第二話 月夜の波打ち際、ファーストキスは潮の味
(……わかってた。わかってたわよ。悪役令嬢なんだから、好感度がマイナス完ストしてることくらい!)
私は心の中で血の涙を流しながら、推しの冷たい視線を浴びていた。
いいの。生きて動くスカイフォール様を拝めるだけで、私の前世の徳(課金)は報われている……はず。
「スカイフォール様ぁ♡ 今日も剣術お疲れ様ですっ! 太陽を浴びたスカイフォール様、最っ高に素敵でしたわ♡」
そこへ、画面の端からキラキラのエフェクトと共に現れたのは、ゲームのヒロイン・アリシア。
ピンクの髪をなびかせ、聖女の力『アリア』による後光が眩しすぎて、直視できない。
(ヒロイン補正、眩しっ……! 羨ましい! ばかやろう羨ましいぞ! 私もその後光、5円チョコの銀紙くらいの反射率でいいから分けてほしい!)
さっきまで絶対零度の瞳をしていたスカイフォール様が、アリシアを見た瞬間に春の陽だまりのような笑顔に変わる。
「アリシア、君がいるだけでこの場が和むな。今日の公務も、ぜひ隣にいてほしい」
「もちろんですわぁ! ……あら? セレスティアラ様もいらっしゃったの? 今日はいつもより地味(笑)なので、背景の岩か何かかと思いましたわ。ごめんなさいねぇ」
アリシアの言葉には、トゲ付きのバットで殴られたような衝撃があった。
この女、天然のふりして性格が悪い! スカイフォール様、こいつ結構黒いですよ!!
「セレスティアラのことなど放っておけ。どうせこいつは、妃教育のノルマすらこなせない出来損ないだ。油を売っていないで、さっさと失せろ」
推しからの追撃(物理的ダメージ)。
その瞳には、私の存在すら映っていない。彼はアリシアの肩を抱き、楽しげに去っていった。
(……む、むかつきますわぁぁぁ!! 嫌がらせしたくなるゲーム版ティアの気持ち、今なら理解度120%ですわ! 「ちょっと、アンタの靴に画びょう入れちゃうんだからねっ!」って叫びたい!)
ぶんぶんと首を振る。ダメよ! 嫌がらせ=死へのエクスプレス!
私は奥歯をガリガリ鳴らしながら、なんとか「平常心」という名の仮面を被って、一日を終えた。
夜。
荒んだ心を癒やすため、私は誰もいない海辺で群青の髪をかき上げた。
あの二人の距離感、バグってるわ。このままだと婚約破棄イベントまで、秒読みどころか光速で進んじゃう。
「死ぬわ、私。このままだと確実にマグロの解体ショーばりに切り刻まれてエンディングよ……」
そう嘆いた、その時だった。
波打ち際に、何かが「ボロ雑巾」のように打ち上げられているのを見つけたのは。
「ヒッ……!? し、死体!? 待って、私まだ何も(悪事を)してないのに、第一発見者として捕まるとか勘弁してよ!」
恐る恐る近づくと、そこには月光を弾くほど美しい青年が倒れていた。
死体というにはあまりに芸術的だが、顔色はマズい。真っ白。というか、干からびそうな魚のよう。
「ちょ、ちょっと! 起きて! 生きてる!? 息してる!?」
返事はない。慌てて彼の頭を膝に乗せる。いわゆる膝枕(強制)。
パニックになった脳内で、前世の知識が緊急会議を始めた。
「こういう時どうするの!? AED!? 右上と左下にパット貼って、離れてくださいっ!って言うやつ!? でもここ、ファンタジー世界だから電気通ってない! 誰か、119番! いや119番も圏外ぃぃ!」
その時、青年の唇が微かに動いた。
「……み、ず……」
「水!? 水ね! ちょうど持ってるわよ、公爵令嬢の嗜みとして常備してる高級天然水が!」
水筒の水を彼の口元に運ぶ。けれど、彼はぐったりしたままで一滴も飲んでくれない。
焦る。超焦る。このままだと私の膝の上で「美青年の干物」が完成してしまう。
「どうしたらいいの……!? 乙女ゲームとかマンガだと、こういう時は……やっぱり、アレなの!? 口移しってやつなの!?」
私の脳内会議が紛糾する。
『ちょっと待てセレスティアラ! お前のファーストキスをこんな「海辺の行き倒れ」に捧げるつもりか!?』
『でも人命救助よ!? 救急救命士になったつもりでやるしかないわ! これは人工呼吸! そう、これは清い人工呼吸なのよ!!』
「……あああ、もう知るか! 南無三!!」
私は意を決して水を口に含むと、そのまま彼の唇を塞いだ。
……柔らかい。じゃなくて!
「んぐっ……(飲んで! お願いだから飲んでよおぉぉ!)」
必死に水を送り込むと、ゴク、と喉が鳴った。
数回それを繰り返すと、彼の肌に微かに赤みが戻り、琥珀色の瞳が薄らと開く。
「……よかったぁぁぁ……! 生き返った……!」
その場にへたり込む私。
美青年は、ぼんやりと私を見上げ、自分の唇を指でなぞった。
「……女神様……? あなたが、僕を……」
「いいえ! 私はしがない通行人! お代はいらないから、元気でね! さらばっ!!」
……まさか、この時の「人工呼吸」が、後に深海よりも深い海の王子•オーシャノス殿下からの執着へと繋がるなんて、この時の私は一ミリも思っていなかったのである。




