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最終話

気がつくと、そこは今日の午後一時少し過ぎの銀行前だった。エリックとアリスが、過去の自分達に出会わないように銀行から少し離れて待ち伏せをする。するとエリックが突然思い立ったようにアリスに話しかける。

「そういえば、アリスにまだ作戦の内容を話していなかったね。」

「あ、そういえばそうね。一体どうするの?」

「フフフ。それはね…。」

それから数分ほど、エリックはアリスに作戦の概要を説明し始めた。話を聞き終えたアリスは、またもや呆れ顔だった。

「…ホント、エリックさんって、何でもアリよね。」

「フフフ。お褒めの言葉をありがとう。あ、ほら過去の僕達が来たみたいだよ。」

「本当ね。何か過去の自分とはいえ、同じ自分を見るのは気持ちが悪いわ。」

少し離れた所でレインボーカードを翳して銀行へと入っていくエリックとアリスが見える。それからしばらくして、先程殺された男と、その妻が少しだけ時間差を置いて現れた。

「来たわよ、エリックさん。」

「よし、じゃあ行こうか。」

二人が店舗内に入る頃、妻が奇声を上げて元夫の男の元へと近付き、今にも刺し殺そうとしていた。その様子を見たエリックが急いで世界の時間を止めた。

「よし、アリス。今だ。よろしく頼む。」

「分かったわ。」

呼ばれたアリスは先程エリックが買った買い物袋の中から、押すと引っ込むジョークグッズの包丁を取り出し、それを妻の手に持っている包丁と交換した。一方のエリックは、刺されようとしている元夫の元へと近付き、彼の背中に、先程買った赤色の絵の具の入ったビニール袋をそっと心臓裏の背中部分に貼り付けた。そこまでの作業が完了した所で一旦、エリックは時間を元通りに動かし始めた。

「死ねぇぇぇぇぇーーーーー!!!!」

妻が奇声を上げながら元夫に(ジョークグッズにすり替えられた)包丁を背中に叩きつける。その瞬間を狙ってエリックが再び時間を止めた。次にエリックは、微弱な電流で元夫の意識を無くし、妻と元夫の頭をそれぞれの手で掴み、目を閉じ、何やら呪文を詠唱し始めた。

「シルケイサトリアーレ グルファナヴェニアブラン」

呪文を唱え終えると、エリックの両手から黄色の光が迸った。先程のエリックの事前説明によると、どうやらこの呪文は、対象者の記憶を消す事の出来る呪文らしい。消した内容は、まず妻に関してはこの元夫から金を奪われ、酷い暴力を受けていたという記憶。そして元夫に関しては、その逆。この妻と子供から金を奪い、暴力を振るっていたという記憶だった。そして、少なくとも、この二人は円満に離婚し、お互いこれからは何のしがらみも確執もないように、今後を生きるという約束をしたという記憶を付け加えておいた。そして最後にエリックは、妻が殺害に使う予定だった包丁をそっと回収した。全ての作業を終え、店内を出た所でエリックは再び時を動かした。後ろから店員や客の悲鳴が聞こえる。そしてエリック達の後ろから、自分が今まで何をしていたのかよく分からない様子の妻が小走りに出てきた。



自分に出来るのはここまでだ。エリックはそう思った。こうすれば、少なくとも奥さんは殺人を起こした事にはならず、また元夫に関しても、今回の事件は誰かのつまらないイタズラだと錯覚させる事ができ、妙な疑念や怨恨を抱く事もないだろう。エリックは今回、敢えて二人がそれぞれお互いに出会ったという記憶そのものを消さなかった。何故か?

今後、この二人が生きていく上で必要となる、様々な法律上の手続きを行なうにあたって、記憶には無い結婚暦、離婚暦が残っているというのは本人達にとっても不都合な事であり、何より奥さんの持つ子供が誰の子供なのか。奥さん自身にすら分からなくさせてしまうという大きなデメリットがあったためだった。記憶は消せても記録は消せないという、記録の厄介さがその最たる理由だった。しかし今回、エリックにはもう一つの理由があった。

それは、上手く言葉に表現出来ない感情だったが、敢えて言うなら、良い出会いも、悪い出会いも、そのどちらにも出会いの価値は平等にあると考えたためだった。悪い出会いだったからその記憶を消す。そういう判断を取る事は、実に簡単で楽な手段だと言える。しかし、その悪い出会いがなかったら、今の自分が形作られていないのもまた事実だった。出会いというのは、日一日、積み重なった地層のようなものだ。大事なのは、良い悪いを分別するのではなく、全てを等しく受け入れる事ではないか。そんな事をぼんやりと考えるエリックだった。



再び、エリックとアリスは元いた時間へと帰ってきた。辺りはすっかり日が落ちて真っ暗になっていた。

「それじゃあエリックさん。帰りましょうか。」

アリスが光る街並みを眺めながら恐る恐るエリックに尋ねた。

「それでね。エリックさん。運輸局で言ってたペナルティっていうのは一体…」

(何なの? )とアリスが言いかけた途端、エリックがアリスの口の中へ、スプーン一杯のバニラアイスを一口突っ込んだ。バニラアイスを口の中へ入れたアリスが、それを何回か咀嚼すると、みるみるうちに顔を紅潮させていった。

「何、このバニラアイス! 辛っ!」

「それがペナルティ。」

「は?」

アリスは、訳が分からず聞き返した。

「だからそれが、今回の、過去に遡って未来を変えた者へのペナルティなんだ。つまり、今回の場合で言えば、『今日から一週間、甘いものが辛く、辛いものが甘くなる』というのが僕達に課せられたペナルティなんだ。」

「そ、それだけ?」

アリスが拍子抜けしたように聞き返す。

「いやいや、それだけって事はないよ、アリス。食は生物にとって必要不可欠な生命維持活動だからね。その中でも味覚を一週間変えられるっていうのは、実に大きなペナルティだよ。」

「だって私、ペナルティっていうから、もっと懲役とか、禁固刑とか重いものを想像していたのに…。」

「あぁ、それは過去に遡って悪行を働いた者達に対しての刑罰だよ。基本的に善行に対してのペナルティは今回のように軽いものが多いんだ。ただ、あまり頻発させると過去や未来とのバランスが崩れるから、一人ひとりに使用回数や行動範囲が制限されているのだけどね。」

エリックのその言葉にアリスが脱力する。

「なぁーんだもう。心配してソンした。って、あれ? もしかしてエリックさんも、あのミディアスって腹立つ人も、この事を知っていたの?」

その質問に、エリックは随分としれっとした口調で答えた。

「勿論だよ。現に僕はもう何回も時空間移動を行なっていて、それに伴うペナルティも何個か経験しているしね。それに、ペナルティと言っても、実際は今回のようにギャグみたいなものがほとんどだから。まぁ、一種の罰ゲームみたいなもんだよ。」

「…じゃあ、あのミディアスって人の、やたら挑発的な対応は…。」

アリスが、頭の中に浮かんできた忌まわしい真実を前にして、少しずつ怒りをこみ上げさせてきた。

「…まぁ、おそらく何も知らないアリスを、面白半分でからかっていたんだろうね。ペナルティって言えば、それこそ僕が逮捕されるような、何か重大な事態に陥るかもしれないと、アリスが勝手に勘違いしてくれると踏んで。」

「どーして教えてくれなかったのよ!!!!!」

こみ上げていた怒りをついに爆発させたアリス。

「いやー。何かアリスの純粋な反応を見ていたら面白くってさ。それで、久し振りに再会した旧友と一緒に、ブラックジョークを繰り広げてみたくなったんだよ。」


 ドカッ! バキッ!


「もーっ! ホント最っ低! 私もう先に帰るから!」

アリスがエリックをボコボコにして、一人で歩き出してしまった。そんなアリスを見てエリックが慌てて追いかける。

「待ってって、アリス。ほら、アイスあげるから、アリスだけに。」

「やかましい!」


ネオンに光り輝く街並みを、二人は賑やかに歩いていった。

妖精と画家の不思議なコンビの物語は、まだまだこの先も騒がしく続いていくのだった。

(終)

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