第6話 小墾田宮
十二
上宮皇子が薨ってより、一年あまりが過ぎた。
朝は、表向きには静かであった。
誰が日嗣になるか、あからさまに口にする者はない。田村皇子も、山背皇子も、表立って人を集めることはない。大王はなお御座にあり、朝の儀は絶えず、群臣は定まった日に参じ、使いは諸国と海の向こうとを行き来した。
静かである、とは、何も動いていないということではない。
むしろその逆であった。
皆が、動きすぎぬように動いていた。
言いすぎぬように言い、
近づきすぎぬように近づき、
何も決まっていないことを、決まっていることのように見せながら、朝を一日ずつ先へ送っていた。
鎌足は、そのような日々を、小墾田宮で見ることになった。
小墾田宮は、枚岡の御屋とは違っていた。無論、はるかに広大である。小墾田宮の外側の一角に、御食子の屋敷がある。人の出入りは、枚岡の御屋に比べ、むしろ少なく見える。だがその少なさが、そのまま重さであった。ここへ来る者は、ただ用を足すために来るのではない。ことば一つ、膝をつく位置一つ、簡を差し出す順一つまでが、すでに政のうちに入っていた。
朝まだき、霧の薄く残る庭を、鎌足は幾度となく見た。廊を渡る者の足音は軽い。軽いが、急いてはいない。役目を帯びた者だけが、この静けさの中を動くことを許されているように見えた。
御食子は、その御屋の中にあっても、常に前へ出るわけではなかった。簡を見る。人を見る。問いを発する。問いを切る。そうして、一つ一つを御座の近くへ届く前に量っていた。
鎌足はそのそばに置かれた。
まだ子である。いまだ何を任されるわけでもない。だが、ただ座らされているだけでもなかった。簡を運ぶことがあった。名を覚えよと言われることがあった。顔を見て、誰の郎党かを外すなと言われることがあった。ことばを返すな、まず聞け、とだけ命じられることもあった。
御食子は、露骨に教える人ではなかった。だが、見ておけ、とだけ言うとき、その見よという中に、すでに半ばの教えが含まれていた。
なぜ自分がここに置かれているのか、鎌足にはまだ分からぬことの方が多かった。血筋ゆえである、と言ってしまえば、それまでである。だが、それだけではないことも、子ども心に感じていた。
ある朝、東国からの簡を持ってきた者があった。馬の数、飼葉の不足、道のぬかるみ、その三つを簡潔に記した簡であった。御食子は読み終えると、鎌足へそれを渡した。
読め
鎌足は読んだ。
御食子は言った。
何が先に来る
飼葉にございますか
なぜだ
馬があっても、食わねば痩せます
御食子は何も言わなかった。
その沈黙が、間違ってはいないというしるしであることを、鎌足はもう知りはじめていた。
別の日には、半島より来た使いの伴に、ことばの通じぬ若者がいた。供の者が取り次ぎに迷っているのを見て、鎌足はその若者へ半島ことばで二つ三つ問いかけた。訛りは強かったが、意味は通じた。御食子はそのやり取りを見ていた。
鹿嶋の子だな
それだけ言った。
褒めたのではない。だが、忘れぬ言い方であった。
鎌足は、その日、初めて自分が鹿嶋から呼ばれたことそのものに意味があったのではないかと思った。東の端で、馬と人と海の向こうのことばの混じるところで育った子であること。それを御食子は見ているのではないかと。
大王は老いていた。
いや、鎌足がはじめて小墾田宮で見たとき、すでに老いておられた。だが一年のうちに、その老いはさらに静かに深くなった。
御座に出る。
群臣は頭を垂れる。
ことばは発せられる。
儀は保たれる。
その形は崩れぬ。
だが、長く座しておられることが少しずつ疲れとなってあらわれる。立ち上がるとき、女官の手がほんのわずか近くに寄る。声はなお澄んでいるが、遠くへ届く前に、一拍の置かれることがある。
鎌足は、それを見てはならぬと思いながら、見てしまった。
王の老いとは、ただ一人の人の老いではない。御座そのものの時が、少しずつ先へ進んでいることのように思えた。
されど、その老いゆえに、なお朝は保たれてもいた。
大王の御座があるかぎり、次をめぐる争いは、まだ表へ出きらぬ。誰もが、その御座の前では一歩退く。それは畏れであり、習いであり、また都合でもあった。
鎌足は、御食子が上宮皇子の死後、すぐには次を定めぬことの意味を、この一年で少しずつ知った。
決めぬことが、何もしていないことではない。
決めぬことでしか保てぬ朝がある。
それが今の倭であった。
その一年のあいだ、鎌足は山背皇子を二度見た。
一度は、宮の南の廊を渡られるときであった。供は多くなかった。むしろ少ない。少ないのに、その人が通ると、人の立つ位置が自然に変わった。道をあけようと命じる者はない。だが、誰もが少しずつ身を引く。そうして、気づけば通るべきところができている。
山背皇子は、声高に人を従えるような人には見えなかった。衣の乱れもない。歩みも急がぬ。目は伏せすぎず、上げすぎず、礼を失わぬ。だが、その静けさが、かえって人を緊張させた。
この人が前へ出れば、上宮の朝が立つ。
そんなふうに、まわりの者が先に思ってしまうような気配があった。
もう一度は、大王の前へ参じたあとの後ろ姿であった。誰よりも強く見えるというのではない。だが、ただの皇子の背ではなかった。背のうしろに、人の期待がついて歩いているように見えた。
鎌足は、その人のことをまだ何も知らぬに等しかった。それでも、御食子や大臣が、もし次を立てるとしても、そうたやすく山背皇子へは定めぬであろうことを、何となく悟った。
あの人は、立てられれば、そのまま前へ出る王になる。
父君である上宮皇子とは、同じではないのかもしれぬ。
そんな思いが、まだ名も形も持たぬまま、鎌足の胸のうちに残った。
ある夕べ、御食子は、宮の西の細い廊から庭を見ていた。鎌足は少し離れて控えていた。日が落ちかけ、庭石の影が長くなっていた。
御食子が不意に言った。
朝は、いま静かに見えるか
鎌足は答えに迷った。
静こうございます
見えるだけだ
御食子は言った。
静かであることは、守られているということだ。放っておいて静かになる朝など、そう多くはない
守っておられるのは、大王にございますか
半ばは
御食子は少し間を置いた。
半ばは、皆が崩さぬようにしておるゆえだ
では、誰もが同じことを願っているのでございますか
同じではない
御食子は庭から目を離さなかった。
同じではないが、今はまだ、崩れれば皆が損をすると知っておる
風が細く吹き、庭の草を揺らした。
そのとき、川瀬が廊の端まで来て、膝をついた。夜の警固の人数と、難波から上がってくる荷のことを、短く報じた。御食子はそれを聞き、二つ三つ指図した。川瀬はすぐに去った。
鎌足は、その短いやり取りを見ていた。
御食子が朝の内を量り、
川瀬が朝の外を量る。
御座を保つとは、人の上に立つことではなく、崩れぬように四方を見ていることなのかもしれぬと、そのとき思った。
やがて秋が過ぎ、冬が来て、また春が来た。
上宮皇子が薨ってより一年あまり。
朝はなお静かであった。
だがその静けさは、薄い氷の上の静けさであることを、鎌足は知りはじめていた。
御食子が自分をそばに置くのも、その氷の上を、いつか歩かせるためかもしれぬ。まだ確かなことは何も分からぬ。だが、ただ可愛がられているのではないことだけは、はっきりしていた。
大王は老い、
山背皇子は静かに立ち、
田村皇子はなお口を閉ざし、
御食子と大臣は、次を決めぬことで朝を保っていた。
そして鎌足は、その朝の端に、ようやく自らの足を置きはじめていた。




