第1話:渋谷より狂った新宿の夜と、神様の気まぐれな転生
人間たちの怒号と狂気が、ネオンの光に混ざり合っていた。
10月31日、ハロウィン。
狂騒のピークを迎えた新宿歌舞伎町で、俺——佐藤 蓮は、コスプレ姿の群衆に揉まれながら溜息をついていた。
「はぁ……早く家に帰ってゲームしたい……」
スマホの画面を見る。そこには、会社の女子同僚からのメッセージが残っていた。
『今夜、ハロウィンの歌舞伎町で飲もうよ! 蓮くんも来なよ!』
いつもなら「彼女なし・彼女歴=年齢」の俺にとって願ってもないチャンスだったはずだ。
だが、社内での俺の立場は「真面目だけが取り柄の社畜」。周りの要領がいい同僚たちが美味しいところを奪っていき、残業を押し付けられる毎日。どうせ今日だって「蓮くん、これ明日までに処理しておいて」なんて都合よく使われるだけだと目に見えていた。
「どうせ俺なんて、どこに行っても引き立て役か都合のいい労働力だしな……」
人間関係の面倒くささに嫌気がさし、俺は「ごめん、今日は先約があって」と嘘をついて誘いを断った。
結局、周りの浮かれたカップルやパーティ集団を横目に、俺だけがぼっちでトボトボと帰路についている。
人込みを嫌って折れた、酒の匂いと湿った夜風が吹き抜ける裏路地。
そこで俺の人生は、あまりにも理不尽な形で終わりを迎えた。
「死ねよ、リア充がぁッ!」
「え……?」
闇の中から突然飛び出してきた仮面姿の男。突き出された包丁が、俺の胸深くに刺さっていた。
熱いとも冷たいともつかない衝撃。男はニヤリと歪んだ笑みを浮かべた後、俺の地味な私服と手に持ったコンビニ袋を見て、急に青ざめた。
「あ……あれ? 髪型似てたからリア充のチャラ男かと思った……間違えた……」
「……は?」
男は俺を突き飛ばすと、そのまま脱兎のごとく闇の中へ逃げ去っていった。
胸から溢れ出る大量の血。視界が急速に赤く染まり、コンクリートの冷たさが頬に伝わる。
(嘘だろ……会社の誘いを断ってぼっちで歩いてただけなのに……間違えて刺されて、このまま野垂れ死にかよ……!? 俺の人生、どんだけ運も報いもないんだ……!)
呼吸が止まり、心臓の鼓動が消え、俺の意識は完全に闇へと落ちて行った。
暗闇に沈んだ感覚が通り抜けると、気がつけば俺は真っ白な無空間に立っていた。
目の前には、白いヒゲを蓄えた、いかにも「神様」といった風貌の老人が腰掛けている。
『やあ、佐藤 蓮よ。……なんとも哀れで理不尽な死に方であったな』
「あなたは……神様、ですか?」
『いかにも。あの世へ導く手筈であったが……そなたの人生はあまりにも社畜として利用され、最後は勘違いで刺殺されるという報われなさじゃ。特別に異世界への転生権を授けてやろう』
神様は手元の巻き物を広げながら言った。
『次の世界では、誰もそなたを押し潰せず、誰も舐めてかかれない絶対的な力を与える。魔族の頂点——【魔王】として生きるが良い』
「魔王……? でも、異世界の魔王って勇者に殺される運命なんじゃ……」
『ふむ、察しが良いな。実はその世界の魔王は、数年後に現れる【光の勇者】に滅ぼされる運命にある。だが、そなたには死の直前に一つの『夢』を見せておいたはずじゃ。それが未来の警告となる』
俺の脳裏に、あの生々しい夢が蘇る。
紫色の玉座の間で、光り輝く聖剣を構えた勇者に胸を刺し貫かれる「自分」の姿。
そして勇者が言い放った一言。
『人間を家畜と刻んだ貴様の罪、その命で贖え!』
『死の未来を回避し、生き残れるかはそなた次第じゃ。社畜として虐げられ、巻き込まれて死んだ前世の記憶を活かしてみせよ』
神様が手をかざすと、俺の体がまばゆい光に包まれていく。
《個体名:レオンハルト・フォン・ヴァルハイトの覚醒を確認》
《固有スキル『未来惨劇録』および『万物食術』を付与します》
(会社でも便利使いされて、前世では勘違いの貰い事故であっけなく死んだ……! 一度死んで神様にチャンスをもらったんだ、今度の人生ではどんな小さな油断も、巻き込まれ事故も、危険(破滅フラグ)も絶対に許さない!)
まばゆい光が収まると同時に、俺は重厚な寝台の上で目を開けていた。
「……様! 魔王様、お目覚めですか!?」
天井には豪奢な燭台と、見たこともない黒石で造られた重厚な天井。
心配そうに覗き込んでいたのは、頭に漆黒の角を生やした、冷艶な美貌の悪魔の少女だった。
「……俺……?」
「何を仰っているのですか! あなた様は我が魔族の頂点、魔王レオンハルト様です!」
自分の手を見る。
そこにあったのは、鋭い爪と身体の奥底から溢れ出す絶大な漆黒の魔力。
鏡に映っていたのは、夢と神様が見せた「勇者に殺される魔王」そのものの姿だった。
「魔王様、本日の『収穫』の報告でございます。地下の人間牧場より、新たに上質な人間を五十頭、屠殺場へ回す準備が整いました。今夜の晩餐は鮮度の高い人間の——」
「……は?」
側近の少女——ベルフェが淡々と言い放った言葉に、俺は思考がフリーズした。
人間牧場? 屠殺場? 晩餐に人間……?
そうだ、夢の中の勇者は言っていた。『人間を家畜と刻んだ貴様の罪、その命で贖え!』と。
人間を虐殺して喰っていたから、世界中の怒りを買って、あのチート勇者に大義名分を与えて殺されたんだ!
「ベルフェ……今すぐ地下の人間牧場を封鎖しろ。屠殺も、人間を喰うのも、今日限りで一切禁止だ!」
「は……!? し、しかし、それでは魔族たちの食糧が……!」
驚愕するベルフェに、俺はベッドから立ち上がり、胸の前で手をかざした。
神様から授かったスキル『万物食術』を発動し、部屋の隅にあった魔導鉱石を瞬時に分解・再構築する。
俺の手の中に生み出されたのは、湯気を立てる極上の高魔力・極太ラーメンだった。
「人肉なんて衛生面も倫理面もアウトだ! 俺たちが喰うのは、俺が作る最高レベルの飯だ! これからこの城……いや、この領地全体を『人間も魔族も腹一杯食えて、誰も攻め込めない世界一安全な魔導要塞都市』に作り直す!」
「な……ッ!?」
ベルフェは絶句し、やがてその瞳を感涙に濡らして震え始めた。
(人肉食いに激怒され、神聖不可侵な絶対都市を創らんとする……! なんという深謀遠慮! 我が主は、単に人間を喰うにとどまらず、全種族を統べる真の絶対者となられるお覚悟なのだ……!)
「御意にございます、魔王様! このベルフェ、我が主のどこまでも深き御意志に、どこまでもお供いたします!」
(いや、ただの会社員時代のトラウマと貰い事故で二度と死にたくないから、家畜化をやめて超強固な防衛街を作りたいだけなんだけど!?)
何はともあれ、神様から与えられた魔王としての第二の人生が始まった。
勇者に殺される未来? 結構なことだ。
「勇者よ……悪いが俺の未来(夢)に、お前が勝つルートは存在しない」
社畜時代の苦い経験と過剰防衛の精神で、最高峰の防衛都市創りをここから始めてやる。




