それでなぜ天井裏に?』

『お師匠様から最初に教わったのが、天井に飛び移れるくらいの脚力を身につけろでしたので、その練習をしてました』

 

 ねーよ。

 

『か、変わったお師匠様だな』

『基礎をとても大切にする方でした。技を教えて欲しければ、それに見合う身体を作ることがお師匠様の口癖でした』

 

 大切にしすぎです。

 それたぶん、アクゥア騙されてるぞ?

 

 まさかと思うけど、本当にこの部屋の天井を飛び上がったりしないよな?

 ここ天井まで3mくらいはあるぞ。

 ジャンプして、もし手が天井を掴めたとしても上がるのにすごく苦労するぞ。

 

『先程、私の名前を呼んだようですが、何か御用でしょうか?』

『おお! そうだ、アクゥアに聞こうと思ってたんだけど、アクゥアが喋ってる言葉って何語か聞こうかと思ってね』

『あー、ニャン語ですね』

 

 ニャンだって?

 

『紙をお借りしますね』


 アクゥアが部屋にある紙の一つを取り、俺にとても馴染みがある文字を書く。

 

『サクラ聖教国は他国と違い、独自の言葉と文字を使ってます。これでニャン語と読みます』


 俺は紙に書かれた文字を見つめる。

 すまん、アクゥア。

 俺にはどう見ても日本語としか読めんのだが……。


『ニホンゴ……ではないのか?』

『ニホンゴ? いいえ、ニャンゴです』


 俺は思わず親指と人差し指で眉間を押さえる。

 んー、ツッコミてぇー。

 いつのまに『日本』と書いて『ニャン』と読む時代が来てしまったのだろう。

 

 でも、ここは異世界。

 俺の向こうでの常識は、こちらでは非常識となる。

 くそー、アホ田中がこちらにいれば俺の気持ちを理解してくれて、「なんでやねん!」とツッコミをしてくれるところなのに……。


『私も前からお伺いしたかったのですが、ハヤト様は流暢にニャン語をお話しされてますが、どちらで覚えたのでしょうか?』

 

 アクゥアからの突然の質問に、俺は硬直する。

 

『えーっと、昔……あれだ! サクラ聖教国の商人と仲良くなった時があってな。その時に勉強して、教えてもらったんだ!』


 今までの記憶を必死に呼び起こし、それっぽいことを並べて言い訳をする。

 

『なるほど。私はこちらの言葉を学ぶのは苦手でしたので、習得することができませんでした。異国の言葉も喋れるハヤト様は、とてもすごいと思います』


 アクゥアが尊敬するような眼差しで俺を見つめる。

 いや、どっちかというとニャン語が母国語なんですけどね。

 ヴァルディア語はこっちの世界に来た時に、某青狸の翻訳アイテムのような物をいつの間にか食べらされたおかげで、自然と話せてるだけだ。

 俺の努力どうこうでこうなった訳ではないので、アクゥアの俺に対する尊敬の眼差しは、少し心が痛いものがある。


『ハヤト様と奴隷商会でお会いすることがなければ、今の私はいませんでした。もしかしたら、今よりひどい状況に放り出されていたかもしれません』


 確かに、言葉を理解できない状態で更に奴隷扱いとか、悲惨な未来しか想像できんな。

 

『ハヤト様との出会いは、私にとってはとても幸運なことでした。これもきっと、戦女神様のお導きなのでしょう』


 いいえ、ただの偶然です。

 たまたま奴隷商会に行った時に、成人奴隷にビビって子供をお願いしたら、アクゥアを紹介されただけです。

 まあ、恥ずかしい話なので口が裂けても言えない話ですがね。

 

『俺もアクゥアに出会えて良かったと思うよ。アクゥアがいなければ、エルレイナの教育にはもっと苦労してただろうしね』

『お任せ下さい。レイナを私並みの遊撃要員にするために、お師匠様から教わったことをすべて叩き込もうと思ってます』

『ほどほどにな……』

『それでは、レイナの教育の続きに戻ろうかと思いますが、席を外しても宜しいでしょうか?』

『中断させてすまんな』

『いえいえ、ハヤト様に助けて頂いた御恩に比べれば、これ程のことは大した事ではありません。それでは、失礼します』

 

 わざわざ正座をして、深く一礼すると立ち上がり、視線を天井に移す。

 まるで猫のように天井を睨むと、さっき降りてきた穴に向かって飛び上がる。

 おい。助走なしで、天井穴に吸い込まれていったぞ。

 どんな脚力してるんだよ。

 

『上がって来なさい、レイナ』


 アクゥアが天井穴から顔を出すと、エルレイナを呼ぶ。


『はい、お姉様』

 

 エルレイナは返事をすると、突然壁に向かって走りだす。

 勢いよくジャンプをして壁を蹴ると、三角蹴りの要領で天井に向かって飛ぶが、辿りつけずに落ちてくる。

 と思ったが、宙で回転して足を天井穴の角に引っ掛けて、その反動を使って身体を持ち上げると天井穴に吸い込まれていった。

 それはそれですごいんだが……。

 何この超人コンビ。いや、もともと獣人を人と定義して良いかどうか分からないが、間違いなく規格外クラスだろ。

 それとも、こっちの世界での獣人ってこれくらいが普通なのか?

 

『ハヤト様。私達はしばらく天井裏にいますので、レイナの足音がしても気にしないで下さい』

 

 その後、予想通りというか「天井裏に何かが!」というアイネスの叫び声が聞こえたので、「エルレイナだよ」と教えてあげようと思ってアイネスの部屋の扉を開けたら、上半身裸の着替え中のアイネスと遭遇する。


 さすが推定Dカップ。

 生で見ると更に迫力があるな。

 そして、怒り狂ったアイネスの表情もなかなかの大迫力である。

 

 あー、死んだわコレ。


「この豚野郎!」


 アイネスが全力で投げたメイスが、俺に向かって飛んでくる様子をスローモーションのように見つめながら、俺は気づいた。

 

 あっ、ノックするの忘れた。

 

 異世界では、親切心で安易に動くと碌な事が無いなと悟った、異世界生活3日目の夜でした。


 おお ゆうしゃ はやとよ しんでしまうとは なさけない(某ゲーム風)



 『GAME OVER』



 続きが気になるよって思われたかたは、ハヤト君の為に

 『次の話 >>』(コンテニュー)ボタンを押してあげて下さい(笑)

 

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