第六話
暗黒。
静寂。
それから、少しあって、遥か彼方に僅かな光が見えた。それにどんどん接近してゆく。
そして、ものすごい勢いで光に突入した。
広瀬は身ぶるいした。突然、電気が体じゅうを走りぬけ、全身を痙攣させた。
次の瞬間、空気が変わった。唐突に、自分の身体そのものが、それを鮮烈に体感した。
心臓の鼓動。骨格を包み込む肉体。それを下向きに引っ張る重力。足にかかる自分の
重み。刹那、吐き気のするような激しい頭痛に見舞われたが、感じた頃には、激しい頭痛
は去った。
強烈だが、どこか懐かしい。浅緑の光が全身をつつみこんだ。顔をしかめ、まばたきをする。
気がつくと、空と陽光の下に立っていた。
肌で、ひんやりとした空気を感じる。少し湿度が高い。周りをみると、うっそうと茂った木々
が、高々と天に突き出している。それによって、太陽の光が、心地よい程度に遮られて
いた。
俺は生まれ変わったはずだ。なぜこんな所にいるのだろうか。
近くで何か音がした。人の声のようだ。その方向に顔を向ける。誰かが木に寄りかかっていた。
「何か…食べ物を…。そこの…竜人…」
簡素ではあるが、体に甲冑をまとっている。どうやら兵士のようだ。傍らには剣のような
ものが置いてある。
「ん?竜人?」
周りには、こいつと俺以外、人のいる気配はない。
どうやら俺のことを言っているようだ。
体の感覚が完全にもどった。
腕を見ると、そこには柔らかい肌色の皮膚は無く、代わりに、
鋼のように重厚で、薄く蒼味がかった、白銀の鱗があった。指の爪は、墨色がかった鉤爪
へと変化している。
腹部は、その部分だけは他と違った風合いの、白い鱗が覆っている。その鱗は、股間から伸びる尻尾へと続いていた。そこから来る感覚は未知のもので、骨盤を、何も
していないのに揉まれているような感じだ。
そして、顔に手をやる。同じく堅い鱗に覆われていた。上下の顎は前へ突き出し、
鼻孔は上顎の先端へと移動している。耳は、その位置と形を変え、人のそれよりも良く音を拾い、不完全な掴みどころの無い音でさえはっきりと聴こえる。
ここで、眉間より少し上のあたりからまっすぐに伸びるもの、角があることに気がついた。
多少重さを感じるが、気になる程ではない。
西洋竜の特徴とも云える、背中に生える翼が、自分の肩甲骨のあたりにもあった。
身の丈の二倍はあろうかという程巨大で、しなやかだ。だが、動かそうと思っても、全く
制御しきれない。それでも、人間だった時よりも身長が高くなり、かなり筋肉がついている
のだが。
変わり果てた自分の身体。これが現実だとは受け入れ難かった。完全に、人間として
生まれ変わると思っていたので―そもそも、竜人が存在している事自体、とても信じられ
ない。
目の前の兵士は、たべものをくれと言ったが、今、そんなものを持っているはずがない。
とにかく近づいてみることにした。兵士の方も、立っていそいそと歩み寄ってきて、こちら
へ腕をのばした。いきなり俺の腕をわし掴みにし―驚くほどの腕力だった―俺の体を
地面にねじ伏せた。兵士の喉から、甲高い笑い声がほとばしった。そのまま馬乗りになって、鞘から剣を抜く。
「かかったな!まぬけな若僧が!」
そう呟きながら剣を振りかぶった。
よく見ると、後ろの方に2人―仲間だろう、こちらをしっかりと見ている。
どうしていいかわからず、大声で助けを呼ぶ。声をふりしぼって、思い切り叫んだ。
兵士は、思いがけない反応に、きょとんとして剣をおろした。が、すぐにまた、剣を振り上げる。その刹那、すさまじい速さで、何かがこちらに飛んでくる。それが何であるのか、すぐに分かった。竜人が―深紅の鱗をまとった竜人が剣を手に、
それを、まだ気づいていない兵士に向け、大きくひと薙ぎした。兵士の首が鮮血を散らし
ながら高々と宙を舞う。首を失った胴体は、血を噴き出しながら倒れはじめる。白銀の鱗
は、大量の血飛沫を浴び朱に染まった。
死体を押しのけて立ち上がると、深紅の竜人が地に降り、こちらへ近づいてくる。
「この森は野盗が多いから気をつけろって…まあ、その様子じゃ知らなかったみたいだな」
「あ、危なかったぁ…」
緊張が解け、深くため息ををつく。
「とにかく、この森を出たかったら俺について来るんだな。結構すぐだから、歩いて行くか。
聞きたいこともあるしな…色々と。」
そう言うと、すぐに歩き出した。このまま一人でいても、ここから出れそうにないので、とにかくついて行くことに決めた。