第二十七話 深夜の再会。ガラス越しに誓う救出
深夜、フロレスタ王城は死んだような静寂に包まれていた。
かつてスカイフォールの婚約者として、冷遇されながらもこの城の隅々までを管理していたセレスティアラにとって、警備の死角を見抜くことなど造作もない。
「皮肉なものですわ……。捨てられたこの城の知識を、愛する人を救うために使うなんて」
自嘲気味に呟きながら、彼女は影に身を潜め、離れの隠し通路から王城内部へと侵入した。深夜の廊下には、居眠りをする騎士が数名いる程度。セレスティアラは気配を消し、迷うことなく最上階にあるアリシアの私室へと辿り着いた。
豪華な扉をそっと開け、寝室を確認する。天蓋付きのベッドでは、アリシアが傲慢な寝顔で深い眠りについていた。
(問題なし……。今すぐその首を絞めてやりたいけれど、今はシャノ様が先決ですわ)
殺意を押し殺し、セレスティアラは隣の「展示室」へと足を踏み入れた。
そこは、アリシアが略奪した至宝を飾るための部屋。その中央に鎮座する巨大な透明ガラスの水槽を目にした瞬間、セレスティアラは怒りで目の前が真っ暗になった。
水槽の底、冷たい鎖に繋がれ、弱り切った姿で横たわっているのは紛れもなく、オーシャノスだった。
「……っ!」
悲鳴を飲み込み、ガラスにそっと手を触れる。その物音に気づき、オーシャノスがゆっくりと顔を上げた。
濁っていた琥珀色の瞳が驚愕に大きく見開かれる。彼は必死に首を振り、「なぜ来たんだ、早く逃げろ!」と、声にならない叫びを目で訴えてきた。
魔法の網と呪詛によって声を封じられている彼に対し、セレスティアラはガラス越しに顔を寄せ、唇の動きと、加護による微かな共鳴を彼に届ける。
(明後日、必ず助け出しますわ。……いいえ、一緒に帰りましょう、私たちのマリナマスへ)
セレスティアラが「どうか彼をお救いください」と心から祈りを捧げると、彼女の指先から溢れた『アビス・グレイス』が水槽を透過し、オーシャノスの体を柔らかな水色の膜で包み込んだ。
アリシアのどす黒い呪詛が光に焼かれ、霧散していく。
「あ……、ティア……」
わずかに唇が動く。オーシャノスは痛む体に力を込め、ガラスの向こう側にあるセレスティアラの手と、自分の手を重ね合わせた。
冷たいガラスが一瞬だけ、二人の愛の熱で温かくなる。
オーシャノスの目からこぼれ落ちた一粒の涙。それは水中でキラキラと結晶化し、大粒の美しい真珠となって水底に沈んだ。
(これが、作戦の合図……)
セレスティアラは真珠を見届け、当日の破壊工作のためにガラスの四隅へ微かな「ヒビ」を仕込んだ。加護で補強されたそのヒビは、特定の振動を与えない限り、アリシアが気づくことはない。
「待っていてくださいまし、シャノ様。……悪女の真骨頂、見せてあげますわ」
再会を誓い、セレスティアラは再び夜の闇へと消えていった。




