喧嘩していたら婚約破棄されましたが、護りたいものを護る道を選んで良かったと強く思います。
今、まさに、婚約者である彼ディアンと喧嘩している。
「お前さぁ! いい加減、あの花捨てろよ!」
「無理よ、大事にしているものなんだもの。もうすぐ花が咲くのよ。だからそこは譲れないわ」
私が窓辺で育てていた植物があるのだが、彼はその植物のことを極度に嫌っていて、捨てろと何度も言ってくる。
だが私はそれを受け入れるわけにはいかなかった。
なぜなら長期間大事に育ててきたものだからだ。
ひたすらに育て続けてきてそろそろ花が咲きそう、という今の状況なので、捨てることなんてできるはずがない。
「ふざけるな! 俺が言っているんだから従うべきだろ!」
「そういう問題じゃないのよ」
「なぜ捨てられない? 俺よりも大事だからか? ああ、あれか、浮気相手から貰った花だからか!」
「違うわ。それは違うって言っているじゃない。もう何度も言ったでしょう」
「嘘つきか!」
「いいえ! 違うわ、嘘じゃない! この花は私にとっては本当に大切なものなの。ずっと育ててきてもうすぐ花が咲くの。だから捨てられないの!」
そういう説明はこれまでも何度もしてきた。けれども彼はまともには聞いてくれなかった。こちらが説明しても、まるで聞こえなかったかのように、捨てろ捨てろと言ってくるばかりで。私の想いを理解しようという考えは彼には一切ないようだった。
――そしてやがて。
「もういい……じゃあ! お前との婚約は! 破棄だ! こんな関係、おしまいだ!」
彼はそんな風にはっきりと言いきった。
「俺の言うことを聞かないやつと結婚なんてするかよ!」
「本気なの?」
「ああそうだよ! 本気だよ! 今さら泣いて謝っても遅いからな。ぜーったいに許さないからな。手遅れだよ!」
吐き捨てて、彼は部屋から出ていった。
――だがその直後。
「う、うわああああああああ!!」
凄まじい声が響いてきて。
何が起きたのか分からないが異様な空気を感じたために恐る恐る様子を見に行ってみたところ、建物から出てすぐのあたりで賊らしき男複数人に襲われているディアンの姿が視認できた。
……だが放っておくことにした。
婚約は破棄となった。彼はもう婚約者ではない。そして、私も、今はもう彼の婚約者ではない。ということはつまり、私たちはほぼ他人に近い状態だということだ。婚約者であれば助けに行ったり通報したりするべきだろうとは思うが、他人となった今、私が彼を助ける理由は特にない。加えてあんなことがあった後だからなおさら。あんな風に切り捨てられた直後の精神状態で彼を救いに走れるほど私は出来た人間ではない。
男たちは、金目のものを奪い取ると、倒れているディアンをその場に放置して去っていった。
それから少しして通行人が通報。救急隊がやって来た。時間はかかったが、ディアンは何とか病院に運んでもらえたようだ。
……しかし彼はこの世を去った。
これは人から聞いた話だけれど、男たちに襲われた時に負った傷が致命傷となったらしい。
だが可哀想とは思わない。
彼は運が悪かった。だから命を落とした。ただそれだけのこと。
人の話を聞かず、一方的に自分の意見を押し付け、しまいには関係を叩き壊す――そんな者がどうなったとしても、災難に見舞われたとしても、可哀想とは思わないし思えもしない。
そうして迎えたある朝、大事にしていた花が咲いていた。
「綺麗……!」
思わずこぼした。
華やかな紅が咲いていて。
柔らかながら艶やかな香りが漂っている。
「思って以上に綺麗な花だったわ」
それからしばらく、私は毎日、夜になるたびその花と語り合った。
重苦しい心の夜も。
疲れてしまっている夜も。
花はそこにいて、穏やかに咲いてくれていた。
逆に。
楽しい気持ちでいる夜や。
嬉しいことがあった夜も。
花はそこに在って、静かに咲いてくれていた。
――この花を選んで良かった。
私は今、強く、そう思っている。
ディアンを選ぶなら、この花を捨てるしかなかった。でも私にはその道は選べなかった。その結果ディアンとはお別れすることになってしまって。けれどもその道を選択したことを後悔はしていない。あの時の選択は正しかった、と、今の私は迷うことなくそう言える。
皆が笑顔でいられる結末が最良だとしても。
この世のすべてがそんな風に都合よく動くわけではないから、時には切り捨てていかなくてはならないものもあるのだろう。
どれを選ぶのか。
何を護るのか。
それを決めるのは自分自身。
そして、その果てにどんな未来が待っていたとしても、人はそれを受け入れて生きていくしかない。良いことも、悪いことも、すべて。それはその選択をした自分が招き入れた運命だから。
◆終わり◆




