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第二十三話 歪みゆくフロレスタ。聖女が撒いた「死の噂」

オーシャノスに拒絶され、セレスティアラにすべてを奪われたという憎悪。それがアリシアの枯れ果てたはずの魔力を、黒く歪んだ形で再燃させていた。

アリシアが強引にアリアを絞り出し、フロレスタは一見すると復興を遂げたように見えた。しかし、その光景は異様だった。セレスティアラの「アビス・グレイス」による本質的な癒やしを失った大地に咲く花は、どす黒い紫や毒々しい極彩色に染まり、作物は口にすれば痺れるような嫌な味がした。人々の心もまた、救われた安堵よりも、奪い合うようなささくれ立った狂気に支配されていた。

いわば、死体に厚化粧を施したような「歪んだ繁栄」

その中心で、アリシアは狂気に満ちた瞳で世界地図を見つめていた。

「……私の愛を拒むなら、すべて壊してあげるわ。オーシャノス様、その傲慢なプライドも、私がバラバラに引き裂いて手に入れてあげる」

彼女の執着は、もはや恋などという可愛いものではなかった。

***

数日後、アリシアは王宮の地下書庫の最奥で、禁忌とされる一冊の奇書を広げていた。

『深海禁忌伝承――人魚の真実』

埃を被ったそのページには、かつて陸の人間が欲望の果てに封印した禁断の言葉が刻まれていた。

「人魚の肉は不老不死をもたらし、その血は枯れた大地を一夜にして蘇らせる――」

アリシアの瞳が、爛々と輝きを増す。

(……これよ。これさえあれば、オーシャノス様を私の膝元に跪かせ、あの女を排除できる。私は永遠の若さを手に入れ、この国の真の支配者として君臨するのよ!)

アリシアは知らない。その記述のすぐ下に、掠れた小さな文字で記された警告を。

『……ただし、王家の血を引く「純血ならざる者」を殺めた者は、聖守護者の怒りに触れ、永遠の苦しみという名の呪いを受ける』

オーシャノスは純粋な人魚ではない。海国の王家には古くから人間の血が混じっており、その身を傷つけることは、世界を維持する「聖なる均衡」を破壊する大罪に他ならなかった。

だが、欲望に目が眩んだアリシアにそんな警告は届かない。

彼女はその日のうちに主要な貴族たちを広間に集め、甘い毒を吹き込んだ。

「皆様、朗報ですわ。伝説の人魚は実在します。……その肉を食べれば、病も老いも消え、皆様は神にも等しい存在になれるのです……♡」

「不老……不死……!?」

「神になれるというのか、アリシア姫!」

永遠の命、尽きることのない美貌。

その言葉の毒は、退屈と衰退に怯えていた貴族たちの理性を一瞬で焼き切った。

「人魚を……人魚を狩れ!!」

「一欠片でもいい、その肉を我が手に!」

アリシアは魔法騎士団や陸で最も腕の立つ漁師、さらには強欲な傭兵たちをも金と薬でかき集めた。

「さあ、出発の準備をなさい。……美しき海の幸を、一匹残らず刈り取って差し上げましょう」

アリシアの号令と共に、フロレスタの港からおぞましい殺気を孕んだ船団が次々と出航していく。

愛と慈しみの海を、「屠殺場」へと変えるための人魚狩りが、今、始まろうとしていた。

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