1-7
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西側の通路を半ば近くまで進んで、もう間もなくエレベーターホールへと行き着こうとした辺りで、二人の足取りは止まった。廊下の突き当りに、数人の人影が蠢いているのが見えたのだ。
「どうやらおいでなすったようだな」ペイルライダーは恵美を護るように抱えると、付近を軽く見渡して急ぎ足で少し戻り、扉の外れている部屋へと入り込んだ。隅に行き、ベッドの陰で姿勢を低くするよう指示して、自身は出入り口から少し離れた場所でそうする。彼はMP7を小さく構えながら、再び呟いた。「おっとり刀で駆け付けたか?」
早足で迫る音が聞こえる。下っ端どもはもう全部片付いてるので、残るは傭兵達の増援だろう。何人分なのかとかは恵美には分からなかったが、とにかく大勢だと感じた。
「ここに居ろよ」ペイルライダーはそう言って、機を窺うように出入り口のほうを覗く。
「援護が必要よ」
「いや、余計な真似はするな」そう言うと、指を立てて黙るように示した。
静かになると、敵同士が何やら話し合う声が聞こえた。距離があるのか、一語一句全ては判然とはしないが、どうやら仲間に問い掛けたり、警戒を促したりしているのが分かった。やがて抑えた足音とともに、それらが部屋のもう間近にまでにやって来た。もしかすると既に気取られているのかも知れない。恵美は息を殺し、ベッドの下からいつでも撃てるように横倒しの伏せ撃ち姿勢をとった。
足先が視界に映った時、突然ガスが噴出するような音が聞こえた。次いで廊下目掛けて重い塊が転がされる。その円筒形の何かからは濃い煙が撒き散らされている。ペイルライダーがスモークグレネードを使ったようだ。
なんだなんだと傭兵達が騒ぎ立てると同時に、ペイルライダーは動いた。低い姿勢のまま、素早い身のこなしで駆け出し、煙の中へと突入しながら射撃を浴びせ掛ける。恵美は口元を袖で押さえながらも、射撃支援が出来るようにと銃を構えてベッドの上から顔を覗かせた。だが、その時には既に、彼らの姿は見えなくなっていた。そしてやがてすぐに、開けた視界は煙幕によって閉ざされた。
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集中力を高め、感覚を研ぎ澄ますと、まるでスローモーションのように全ての情報を事細かく受け取れるようになる。その状態で、ゴーグルの視界をサーモグラフィーに切り替えたペイルライダーは、寸前の記憶にある障害物との位置関係を思い出しつつ進撃した。白黒の濃淡で描かれる世界に、複数の人影が浮かび上がる。
敵は三人、一列縦隊、家具や廃材を避けるように間合いを取りつつも、手前側の壁に沿って移動していたようだ。どうにもこちらの居場所のおおよその見当をつけていたように見える。だがクリアリングの姿勢の最中に立ち込めたスモークにより視界を奪われ、混乱して足を止めている。ではここで永遠に釘付けてやろう。
前進し、先頭に立つ傭兵とすれ違うように肉薄しながら短機関銃を連射。近接用の構えで放たれたそれは、足から胴を滅多撃ちにした。
「ぐぁッ!」と声を上げて、射撃を受けた傭兵は怯み、蹲る。仕込まれているプレートは、ペイルライダーが使っている物と同じくライフル弾対応以上の高レベルの物なのだろう。出血は足と脇腹からのみで、どうにも上手く貫けたようには思えない。しかし衝撃とダメージで行動不能に陥らせる事は出来た。
進軍を阻害された他の連中は、悲鳴を聞いた後、一瞬の間を置いて動き始めた。一網打尽を避けて反撃する為に横に広がり、射線を被らせずに面で制圧する布陣を整えようと言うのだ。だがその一瞬の隙に、照準を移しながら前進するのは容易かった。敢えて間に割り込めるように狙って進む。そうする事で、未熟な者相手なら同士討ちを誘えたり、卓越した者相手ならその可能性から迂闊に銃を撃てなくさせられる。単身の身軽さの強みだ。そうしながら、二人目の傭兵に射撃した。
二人目の男は上段で構えていたライフルをまだ眼前に下ろし掛けている途中だった。射撃を受けて、血飛沫と悲鳴を上げて膝を折る。しかし今度はMP7の残弾が足りず、胴を何発か撃ち抜いた所で終わりだった。
仕留め損なった。それでも身動きは封じた。一対多数の戦闘においては一人に掛ける時間が長くなるほど苦しくなるので、敵に隙を生じさせたのなら次々と突いていかねばならない。今は悠長なリロードではなく他の武器の出番だ。
三人目の男は丁度右手をすれ違い、壁の間近の物陰へと離れていく所だった。こちらはもうほとんど構えに移行しつつあり、いずれは銃口が向けられるだろう。組み付こうにもナイフでは間に合いそうもない。ペイルライダーは素早く身を捻り、MP7を左脇にやりながら右足のUSPを抜いた。銃弾を浴びせかけながら突き出して構える。弾丸は命中し、三人目の傭兵はよろめいたが、ボディアーマーに防がれたのか出血は少なかった。なのでペイルライダーは発砲を続けて怯ませながら詰め寄り、その体に組み付くと、左腕の剛力でライフルを押し退けて拳銃のグリップで鼻っ面を殴り付けた。仰け反り倒れた所に射撃をし、弾丸は喉元、そして顔に命中。床一面に熱い飛沫を撒き散らした。
接近戦用に両手で斜めに構えながら振り向いて、照準を二人目の男に移す。二人目の傭兵は壁にもたれながらもどうにか立ち上がる所だった。銃口が標的を探すように持ち上がりかけている。ペイルライダーは頭部周辺に残弾を集中させた。二人目の傭兵も倒れた。
辺りを見回して、脅威が残っていないかを確認する。すると先頭の男が、ドロドロと熱い液体を垂れ流しながらも、ライフルを支えにまだ姿勢を立て直そうとしている事に気が付いた。追い込まれた人間は何をするか分からない。手当たり次第に撃ちまくられでもしたら厄介だ。即座に弾切れの拳銃を投げ付けて怯ませると、左脇に吊るしたバックアップのUSPを抜き、射撃した。それがトドメとなって傭兵は完全に動かなくなった。
周囲を見回す。これで制圧した。時間にして僅か十秒にも満たない間の出来事だったが、酷く長く感じられた。
良し、と短く息をついて思ったのも束の間、再び慌ただしい足音が煙の向こうから近付いてくるのが聞こえた。方角的には北側、エレベーターホールの辺りだ。何言か話す声も聞こえる。
「見張りの奴が死んでたぞ! 敵が来てる!」今始末した傭兵達とは分かれて捜索に当たっていた連中だろう。スモークに気付いたら包囲の陣形を取って、この帳が掻き消えるまで牽制をしてくるかも知れない。向こうも暗視機能を使えるのだ、煙が薄まれば正確な射撃を噛ましてくるだろう。そうなれば身動きが取れなくなるのは目に見えているし、こちらが追い込まれている間に青木照彦を逃されでもしたら面倒だ。
落ちた拳銃を手早く拾う。それから全てにリロードを済ますと、ゴーグルの視界をナイトビジョンに戻しつつ、隅に映っているモニターに目をやった。恵美の位置を表す光点は部屋から動かずにいる事が示されている。前後不覚のままに歩き回る事は出来ないのだろう。なので、彼女にはこのまま大人しくしておいてもらい、敵は自分に引き付ける為に敢えて飛び込むとしよう。
MP7を構えて廊下を戻り、煙幕の薄れた場所にまで出ると、天井を見上げて探る。崩れ放題の中でも、より邪魔の少ない部分はどこにあるだろうか。
完全に板が外れて千切れた配管や配線が垂れ下がっている一角を見付けると、ワイヤーショットを使ってそこに上がり込み、裏へと侵入した。這うように梁を伝って進み、エレベーターホールの間近にまで移動する。あちこちで口を開いている裂け目や割れ目から眼下を覗くと、角を警戒する銃身と、二人の傭兵が見えた。人数を考えると下っ端の傭兵はこれで打ち止めだ。始末すれば残るは隊長格と青木照彦のみとなる。
傭兵達は漂うスモークに緊張感を高め、一人が角から先を、もう一人が後方を警戒しつつ、徐々に進もうとしている。ナイトビジョンゴーグルは着眼したままだった。これなら視野も充分に狭まって集中している事だろう。息と気配を殺してそっと進み、敵の布陣を足元に捉える。
「オイ、この中なんか居るぞ……」と先頭の傭兵が言った。傍らの物陰につき、ライフルを構えたまま続ける。「俺が見とくから、お前はもう一度無線で報告を……」
「あぁ、分かった」と二人目の傭兵が緊張した様子で頷き、銃から肩のスイッチに手をやった。構えが解かれたその隙に、ペイルライダーは天井板を蹴り破り、眼下へと飛び降りた。左手で梁を掴んで支えにし、後方の男を蹴り飛ばして壁へと激突させる。板材の砕ける音と、体が衝突して倒れ込む音、そして呻きにも似た悲鳴が辺りに響く。
先頭の男が驚いて身をすくませながらも、振り向きつつあるのが見えた。だが銃口は遅れてくるし、照準して射撃となればもっと掛かるので、ペイルライダーはその隙に、捉えられぬよう素早く身を屈めながら移動しつつ、そちらに発砲した。こちらも正確に狙いを付ける事が出来なかったので、命中こそしなかったようだが、先頭の男は何言かを喚きながらも回避の為に転がり、角の向こう側へと逃げ込んでいった。ペイルライダーは数度射撃を継続しながら、死角になる位置まで後退した。それから、苦しげに起き上がろうとしていた後方の男へと銃撃をして怯ませると、首根っこを掴み上げて、ポッカリと口を開けたエレベーターシャフトへと突き落とした。絶叫が遠退き、重い音と共に、二階半程下に鎮座するカゴの上へと叩き付けられるのが分かった。それを聞きながらも更に後退し、南東の角に身を潜めると、どうやら姿勢を立て直したのか、先頭の男が銃口と顔を覗かせた。数発をこちら目掛けて撃ってくる。壁が弾けて抉れる中、ペイルライダーは姿勢を低くして躱しながら、残弾で威嚇射撃をして頭を引っ込ませ、それから素早くマガジンを交換した。
膠着しがちな展開になってきた。向こうもこちらに進むにはリスクがある事くらい承知だろうし、警戒を強めるはずだ。回り込んで煙幕越しに攻撃するにしても、割れた窓から吹き込む空気だのでもうとっくに薄れてきているので使いにくい。別の案で仕掛けるべきだろう。
もう一度エレベーターシャフトを使うか? 誘い込んで下階からワイヤーで飛び掛かるか、背後を取って仕留めてやるか? それには敵の位置が肝心だ。さて、今はどこにいる?
そう思いながら再び覗き込むと、不意に消音器越しの抑えられた銃声が何度かして、傭兵が転がり出てくるのが見えた。思わず、おや、と眉をひそめる。同じMP7の発砲音だが当然彼の仕業ではない。それからゴーグルの表示に目を向けて苦笑した。
――全く、あの悪戯猫は……。
ともかく好機を逃すまい。そうとばかりに、蠢く傭兵の体目掛けて銃弾を浴びせ掛ける。ヘルメットを吹き飛ばされ、頭蓋と脳を撒き散らして傭兵は息絶えた。
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眼前の傭兵が血飛沫を上げて身動きを止めたのを見やり、恵美は警戒しながら部屋の入口から踏み出した。挽回の機会とばかりに、取り敢えず眼前の敵は倒したが、どこにどれだけ残って潜んでいるか分からない。流石のペイルライダーと言えども多勢に無勢は厳しいはず。ならば出来る限りの援護くらいはしなくては。その為にもまずは彼との合流を目指そう。
消えゆく煙の帳を掻き分け、廊下のあちこちに転がる血みどろの死体がどれも本当に息をしていないかを見定めながら、ゆっくりと前進する。エレベーターホールの手前まで来ると、教わった通りにパイをスライスするようにして角を曲がった。
「落ち着けお嬢さん、撃つなよ。エスコートしてやれなくなるぞ」視線の先に黒い左手が飛び出して、ひらひらとこちらに向けて振られる。一瞬照準を合わせてから、それは味方だと理解し、すぐに外した。「大丈夫だ。さぁ、おいで」
招かれるようにホールに歩み出ると、赤黒く汚れた髑髏の顔が暗闇に佇んでいた。
「他には?」彼のほうへ寄りながらも辺りを警戒しつつ、恵美は問う。「まだ居るのかしら」
「いいや、もう居ない」息を整えて、ペイルライダーは答えた。「前菜は終わりさ」
「そう」文字通り死屍累々の辺りを見回す。どうやら派手に食い散らかしはしたが、供されたものは全部味わったと見える。恵美は銃を下ろすと、視線を彼へ戻した。「どう? 動いて良かったでしょう?」
「あぁ、まぁ……今回はね」肩を竦めて、ペイルライダーは答えた。「なんだい、待ちきれなかったのか?」
「あんな煙たい所にずっとだなんて居られる訳無いわよ。それとも何? 私を燻したかったの?」
「生憎、食人の趣味は無いんでね。人肉のスモークベーコンなんて願い下げだよ」
「それは良かったわ、一安心ね」マガジンを交換して皮肉げに笑う。「流石にそう言う意味で食べられるのは真っ平御免だもの」
「でも、下手すれば穴開きチーズか蜂の巣になるかの二択だったかも知れないんだからな。運が良かったと思って気を引き締めるんだ」
「分かってるわよ」嗜めるように言うペイルライダーに、恵美もやれやれと頷いた。流石に理解出来ないほど馬鹿になったつもりはない。「たまたま上手く行っただけ、ね」
それから彼女は抱える銃を示す。
「運の良さ以外も味わいたいわ。今のじゃ物足りないんだけど」
「心配せずともメインディッシュが残ってるだろう?」ペイルライダーが廊下の果てを示す。そうだ、向こうには青木照彦の立て籠もる部屋がある。「今なら一人分のおまけ付き。これならご満足頂けるだろうよ」
そう言って歩き出した彼を追って進み、部屋の前までやってくる。見張りも出張った結果始末されてしまったのだろう、重苦しい扉がただ閉ざされてそこにあった。
「存分に撃てばいい。その為のお膳立てはしてやるさ」ペイルライダーは無線に声を掛ける。「便利屋、弟子、合図したら発電機を壊せ」
それから彼は腹部のポーチからスモークグレネードを取り出した。
「恐怖と衝撃を与えれば隙が出来る。そこを突けばかなり……」
「ちょっと待って」恵美はそれを見て、止めるように手を掴んだ。「だったら、もっとビビらせてやろうじゃないの」
「ほぉう、どうする気だ?」髑髏の顔が首を傾げてこちらを見る。
「彼らから色々頂きましょう?」彼女は転がる死体を示した。「どうせもう必要の無い物ばかりだし。まずはそうね……首を落として?」




