第七話 目覚めたらバスタブ? 人魚王子の重すぎるモーニングルーティン?
「……ふふ、イワシ……。踊り食いだけは勘弁して……むにゃ……」
セレスティアラは、美男子すぎる人魚に囁かれるという最高にマニアックな夢を見ながら、幸せそうにヨダレを垂らしていた。
だが、寝返りを打とうとした瞬間。
ピチャ、ピチャッ。
どこからか、瑞々しい水の跳ねる音が鼓膜を叩く。
「ん……? 築地? 私、出荷されるの?」
うっすらと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、色とりどりの魚たちが悠々と泳ぐクリスタルの天井だった。
(……待って。私、本当にイワシに転生した!? 鱗ある!? 尻尾生えてる!?)
ガバッと飛び起き、必死に自分の体を確認する。
良かった、二本足だ。人間だ。服もなんだか透けるような真珠色のネグリジェに変わっているけれど、とりあえず哺乳類である事実は変わっていない。
安堵したのも束の間。すぐ近くから、また「ピチャリ」と妖艶な水音がした。
恐る恐る音のする方へ視線を向けると、そこには
「…………は?」
開いた口が塞がらない、とはこのことだ。
そこにいたのは、「水も滴るいい男」どころの騒ぎではない「いい人魚」だった。
濡れて肌に吸い付く海色の髪。彫刻のように鍛えられた眩しい胸筋。そして、腰から下は月光をそのまま形にしたような、銀色に艶めく尾鰭。
(……ちょ、ちょっと待ったーー!私、死後の世界に来た? それとも、推しにフラれたショックで見ている幻覚? 目の前にR18指定レベルの絶世美形人魚がいるんですけど!?)
念のため自分の頬を「むに」と全力でつねってみる。……痛い。現実だ。
「目が覚めたんだね、セレスティアラ。……良かった、本当に心配したんだよ」
その「人魚」は、琥珀色の瞳を熱っぽく潤ませて、私の名前を呼んだ。
聞き覚えのある、けれど地上で聞いた時よりもずっと深みのある甘い声。
「お、オーシャノス殿下……ですよね?」
恐る恐る尋ねると、彼はふっと、切なげに微笑んだ。
「そうだよ。この姿を見せるのは初めてだね。僕は人魚族の血を濃く受け継いでいるから、こうして姿を変えられるんだ。……でも、陸の人間から見れば、尾鰭のある王子なんて……気味が悪いだろう?」
寂しげに伏せられた睫毛。その儚い美しさに、セレスティアラの中の「オタク魂」に火がついた。
「あの! その尾鰭、触ってもいいですか!?」
「えっ……? あ、ああ。構わないけれど……」
許可が出るや否や、セレスティアラはベッドから身を乗り出し、殿下の尾鰭にガバァッ!とくっついた。
「わあああーっ! すごい! ツルツルですわ! スベスベですわ! 漆を塗りたてた高級家具みたいな光沢! 月光を凝縮したみたいな輝きですわよ殿下!!」
「……え、あ、ありがとう?」
「気持ち悪いなんてとんでもない! 人魚なんてロマンチックの塊じゃないですか! 伝説の生き物が目の前に! 触り心地も最高! むしろ私が人魚になりたいですわ! 私、カナヅチ(下戸)なので泳げませんけど!!」
子供のようにはしゃぎ倒し、全力で尾鰭を愛でるセレスティアラ。
その屈託のない反応に、オーシャノスは呆気に取られた後、クツクツと喉を鳴らして笑った。
「ふふ……あはは! 君にこの姿を見せるのがあんなに怖かったのに。……君は、面白いね」
「ひゃっ!?」
次の瞬間、セレスティアラの視界が回った。
オーシャノスの逞しい腕が彼女の腰を抱き上げ、そのまま巨大なバスタブ(というか、もはや室内プール)の中へと引きずり込んだのだ。
「オーシャノス殿下!?」
「人魚の僕を見て、綺麗だと言ってくれたのは君が初めてだ。この尾鰭を愛おしそうに撫でてくれたのもね……」
水しぶきが舞い、セレスティアラの白い肌が濡れて透ける。
バスタブの中で、オーシャノスは逃げられないように彼女をがっちりとホールドした。濡れた胸板が背中に当たり、熱い吐息が耳元を掠める。
(……え、ちょっと待って。何が起きてる???ん??)
セレスティアラは思考停止。まさに宇宙の真理を悟ろうとする「宇宙猫」状態である。
「ふふっ。君はやっぱり、最高にかわいいよ」
耳たぶに熱いキスを落とされ、セレスティアラの脳内では緊急警報が鳴り響いた。
(?????)
なお、セレスティアラの意識は、まだアンドロメダ銀河あたりを彷徨っているのであった。




