第十話 お風呂は混浴!? 人魚の「潤い」チャージは命懸け
「殿下、いい加減にしてくださいまし! なぜ私が入浴している時に、当然のように入ってくるのですか!」
セレスティアラは、湯気で真っ白に煙るバスルームで絶叫していた。
陸の人間である彼女のために用意された、真珠貝をあしらった特製大浴場。だがそこには、当然のように上半身を出し、美しい尾鰭をゆらゆらと揺らしているオーシャノスの姿があった。
「だって、セレスティアラ……。僕は君の側にいたいんだ。君の肌が乾くのが心配なんだよ」
そんな斜め上の言い訳をしながら、オーシャノスは水中でしなやかな尾鰭を彼女の足に絡ませ、長い指先で彼女の髪を一本一本丁寧に洗い始めた。
「美容院のサービスが過剰すぎますわ!」
叫びながら逃げようとしたセレスティアラの手が、不意に水中の「硬いもの」に触れた。
それは、彫刻のように美しく、かつ強靭に鍛え上げられたオーシャノスの腹筋だった。
(……待って。お顔だけじゃなくて、お体までSSR(最高レア)なんですのね……。腹筋の割れ方が、もはや芸術作品……眼福すぎて死ぬ……!)
不覚にも見惚れてしまい、一瞬で「推し認定(確定)」しそうになるセレスティアラ。
髪を洗い終えたオーシャノスは、そのまま彼女の背後から、逃がさないようにガッシリと抱きしめた。
「殿下……! 離れてくださいまし!」
「だめだよ。君と離れたら僕の心が干からびてしまう。……僕は人間と人魚のハーフだから、こうして定期的に『潤い(君)』を補給しないと、本当に死んでしまうんだ」
琥珀色の瞳を潤ませて訴えられ、セレスティアラは言葉に詰まった。
そう、彼は人魚の父と人間の母の間に生まれた。体質は非常に繊細で、8時間以上水に触れなければ命に関わる。
(……命懸けの「ぴえん」攻撃なんて、ずるいですわ! そんな顔で言われたら、追い出せるはずがありませんわよ!)
「……分かりましたわ。ですが、少し離れてくださいまし。近すぎますわ!」
「ええ? でも、人間の血が流れている僕の寿命は、人魚族と違って君と同じくらいなんだ。だから、一秒だって無駄にしたくない」
濡れた胸板がピタリと重なる。彼の体温は人間よりも少し低く、けれど抱きしめる力は驚くほど強い。
「君と同じ時に老いて、君と同じ時に死ぬ。……それが、僕のたった一つの願いなんだ。だから、今はこうして僕を充電させて?」
耳元で囁かれる甘く低い吐息。
(……ダメだわ。この人、自分の『弱み』を最大の武器にするのが上手すぎますわ……!)
セレスティアラの心臓は、お湯の熱さのせいだけではなく、うるさいほどに脈打っていた。
スカイフォールを「推して」いた頃は、遠くから眺めているだけで幸せだった。けれど、こうして肌を合わせ、命の限界を共有しているオーシャノスへの感情は、もう「推し」という言葉では片付けられない。
「……殿下、尾鰭……」
「ん?」
「……艶々で、本当に綺麗ですわね」
セレスティアラが恥ずかしそうに彼の尾鰭を指先でなぞると、オーシャノスは一瞬で顔を真っ赤にし、尾鰭がバシャバシャバシャッ!と激しくお湯を跳ね上げた。
「あ、ああっ! ごめん、セレスティアラ! 嬉しくて、また制御が……っ!」
「もう! 結局ずぶ濡れじゃないですか!」
笑い合う二人の様子を、ドアの隙間から覗いていたカスピアンが、手帳に何やら書き込んでいた。
「『自分の弱みを盾に密着度を上げる作戦』……殿下、なかなかの策士になられましたな。今日の潮目は、実に甘じょっぱいですぞ♪」




