異世界で奴隷を買ってみた 序
「なになに? このアドレスをクリックすれば、あなたは異世界に旅立てます! ……ねーよ」
これはひどい。
パソコンに送られた送信者不明のメールを開いてみれば、案の定これである。
イタズラメールでもコレは無い。
犯人は特定できた。
おそらく、友人の一人である田中だろう。
俺の趣味が、ネット小説を読むことだと知ってるのは田中だけだしな。
そういえば、この前会った時にもネット小説でよくある異世界転生、もしくは異世界トリップをしたらどうするか? というもしも話をしてたよな。
たしか、竜や魔法の存在するファンタジーな世界に行く設定だったかな?
ははーん、釣り針が見えてきたぞ。
俺と共通の趣味を持つ田中との会話を思い出す。
田中は異世界転生する権利を得たら、真っ先に魔王を選択すると言ってたな。
しかも、勇者が田中の前に現れたら「世界の半分をやるから俺と手を組まないか?」と言って勇者と結婚して、世界を支配して幸せに暮らすだったっけ?
うん。とりあえず、ツッコミどころはたくさんある。
「どうした、隼人。難しい顔して。糞が漏れそうなら、早くトイレ行けよ?」
「ちげーよ。まず、お前は魔王を選択するって言うけど、それは魔王になる素質を持ってないとなれなくね? 例えば、誰よりも魔力が多いだとか、誰も使えない大魔法が使えるとか、全ての魔物達が支配下にいるとか?」
「そこはアレだよ。転生者補正で、神様とうまく交渉する!」
握りこぶしを作り、高らかと宣言するアホ田中。
なるほどな。
転生する際に神様とやらが田中の前に現れて、その神様と交渉して魔王の能力を得るというのか。
うん、ねーよ。
「俺って頭良いだろ?」的なドヤ顔を、一発殴りたい衝動に駆られた俺は正しいと思う。
「ていうか、勇者と結婚するって言うけど、勇者って女なの?」
「そうだ、銀髪ロングストレートのナイスバディな美少女だ! ちなみに俺は、褐色肌が好きだ!」
「いや、その勇者の容姿を気にしてるわけでは無くてな。なぜ勇者が……まあいいや」
あの返答には、ツッコミする元気も無くなったよな。
まあ、アイツのご都合主義な脳内設定には慣れてるからな。
だがしかし、前提条件が多すぎて100%実現不可能だと思うがな。
「もしもの話なんだから、別にご都合主義でも良いだろ。逆にお前はどうなんだよ?」
「必要最低限の生活費だけを稼いで、静かに暮らす」
「うわっ! つまんねー」
「うるせ。そもそも、異世界転生とか現実的にありえないんだよ。主人公補正で最初から最強とか、普通に考えてねーよ。現実はもっと厳しいんだよ」
とツッコミをすれば、「隼人は夢が無いねー、だから彼女ができないんだよ」と哀れむような視線を向けられたな。
大きなお世話だ!
お前もいねーだろうが!
ネット小説とかは、読んで妄想するから楽しいのであって、現実的に考えて魔物と戦うとか死亡フラグ満載じゃねぇか!
メールの内容を読みながらアホ田中との会話を思い出して、アホ田中の顔を殴りたい衝動に駆られる。
「次会ったら、絶対殴ってやる。ていうかコレ、アイツが考えたにしては意外と良くできてるよな」
メールの本文を読んで気づいたのだが、意外と設定が細かく書いてある。
アイツが考えた異世界の設定集なのか、国の名前や歴史について書かれた内容を斜め読みする。
もしかして、ネット小説に投稿するために書いたネタなのかな?
あー、つまりこのアドレスをクリックすると、その投稿小説サイトに直接飛ぶってわけだな。
把握した。
俺はそう納得し、メール本文の最後に書かれたURLにしてはクソ長い、意味不明な文字の羅列をクリックした。
「ん、あれ? ……なんか、すごく……眠くなっ……て」
突然の急激な眠気に、俺はそのまま意識を手放した。
* * *
「ん……あれ?」
朦朧とした意識から目を覚まし、上体を起こして視線を彷徨わせる。
「あら? ようやく、眠れる王子様のお目覚めですわね。アイネに膝枕までしてもらって、良い御身分ですこと」
声のする方向に視線を移すと、切れ長の瞳を鋭く細めてこちらを睨む女性と目が合う。
銀の髪を綺麗に切り揃え、俗に言う姫カットという髪型をした女性の金の瞳がこちらを見つめている。
頭からは耳が生えている。
……えっ?
「ハヤトの鈍臭さには呆れるばかりね。投げて来た斧に頭から飛び込むとか、自殺願望があるとしか思えないわ。そんなに、死にたいの? 体を張った笑いをとるつもりだったのかも知れないけど、全然おもしろくなかったわ。今回は減点ね」
なんかよく分からんが、ひどい事を言われてる気がする。
腰のあたりから、モサモサした尻尾のようなものが生えているようにも見えるが、新手のコスプレだろうか。
おそらく、頭の上にある耳と尻尾の形から察するに、キツネがテーマなのだろう。
その冷たい視線と言葉遣いから、鞭とかが似合いそうなSキャラと思われる。
着ている服は、なぜか着流しの和服。
しかも、動きやすくするためか膝の辺りまでしかない特殊なデザインだ。
紫色の生地に、桃色のサクラの花弁が散った様子を描いた刺繍がされている。
その髪色と目が黒であれば、一見すると和風美人と言える。
しかし、背中に斜め十字型で背負っている二本の刀らしき物が、すごい違和感を感じさせる。
間違いなく、ただの和風美人ではないだろう。
「レイナ殿の言うとおりであります! あれほど油断しては駄目でありますと言いましたのに。ご主人様の命は、我々にとっては大変貴重な物であります!」
突然、銀狐のお姉さんの隣に座っていた女性が立ち上がる。
俺の前まで近づいてくると、腕を組んで見下ろすような姿勢で俺を睨みつけてくる。
「我々は死んでも替えがきくでありますが、ご主人様が死ねば、我々奴隷は皆死ぬであります。そもそも、今回の迷宮探索にあたってのご主人様のお立場は……」
遠くから「またアカネの説教が始まったぞ」と呆れた様な声が聞こえたので、いつものことなのだろうか。
何となく、奴隷と言う言葉に反応する。
真っ先に目についたのは、彼女達の首にある首輪。
黒を基調とした首輪に、キラキラ光るタグプレートのような物がつけられている。
正直、奴隷と言われてもそうは見えない。
金色の後ろ髪を団子状に固め、女性物のスカートと一体化した服の上に、西洋の女騎士かと思うような銀の甲冑を装備している。
かといって、全身を覆うようなガチガチに固めた重苦しい物ではなく、身動きの取れやすいように腕や胸、足を守る程度の装備だ。
奴隷というよりは、女性騎士と言った方が正しい身なりである。
「聞いてるでありますかッ! ご主人様ッ!」
「……ッ!」
大声で、いきなり耳元で叫ばれて、耳がキーンとなる。
青い瞳を大きく見開いて、アカネさんとやらが説教を続ける。
よく見ると、結構美人だ。
こっちの女性も頭から犬のような耳が生えていている。
「まあまあ、生きふぇんふぁから、んぐ、良いんじゃねぇか?」
頭の両端から角を生やした人が、肉のようなものを齧りながらこちらに近づいてくる。
耳もなんか左右にとがってる。牛?
ていうか、でかっ!
横にいる犬耳お姉さんに比べて、頭1つ分は余裕で超えているぞ。
鎧も動きやすそうな犬耳お姉さんに比べて、禍々しい感じの威圧感ある装備だ。
その重装備を涼しげな顔で着こなしてる姿から予想するに、その鎧の中はがっしりとした体系なのだろう。
角を生やした重装備コスプレの人が、俺を見下ろしている。
野性的な雰囲気を出してるが、鎧の胸元の膨らみ的な意味で女性なのだろう。
こちらの人も綺麗な女性なのだが、口元が肉汁でベタベタになってるのが大変残念な美人である。
「アズ殿……喋るのか、食べるのか、どっちかにして欲しいであります」
アカネさんとやらが、呆れた表情で牛コスプレの女性をたしなめる。
「えっと……」
正直な話、現状が理解できてなくて、何かを言おうにも言葉に詰まってしまう。
「私達が奴隷商会でご主人様に買われてから、早数年。今でこそ、私が戦奴隷の立場でありながら、憧れていた聖騎士という、ありがたい職業につけたのもご主人様のおかげだと思っておりますし、恩も感じているであります。今回の迷宮攻略にあたって、ご主人様から頂いたこの貴重な魔装具も当然ながら家宝にするつもりであります。しかし! ご主人様は、貧弱で虚弱で最弱な三拍子も揃えば奇跡と言うような、殿方としては稀に見る弱さを持っており、正直護衛をする側としても……」
拳を顔の前で握り締め、真剣な表情で熱く語る犬耳お姉さん。
後半からは、完全に俺をけなしてるような台詞に聞こえるんだが。
彼女の説教なものを聞き流しながらあたりを見回す。
どうやら、ほろ暗い洞窟の中にいるようだ。
ランタンのような物を囲むようにして、知らない人達が俺を見ている。
「ああ見えて、アカネは旦那様の事をすごく心配してたんですよ。旦那様の目が覚めるまで、ずっと部屋の中をうろうろしてましたから」
後ろを振り返ると、黒いローブを着た女性が地べたに座り、クスクスと笑いながらこちらを見ている。
足元に大きな三角帽子を置いてることから、何となく魔法使い的なポジションが予想できる。
ただし、その横に転がる棘付きメイスに形状が似た杖? のような物が気にはなるが。
こちらの魔法使いのコスプレお姉さんは、腰まで届く桃色の髪の間から長い耳が……おっ、兎耳ッスか?
ていうか、胸でかっ!
服の上からでも分かる程の巨大な2つのメロンに、思わず釘づけになってしまう。
優しそうな流し目と相まって、なんだか包まれそうな包容力を感じる。
だが、それよりも。
「ここ、どこ?」
いろいろ混乱はしているが、まずは現状を確認する必要がある。
貴方達は誰で、ここはどこなんだ?
マジで!
「イシュバルト迷宮、30階層」
「……っ!」
突然、真横から声を掛けられて思わず身構える。
今までまったく気配が無くて気付かなかったが、俺のすぐ隣で正座をした人が視界に入る。
フードを深く被って顔を隠し、どこぞの教団の巡礼者かと思うようなローブを身に纏ってる。
手元を見ると籠手を装備しており、その人が籠手を弄るとカシャンというギミック音と共に、銀色の仕込みナイフが籠手の中に消えてしまった。
こいつ、絶対ただの巡礼者じゃないだろ。
この服装から察するに、今のはアサシンブレードとか言うやつじゃないのか?
俺の視線に気付いたのか、怪しげな教団関係者がこちらに顔を向ける。
顔を覆ったフードを後ろにずらすと、影になって見えなかった表情がランタンの明かりに照らされる。
見た目の怪しげな雰囲気とは違った、予想外の容姿に思わず唖然としてしまう。
「……ご主人様?」
無表情だが眉根を中央に寄せ、真剣な表情で俺を見つめる女性。
顎のあたりで切りそろえた、ボブカットが良く似合う綺麗な女性である。
黒の髪と瞳という組み合わせから、一見すると日本人かと思う容姿なのだが、頭から生えてる三角の黒耳によってものすごい違和感を感じる。
視線を下に移せばご丁寧に長い尻尾が生えており、何の動物のコスプレかは検討がつく。
「猫?」
「……」
頭に生えた黒い猫耳が、キュっと中央に寄る。
おお!? 耳が動いた。
コスプレとは言え、作り込みがすごいな。
「アイネ。ご主人様、変」
「クゥお姉様。ハヤトの頭がおかしいのは、今に始まった事ではないですわ」
銀狐のコスプレお姉さんが、さりげなく毒を吐いてくる。
「違う。私のこと、猫、言った」
猫耳お姉さんの台詞と同時に、背後から二本の腕が突然伸びてきて、俺の頭を掴んで強引に後ろに倒される。
「……っ!」
抵抗が出来ないほどの怪力によって、仰向けに無理やり倒されてしまう。
突然の状況に頭が混乱するが、兎耳お姉さんに膝枕された事だけはかろうじて認識できた。
その怪力の人物が、兎耳お姉さんであることに内心驚きつつも、俺を取り囲むように集まってくる気配に視線を彷徨わせる。
気づけば、俺を中心に円を描くように複数の顔が覗き込んでいる。
「な、何を言ってるのでありますか? ご主人様。クゥ殿は猫人ではなく、ひょう……」
「待って、アカネ。ちょっと確認したいことがあるわ」
さっきまで説教してた真剣な表情から、うって変わってオロオロと視線を彷徨わせながら、狼狽した様子の犬耳お姉さん。
その犬耳お姉さんの台詞を途中で止め、真剣な表情で俺の顔を覗き込む狐お姉さん。
他の女性達も心なしか、不安そうな表情で俺を見下ろしている。
牛のコスプレ姉さんだけは、肉をかじるのを止めてない。
「ハヤト、クゥお姉様の本名を言ってみて」
先程までのどこか棘のある言い方とは違い、優しげに銀狐さんが俺に問いかけてくる。
しーんと静まりかえる空間。
その質問に対する俺の答えは。
「分からない」
「では、アクゥアという名前に聞き覚えは?」
「……無い」
瞬間、女性達の息を飲み込む声が聞こえると同時に、「嘘……」「もしゃもしゃ」「ほ、本気でありますか!?」と俺の正気を疑うような空気が流れる。
若干一名は、いまだにもしゃもしゃと肉を齧っている。
状況が理解できてない俺が言うのもなんだが、空気読めよとツッコミたい。
クゥと呼ばれた猫耳の女性は、先程まで無表情だった表情が崩れ、服の裾を握りしめて唇を噛み締めている。
苦しそうな表情で見つめられて、何だかものすごく悪い事をした気分になるが、分からないものはどうしようもない。
「えっと……アイネ、回復魔法が失敗してるわけではないわよね? ハヤトはクゥお姉様のことを特別可愛がってたはず、まるで記憶が飛んでるみたいだわ」
不安そうに銀狐のお姉さんが、兎耳お姉さんに問いかける。
「いつも通りの処置をしたので、大丈夫だとは思うのですが。旦那様、何か具合の悪い所はありませんか?」
「もしかしたら、さっき頭を強く打ったのが原因じゃないのか? 兜をつけていたとはいえ、ミノタウロスの一撃を頭に食らったからな。そのせいで、記憶が飛んだという可能性もあるんじゃないか?」
ようやく肉を食べ終えた牛のコスプレ女性が、記憶を思い出すように探るような視線で宙を見上げ、ブツブツと呟いている。
「えっと、……妙に頭が重い」
「もう少し、横になった方が良いかもしれませんね。時間が経てば記憶が戻るかもしれません」
訳の分からない状況に、もはやフリーズした俺の思考をよそに、俺の頭の上でコスプレ女性達が真剣な表情で会話を繰り広げている。
「これって、やっぱり夢だよな?」
無理やり自分を納得させて、せっかくだからと兎耳お姉さんの膝枕に頭を預け、俺は再び眠りにつくために瞼を閉じた。
* * *
「知らない天井だ」
思わず某台詞を呟きたくなるのも仕方ない。
目が覚めたと思ったら、知らない部屋だったのだから。
さっきの妙にリアルな夢の続きかよと思って、頬を抓ってみるが痛いだけで夢が覚める気配がない。
「まじかよ……」
茫然自失とは、まさにこの状況を言うのだろう。
誰の部屋かは分からないが、被ってる布団を押しのけて、慌てて窓に駆け寄って窓を開ける。
「……」
言葉が出ない。
外を見渡せば、見慣れない街の景色が目に入り、街中をカラフルな色をした髪と瞳の人間が歩いてたり、ファンタジーな世界でありがちな、人外な様相をした人達が楽しそうに会話をしている。
薄々そんな気がしていたが、証拠が不十分な状態で最後まで認める訳にはいかない。
いや、ほとんど確定に近いが、ここは街一つをイベント会場に見立てたコスプレ会場という可能性も、万が一にも億が一にもなくもない!
「お客さん」
いや、落ち着け、俺!
あのアホ田中から、送られたと思わしきメールがきっかけで、異世界に飛ばされたとか、どこぞのネット小説でありそうで現実的に絶対ないだろうという展開が始まったという可能性が……いや、ない!
それだけはありえん!
「あのぉ、お客さん」
何か幻聴が聞こえるが、気のせいだ。
視界の端で、頭から獣耳を生やした少女が、さっきから俺に声をかけてる気がするが気のせいだ!
もう少ししたらこの夢も覚めるはずだ。
そして、家でパソコンを使ってネット小説を読む、いつものだらだらした生活が始まって……。
「お客さん! 部屋の掃除をしたいんで、出て行ってもらえませんか? ていうか、もうお昼ですよ!」
部屋に入ってきた女の子が、目を吊り上げて早く部屋から出てけと怒鳴る。
頭に生えた猫耳がピコピコと激しく動く。
可愛い。
「ぐぬぅ……はぁー。すみません、ちょっと教えて欲しいことがあるのですが」
現状把握のためにいくつか質問をして、自分が異世界に飛ばされたことが判明しました。
泊まってた宿屋を追い出されてからは、しばらく放心状態になってしまった。
すぐに元の世界に帰る術が思い浮かばないので、とりあえずは情報収集を兼ねて街を散策する。
まずは、当分の生活費を確保する必要があるな。
自分が住んでた世界では、ありえない街並みが目の前に広がっている。
これが俗に言う、西洋の中世をイメージした風景と言うやつだろうか?
甲冑を着た人が歩いてたり、剣とか槍とかを当たり前のように持ってる人がいたりと、自分がいた世界だと銃刀法違反で逮捕されそうな雰囲気の人がたくさんいる。
ていうか、統一感ねぇな。
西洋鎧の人とか、侍っぽい甲冑とか、何でもありかよ!
あっちの人が着てる服とか、どう見てもチャイナドレスだろ。
スリットの間から、チラチラと見える生足がエロイです。
髪の色が金とか緑や青やピンクだとか、いろいろあるんだが、とりあえず目が痛い。
ひやかしついでに、暇そうにしてるおっちゃんがやってる雑貨屋さんに立ち寄って、世間話をしてみた。
まあ、よく喋る。
聞いてないことも喋ってくれるから、いろいろ情報が収集できてだいぶ助かった。
さて、文化レベルが俺がいた世界ほどでは無いみたいなので、多少は金策になりそうなアイデアを思いついた。
まず、俺が着てるもの。
家で寝巻用のジャージを着た、着の身着のままの状態でこっちの世界に飛ばされてしまった。
だが、これはある意味、今の俺にはかなり有利な状況だ。
これを利用しない手は無い。
これを売ろう!
予想していたより高く売れた。
ジャージ上下が、セット価格で50万セシリル。
パンツが60万セシリル。
ちなみに、こちらでの通貨はセシリルと言うみたいだ。
俺が履いている状態の中古にも関わらず、単品でその値段なのはすごい。
まあ、ドロワーズとかこれって下着なの? っておもわず首をかしげるような物が売られてる世界だ。
店員が興味津々だったのも頷ける。
しきりに、どこで手に入れたのかと聞かれたが、旅商人に譲ってもらったので、どこで作られたのかまでは分からないと適当に答えておいた。
くやしそうな顔をしていたが、「異世界の物です」とか答えても頭のおかしい人と思われるのが関の山だ。
うん、しかたないね。
とりあえずTシャツを売ったお金で、こちらの世界で一般的な安物服と小物を入れる為の背負い袋を買い揃えた。
う~ん、ふんどしがちょっと落ちつかない。
100万セシリルの価値のある金貨1枚をポケットの中で弄びながら、今後の事を考える。
この街は迷宮都市イルザリスと呼ばれる所で、文字通り街の地下に迷宮が有るようだ。
迷宮の中に魔物が棲んでおり、外に飛び出してくる心配は無いのか? とも思ったが、その辺の管理は問題無いらしい。
むしろ、その辺のリスクを抱え込んでも良い程に、迷宮とやらには価値があるようだ。
魔物からとれる素材は、金になるらしい。
それを手に入れるために、迷宮に潜る探索者という仕事が有るくらいだ。
若いうちに一攫千金を狙って、挑戦する人もいるらしい。
男である以上、迷宮とか冒険とかいう言葉に好奇心がわくのは仕方ない。
1回ぐらい経験してみて、駄目だったら他の仕事を探すかという感じで、迷宮に潜るためにはどうするかを考えてみる。
魔物とか、どんな危険があるか分からない所に1人で潜るのも危険だ。
とりあえず、仲間が欲しいな。
できれば裏切らない人とか良いんだけど。
正直な話、こっちの世界の治安がどれだけ良いかも分からないし、今すぐ護衛をしてくれる人が欲しいのも事実だ。
100万という大金を持ち歩くのもかなり危険だし、今はなんとか平静を装ってるつもりだが、どうにも落ち着かない。
盗まれる前に、身の安全を守れるモノに変えておきたい。
そう思って、ふとたどりついた店の看板を見つめる。
雑貨屋のおっさんが教えてくれたとおりなら、この店がそうなのだろう。
「奴隷か……」
若干、重い気分になりながらも、とりあえず覗いてみることにした。
今の俺には、選択肢が少ない……。
「お客様は、どのような奴隷をお望みでしょうか?」
奴隷商会に寄った所、恰幅のよさそうなおっさんが、ニコニコと営業スマイルを浮かべながら話しかけてきた。
やっぱり、こういう仕事って稼ぎが良いのかね。
用意された部屋で、奴隷商人のおっさんと対面の形で座りながら、迷宮に潜るために奴隷を買おうかと考えていることを、素直に話してみた。
「なるほど。迷宮に潜るためのパーティーが欲しいとなりますと、戦奴隷をお望みということで宜しいでしょうか?」
「はい」
奴隷商人の話に耳を傾ける。
この世界の奴隷には、戦奴隷、労働奴隷、家内奴隷というふうに複数の種類がいるようだ。
戦奴隷は名前の通り、迷宮攻略時に戦闘要員として参加する人達らしい。
労働奴隷は力仕事に参加する者で、主に男性が多い。
家内奴隷は家事、育児等の手伝いをする者で、主に女性が多いと。
ふむふむ。
ちなみに、男なら誰もが夢見る性奴隷というのもいるが、かなり高いらしい。
まあ、それを専門にする人は美人やスタイルが抜群の人が多く、値段も高くなるのだろう。
基本的に貴族の人達が、己のステータスの一つとして買うらしいが、俺には当分縁の無い話だ。
そういうことがしたいのであれば、娼館に行けばいいし、もちろん娼館の場所は雑貨屋のおっさんにチェック済みである。
フッ……当然だな。
まあ、そんなことは置いといて。
とりあえずは力仕事で生活費が稼げて、私生活でも迷宮でも、俺を守ってくれる人が早急に欲しい。
迷宮に潜るのが無理だった場合、力仕事のできる従者を複数人募集してる商人を雑貨屋のおっさんが紹介してくれるらしいから、最悪そっちの仕事で稼げそうだしね。
「それでは幾人か、戦奴隷ができる者をご案内しましょう」
「宜しくお願いします」
奴隷商人に案内されて、雇えそうな奴隷と会ってみることにする。
戦奴隷、舐めてました。
ここは異世界だというのを再認識した。
案内された部屋にいた人達は、明らかに堅気の人ではない雰囲気を持った人達だった。
体中に痛々しい傷を持っている人や、その太い腕で首を締め上げられたなら、俺の首などすぐに折れるんじゃないかという感じの筋肉隆々の人。
おそらく、獣人だろうと思われるが目つきがやばい人とか。
「こちらの獣人は虎人と言われる者で、猫族特有の素早さと虎人特有の力強さを持った戦奴隷です。迷宮にも、過去何度も潜らせており、我が商館でも自慢の奴隷だと自負しております。迷宮に関する経験も豊富なので、お客様のように初めて迷宮に潜るかたには、適した人材かと思われます。ちなみに現在の職業は、獣戦士のレベル20となっております」
いや、レベルとかどうでも良いよ。
かなり出来る人っていうのは、喧嘩をしたことが無い俺でも雰囲気ですぐ分かるよ。
うわー、こっちをガン見してるよ。
あれは獲物を狙う目だ、超怖ぇー。
「ち、ちなみに、おいくらでしょうか?」
「この者には現在100万セシリルという値段を付けてます。いかがでしょうか?」
か、買える。
けど、買う気がしねー。
これは難易度高すぎだろ。
これに命令しろって言われても無理だ。
戦って死ねって命令したら、「お前が死ね!」とか言って斬りかかってきそうだ。
「奴隷には従属の首輪をつけます。従属の首輪を付けた場合、主が死ぬとギルドカードに登録された奴隷も死ぬことになります。よって奴隷達は、命懸けで主を守ろうとします」
俺がビビッてる様子に内心の考えを気づかれたのか、奴隷商人がフォローをしてくれた。
だが、買う気はまったく沸いてこない。
ビビッてるままの俺に脈無しと気付いたのか、奴隷商人が別の人を薦めてくる。
「こちらの女性は豹人と呼ばれる者で、猫人以上の素早さと隠密を備えています。ちなみに、相手次第では性奴隷となるのも問題無いと本人は言っておりますので、そう言った意味では男性方にはお勧めの人材でもあります。この者を戦奴隷として買う場合は、80万セシリルとなっておりますが、戦奴隷兼性奴隷として買う場合は100万セシリルとなっております。いかがでしょうか?」
そう言って、奴隷商人がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
なるほど。
顔は結構美人だし、そのスタイルは出るとこは出てひっこむ所はひっこんでる。
きっと、ベッドを共にすれば天国に旅立つことはできるだろう。
死亡フラグ的な意味でな!
美人のお姉さんが、笑顔でこちらに視線を移す。
どう見ても、あの目は狩人の目だ。
目が笑ってない……。
そのむき出しの牙がとても綺麗ですね、
ナニが噛みちぎられるの想像して、思わず後ずさってしまった。
彼女と行動を共にすれば、犯られるか殺られるかのどっちかだろう。
「ちなみに彼女の職業は、獣戦士のレベル15となっておりますが、忍者への転職も可能だそうです」
「忍者?」
「隠密の才能が高い場合に、転職できる職業です。敵に気づかれないように、影から忍び寄って暗殺するのが得意な職業です」
暗殺ですか……。
ていうか、主の命さえ奪わなければ、それ以外の事は奴隷であっても主人に対して何でもできるということだよな。
例えば、体に傷を付けない程度に、精神的にご主人様を追い詰めて、奴隷にまた売り飛ばさないように飼い殺しをするとかできるんじゃないか?
本当にその従属の首輪システムは、ご主人様の安全が保障されるのか?
うー、考え出すと切りが無い。
「こちらも駄目でしょうか? でしたら、あちらの……」
他にも奴隷商人がおすすめの人達の説明をしてくれるが、正直耳に入らない。
雇う側は俺なのに、値踏みされるような視線を四方八方から浴びて、今すぐこの部屋から出ていきたい気分になる。
「えっと、他にはいないのでしょうか?」
「他の戦奴隷ですか? いるにはいますが……ご案内します」
妙に歯切れの悪い口調になったが、一応はいるようだ。
奴隷商人に別の部屋に案内される。
案内された部屋に入ると、鉄格子で区切られた部屋の中に子供達がいた。
2、30人くらいの子供達が部屋の中に押し込められており、身なりはひどく、匂いもちょっときつい。
「えっと、この子達は?」
「最近解体されたスラム街に住んでた者達です。スラム街と言うのは、家を持たない者達の集まりです。犯罪行為が最近目立っておりましたので、国の命令で解体をして、衣食住を提供する代わりに労働奴隷として雇う予定の者達です」
「なぜ、鉄格子の中に?」
「まだ教育が行き届いて無くて、万が一お客様に危害を加えるということはあってはならないので、念のための措置としてこのような形をとっております。中にはお金を稼ぐために、迷宮に潜っていた者もいるので、戦奴隷として雇うことはできます。しかし、あまりお勧めはできません。先程もいいましたように、素行が悪い者も何人かいまして、お値段の方はさっき紹介しました戦奴隷に比べると、安くはなると思いますが……どうしますか? 面談だけでもしてみますか」
うーん、子供か。
子供だったら、何とかコントロールできるのかな。
ということで、まずは面談をしてみることにした。