第十八話 元・推しの再来。深海の愛は揺るがない
「一体、何があったんだ!? アリシア!」
ボロボロになって帰還したアリシアに、スカイフォールは慌てて駆け寄った。
だが、スカイフォールの心配そうな声は、今のアリシアには微塵も届いていない。その瞳は憎悪で濁り、ぶつぶつと呪詛を吐き出している。
「あの女……セレスティアラが生きてるわ! あの女がオーシャノス様を私から奪ったのよ!! 出会ったのは私の方が先なのに、なぜ、あんな女の方が選ばれるの……!?」
「生きているのか……? セレスティアラが……?」
スカイフォールは絶句した。あの嵐の海に消えた婚約者が、生きていた。
安堵よりも先に、説明のつかない焦燥が胸を焼く。
「ええ、生きているわ。それも貴方が大嫌いなあの弱虫王子に、これでもかってくらい可愛がられてたわよ!」
(オーシャノスに!? あいつとセレスティアラに接点などなかったはずだ。なのに、どうして……!)
精神的に錯乱しているアリシアを寝かせた後、スカイフォールは自室で一人、冷徹な計算を始めていた。
(アリシアの力で国を立て直せたとしても、実務の運営や管理は彼女には無理だ。やはりセレスティアラがいないと……。……そうか、オーシャノスが無理やり彼女を閉じ込めている可能性もあるな。ならば、僕が救い出してやらねば)
自分の「浮気」や「婚約破棄」を棚に上げ、彼は自分に都合の良い解釈を並べ立てる。
セレスティアラを取り戻せば、フロレスタもエリアルも安泰だ。彼は背の翼を広げ、水への苦手意識を押し殺して、深海のマリナマス王国へと飛び立った。
***
そんな陸国の混乱など露知らず、マリナマスの王宮では、甘く穏やかな時間が流れていた。
エメラルドグリーンの水面をぷかぷかと浮かびながら、人魚姿のオーシャノスがセレスティアラを正面から抱きしめている。
「ほら、もう一回呼んでごらん?」
「え、えっと……シャノ様……?」
「うん。上手だね。真っ赤になるティアも、とっても可愛いよ」
晴れて恋人同士になった二人は、お互いを愛称で呼ぶ「練習」の真っ最中だった。
「シャノ様」と呼ばれるたびに、オーシャノスの尾鰭が嬉しそうにパシャリと跳ねる。
そこへ、空気を読まない(読めない)カスピアンの声が響き渡った。
「殿下! 大変ですぞ!フロレスタの姫君の次は、エリアルの王太子が来客間に通されています! どうやら、セレスティアラ様に会いたいようで……」
「えっ……? 私に?」
驚きに目を丸くするセレスティアラとは対照的に、オーシャノスの顔が一瞬で険しくなった。
「なぜ、鳥族のスカイフォールがここにいる。あいつ、水は天敵のはずだろう?」
「それがその……『セレスティアラを返せ!』とおっしゃっておりまして……」
カスピアンの報告に、セレスティアラは耳を疑った。
返せ? 誰が誰を?
あれほど冷酷に自分を捨て、アリシアを選んだ人が、何を言っているのかしら…?
「さっさとエリアルでもフロレスタでもいい、追い返せ。ティアは自分の意思でここにいるんだ。……自分が捨てたくせに、今更すがりに来るなんて、滑稽すぎて笑いも出ないな」
オーシャノスの声には、隠しきれない怒りと蔑みが混じっていた。
「どうせ、ティアがいなくなって国が回らなくなったから連れ戻したいだけだろう。……行く必要はないよ、ティア」
「……ですが、殿下。無下に追い返しては、エリアルとの同盟にヒビが入るのでは?」
心配そうに見上げるセレスティアラの額に、オーシャノスは優しくキスを落とした。
「心配いらないさ。元々仲が良くない国だ。それに、僕の女神を傷つけておいて今更会いに来るような奴のことなんて、気にしなくていい。……ティアは、僕だけを見ていればいいんだ」
しかし、スカイフォールは諦めるような男ではなかった。
客間で待てと言われたにもかかわらず、彼は警備を振り切り、執念で二人のいる私室へと突き進んでいた。




