第十話
水。それは、生物の生命維持に欠かすことの出来ない物質。その水が体内に於いて不足した状態を脱水と呼ぶが、まさに今の俺はその状態だろう。
幾ら夢の中といえ、この背中から流れ出る汗の量を見ろ、それはもう尋常ではない。これが現実ならば救急車を呼んでいるところだ。まったく、近くに電話が無いことが悔やまれる。
さて、何故俺はこんなにも発汗しているのかというと、原因は後ろに立つ少女にある。この少女がいったい何者なのか、俺には心当たりが無いと言えば嘘になるが、あの一瞬では顔を見るのが精一杯。しかし少女当人は俺を見知ったような口を利く。どうも納得が行かないが、今はそれどころではない。
「水分が……」
足りない。と、言おうとした時、頭の中で鈍い音が響いた。どうやら後ろの少女が俺を殴ったらしい。昨日今日で殴られるようなことをした覚えはないのだが、ストレスが溜まっているのか先程から何か発言するたび殴られている。本当は水分の確保より後頭部の保護を優先すべきなのだろう。しかし、のどが渇く不快感が痛みよりも勝っている状態を加味すると、水分の確保の優先度がわずかに上回った。
「よしっ」と、声を上げ立ち上がった。後ろを向くと、少女が銃を振りかぶっているのが目に入った。俺はとっさに銃口を横に向けさせ、とりあえず脇腹に蹴りをお見舞いしてやる。蹴りが命中し、少女はバランスを崩しふらついた。今のうちに走るのもいい手だろう。しかし、銃を持ってるいられるのは厄介だ。一か八か、銃身を両手で持ち、思い切り引っ張った。対物狙撃銃は少女の手を離れる。思惑通り、バレットM82を奪い取れたところで、俺は駆けだした。
初めのうちはよかった。いくらこの銃が重いとはいえ、ここは夢の中で、体力も尽きることはない。いくらでも走り続けられると高を括っていた。しかし、走り出して五分も経たないうちに息が切れ始め、十分後には地面に突っ伏して、干からびかけてていた。
敗因は、脱水によって体力が消耗していたことを忘れていた事だろう。結局、水分確保のために逃走したはずが、さらに水分を失う羽目になった。
「馬鹿だね。」と、極めて軽い口調であの少女がつぶやく。
待て。すぐに失速したとはいえ結構走ったはず。どうして俺の隣に奴がいるのだ。追いかけられている感覚は無かった。
「お前、どうやって追いついた。」と、うつ伏せの体を起こしつつ俺は言った。
「んー・・・・・・ワープ?」
「ワープ?とか言われてもな、俺が分かるわけ無いだろ。」
「確かに。ご尤もですね。ま、これが夢であることを考えればあり得ないことでもないと思うよ。」
少女は俺の頭を撫でながら話している。そういった仕草は少女そのものと言えるが、超然としている態度は、見た目とはかけ離れている。この人間が何者なのか気になる。殴られることを危惧しつつも、俺は真っ向から質問をぶつけることにする。
「一つ聞いても良いか。」
「ああ、何でも質問するが良い。」
口調がおかしいが、気にせず質問するとしよう。
「ここはどこ、あなたは誰。」
質問は二つだった。