第七話
なにもかもが、信じられないくらい大きなこと感じられた。
さっきまで居たところは、生い茂る木々の小さな隙間から降り注ぐ光である程度は明るかったのだが、少し歩くと、ほとんどが複雑にからみ合う枝と、その葉によって、段違いに暗かった。これが本来のこの森の姿なのかもしれないが、地面にのびる木の根と、それに生える苔の組み合わせはさすがに危ない。竜人の足の指は前4本に後1本になっていて、案外安定はするのだが、あまりしっくりとこないのだ。そもそも素足でこんな状態の道、歩いたことなんて無かった訳で、ツルツルと滑ってしかたがない。それでも前の竜人は、全く速度を落とさずに進む。
足に集中しすぎて、今度は痛い。太い枝に思い切り頭を打ちつけてしまったが、傷一つ付かなかったのはこの鱗のおかげか。
今までの沈黙を破り、彼が俺に話し掛けてきた。
「さっきから、ずいぶん動きが危なっかしいなぁ。さっきの野盗にやられたのか?」
俺はかぶりを振った。
「いや、大丈夫大丈夫。どこも切られてないし…さっきぶつけたところが少し痛むけど」
「そうか、それならいいんだ。」
それから、会話は無くなってしまった。
それから数分後、また彼が話す。
「あ、そういえば自己紹介忘れてた。俺はフェイクス、見ての通り、旅竜だ。それで、お前は?」
そうくると思った。名前は、この際だから適当に言ってみる。
「あ…お、俺は…アステル、よろしく!…ってよろしく?とにかくさっきは危ないところを、ありがとうございました!」
思い切り元気に言ってみた。そういえば、なぜ日本語が通じるのだろうか。
「いやいや、そんな気にするなってアステル。で、お前も旅竜なのか?」
「たびりゅう?」
さっきも言っていたが、初めて聞く言葉だ。
フェイクスは、かなり驚いた様子で言う。
「知らないのか?相当珍しいぞ…まあいい。旅竜ってのは、旅をする竜――ある場所に定住しないで、旅をしながら生活する竜のことだ。俺はまだ、旅を始めて一年も経ってないんだが。」
そう言われたが、イマイチ把握できない。それに、ここに来てから
というものの、何か落ち着かない。この奇妙な感覚は、現代にいたころは全く経験しなかったものだ。
フェイクスから話し掛けられるまでずっと考え込んでしまった。彼はいつの間にか立ち止まり、眼前に広がる景色を指差し言った。
「ほら、森出たぞ。で、あっちに見えるのがルフトルの街…だな」
地図を片手に指差す先を、アステルはつぶさに観察した。
堅牢そうなつくりの城塞が真っ先に目に入った。その周囲の街は、高さが10メートルほどある石造りの壁に取り囲まれている。黒っぽい色の石は、歳月を経て暗い灰色になっているが、一角では市壁の修理が行われていて、そこの部分だけ真新しい、明るく黄色みを帯びた灰色をしている。壁の近くにかがみこんだ石工たちが、せっせと修理を進めていく。
市壁の上には、鎖帷子を着込んだ衛兵たちが、歩き回り、足を止めてはやたらと神経質そうな面持ちで遠くを眺めやっている。
円筒形の黒い石瓦の屋根。周りの小さい塔という塔にはためく旗。城塞はすべての上にそびえている。
城本体は、市壁のさらに内側の城壁に区切られた空間にある。完全に空気が違っているのが、500メートル以上離れていても感じられた。
市壁のさらに外側は農地になっていて、農夫たちが畑仕事しているところだ。農夫たちはすべて人間ではなかった。赤や青、オレンジ色やバラ色の鱗が体を覆っていて、背中にはやはり大きな翼がある。その鮮烈さは、黒っぽい農地に彩を与える。さすがに実る作物までは見えないが、明らかに良く見える。人間の目よりも、数倍もハッキリとした、鮮やかな世界が、目の前に広がっている。奇妙な感覚はこれのせいなのだろうか。
そして、いつのまにか先に下りているフェイクスを見つけた。とにかく自分も下りなければならなかった。
真っ直ぐ進んで、そのまま落ちた。ガリガリいわせながら急な斜面を転がり落ちる。
数秒のうちに、体が地面に叩きつけられた。腰をさすりながらあえぐ。
「痛っ……」
あそこが崖になっていいるのは予想外だった。