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第3話

「五千三百六十七円になりまーす。」

よく通るレジ員の口から発せられた会計金額を、エリックは万札一枚で支払い、お釣りを受け取った。エリックが様々な買い物品が入った袋を抱え、出口へと向かって歩き始める。するとそこへ、アリスが声を掛けた。

「ねぇ、エリックさん、ちょっとそこの喫茶店で休んでいかない?」

アリスが通路の向こう側にある喫茶店を指差す。その言葉にエリックも同意する。

「そうだね。少し休もうか。」

二人は喫茶店へ入り、窓側の四人席に席を取った。幸い、夕方の四時少し過ぎだったという事もあって店内は閑散としていた。店員を呼び、アイスコーヒーとレモンティーを注文する。(店員から見れば)一名様なのに、二人分の注文をした時は、さすがに店員から怪訝な顔をされたが、アリスのためを思い、何とか恥ずかしいのを我慢したエリックだった。しばらくして、注文のアイスコーヒーとレモンティーが置かれる。アリスがストローでレモンティーを飲んでいるところ、エリックがアリスに声を掛けた。

「…釈然としない、といった表情だね。」

その言葉に少しムッとするアリス。

「当然でしょ。エリックさんくらい色んな能力があれば、あの奥さんと包丁さんを救うだけの方法くらい、いくらでも思いつきそうなのに、エリックさん、あんなにあっさりと突き放しちゃうんだもん。もう幻滅しちゃったよ。」

頬を膨らませて黙々とレモンティーを飲むアリス。その言葉にエリックが苦笑する。

「はは。ごめんよ。ただ、あの段階ではどうしようもなかったからね。あのような対応を取るしかなかったんだよ。」

その言葉にアリスの動きが止まる。

「あの段階ではって事は、じゃあ何か助ける方法を考えているの?」

「あぁ。」

「ねぇ、どんな方法なの? 教えて。」

「それはまだ言えない。」

「えー! どーしてよ?」

「ちょっと許可が要るからね。」

「許可?」

「そう、許可。休憩が終わったら早速その場所に行くからアリスも付いてくるといいよ。」



小一時間ほどして二人は店を出た。それから、どこかに向かって淡々と歩くエリックに対してアリスが声を掛ける。

「ねぇ、エリックさん。これからどこに行くの?」

その問い掛けに、前を進んでいたエリックが振り向く。

「『時空間移動管轄運輸局』。昔の旧友が働いている所さ。」

「それって、この世界にあるものなの?」

「いや、この世界とは違う別世界だよ。あ、そうか。ワープした方が早かったね。じゃあ早速。」

エリックが指を一本立てると、二人は一瞬の間に、どこか別の世界にワープした。気が付くとそこは、どこかの研究機関のような大きな建物の中だった。エリックが入り口近くの受付嬢に話し掛ける。

「お手数お掛けしますが、運輸局のミディアスさんにお繋ぎ願いますでしょうか。エリックと言えば分かると思います。」

「エリック様ですね。それでは少々お待ち下さい。」

受付嬢は電話を掛け、電話の相手と幾つかの言葉を交わす。やがて、三十秒ほどして、電話を切り、視線をエリックへと向けた。

「はい、確かに承りました。それでは三階の運輸局へとお進み下さいませ。」

「お手数お掛けしました。」

エリックが受付嬢に一礼する。そして、まっすぐ通路を進み、突き当たりにあるエレベーターに乗り、三階の階数ボタンを押す。しばらくしてエレベーターが三階で止まり、チンという音と共に扉が開いた。エリックが一歩前を踏み出した所でアリスが声を掛ける。

「ちょっと待ってよ、エリックさん。」

「何だい、アリス。」

「何だいじゃないでしょ。私達今からここで何をするつもりなの? っていうか、ここは一体何をするところなの?」

「あぁ、ここはね。『時空間移動管轄運輸局』と言って、時空間移動を管轄する総合機関みたいな所さ。」

「それで?」

「今回の件に関して時空間移動の許可申請を行ないたいんだけど、折角だから丁度ここで働いている昔の旧友に頼んでみようかなって。」

「ふぅーん。」

「まぁ、詳しい事は着いてくれば分かるよ。」

それからエリックはロビーを左へ曲がり、右手側にあった大きな部屋へと入っていった。エリックが部屋へ入るのと同時に一人の男がエリックに声を掛けてきた。

「やぁエリック。久し振りだな。」

現れたのはエリックと同い年くらいの若い男だった。髪は短髪で、茶色がかっていた。全体的に端正で整った顔立ちは、爽やかなスポーツマンタイプといった印象を与える男性だった。

「急な訪問、悪かったね、ミディアス。」

「いや、いいさ。もうすぐ仕事も終わるところだったからな。おや? そちらの妖精さんは?」

ミディアスがエリックの背後にいたアリスを覗き見る。まさか見られているとは思わなかったアリスはたじろぎ、少し後ろへ離れてしまった。

「まぁ、ちょっと色々あってね。」

「ふ~ん……………。まぁ、いい。それじゃあ、早速だけど向こうの部屋で用件を聞こうか。」

「あぁ、よろしく頼む。」

エリック他二人は別室へと向かっていった。



三階の廊下突き当たりにある多目的室。そこにエリックとミディアスが椅子に座り、アリスがテーブルに座って二人の話を聞いている。エリックがこれまでの経緯を説明し、ミディアスはそれを黙って聞いていた。エリックが一通り説明を終えると、ミディアスはテーブルに置かれているホットコーヒーを一口飲み、小さく溜め息をついた。

「なるほどな。大体の事情は分かった。しかしお前は相変わらず金にならん事を一生懸命やろうとする奴だよな。俺にはお前の生き方が理解できん。」

そう不満を漏らし、頭を掻くミディアス。

「はは、まぁ、成り行きみたいなもんでね。ある意味じゃ僕の性分だよ。」

「しかし、エリック。それに対するペナルティも勿論分かっているんだろうな?」

ミディアスが突然、鋭い眼光を向けてくる。それを受けたエリックも、途端に表情が険しくなる。

「…あぁ、勿論だ。」

ただならぬ雰囲気にアリスが口を挟む。

「え? エリックさん、何なの、ペナルティって?」

慌てふためくアリスに対して、ミディアスが声を掛ける。

「お嬢さん。分かっているとは思うが、時空間の移動は本来許される事じゃない。何せ、どういった事情があるにせよ、時空間を移動し、過去や未来で何かをするっていう事は、他の時間軸に何らかの影響を及ぼすっていう行為に他ならないからな。」

「…。」

アリスは沈黙する。ミディアスは構わず続ける。

「にも関わらず、こいつはこれから過去に行って、その女性を助けたいと申し出ているんだ。己に課せられるペナルティがあると分かっていながら…な。」

「そんな! エリックさんはこれから、その人を助けに行くのよ? それなのにペナルティが課されるなんて! そんなのおかしいじゃない!」

不条理な事実に、たまらず声を上げるアリス。

「仕方ねぇよ。これがルールだからな。」

ぶっきらぼうにミディアスが言葉を連ねる。一方のアリスは、かなり怒りに満ちた表情でミディアスを見つめていた。

「残念だが、どんなに睨まれても解決策は無い。お前らにだけ例外を許していたら、他の奴らに示しが付かないからな。」

「じゃあ!」

アリスが一際大きな声を上げる。

「私もエリックさんと一緒に、そのペナルティっていうのを受けてあげるわよ!」

「アリス、それは…。」

エリックが静止しようとする。しかし、アリスの手がそれを拒む。

「いいのよ、エリックさん。私だって、その人を助けたいんだから。エリックさんだけにそのペナルティっていうのを受けさせる訳にはいかない。」

力のこもった瞳でミディアスを見据えるアリス。そんなアリスの表情に、ミディアスはフッと笑いながら口を開いた。

「よし、分かった。じゃあ申請内容は、今から五時間前への移動。申請目的は、女性の元交際相手の殺害阻止。ペナルティを課す対象は、お前とエリックの二人で、それでいいんだな?」

「えぇ、望む所よ。」

ミディアスの前で左手を腰に当て、右手の人差し指でミディアスを指すアリス。その様子を見て、ミディアスがすっと立ち上がる。

「じゃあ、今から申請書を発行してくるから十分程ここで待っていてくれ。」

それからミディアスは室外へと出て行った。しばらくして、アリスがエリックに申し訳無さそうに声を掛ける。

「ごめんなさいね、エリックさん。勝手に私まで割り込んじゃって。でも、私も何かあの人の役に立ちたかったから…。」

対するエリックは、いつもと変わらぬ笑顔で話しかけた。

「いや、いいんだ。こちらこそ僕自身の個人的な行動に付き合わせてしまって申し訳ないと思っていた所なんだから。ありがとう、アリス。」

「…うん。」

十数分後、申請書を持ってミディアスが戻って来た。

「ほらよ。これが申請書だ。」

アリスがミディアスから渡された申請書に目を通す。

「時空間移動について、一つだけ注意点だ。絶対に『その時間にいる同じ自分』にその存在を気付かれてはいけない。理由は簡単。時空間における存在認識に矛盾と混乱が生じてしまうからだ。一般的な事例として、ドッペルゲンガーという現象は聞いた事があるだろう?」

不意に話を振られたアリスが、困惑しながら答える。

「…え、えぇ。」

「あれは、出会った相手側としての自分。つまり今回で言えば、過去の自分が死ぬと言われているが、俺らの場合は、過去に戻った本人。つまりあんた達が死ぬ事になる。この点。くれぐれも注意してくれ。」

「わ、分かったわ。」

「とりあえず気をつけるのはそれだけだが、まだ何か質問はあるか?」

「いや、僕はないよ。アリスは?」

呼ばれたアリスはムスッとした表情で答える。

「…私も大丈夫。」

「じゃあ、もう後は好きに行ってくれて構わない。それじゃあな、エリック。アリスちゃん。幸運をお祈りしてるぜ。」

ミディアスの遠回しな嫌味にアリスはベッと舌を出した。ミディアスが手を振り、しばらくすると二人はヒュッと一瞬の間にいなくなってしまった。

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