表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/33

第十二話 空の王太子の誤算。完璧な聖女の仮面が割れる時

「……あの海の咆哮は、一体何だったんだ」

窓の外、遠くに見える海を見つめ、スカイフォールは忌々しげに舌を打った。

セレスティアラが断崖から身を投げたあの日。海はまるで、この世の終わりを告げるかのように荒れ狂い、天を衝くほどの高波がフロレスタの岸壁を叩いた。

エリアルの王族として潮の流れを読むことに長けている彼は、あの時、得体の知れない「怒り」の波動を感じて震えが止まらなかったのだ。

だが、今の彼を悩ませているのは、海の機嫌だけではなかった。

「……おい、この書類の不備はなんだ! 前回の公務の予算と、今回の執行額が全く合っていないじゃないか!」

執務室にスカイフォールの怒号が響く。だが、返ってくるのは怯えた文官の困惑した声だけだ。

「も、申し訳ございません。以前はセレスティアラ様がすべて事前に精査され、殿下が判を押すだけの状態に整えてくださっていたのですが……今は、その……」

「セレスティアラ、セレスティアラと……どいつもこいつも!!」

スカイフォールは机を叩いた。

以前は完璧だったスケジュールはガタガタ、公務の書類はミスだらけ。

かつて彼女に「スカイフォール様、王太子としての自覚をお持ちくださいませ!」と小言を言われていた時は、耳障りな雑音だと思っていた。だが、彼女がいなくなった途端、王宮の機能そのものが麻痺し始めている。

そこへ、ふわふわとした足取りでアリシアがやってきた。

「殿下ぁ♡ お仕事大変そうね? 差し入れを持ってきましたわ♪」

「……ああ、アリシア。君だけが僕の癒やしだ」

差し出された焼き菓子を口に含んだ瞬間、スカイフォールの顔が歪んだ。

「……っ! アリシア、これは……シナモンが入っているのか?」

「ええ、たっぷり! 美味しいでしょう?」

「僕は……シナモンが苦手だと言ったはずだ。香りを嗅ぐだけで気分が悪くなる」

すると、アリシアはあからさまに頬を膨らませて逆ギレした。

「えー! セレスティアラ様がいた時は、文句も言わずに食べてたじゃない! 私の愛を受け取れないの!? 最低だわ、殿下!」

(……違う。あの時は、セレスティアラが事前に材料をすべてチェックして、僕の嫌いなものを徹底的に排除させていたんだ……)

気づきたくもない事実に、スカイフォールの胃がキリキリと痛む。

さらに追い打ちをかけるように、アリシアはスカイフォールの腕をすり抜けて窓際へ向かった。

「ねぇ、オーシャノス様はどうして帰っちゃったの? 私に何も言わずに……あんなに私のことが好きだったはずなのに」

「……アリシア? 今、僕の話をして……」

「あーあ、オーシャノス様に会いたぁい♡ あの琥珀色の瞳に見つめられたら、私、もっと輝ける気がするのに!」

スカイフォールのプライドはズタズタだった。

隣にいるのは自分なのに、彼女が呼ぶのは「弱虫」の名。

陸では何もできない、ただ顔がいいだけのあの男のどこがいいというのか。

そして、ついに「決定的な崩壊」が訪れる。

「殿下! 大変です! 王都の聖なる庭園が枯れ始めました! 国民が不安がり、聖女様の祈りを求めて集まっています!」

駆け込んできた騎士の報告に、スカイフォールはアリシアを見た。

「アリシア、行ってくれ。君の『アリア』の力で、民を安心させてやるんだ」

だが、アリシアは爪を弄りながら、面倒くさそうに吐き捨てた。

「えー、やだ。今日は海の方が気になるの。ちょっとお休みしていい? 聖女だって労働基準法とかあるんじゃないのぉ? ♡」

「な……っ、何を言っているんだ! 庭園が枯れれば、エリアルとフロレスタの同盟の象徴が失われるんだぞ!」

「そんなの知らなーい。フロレスタの聖女は今日はお休みなの!オーシャノス様、何してるかしら♡」

あくびをして部屋を出ていくアリシアの背中を、スカイフォールは呆然と見送った。

窓の外を見れば、美しかった庭園の花々は無惨に黒ずみ、大地はひび割れている。

かつてセレスティアラが、泥にまみれながら土壌を整え、魔法騎士団を動かして維持していたあの美しい景色が、音を立てて崩れていく。

(……僕が選んだのは、本当に、この女だったのか……?)

脳裏をよぎるのは、いつも凛として、自分の背中を支えてくれていた婚約者の姿。

自分を空いていた彼女なら、こんな時、絶対に自分を一人にはしなかった。

「セレスティアラ……お前、今どこに……」

その呟きは、誰に届くこともなく、どんよりと濁り始めた空に消えていった。

彼はまだ知らない。

自分が捨てた「宝石」を、海の底の怪物がどれほど狂おしく、愛おしく、艶やかに磨き上げているかを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ