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第十七話 決別の謁見。深淵の女神と、墜ちた聖女

オーシャノスにエスコートされ、セレスティアラが足を踏み入れたのは、真珠の柱が並ぶ荘厳な「謁見の間」だった。

そこにはピンクの髪をたなびかせ、不釣り合いなほど派手な花柄のドレスに身を包んだアリシアがいた。そして玉座に座るのは、オーシャノスによく似た面差しを持つ男性。マリナマス現国王、アクネリアス・ネプチューン・マリナマス。

息子とは対照的に、圧倒的な威厳を纏っているが、その瞳の奥にはふとした孤独が垣間見えた。

アリシアはオーシャノスの姿を見るや否や、猫撫で声を上げて駆け寄った。

「オーシャノス殿下ぁ♡ 全然会いに来てくださらないから、私から会いに参りましたわぁ!」

だが、その隣に立つセレスティアラを視界に入れた瞬間、アリシアの顔は幽霊でも見たかのように引き攣った。

「な、なんで!? あんた、なんでここにいるのよ! 泥水を啜って惨めに死んでるはずでしょう!?」

「お久しぶりですわ、アリシア様。あいにく、マリナマスの水は世界で一番清らかで美味しいのです。それに、死にかけていた私をオーシャノス殿下が救ってくださいました。殿下には感謝しかありませんわ」

セレスティアラが静かに微笑んで返すと、アリシアは発狂したように叫んだ。

「あり得ない! オーシャノス様、嘘だと言って!? 貴方の瞳には私しかいないはずよ!」

アリシアが縋り付くように彼の頬へ手を伸ばした瞬間。

パチンッ!!

無機質な音を立てて、その手が撥ね退けられた。

「触るな。お前のような女に触れられたくない」

オーシャノスの瞳は、氷点下の冷たさを宿していた。

「わざわざ僕を怒らせに来たのか? お前が来なければ、ここは平穏だったんだ。さっさとフロレスタへ帰れ」

「ど、どうして!? 看病してあげた私を裏切るの!? 貴方に相応しいのは、清廉なアリアを持つ私だけよ!」

「昔はそう思っていたさ。だがお前は僕の心を弄び、スカイフォールと一緒になって僕の女神を傷つけた。……その罪を、僕が許すとでも?」

オーシャノスの怒りに呼応し、周囲の海が黒く染まり、激しい濁流が広間を揺らし始めた。

(い、いけませんわ! このままだと怒りで国ごと飲み込んでしまいます!)

セレスティアラは咄嗟にオーシャノスのシャツの裾を掴み、背伸びをして彼の頬に手を添えた。

「落ち着いてください。……私はこうして生きています。そして、貴方に出会えた。それだけで、私は今、最高に幸せなのですわ」

その柔らかな声と温もりに、オーシャノスの激情は魔法のように霧散した。彼は憑き物が落ちたような顔で、セレスティアラの手に愛おしげに頬擦りする。

「……ごめん、セレスティアラ。止めてくれてありがとう」

その光景に、アリシアの理性が完全に崩壊した。

「あんたがいるから! 全部あんたが悪いのアぁぁ!!」

アリシアは両手を掲げ、枯れ果てた魔力を無理やり絞り出した。

「不浄な悪女を焼き尽くせ! 『アリア・エクスプロージョン』!!」

激しい光の礫が放たれた瞬間、セレスティアラはオーシャノスの前に一歩踏み出した。

「……殿下、大丈夫ですわ。私が、お守りします」

彼女の「守りたい」という願いが、深淵の魔力と共鳴する。

ゴォッという重低音と共に、彼女を中心に蒼く澄んだ絶対防壁『エターナル・シェル』が展開された。

バキィィィィン!!

アリシアの最大火力の魔法は、その水の膜に触れた瞬間、まるでおもちゃの矢のように粉々に砕け散った。

「……嘘。私の祈りが……効かない……?」

「私はまだいいですが、この国の王太子殿下に牙を剥くなど言語道断。……恥を知りなさい!」

セレスティアラの瞳が蒼く発光し、圧倒的な生命の波動『アビス・グレイス』が溢れ出す。周囲の萎れた海草が瞬時に瑞々しさを取り戻し、オーシャノスの魔力は歓喜するように膨れ上がった。

「ああ……なんて心地よいんだ、セレスティアラ。君の加護は、こんなにも僕を強くしてくれる」

オーシャノスは恍惚とした表情で彼女を抱き寄せ、アリシアをゴミのように見下ろした。

「カスピアン、この騒がしいゴミを陸の果てまで押し流せ」

「かしこまりました。本日の潮目は『不燃ゴミの強制送還』に最適ですな♪」

「いやぁぁぁ! 私は聖女よぉぉぉ!」

アリシアは高波に飲み込まれ、みっともない悲鳴と共にフロレスタの方角へ消えていった。

静寂が戻った広間で、アクネリアス国王が厳かに口を開いた。

「オーシャノス。お前がどう動くか試させてもらったが……国のために強くなったようだな。そして、そなたの愛する人は、この国に不可欠な光のようだ」

「はい、父上。セレスティアラは僕の全てです。どうか、彼女を僕の側に置くことをお許しください」

「良い。お前の好きにするが良い」

父の許しを得て、オーシャノスは子供のように顔を輝かせた。セレスティアラはその様子に、ふう、と安堵の息をつく。

「……殿下、驚きましたわ。私に、こんな力が眠っていたなんて」

「ティア。君は最初から、この世界の『命の根源』だったんだよ。それを理解できなかったあいつらが、愚かなだけさ」

オーシャノスは彼女の手を取り、誓いを立てるように深く接吻した。

「さあ、帰ろう。……今日は君の加護で僕が元気すぎるから、お風呂の時間は三時間にしようか?」

「三時間!? 殿下、ふやけてしまいますわ!!」

陸国が誇っていた「聖女」の化けの皮が剥がれ、真の女神が深海で微笑む。

もはや、フロレスタの崩壊を止められる者はどこにもいなかった。

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