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便利屋と弟子の妨害工作と狙撃は一流で、自分には到底真似出来ないと、ペイルライダーは言っていた。そしてそれは事実なのだと、恵美は思い知った。
夜も更けに更けた頃合いに、一同は廃墟の敷地東側に広がる小高い山にバンで乗り付けた。獣道に車両を隠すと、ペイルライダーと恵美、そして便利屋と弟子の二組に別れて潜伏。便利屋と弟子はラップトップを駆使し、監視カメラの電波に割り込んで同じ映像が流れるよう細工――ペイルライダーが言うには『スピード』作戦――に取り掛かった。
『映像妨害完了しました』とすぐに弟子が無線で伝えてきた。『これから間引きに掛かります』
続けて、屋外で周辺をうろついていた歩哨代わりのチンピラ達が倒れていく。師弟がそれぞれ互いにH&K社製のセミオート対人狙撃銃と偵察ドローンの観測を使用して、廃墟へと接近する為の障害となり得る相手を的確に撃ち倒していったのだ。その中には、三階中央の部屋に潜んでいた見張りも含まれていた。全てが淀み無かったし、あっと言う間に目につく敵が次々と倒れていく光景には、舌を巻くしかなかった。
『はい、片付けました。どうぞ進んで』弟子の声がインカムに伝わってくると、遥か頭上を滞空していたドローンが音も無く飛び去って、闇の彼方へと消えて行く。露払いが終わった後は、師弟二人も場所を移して、周辺に残った雑兵どもを始末して回る。そしてペイルライダーからの要請があれば、連携して射撃支援を行うのだ。『何かあれば呼んで下さい。すぐに援護します』
「了解、兄弟」ペイルライダーが小さく答える。そして彼と恵美は前進を始めた。
これから敵の定時連絡が行われるまでの一時間の間に、二人は各階を一周しながら敵を殲滅していく、言わば掃討作戦に移る。それは後顧の憂いを断つ為でもあった。青木照彦の始末の最中に、撃ち漏らした連中の横槍を受けて逃げられてしまっては堪らない。最初からそう言った可能性を排除しておけば、余計な心配もせずに済むだろうと言う事だ。そこで問題になるのが、もし街に繰り出している下っ端連中が戻ってきた場合だが、そうなった時は野外を担当している便利屋と弟子が無線で連絡を飛ばしつつ、狙撃で足止めと排除をする流れとなっていた。後はその隙に、素早く退避するなり始末をつけるなり、状況次第と言った算段だ。
月明かりが照らす中、死体の海原を越えて、ペイルライダーと恵美は徒歩で廃墟の一階に接近した。彼方から僅かに発電機の音が聞こえてくる。騒音を利用し、接近を悟られない為に、今はまだ敢えて破壊しないでおいたのだ。悲鳴やサプレッサー越しの銃声の全てを掻き消すほどではなくとも、少なからず偽装には役立つだろうと思えた。
二人は、本来ならば窓ガラスが嵌められていたであろう大穴から中へ侵入した。どうやらかつては従業員達が出入りしていたのであろう、バックヤードの一室だった。この廃墟の大半の部屋と同じく、入り口の扉が乱暴に壊されて無くなっていて、元は何に使われていたのかもう分からなくなっているくらいに落書きや汚れに塗れている。
「隅で待て」ペイルライダーは何かに気付いたように恵美を待機させると、消音器を着けたMP7を構えて廊下を警戒しつつ、一人で部屋を出ていった。静けさの中で耳を澄ますと、小さく抑えられた銃声と倒れ込むような音が聞こえてきた。壁一枚挟んだ向こう側で戦っているのだと分かった。すぐに音はしなくなった。恵美は気になって、部屋の出入り口の付近にまで近寄って覗き込んだ。すると丁度ペイルライダーが死体を引き摺ってくる所だった。向こうにはもう一人分の死体が倒れている。まだ巡回している敵が残っている以上、せめてもの隠蔽は必要なのだ。ハッとして彼女も手伝いに回った。
「動くなって」彼は溜め息交じりに言った。「……まぁ、でも助かるけどさ」
二人は手早く死体を部屋の隅へと押し込んだ。それから、ペイルライダーが警戒しながら進む後に恵美も続いた。その最中に、彼女は一階に残る敵が後どれだけ居たかを思い返した。偵察写真と図面によれば、確かまだ四人程のギャングどもが二人一組となって、片や正面、片やバックヤードと、さながら警備員のようにあちらこちらを歩き回っているはずだ。
その内の一組が目の前に見えてきた。二人の男達は片手に拳銃、片手にライトを持ちながら、気怠そうに廊下の角を曲がってこちらへ向かってくる。ペイルライダーは恵美の手を引いて、運び出される最中に置き去られたのだろう棚や机と言った備品類の影に隠れた。
見付かった気配は無い。この暗闇に包まれた状況が味方しているのだ。その上、彼女とペイルライダーは夜目を慣らし、ゴーグルやバイザーの暗視機能も利用して立ち回っている。彼女らの姿を視覚で捉えるには余程の長い間光の下に露呈していなければならないだろうが、二人がそれを先んじて回避する事は容易だった。
男達に対して、こちらは角度的にも先制射撃が可能だった。丁度数も合うし、本番前のリハーサルがてらに殺るか、と恵美は銃を握り締めたが、その瞬間にはペイルライダーは既に動いていた。素早い射撃で一人を撃ち殺し、もう一人が動揺している隙にそちらも喉元を射抜いていた。倒れて動かないのを確認すると、彼は左手で後に付いてくるように示し、物陰を出た。
「ねぇ、私にももっと手伝わせてくれないかしら?」死体を手近な部屋へと押しやる中、恵美は銃を示して言った。折角彼女も消音器を着けたMP7とP99を携えているのだ。鍛えた腕を試しに悪党どもを撃ち殺してみたい気持ちがあった。
「まぁ、必要があればね」ペイルライダーは無表情な髑髏の顔で一瞥をくれると、先へ進んだ。
「もしかしなくても、本当に最後まで撃たせないつもりね?」恵美は後を追いながら問う。
「正直な所は、そうだな」髑髏の顔は振り向かずに頷いた。「なるべくそうしたい」
二人は角や立ち並ぶ部屋を警戒しながら通路を進み、バックヤードからエントランスに出た。フロントのカウンターに身を潜めるような角度でロビーを覗き込む。砕けたガラス戸から差し込む月光に照らされる中、柱にもたれ掛かったりソファに腰掛けたりと、残る二人の男達が煙草をふかしていた。だらけきった様子で談笑していて、警戒心の欠片も無い。こちらとしては隙だらけなのはむしろ好都合だし、煙草の赤い火の点は実によく見える目印になっていた。今度こそ、と銃をもたげた時、ペイルライダーがそれを制した。
「待て、外を見ろ」
「何よ?」と言いつつも、言われた通りに目を向けると、正面玄関の遥か先に何かが動くのが見えた。入口脇に置かれた車両の向こう側に、歩哨代わりのチンピラが二人、うろうろと歩いている。便利屋達の様子は窺い知れないが、まだ此方側には手を付けていないのだろうか。外の全容が分からないので想像も付かない。だがこのままロビーの連中を仕留めれば、もしも奴らが戻ってきた時に気付かれるかも知れないし、外しでもしようものなら……。そう思っていると、ペイルライダーが無線に声を掛ける。
「便利屋、弟子、玄関前の連中が見えるか」
『待って下さい』弟子が答えた。ややあって再び声がする。『確認しました』
「合図したら奴さんらを撃て」
『了解です』弟子が言い、少しの間の後に続けた。『いつでもどうぞ』
「よし……殺れ」ペイルライダーが銃をもたげながら言った。その後すぐに、外の男達の内の一人が頭から何かが吹き出して、僅か後にもう一人も倒れるのが見えた。幸い、音はほとんどしなかったので、ロビーの男達に気取られた様子は無かった。ペイルライダーが悠々とその頭を続けざまに撃ち、これまた頭蓋と脳細胞を吹き飛ばすと、恵美を振り返って言った。「ミスでバレるのは避けたいんだ」
「分かってるわよ」恵美は少し顔を顰める。「でも、何事にも予行演習は必要でしょう? ぶっつけ本番のほうが不味いわよ」
ペイルライダーは言葉に詰まったように黙った。どこか納得しているような雰囲気があった。
「……車両の破壊も頼んだからな」とペイルライダーは無線にそう言うと、手信号で前進を示した。一階の連中は全滅したので、最早隠蔽も必要無い。車両のタイヤが射抜かれるのを見やりながら、二人はフロア隅にある割れた避難口の表示がぶら下がっている階段を上がった。
廊下に出る頃には、男達の笑い声や話し声が微かに聞こえてきた。ペイルライダーがその出所を探るように警戒した。脇にある、かつては売店だったであろうスペースには、空の商品棚が倒れているだけで誰も居ない。通路の北側はトイレがあるくらいで行き止まりだ。二人は手早く覗いて回ったが、ここにも誰も居なかった。南下して曲がる。確かこの階にも同じくらいの人数が居たはずだが……。恵美は思い返す。どうやら大半か、或いは全員が大部屋の中に集まっているようだ。
入口カウンターの前で、ペイルライダーは屈んで停止するよう指示を出した。もう粗方割れてしまっているが、全面ガラス張りの向こうに微かな夜景が見えた辺り、ちょっとした展望レストランのような造りだったようだ。今は料理の香りよりもカビとヤニの腐ったような嫌な臭いばかりが漂ってくる。部屋の奥からは呂律の回らない複数の声が聞こえていた。ペイルライダーが部屋を覗き込み、恵美も彼の後ろからそっと先を見た。ごちゃごちゃと引っ繰り返ったテーブルや椅子に混じって、チンピラ達が屯しているのが分かった。ただ瓦礫が邪魔をしていて、確実に全員が集まっているかまでは分からない。分かる事と言えば、恐らくコイツらも先程の連中と同じくサボっているのだろうと言う事だけだった。ライトの周りに集まって、それぞれが好き好きに腰掛けながら一様に何かを吸引しており、こちらの接近に気付く気配はまるで無い。
「二階の人数を確認したい」ペイルライダーが姿勢を戻すと、小さな声でインカムに尋ねた。「大部屋の中央付近だ、五人居るか確かめてくれ」
『分かりました、確認します』弟子の返事がして、ややあってもう一度声が続く。『全員居ます。部屋の中央でラリってますね』
「了解。じゃあ奥までは行かなくていいな」
『厨房ですね。動きありませんから、無視でいいかと』
「よし」と言って、ペイルライダーは再び部屋を覗き込んだ。「隠蔽の必要も無くて楽でいい」
『こちらは撃てますが、撃ちますか?』と尋ねる声がする。
「……いや、いい」逡巡してから答える。それから振り返って、恵美を見て言った。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだと、昔の探偵が言っていたんだ」彼は撃たれた痕のある場所を示し、それから目を見て言った。「お嬢さん、出来ているか?」
「何? 今更それを聞くの?」恵美は怒りの滲んだ声で答えた。もう充分に傷付けられてきたからこそ、逃れて抵抗する度に、更に傷を負わされるかも知れない事くらいは覚悟してきた。報復するとなれば尚更だろうと言う事は承知の上だ。そして、それでもと思ったのだ。「それが無くてここに居る訳無いでしょう?」
「まぁ……そうだよな」彼は躊躇うような溜息の後に続けた。「じゃあ、ここから見える左の二人を頼む。後は任せろ」
ペイルライダーは姿勢を低くしながら慎重に進み、部屋の中で倒れていたテーブルの影につくと、左手の指で三つ数え出した。火線を交差させるように狙うのだと分かり、彼女は頷いた。カウントがゼロになると、二人はほぼ同時に互いに与えられた役目に取り掛かった。訓練を思い返し、集中して照準し、短く引き金を引く。抑えられた銃声が何度か鳴ると、一人、二人と、ターゲットが胸元や首元から血飛沫を上げて、小さい悲鳴と共に倒れた。その横では狙っていない他の男達が、既にダラリと四肢を伸ばして息絶えていた。
「……やるじゃあないか」やがて短く息を吐いて、ペイルライダーが感心するように言った。
「どうも」恵美は心地良くなって笑顔を浮かべた。褒められた事もさる事ながら、悪党がこの手で死んだ事のほうが喜びが大きかった。なんとも幸せな気持ちだ。これが父だったとしたら、どれだけの幸福と快感を得られるのだろうか。
ペイルライダーは左足のポーチから予備の弾倉を取り出して交換、装填すると、ふむと唸った。
「ただ何度も言うが、勝手には動くなよ? 見てるからな?」彼はゴーグルを示し、恵美を指差すと、階段を上がった。
「……分かってるわよ」恵美はその背に頷き返して、後に続いた。
※
扉が数度ノックされた。なんだ、と一同は示し合わせたようにそちらを見た。
「よぉ、御頭」扉の前に立っている傭兵の声だ。もう交代の時間だったか、と周りの連中は時計を見た。だがどうやら違うようで、見張りの傭兵は続けて言った。「また変な音がしねぇか?」
「何?」隊長格が声を漏らした。
言われて、青木照彦は耳を澄ますが、騒音ばかりが耳に入る。妙な音など聞こえてこなかった。
「いや、分からん。どんな音だった?」隊長格が問い返す。
「なんか騒ぎ声みてぇな、悲鳴っぽいようなのがさ、聞こえた気がして」
「あ? なんだ? まーたガキどもがふざけてんのか?」青木照彦は溜め息混じりに返した。ヤクをキメた売人達は時に訳の分からない遊びに興じる事がある。幻覚を見るがままに任せて、奇祭のようなどんちゃん騒ぎのみならず、この状況下で実包を使って射的を始めた事は記憶に新しい。襲撃と勘違いした隊長格の男が真相を知って怒鳴り散らし、全員を張り倒してからは、そんな下らない真似も減ったが、それでも『減った』程度だった。「どうせお祭り気分にでもなってんだろうな……ったく羨ましいぜ。安物のヤクなんぞにのめり込むクソアホのゴミどもめ」
「御頭はアンタじゃねぇ、黙ってろ」取っ組み合った傭兵が冷たくあしらった。それからラップトップのモニターを見やり、隊長格に向けて言う。「まぁ、特に異常は見当たらねぇな。どう思う?」
「いや、確かに言う通りガキどもはチンピラだが……にしたってんな間抜け揃いでもねぇだろ……」隊長格の男が訝しむように呟く。それから扉越しに答えた。「巡回のガキどもも居るが、心配だったら見て来てもいいぞ。こっちは俺達で充分だ」
「……了解、御頭」やや迷ったかのように間を開けてから、面倒そうな傭兵の声が返ってきた。「次に聞こえたら行ってくらぁ」
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三階に出る直前で、ペイルライダーは手信号で身を屈めて待機するように指示してきた。従って踊り場の角に身を隠した直後、通路の壁に明かりがちらつき、目の前をチンピラ達が二人欠伸をしながら通り掛かった。相手がほとんど全く角を警戒せず、ペイルライダーも恵美も影に潜んでいた為、その存在はギリギリまで気付かれなかった。なので、二人の男達がこちらを向いた時にはもう、ペイルライダーが組み付いて、続け様にナイフで始末していた。
「よし」と頷いて、ペイルライダーは東側を一瞥し、恐らく何も居なかったのだろう、すぐに南側へ向かう通路の角についた。恵美も続こうと階段を上がりかけた。しかしすぐに、次なる刺客が現れるのに彼女は気付いた。通路に並ぶ部屋の一つから銃身が伸び、程無くして傭兵が姿を現したのだ。割と近い距離だったので、音か気配にでも気付かれたのかも知れない。恵美はペイルライダーに手信号を示してから、再び階段を下って角に身を潜めた。ペイルライダーが頷き返して臨戦態勢になるのが見えた。
硬いブーツの踏み躙るような足音がして、傭兵が近付き、一旦停まって階段を警戒しているのが分かった。その少し後に再び足音がして、徐々にコーナーへと向き直るのが窺える。恵美は銃を構えながらそっと覗き込んで、敵の視線が角に集中しているのを確認した瞬間に、その胴体目掛けて数発撃った。どうにもプレートが堅牢なのか仕留めきれはしなかったが、傭兵は銃撃を受けてよろけて怯んだ。その隙を突くように、続けて駆け寄ったペイルライダーが取っ組み合い、左腕の剛力でライフルを封じると、抜き放っていたナイフを喉に突き入れた。二人分の攻撃を受けて、傭兵は完全に沈黙した。
「やっぱり才能あるのかもな……」周囲を警戒してから、感心するように彼が呟いたのが聞こえた。思わず頬が綻ぶが、その感情に浸る暇は無い。この階にはまだ歩哨のチンピラと傭兵達は残っているのだ。
ペイルライダーが手近な部屋の索敵を済ますと、二人は手早く死体を引き摺ってその中に入った。どうやら拷問かそれ以上の事に使われたと思われる汚れまみれの部屋の隅に、死体を押しやって隠す。それから恵美はペイルライダーに従って廊下を進んだ。
運び出された棚やソファと言った家具の数々が横倒しに積み上げられたまま捨て置かれているそこを、ペイルライダーは慎重に且つ素早く歩を進める。物陰や部屋を確認しながらも引き金を引く事は無かったので、どうやらもうこの並びには誰も居ないのだろうと思えた。そして間もなく西側へ向かう角に差し掛かると言った所で、ペイルライダーはハタと何かに気付いたように恵美の手を引いて少し戻り、手近な部屋の中へと身を隠した。直後に何人かが話す小声が壁越しに聞こえた。
「さっきの音ぁなんだ?」
「知るか、だから確認しに行くんだろ?」
「どうせ誰かがラリってコケただけだろうぜ」
「そんな油断してたら、またあの兵隊どもにどやされる……」
部屋の前を何人かの徒党が通り過ぎているのだ。心なしか警戒心も高まっているような声に感じる。どうやら先程からの戦闘音を耳にしたのだろう。足音が部屋の前を過ぎた頃合いで、ペイルライダーが出入り口の影からそっと外を覗いた。恵美も同じく彼の後ろから廊下を見る。残る二組の歩哨が合流したのだろう、チンピラ達が四人、ほぼ横並びに歩き去って行く所だった。会話をしている所為か、こちらに気付く様子は全く無い。
「撃ちたいか?」ペイルライダーがゴーグル越しに視線だけを向けて言った。
「是非とも」恵美は喜ぶように頷いた。
「左の二人だ。行くぞ」
二人は頷いて、同時に身を乗り出した。ペイルライダーは立ち上がり、恵美は膝立ちの姿勢で照準を定めた。引き金を引くと、抑えられた銃声が何度かして、弾丸が男の背中から首筋に掛けてを射抜いた。男はそのまま倒れ込んだ。もう一人に照準を向ける。今度は数発が外れて突き当りの壁が盛大に弾けてしまったが、その後は上半身を滅多撃ちに出来た。同じように噴火のような血飛沫が舞い、男は片膝から倒れて壁にもたれ掛かった。横目に見ると、他の二人は悲鳴すら上げる余地も無く撃ち倒されていた。
やった、と恵美は息を吐いた。だがそれで終わりにするにはまだまだ早かった。
「今のは……?」と微かな声がした。同じくして、遠くから足早に駆ける音がする。それは途中で慎重そうな足音に変わり、どんどん小さくなっていく。
「くっそ……なんだこりゃ……!?」やがて声がして、ライフルを携えた傭兵が角から姿を現した。壁の弾痕に触れ、足元に目を落として血痕を見るやいなや、警戒の姿勢となって身構えるのが分かった。
同時に、ぐいと体が引っ張られて、恵美は部屋の中へと戻されていた。代わりにペイルライダーの体は外に飛び出す形になった。不味いと思って姿勢を整え目を向けると、彼はその勢いのままに物陰に飛び込んで潜んでいた。手信号で待機を命じてくる。
「んだよ、ったく……!?」だが、その物音に反応したのだろう傭兵の声が聞こえた。ジリジリと足音と気配が躙り寄るのが分かる。途中で横たわるチンピラ達を見付けたのか、小さく驚く声も聞こえた。「オイマジかよコイツら……!?」
ペイルライダーは隙を窺うように物陰の間から覗き込んでいたが、鋭敏な動きで瞬時に上体を半身だけ乗り出すと、即座に発砲した。一瞬表し難い声が聞こえ、その直後に倒れるよりも軽い音がした。ペイルライダーは物陰から立ち上がり、素早く移動した。恵美も慎重に身を乗り出すと、彼が膝から崩れていた傭兵に向けてナイフを突き入れてトドメを刺し、そのまま手近な部屋へと引き摺っていくのが見えた。続けてチンピラ達の死体にも取り掛かる。恵美もそれを手伝いに駆け寄った。
「危なかった。もう少しで無線連絡される所だった」恵美が傍らに来ると、彼は小さく言った。「奴さん、壁の弾着に引き寄せられたみたいだな。気を付けないと……」
それは自分にも言い聞かせるような声だったが、恵美は言葉に詰まった。少しいい気になりすぎたのだろう。自分が外していなければこんな事にもならなかったのかも知れない。そう悔やむ恵美に気付かないまま、ペイルライダーはついてくるように手で促した。当然止まっている訳にも行かないので、彼女は思考を切り替えるように努めて従い、進んだ。次は上手くやらないと。
角を曲がる前に停止するよう示したペイルライダーは、ナイフを抜きながら息を潜めて気配を消し、少し待った。それから姿勢を低くして素早く飛び出すと、やがてバタバタと倒れ込む音と、低い唸り声のようなものが聞こえてきた。恵美が後を追うと、そこでは二人の男が取っ組み合いをしていた。ペイルライダーのナイフの先は、喉元のほんの少し上辺りに迫っていて、傭兵はそれをどうにか押し留めようと必死な様子だった。
ここで、と恵美は銃を構えて、傭兵の頭を狙おうとした。だが二人がもつれている所為で、射撃をするには危険だった。そのすぐ後に切っ先がめり込み、そして刃が全て埋まった。次の機会はまだ先になった。
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「確かに、なんか聞こえた気もするな」と隊長格の男が言った。訝しむように扉の向こうを見詰めている。
「だからどうせバカどもがラリってんだろうって」青木照彦にもそれは聞こえていたが、前例が前例だけに些か緊張感に欠けていた。だが隊長格の男はそうではないようだ。カメラ映像にチラリと目を向けると、首を傾げて無線機のスイッチに手を掛ける。
「各員、状況報告を。異常は無いか?」問い掛けて少し待つ。そして、しばらくの間が空いた。しかし、どうやら応答は無いようだ。またも首を傾げる様子が見える。「……繰り返す。各員、報告しろ」
「あー、おい、そこの。お前らも見てこいよ」溜息混じりに、青木照彦は部屋に居た他の傭兵達に言った。「どうせ大した事でもねぇだろうけど、暇だろ? オラ働いてこいよ」
「あぁん? ったくよぉ……」彼らは指揮官でも無い男に指示される事に不満でもあるのか、睨み返して舌打ちをした。だが、確かにそれ以外にするべき事も無いので、渋々と言った様子で出ていく。
扉の向こうに彼らの姿が消えると、青木照彦もやれやれとかぶりを振って、連絡を待つ事にした。隊長格から万一に備えてと渡されていた無線機の予備を手に取り、それを眺める。
「なんかおもしれー事でもやってんなら、俺も混ぜてもらわねーとな。殺される前に退屈で死にそうだ」
「ったく、この……呑気な事で……」と隊長格の男が呟くのが聞こえた。




