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第十三話 崩れ始めた均衡と相対する海国

フロレスタ王国の社交界は、今や「祝祭」という名の狂気に包まれていた。

忌々しい悪女、セレスティアラ・オーシャンブルーが海に身を投げ、この世を去った。そのしらせは、瞬く間に国中を駆け巡り、人々は手を取り合って「正義の勝利」を称え合っている。

「ようやくあの女がいなくなって、この国も清々しましたわね」

「聖女アリシア様をいじめていた罰ですわ。海に飲まれて消えるなんて、悪女にふさわしい末路ですこと」

シャンパングラスを傾ける貴族たちは、一様に醜い笑みを浮かべていた。

アリシアが巧妙に流した噂――「セレスティアラは自らの罪を苦にして狂い、海へ身を投げた」という作り話を、誰もが疑いもせず信じ込んでいる。

彼女がいたからこそ、国の予算が滞りなく回り、複雑な外交が保たれ、聖なる庭園が美しく咲き誇っていたことなど、この愚かな場にいる誰一人として気づいていない。

自分たちが信じて疑わない「聖女」が、その裏で自らの地位を守るために、いかに多くの嘘を重ねているかも。

祝祭の光の影で、王国の均衡は確実に、そして致命的に崩れ始めていた。

***

一方で、深海の楽園――マリナマス王国。

忠臣カスピアンは、今夜も月光が透ける海面を見上げ、満足げに目を細めていた。

「おやおや、ここ最近は本当に潮が穏やかで……マリナマスの民たちも、さぞかし安心して眠っているのでしょう。それもこれも、すべてはセレスティアラ様のおかげですな」

かつて「海の怒り」をその身に宿していた主が、今はこれほどまでに穏やかな慈愛を湛えている。

「殿下が彼女を『女神様』と呼ぶのも頷ける。……ふふ、明日も良い潮目が期待できそうですな♪」

その頃、王宮の最深部。

真珠の輝きを放つ大きな貝殻のベッドで、セレスティアラは幸せそうな寝息を立てていた。

その傍ら、オーシャノスは上半身を水面に出し、潤んだ琥珀色の瞳で彼女をじっと見つめている。

「……僕の女神様は、寝顔まで可愛いなんてずるいね」

彼は吸い寄せられるように指を伸ばし、彼女の頬を羽毛のような軽さでなぞった。

「ふふっ。君が来てから、僕の世界は鮮やかに色づいたんだ。毎日が幸せすぎて、時々夢なんじゃないかって怖くなるくらいだよ。……僕に幸せを、優しさをくれてありがとう」

愛しさが溢れ、彼はそっと彼女の額に口づけを落とした。

すると、セレスティアラが小さな唇をモゴモゴと動かし、寝言を漏らす。

「むにゃ……。殿下、そのアサリは大きすぎて……食べられませんわ……むにゃむにゃ……」

「……あはは、どんな夢を見ているのかな?」

思わず吹き出したオーシャノスは、顔にかかった群青の髪を優しく耳にかける。

その瞬間、無意識だったのか、セレスティアラの白い腕がオーシャノスの首筋に回され、彼をギュッとしがみつくように抱きしめた。

「殿下ぁ……。私が……絶対に、幸せにしますから……」

その幼子のような、けれど真っ直ぐな言葉に、オーシャノスの頬が一気に熱を帯びる。

「君は本当に……不意打ちが上手だね」

彼は困ったように笑い、今度はそっと、彼女の唇に羽が触れるような軽いキスを重ねた。

(早く、君をマリナマスの王妃にしたいよ。……誰にも、君を渡さない)

窓の外では、天を舞う魚たちが銀色の尾を揺らし、部屋に差し込む月の光が、寄り添う二人を祝福するように静かに照らしていた。

陸の「偽りの祝祭」と、海の「真実の安らぎ」。

この夜を境に、二つの世界の運命は、決して交わらぬ深淵へと分かたれていく。

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