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第二十五話 身代わりの海王。ガラスの檻

人魚禁止令が出てから、四日が経とうとしていた。

海国マリナマスは静まり返り、オーシャノスは民の安全を確認するため、人間の姿で巡回に向かおうとしていた。

「シャノ様だとバレないように警備服を用意しましたが……本当にこれで大丈夫でしょうか?」

心配そうに見上げるセレスティアラに、オーシャノスはネクタイを締めながら微笑む。

「大丈夫だ。半魚人の警官たちに混ざれば違和感はないよ」

「……あ、ネクタイが歪んでおりますわ。はい、これでよし! あとお水は持ちました? こまめな水分補給を忘れてはいけませんよ?」

真剣な眼差しで世話を焼く彼女が、あまりにも愛おしい。オーシャノスはくつくつと喉を鳴らして笑った。

「君は僕のお母さんかな?」

「揶揄わないでくださいまし! 心配しているのです。私はここで、貴方の帰りを待つことしかできませんもの……」

しゅんとするセレスティアラの頭を、彼は優しく撫でた。

「君が避難してきた子供たちの面倒を見て、温かいご飯を作ってくれているのは知っているよ。……君だけは、絶対に失いたくないんだ。行ってくるよ、ティア」

軽い口づけを交わし、オーシャノスは歩き出す。セレスティアラの「どうか無事で」という心からの祈りが、海面をキラキラと輝かせていた。

***

海域の境界。オーシャノスは塔の上から、侵入を試みる陸の船団を見据えた。

「――『蒼海主オーシャン・ルーラー』」

指先を動かす。海中から巨大な水の槍が雨のように降り注ぎ、船底を容赦なく串刺しにした。悲鳴を上げて沈んでいく船を見届け、彼は海中へと潜る。

「『全感覚同期アクア・センス』。

…鼠ども、僕の海で好き勝手はさせない」

だが、結界の僅かな隙間を縫って現れたフロレスタの猟師たちが、逃げ遅れた小さな魚人の子供を追い詰めていた。無情な銀色のモリが、子供の背中に向けられたその時、

「……逃げなさい。君たちの未来は、僕が守る」

咄嗟に子供を突き飛ばし、身代わりとなったオーシャノスの体が、泡と共に変化していく。

それは、アリシアが渇望してやまなかった「この世で最も美しい人魚」の姿だった。

だが、その背に突き刺さったモリには、『聖女アリシアの呪力』を帯びた麻痺薬が塗られていた。

海そのものである彼は即死こそ免れるが、魔力の回路を封じられ、激しい虚脱感に襲われる。

(……くっ、ここで僕が暴れれば、この子たちまで水圧で潰してしまう……!)

オーシャノスは抵抗を止めた。子供たちの安全と引き換えに、彼は自ら網に掛かった。

(ごめん、ティア。君の元に帰るという約束……果たせそうにないよ……)

***

フロレスタ王宮。捕縛された「獲物」を前に、アリシアはうっとりと瞳を輝かせた。

「まさか、オーシャノス様が人魚だったなんて。ああ……なんて美しいの。貴方を殺して食べるなんて、勿体ないわ。……そうね、貴方は今日から私の『観賞用玩具』よ」

オーシャノスは、特注の巨大な透明ガラス容器の中に閉じ込められた。手首には重い鎖が繋がれ、自由を奪われる。

「私の部屋にこれを飾りなさい! 誰にも触らせないわ!」

高笑いするアリシアを、オーシャノスは虚ろな瞳で見据えることしかできない。

(ティアに……こんな無様な姿、見せたくない…)

水槽の底で横たわる彼の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。その涙は海水に触れると同時に、淡く光る真珠へと姿を変えた。彼の孤独な輝きだけが、静かに水底に沈んでいった。

その頃、王宮で子供たちの世話をしていたセレスティアラは、言いようのない胸騒ぎに襲われていた。

まるで海全体が、悲鳴を上げて助けを求めているような感覚。

「シャノ様……。どうか、ご無事で……!」

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