第八話甲
今は……急な坂を転げ落ちている。とでも言ってみたいところだが、実際は、そんな余裕なんて全く無い。
始め、少しでもまともな体勢は保っていられたが、所詮あがいてもこの速さだ、3秒も持たなかった。そうなればもう、無駄にあらがうのは止めだ。この際だ、思い切り転がってみることにする、はずだった。
よく分からないが、身体が宙に飛び出した。あまりに華麗な?滑空だったのか――そこは分からないが、とにかく突拍子も無く跳んだ。茫然とこちらを見るフェイクスの姿が一瞬目に入る。
地面に叩きつけられる。肺の中の空気が全て絞り出されるような衝撃。肋骨が凹む。
辛うじて立ち上がり、フェイクスまで歩くつもりだったが、彼の方が来てくれたのでのでその必要は無くなった。
「何やってんだ?大丈夫か」
「ああ、何とか……」
「まさかあそこで落ちるとは思わなかったなぁ……」
「……」
「そうだ、人目も気になるし、そろそろ宿にでも行くか。」
そう言って歩き出すフェイクス。だが、やはり気になるので、聞いてみる。
「宿?俺、金なんて持って無いけど…」
「あぁ、それなら大丈夫。さっき無理言って一人用の部屋に二人入れてもらえるようにしたから。」
両手を頭の後で組んで歩いているフェイクスがこたえた。
「そうか…ありがとな、フェイクス。」
少し歩いて突然、フェイクスが立ち止まる。
「ん。どうした?」
「すまん!ここで待っててくれ!」
今度は突然走り出す。どうしたのだろうか、えらい焦り様だったが。
「あぁ、あれか。」
この通りを100メートルほど進んだ先にある広場に人が群がっている。
ここからではよく分からないが、1000人はいるだろうか、上空から見ている人々を除いても(フェイクスもここに含まれる)かなりの人数だ。
フェイクスがこちらを見やったので適当に手を振った。しかし、反応無し。当たり前か。
明らかに様子がおかしい。焦燥の色を隠しきれていないように見えるが、これはむしろ、隠す気が無いと言った方がいいのかもしれない。
この身体になってしまってから、特に聴覚に関してはかなりの違和感がある。人間だった頃のそれよりも遥かに透明で、今この状況でも、その気になれば誰が何を話しているかを特定できるかもしれない。利点ばかりが増えただけではなく、それまで聞こえなかった雑音が少なからず聴こえてしまい、それが違和感につながっているようだ。
「待ってろ」と言われているし、あまり気が乗らないが……好奇心が勝った。高校生なんてそんなもんだろう。
群衆の間を縫うようにして前へ進む。といっても、この背中の翼が邪魔をし、縫えない。半ば押しのけるような形で進む。すぐに前がひらけた。
群衆の中心、そこには「人間」が横たわっている。気持ちの良いものではない。青ざめた顔からは生気は感じられない。どうやらここに横たわる四人は、指名手配者であったようだ。頭も四肢も付いてるところから、恐らく絞首か。すでに死刑は執行された後、何故群衆に晒されているのかが解らない。
「おい、もう行くぞ。」
いつの間にか俺の横に居たフェイクスが言った。
俺も、こんなところに長居する気は無い。すぐに宿へ向かおう。
「あぁ。」
俺はそうこたえた。
暫く歩くと、フェイクスの言っていた宿にが見えてきた。外観は比較的新しい石造り。とりあえず中に入った。カウンターにはここの主だと思われる、小太りした竜人が居る。
その竜人はこちらを見るなり言う。
「あんた、その白い方。あんた、もしかして……違うか。まぁいい。部屋は突き当たりを左にまがって一番奥の部屋だ。まぁ、ゆっくりしてけよ。」
途中で何かを言いかけたのが気になったが、災難が続いて心身共に疲労が溜まっていたこともあり、早速部屋へ向かうことにした。