第一話 凪いだ朝に、死亡フラグの潮騒を聞く
「お前との婚約を破棄する! 僕は、聖女アリシアと共に空を駆けることに決めたんだ!」
「これまでの犯罪まがいの嫌がらせ、もはや看過できん。フロレスタの名において、お前を処刑する!」
無慈悲に突きつけられる冷たい剣先。推しの麗しいお顔が、今は「殺意100%」で私を見下ろしている。
「やめてぇぇぇ! 処刑するならせめて推しのブロマイドと一緒に埋めてぇぇぇ!!」
そんな断末魔の叫びとともに、私はガバッと跳ね起きた。
……静かだ。
そこにはワインレッドの豪華な天蓋と、マシュマロのようなふかふかベッド。そして、無駄に露出度の高いナイトドレスを着た私がいた。
「……夢? いや、悪夢? ていうか、今の情報の濁流なに!?」
脳内に、頼んでもいない「前世」の記憶がギガ単位でダウンロードされていく。
『スカイフォール様、今日も尊い! 結婚して! 無理なら養子にして!』
『社畜でボロボロの私の唯一の癒やし、それこそが乙女ゲーム【海・陸・空のラプソディ】……!』
「そうだった! 私、昨日(前世)まで、推しのスチルを拝みながら仕事帰りにコンビニのパスタを啜ってた限界社畜だったわ!」
そして思い出す。歩きスマホで推しの尊さを噛みしめていたら、トラックに轢かれたことを。
えっ、これってもしかして……巷で噂の、トラック一台で異世界へお届けされる「異世界転生」ってやつ!?
恐る恐る鏡の前に立つ。そして、私は近隣住民が通報を検討するレベルの悲鳴を上げた。
「う、嘘でしょ!? 私、悪役令嬢のセレスティアラ・オーシャン•ブルー様じゃないのぉぉぉ!!」
鏡の中にいたのは、群青色の夜空を溶かしたような髪に、アメジストのごとく鋭く輝く瞳。
絶世の美女。……ただし、性格の悪さが顔に滲み出ている「吊り目」の悪役令嬢である。
「ひぇぇぇ! 私、最推しに殺される役じゃん! ぴえんを通り越して、ぱおんも通り越して、もはや滅亡だわ! 人生詰み(チェックメイト)早すぎない!?」
しかし、私は根っからのオタクだった。
絶望して震えていたはずなのに、朝日が昇る頃には「でも生スカイフォール様、拝めるんじゃね?」という好奇心が勝ってしまった。
「よし、死ぬ前に一度は拝んでおこう! 拝観料(命)は高いけど!」
私は派手すぎない(でも顔がいいから結局目立つ)ドレスを秒速で着こなし、邸宅を飛び出して王城へ向かった。
城の練兵場。そこに、いた。
朝日に照らされ、汗を流しながら剣を振るう、太陽の茶髪に空色の瞳……。
「……はわわわわ! 本物だ! 4K画質より綺麗な本物の推しがいる! 生きててよかった、一度死んだけど!!」
あまりの尊さに卒倒しそうになるのをこらえ、私は淑女の仮面を被って歩み寄った。
「おはようございます、スカイフォール様! 今日も世界一輝いていらっしゃいますわ!」
満面の笑みで挨拶した私に対し、スカイフォール様が向けたのは、絶対零度の、ゴミを見るような冷ややかな視線だった。
「……朝から不快だな。僕に近づくなと言ったはずだ」
(ひぃぃぃ! さすが悪役令嬢セレスティアラ! 挨拶だけで好感度がマイナス53万ですわ!! 泣ける!!)
私の「生存戦略」と「推しへの愛」の戦いは、まだ始まったばかりである。




