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始末屋 The Pale Rider  作者: 西 光太郎


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1-5

挿絵(By みてみん)

 イヤマフを着けた恵美は、新たなペーパーターゲットをワイヤーで部屋の奥へと送って設置すると、サプレッサーを付けたワルサーP99拳銃を両手でしっかり構えて照準を合わせた。

 始末屋のアジト、屋敷の地下に広がる武器庫兼射撃場に彼女は居た。十分程前から行っている自主訓練の最中で、ついさっきMP7をロングマガジン四本分、計百六十発の射撃を済ませたばかりだった。

 引き金に余分な力を加えないように、絞るように引いて発砲する。発射された弾丸は百メートル弱の距離があるレンジの三十メートル地点に設置された標的の胸部、心臓の辺りを真っ直ぐに貫いて、遥かな後ろに積み上げられた土山に突き刺さった。続けて二発三発と発砲し、初弾の周りに穴を増やし、次いで頭部に照準を移す。中心の円をくり抜くように弾丸を浴びせかけていると、やがて十五発の弾丸を全て撃ち切った拳銃は、そのスライドを後退させたままで止まった。恵美は排莢口から薬室を覗いて装弾されていない事を確認し、マガジンを抜き出してからスライドを戻し、撃鉄を落とすと、それらを銃弾の箱といくつかの空のクリップが並ぶテーブルに置いてイヤマフを外した。僅かに痺れが走っている手を軽く振ってから、傍らのボタンを押してワイヤーを巻き取り、ターゲットをこちらに戻して、溜息を吐く。

 標的に描かれた黒い人影、そこに浮かぶのは憎い父の姿。紙をボロクズにするように、絶対に奴を殺す。あの畜生の体に、そして顔面に弾丸を思う存分ブチ込みまくり、完膚無きまでにズタボロの穴だらけにして、二度再び目の前に現れないようにするのだ。

「いい腕だな、お嬢さん。飲み込みが早いよ」いつの間にか背後に立っていたジョウが言った。ハッとして振り返ると、彼は先程恵美がMP7で穴だらけにしたターゲットを手にして眺めていた。高い背丈を使って小柄な恵美の頭上から腕を伸ばし、たった今戻ってきたばかりのペーパーターゲットを取ると、それを見詰めて少し冗談めいた口調で言う。「同じ年頃の俺よりも出来てるかもね」

「それは嬉しい言葉ね。でも、自分の教え方がいいのかも、とは思わないの?」

「どうだかな。なんせ他人に教えた事なんて無いんでね、よく分からないんだよ」ジョウは苦笑し、かぶりを振った。「今はただ必死にやってるだけでな」

 どこか否定的で悲観的だなと恵美は感じた。それはきっと、慢心しないように心掛けているからなのかも知れない。確かに防げるだろうが、同時に負担も強まるだろうなと思えた。

「だがまぁとにかく、この短期間にしては上出来だと思うよ。どこかの国じゃあ、三日会わざればなんとやらとか言うが、それは男子に限った話じゃあない事を敵に思い知らせてやれるな」

「……まぁ、三日どころか二週間も経ってるって言うのも違うんだけれどね」

 ジョウが負傷した日から既に半月が経過し、その間に彼女は、教え込まれた射撃や回避行動の技術を着実に飲み込んでいた。いや、それだけでは物足りず、新兵用の教本を読み漁り、近距離戦闘の技術や立ち回りについても教えを請い、今では積極的な攻撃性を持つ兵士のような側面も持ち合わせるようになっている。全ては、憎き父親をこの手で殺す為の、執念の成果だった。

「で、あなたも使いに来たの?」恵美は空のマガジンにクリップで留められた弾丸を押し込みながら、レンジを示して尋ねた。「隣は空いてるわよ」

「いいや? 休めって言ったのにろくに話も聞かず、弾を撃つ事にご執心などこかの誰かさんの様子を見に来ただけさ」ジョウは皮肉っぽく言う。「その飽く無き向上心とやらがいつになったら満足するのか、こちとらすこぶる気になったものでね」

「そう、なら存分に見てなさいな。当分先の事になるかも知れないから」そう言うと、返答を聞かずにイヤマフを着け、足元の紙束から新たなターゲットを抜き出してセットし、再びレンジの奥に送る。今度は少し距離を伸ばし、四十メートル程に設置した。

「全く、このお嬢さんときたら……まるで我儘な子猫だな。本当に言う事を聞く気があるのか、疑いたくなるね」

 イヤマフのマイクが拾うジョウの嫌味を聞き流しながら、銃把に弾丸を目一杯詰め込んだ弾倉を押し込み、スライドを引いて薬室に装填すると、射撃を再開する。もう一度ターゲットの胸部から頭部に掛けてを、慎重に、且つ先程よりもなるだけ早い間隔で穿つ。全弾を撃ち尽くすと、手元に残っていたもう一本のマガジンに素早く交換して、同じように連射した。二度目のホールドオープンで拳銃が残弾無しを知らせると、恵美はまた安全確認をして銃を降ろした。ジョウがボタンを押してワイヤーを巻き取り、ターゲットを回収する。見やると、彼は吟味するようにふむと唸っていた。

 恵美はクリップを使って弾をマガジンに押し込み、拳銃に装填すると、傍らに設置されているもう一つのボタンを押して、今度はレンジの奥に平行移動を繰り返すターゲットを出現させた。端から端まで十メートルの間隔を反復して動き続けるそれに向けて、狙いを澄まし、射撃を行う。余白部分に大きく逸らしてしまったものもあるが、それでも多くは胸部と顔面に集中して弾痕を刻む事に成功した。スライドが開ききって止まり、安全確認をしてイヤマフを外していると、こちらもジョウがワイヤーを巻き取って回収した。

「拳銃もここまで扱えていれば、素人始まりにしては充分だよな」ジョウが感服するように呟いた。

 拳銃は肩に当てる為の銃床が無い分、ライフルやサブマシンガンよりも遥かに扱いが難しいのだと言う。事実、恵美も初めはそうだと感じ、狙いや反動の制御に苦心した。だが直ぐに自分の性に合うのはこっちなのだと気付いた。それは、小柄な体躯の自分でも隠し持てて、素早く抜き放つ事が出来、小回りが効くと言う点からだった。そう分かってからは、自主的に拳銃の扱いに重きを置いた訓練を行ってきた。今やこのワルサーの一丁は、愛用のカッターナイフと同じくらいに手に馴染んでいる気がしていた。

「もっと鍛えれば、お嬢さんも立派な始末屋……の端くれくらいにはなれるかもね」最後のターゲットに着いた弾痕を見やりながら、ジョウは戯けて言った。

「……それも悪くないわね」恵美は訓練の疲労が溜まった笑顔を返しながら、満更でもない気持ちになっていた。この二週間、彼女は頭の片隅で、目的を果たした後の事を考えていた。胸の中には父を惨たらしく始末したいと言う憎悪以外には何も無い。それを果たしてしまえば、生きる目的を失ってしまって、残りの人生を無為に過ごす事になってしまう。それは至極勿体無く思えたし、何より一番嫌悪していた、父に人生を振り回されている状態にも思えた。奴を殺した後も尚、自由を奪われているのは勘弁願いたかった。だったらせめて何か、有意義な事に命を費やしたい。そして、自分と似たように憎悪を抱えるだけで晴らせぬ人々の為に、代わりに戦う誰かになれれば、それは有意義な生き方と言えるのではないだろうか。

「まぁ、人間相手にもこれだけの腕を発揮出来れば、だけどね」ジョウは皮肉るように言った。

 恵美は少し苛立ったが、それを押し込めるように黙った。納得する部分もあったからだ。確かに、決められた動きしかしない的と生身の人間では、当然全くの別物だ。山中を使ったコンバットシューティングのトレーニングで、木の陰から飛び出す的を相手に射撃した際は好調であっても、ペイルライダーを相手に回してのエアソフトガンやペイント弾を利用した模擬戦闘では、結果があまり芳しいとは言えない事もあった。そう考えると、矢張り土壇場で上手く出来るのかと言った疑念も僅かに湧いてくる。憎き父親の顔に風穴を開けるだけだが、果たしてどんな抵抗をされても動じずに、確実に射撃を命中させられるだろうか。それに、如何に道中の戦闘はペイルライダーに任せっきりにしていいと言われているとは言え、絶対ではない。必要な時に仕留められる相手を、確実に始末する事が出来るだろうか。

「不安なのか?」ジョウが問い掛けた。彼は恵美の表情を見て、その内心を察したようだ。「今なら間に合うぞ、ついて来るのをやめるならな」

 期待を込めたような声だった。癪に触るが、確かに賢い選択はそちらだろうと恵美も思う。確実な結果が欲しいなら専門家に任せるべきだし、彼にしたって戦いやすさが変わってくるのは明白だ。当然の反応と言える。しかし……。

「やめる? 冗談言わないで」彼女は首を振る。湧き起こる反骨心がそうさせた。以前、学は無くとも馬鹿ではないと言ったが、今ならそれ以下にもなろうと決めたのだ。例え愚かな選択であろうとも、この憎悪を力に変えて戦うのだ。「絶対ついて行くわ。そして私の手で殺す。そうでないともう、抑えきれないって言ったでしょう?」

 彼女はホールドオープンした拳銃を見詰めた。そしていつかの昔、どこかで身を売った相手の家で見た、古いSFの映画を思い出した。やってみるではなく、やるかやらぬかだ。そんなような台詞があったのを覚えている。今は少しばかり違うが、出来るかどうかではなく、やるかやらぬかの問題なのだろう。そう思うと、不安よりも遥かに強い闘志が湧き出てきて、撃てるかどうかだなんて迷いをどこかへ押しやっていく。そうだ、撃てるかどうかではなく、撃つか撃たぬかの話なのだ。

「そうよ……撃つだけよ」

「あぁ……まぁ、そうだよな」ジョウはやれやれと肩を竦め、それから言った。「だったら後は、どんな状況でも学んだ事を思い出せるように、常に頭の中に置いておくんだな。幸いにもそこらの雑魚よりも上手くはなってるし、それさえ出来ればまず撃ち損じる事はないさねな。……撃たれる事もね」

「なんだか随分簡単に言うわね」

「簡単な事なのさ……思っている以上にね」ジョウは懐かしむように呟いた。彼も初めはそうだったのだろう。それを感じさせるような声だった。それから彼は腕時計を一瞥して上の階を示し、続けた。「さて、気が済んだのならそろそろ上がらないか? 実はもうすぐ、便利屋サンタが季節外れのプレゼントを届けに来るもんでね」

「そう……遂になのね」恵美は待ち侘びていたように返した。

 この二週間、便利屋と弟子は、敵の情報だけでなく、ジョウの注文に従って恵美用の装備を集める為に動いていた。どうやらそれが揃ったようだ。

「そうだ、もし受取拒否したいって言うなら直接頼むよ。俺はもう恨み節をぶつけられるのは御免なんでね」

「誰が拒むもんですか。全部まとめて喜んで頂くわよ」

「……まぁ、用意した側としてはそのほうが嬉しいな」

 そう軽口を叩き合いながら、二人は銃器を簡単に分解掃除してケースに仕舞い直すと、並んで上階のリビングへと向かった。


 便利屋がリビングのテーブルの上に何枚もの写真と図面を置き、ラップトップに映像を流した。どこかの廃墟の内部とその周辺が映っている。通常のカメラだけでなくナイトビジョンやサーマルビジョンでも撮影されている物もあるそれらは、彼の弟子が偵察ドローンを操縦して撮影したものだった。ジョウはそれを見て、ふむと頷き、唸った。

 元は駐車場や庭園だったであろう広場と、天井が崩れて配線が剥き出しになっている荒れ放題の廊下部分には、ただ拳銃や短機関銃を持っただけのチンピラ連中が徒党を組み、まるで哨戒兵のようにして歩いている事が窺える。しかしそれとは打って変わって、幾つかの汚らしい部屋の中と、重苦しい扉の前には、彼らとはまるで段違いの装備をした連中が見えた。双眼式の暗視眼鏡を備えたヘルメットを被り、暗色のソフトシェルジャケットの上からコンパクトなプレートキャリアを身に着け、サプレッサー付きAR^15^系列のアサルトライフルを携えている。物資の補給のタイミングを捉えたのか、扉を開けた瞬間の映像では、室内にも似たような格好をした男達が少なくとも二人は居るのが見え、片方が指示を出すような身振り手振りをしているのが分かった。その近くに青木照彦がソファでふんぞり返っている。まるで要人の警護をしているかのようだ。そして恐らくと言わず、その通りだろう。

「なんだか随分と派手な連中が来たな……」少しゲンナリとして呟く。

「何者なの?」ジョウより先に恵美がその男達について尋ねた。「売人とかストリートギャングとは比べ物にならないわね」

「聞く所によると、この連中は奴が組んでるマフィアのコネで寄越された傭兵らしい」便利屋が答える。「数は全部で十人。情報が出てこなかったもんで正規軍上がりでは無さそうだが、昔どっかの始末屋だか殺し屋を返り討ちにしたツワモノどもではあるそうだ」

「……なるほど」恵美は若干圧倒されたように呟いた。だが怖気付いた訳ではないようだ。むしろ、攻撃能力を高めた今となっては、まるで殺る気に満ちているようにも見える。厄介な娘だとジョウは思わず小さく溜息を吐いた。これがサイドキック――相棒だの助手だのならいざ知らず、依頼人となると扱いが難しい。

「潜伏場所も裏通りからここに移してる」便利屋は地図と、見張りや歩哨の位置が印された図面を示しながら言った。「マフィアどもが取引だとか監禁だとかに使っている廃ホテルだ」

 建物は全体的には正方形に近い印象だった。中央に二機のエレベーターが向かい合って並ぶ空間が広がっていて、その一角と建物自体の南東の角に階段が設けられている。一階にはカウンターが備えられたエントランスとロビーが広めに取られ、正面玄関付近の屋外に車両を示すマーク、裏手である北側の屋外に発電機を示すマークがつけられていた。二階にはフロアの西側から北側一帯を占める大部屋があり、三階以降の階では均一化された部屋が四方に幾つも並ぶ作りだ。見張りと歩哨を示す印は三階までしか記されていないので、それ以上は配置されていないと分かった。歩哨のチンピラは屋外と各フロアに五、六人ずつ。三階の東、西、南のそれぞれ一部屋に見張りの狙撃手が潜伏している。写真と照らし合わせると、スポッターが居ない辺り、恐らくは選抜射手的な連中なのだろう。その死角を補うように、四方に無線カメラの印が幾つかあった。配線が無いので電力も独立している事が分かる。北側の何部屋かは一括りになるように囲まれており、その中央の扉の前に見張りの印がある。これがあの重苦しい扉なのだろう。ケーブルを示す線が隣の部屋の隅を通って壁から引き込まれていた。

「建物自体が荒れ放題な上、敷地周辺への送電が停まって久しいから、内部は自然光のみのほぼ真っ暗闇。裏手の発電機は、三階北側の一画を改装した商談部屋の照明と電源だけを賄っているようだ」

「ふむ」

「補給に来るチンピラどもと見張りの交代は大体半日ごと。傭兵達の連絡は一時間に一度。待機中の傭兵は、ターゲットとこの商談部屋に立て籠もっている。そしてこの部屋が少々厄介で……」

「厄介?」ジョウは聞き返す。

「どうやら取引中の襲撃対策にと、この部屋だけは高レベルの防弾仕様の内張りが施されているらしい。明り取り用の窓すら防弾な上、磨りガラスなもんで、直接狙撃出来るようなポイントは見当たらないときた」

「映画みたいにサーマルで壁の向こうが見られれば良かったんだけどな」ジョウは冗談めかして言った。「そうすれば対物ライフルで間引けたかも知れないのに。……流石にそれなら抜けるだろう?」

「同一箇所に複数弾撃ち込めばな。だが初手で抜けないなら逃げられる可能性が高いし、あまりいい手とは思えんが……」

「と言うか駄目よ、そんな事して奴に当たったらどうしてくれるの?」恵美が抗議の目を向ける。「私が目の前で殺したいって言ってるのを忘れたのかしら?」

「まぁ、そうだよな」ジョウは苦笑して返した。実際の所、熱感知では壁を透過出来ないし、仮に可能だったとしても、標的の正体が誰なのかを見分ける事はほぼ不可能だろう。半ば冗談だったとは言え、この手段には現実味も無く、確実性も欠けていた。

「ちょうど下の階にレストランだった大部屋があるから、そこに発破を仕掛ける手もあるが……」便利屋が苦笑交じりに言う。「それもお嬢ちゃんが許さんのだろう?」

「分かってるじゃない」恵美が睨むように見詰めて返す。「スイッチを押すだけじゃ味気無いもの」

「結局詰まる所、乗り込むしか無いって事だな。まぁ、いつもの事だけど」それがジョウの一番の得意分野ではあったが、今回は単身の身軽さが無い事が不安要素として残っている。チラリと目をやり、呟く。「……これで出迎えの中に行くのか」

「幸いなのは地雷とセンサーの類を設置していない事だな。恐らくだが、傭兵以外にチンピラの雑兵どもも居るから、見境が無さ過ぎる物は使えなかったんだろうな」

「まぁ、そうだけどさ……」ジョウは溜息を吐いた。あのまま安ホテルに居てくれれば楽だったろうに。こうなった理由は間違い無く、姿を晒してしまったからだろう。危機を救えたとは言え、警戒を強めてしまう結果になった事で、始末を優先すべきだったかも知れないと悔やまれた。同行にしても、矢張り今からでもお断り願いたい気持ちがあった。だが、彼女の心が決して折れない事はもう十二分に分かっている。また勝手な無茶をしでかされるくらいならやるしかないのだ。心の底から湧き上がって止まない悪態を全部抑え込みながら、少女と敵の姿を見る。最悪の場合は庇って撃たれかねないから、相応の準備はしておこう。

「それからここ数日、手下の売人連中がお嬢ちゃんの居場所と一緒に、始末屋ペイルライダーについても嗅ぎ回ってるんだとさ。今の所はなんの成果も得られていないようだが……」

 そりゃあそうだろうな、とジョウは思った。一体なんの為にスカルバラクラバを被っているかと言えば、敵に恐怖を抱かせて意表を突くとか、余裕の無さを悟られないようにしたりとか、己を鼓舞したりとか、そんな伊達や酔狂の為だけではない。こう言う時の為でもあるのだから。ペイルライダーとしての名前と顔を知る者は居ても、その正体である自分や、どこを拠点としているかを知る者はほとんど居ない。そのほとんどと言うのも、極々限られた少数――これまでも、そしてこれからも味方である連中だけだ。今素顔のままに街へ繰り出し、大手を振って歩いても、そこらの人間である彼の事など誰も気にしやしない。そしてそんな謎の存在の元に恵美は居るのだ。自ら衆人環視の中で大暴露するだとかの余程のヘマでもしない限りは、見付かる可能性は欠片程にしかなかった。ほらどうだ、役に立っているだろう? 必要性はあるのさ。そう便利屋に言ってやりたくなったが、どうせ彼はそこまで気にしてないと思ってやめた。

「まぁ、それもむしろ好都合だな」ジョウは僅かにだが気が軽くなった。「その分、奴さんの周りが幾らか手薄になる訳だしね。……だろう?」

「あぁ……まぁ、そうかもな」

「なら、放っておくとしよう。もし間抜けどもが戻ったとしても、その頃には手遅れの状態にしておいてやるさ」そうなれば組織から護衛失敗の責任を問われて処刑となるだろう。手間を掛けずにゴミクズどもが掃除されるのなら嬉しい限りだ。ジョウはそう冷たく思った。

「ふむ」と便利屋は同意するように頷いた。それから、次いで小さな箱を取り出した。「じゃ次はお待ちかね、お嬢ちゃんへのプレゼントだ。まず、コレを」

「何かしら?」

 便利屋が箱を開けると、中には鈴の装飾が付いたチョーカーが入っていた。

「あら、随分と可愛らしいわね。でもどうして突然?」

「まぁ、気を引きたい訳じゃないのは確かだぞ」便利屋は冗談めかして答えた。「ただ、ちゃんと意味もある」

 チョーカーの裏側にあるスイッチを入れ、手渡す。

「コレには発信機が仕込んである。例えはぐれたり囚われたとしても、コイツが位置を示してくれる」

「我儘猫みたいにフラリと消えかねんのなら、文字通り首輪が必要だろう?」ジョウは皮肉っぽく言った。「くれてやるならその形が妥当さねな」

「そう言う事だ」便利屋はジョウを見やり、ゴーグルを差し出した。「モニターに表示出来るよう改良しといたぞ」

「助かるよ。これでもし仮に何かあったとしても、助けに行くのが楽になるってもんさ」ジョウは軽く笑った。「当ても無く探し回るような真似はしなくて済む訳だ」

 これも彼の注文だった。危険の中に連れ出す以上は万が一を想定しておかねばならないし、それを防ぐ手立ても用意しておくべきだと思ったのだ。ブレスレットやアンクレット型、ドッグタグのようなペンダント型にせず、敢えて洒落たチョーカーの形にしたのは、彼女への当て付けや皮肉でしかなかったが、他の意味もあった。戦闘の混乱中にどこかに引っ掛けて破損や紛失したり、最悪手足自体を喪失する可能性を考えたのだ。その点首輪なら、発信機が損傷する程のダメージを首に負えば、その時はほぼ間違いなく死んでいると言っていいだろうし、少女らしい装飾品に偽装しておけば、敵に囚われたとしても発信機であると看破されるのを少しは遅らせられるはずだ。

「ほぉ、コイツは……」ゴーグルを受け取り、装着して画面を確かめると、ジョウは頷いた。事前に建物や地図のデータを入力さえしてあれば、ワイヤーフレームのホロマップに位置が示されるようだ。今はこの屋敷のマップ上にしっかりと光点が表示されている。「どうやら迷子のビラも貼らなくて済みそうだな」

「ちょっと? 見失うのが前提なのはやめてもらえるかしら?」恵美が非難するような口調で言った。彼女はチョーカーを首に装着し、鈴の意匠のついた部分を、まるで本物を鳴らすかのように軽く弾く。そして少し嫌気も混じらせながら呟いた。「全く……クズの元から逃げ出して野良猫生活だったけれど、これでまた飼い猫にって事かしらね」

「こんな凶暴な悪戯猫を置いとくには、ちょいとばかし勇気と覚悟が必要だな」ジョウは苦笑いして返し、それから便利屋へ言った。「装備のほうはどうだ? あれだけ採寸とかしたんだし、大丈夫だとは思いたいがね」

「そう心配するな」便利屋は戯けるように笑い返しながら、リビングの隅に置いていた大柄な箱を開けた。「なんせ特注なモンで諸々随分と掛かったが、性能は技師のお墨付き。後は、お嬢ちゃんに似合うかどうかぐらいだな」

 ジョウと恵美もそれを覗き込む。中には濃紺色の戦闘服やキャップの他に、墨のように真っ黒なボディアーマーと装具類が一式詰め込まれている。どれもが小柄な女性用に仕立てられた特別製の仕様だと一目で分かった。

「似合うさ、俺の見立てが間違ってなければね」ジョウはそれらを取り出して頷いた。「そして俺の感性はいつも正しいのさ。お前さんだって知ってるだろう?」

「はいはい、そうだな」便利屋がやれやれと肩をすくめる。

「喜んで使わせてもらうわ」恵美が二人に向けて言った。「但し、気に入った物だけをね」

 彼女は戦闘服以外を受け取ると、まずブラウスの上から抗弾プレート入りのケブラー製ベストを着込んだ。それから幅広のピストルベルトをスカートの下で腰に取り付け、サイホルスターとレッグポーチはまるで仕込むように、透過性の無い黒いタイツを纏った両足に装着した。仕上げに長い後ろ髪を一つに結い上げ、濃紺色のベースボールキャップを被り、シューティンググラス型のナイトビジョンを身に着ける。

「ふぅん……まぁ、悪くないわね。結構動きやすいし。で? あなた的にはどうかしら?」不敵な笑みと共に、恵美が尋ねる。「お眼鏡に適ってるかしら?」

 クルリと回って戯けるように動くその姿は、確かにはしゃいでいる子供のそれではあるが、どこか一端の始末屋のように見えなくもない。

「似合ってるさ……けど、本当はコイツの上から着るんだがね」ジョウは呆れるように言い、寂しく手元に残された戦闘服を示した。馴染みの技師だとかに依頼したそれは、軍や警察に納入されているような量産性に重きをおいた迷彩服と違って、なるだけ負傷のリスクを減らせるようにと耐熱防刃繊維や伸縮素材をふんだんに織り込んで作ったコスト度外視の特注品だ。体格も彼女に合わせた小柄な物の為に流用も効かないので、使わないのは正直かなり勿体無い。「そこらの特殊部隊の物よりも使い勝手がいいはずだぞ、これ」

 だが恵美は首を振る。

「着慣れた服のほうが動きやすいし使いやすいもの。これならナイフも拳銃も隠し持てるし性に合うわ」ポケットからカッターナイフを取り出すと、スカートの裾を軽く捲りあげて、ポーチ脇のウェビングに仕込んだ。それから戦闘服を示して、少し顔をしかめながら言った。「それにそんな男臭いの、趣味じゃないのよ」

「お前さん、洒落っ気の為に死んでもいいのか?」

「いい? お洒落ってのはいつだって命懸けなのよ」恵美はそう言い、それからジョウの事を示した。「大体あなただってそんな泥臭い迷彩服なんて着てないわよね? それってどうしてなのかしら?」

「……そう言われると、なぁ」どうにも言い返せない。ジョウは言葉に詰まった。それに内心、彼女の気持ちも理解出来る気がした。命を賭して戦いに赴くと言うのなら、確かに着慣れた服のほうが動きやすくていいだろうし、もし死ぬとしても好きな格好をしたままくたばりたいものだ。だから彼は戦闘服として喪服めいた服装をしているし、無地ではなく髑髏柄のバラクラバを被り、ハットを身に着けている。その点は完全に伊達や酔狂の粋だった。ついでに言えば今の彼女の姿は中々どうして様になっていて、何故だか無理矢理にでもやめさせるなんて気にはなれなかった。

「それじゃあ、どうぞ好きにしてくれたまえ」ジョウは戦闘服を箱の中へ投げ戻した。

「高かったんだぞ……」と便利屋が渋い顔を浮かべて呟いた。「情報料もだ。お前が出られない分、色んな奴から買ったんだからな。アイツら店のツケまでチャラにしようとしやがって、マジで潰す気かって……」

「あぁもう、悪かったって」結局文句はこっちに飛ぶか、と顔をしかめる。「取り敢えず、次の報酬から引いといてくれよ」

「足りればいいけどな。さもなきゃ、店の手伝いを増やしてやる」

「……そりゃあいつもの事だろうに」ジョウは参ったように肩を竦める。

「確かに、今更か」便利屋はやるせなく言った。

「ごめんなさいね」と苦笑い気味に恵美が返した。それから腰回りに手を当てて言う。「欲を言えば、スカート下のはバックアップガンにしたいから、もう一本くらい表に巻くベルトとメインの拳銃を入れるホルスターが欲しい所なんだけれど……まぁ、無いでしょうから贅沢は言わないわ」

「あぁ、是非ともそうしてくれると助かるよ。こっちもそこまでの余裕は無いんでね」便利屋が恨めしく言った。それから尋ねる。「じゃあ装備も整った所で最後の話だ。どう仕掛ける?」

「そうよね。作戦とかって立ててるものなの?」恵美が首を傾げて言う。

 確かに情報も装備も揃った訳だから、すぐにでも乗り込んで仕掛ける事も出来る。ジョウ一人ならばそれでも良かった。大体の場合、陽動を仕掛けたら後は身軽さに物を言わせて、奇襲とその場に応じた臨機応変で押し通しているのだ。しかし今回はそうも行かない。訓練したとは言え『荷物』を引き摺って進む事になる。正直な所、自分一人では手が回らないだろうと思えた。悔しいが、ここはまた誰かの力を頼らなければならない。

「まぁ、今大まかには考えたよ」ジョウは彼らを見やって言った。「まずは便利屋、店は臨時休業にしよう」


 始末屋との遭遇から既に二週間程が過ぎているにも関わらず、なんの進展も無い事に、青木照彦の苛立ちは募りに募っていた。全くもって手掛かりが掴めずに、ずっと廃墟の部屋に押し込められているのだ。粗雑ながらも改装した商談部屋とあって、最低限の生活設備自体は設置出来ているものの、矢張り快適とは言い難い。照明や電源の為とは言え、階下から鳴り続ける発電機の騒音も鬱陶しく、それも相まって、雰囲気はまるで野営に近いものがある。傍には常に傭兵達が警護がてらにたむろしていてむさ苦しく、食事も時折手下達が届けに来る出来合いの物か、補給が間に合わなければ缶詰のような保存食を摂り、延々と情報の入る瞬間を待ち続けるだけの日々だ。始末屋から命を守り、且つ返り討ちにする為にはやむ無しと傭兵達は言うが、襲撃も無いままにある程度の時間が経って緊張感が薄れてくると、暇を潰せる娯楽も大して無ければ女を呼び込んで抱く事も出来ないこの環境に対して息が詰まり、不満は爆発しかけていた。

「あー、もう我慢ならねぇ! こんな惨めな生活やってられるかよ!」深夜の静けさを突き破るように、怒声とけたたましい衝突音が室内に鳴り響いた。青木照彦が怒りをぶつけるように蹴倒したソファがテーブルにぶち当たって、上に置かれていた空容器の詰まったゴミ袋や傭兵達の装備用の充電器を辺りに巻き散らしたからだ。革の破けた部分からは湿った綿が辺りに漏れ出ている。「オイ、街行くぞ! 適当に女引っ掛けて派手にヤろうぜ!」

「オイオイオイオイ、アンタ分かってねぇな」彼の傍でカメラの映像を眺めていた傭兵の一人が、やれやれと言わんばかりに首を振った。「始末屋に、特にあの髑髏顔に狙われてんだぞ?」

「だからなんだってんだよ?」

「そう言う油断した所を狙いに来るかも知れねぇんだ。殺されちまうのが嫌ならここで大人しくしてろって」

「てめぇらでくの坊と一緒にいても、殺されるのにゃ変わんねぇんじゃねぇのかぁ?」青木照彦は馬鹿にするように返した。実際の所、怯えは一つも無いし、彼らを侮っているつもりも無い。だが、積もりに積もった苛立ちが抑えきれないのだ。「そんなにビビっちまうくらいだしなぁ?」

「んだとてめぇ? ボスの頼みで守ってやってりゃ調子乗りやがってよ!」抱えていたライフルを仲間に押し付け、傭兵が殴り掛からん勢いで詰め寄る。

「おぉやるか? いいぜ、暇潰しくらいにはなってくれよなお坊ちゃんよぉ?」青木照彦も拳を構えてファイティングポーズをとった。この世の万事は最後には暴力による恐怖が物を言うと知っていたので、大学時代に目に付く格闘技は一通り修めているし、ルール無用の喧嘩殺法や裏社会のタマの取り合いでも負けて死ぬ事が無いように鍛錬はしている。腕は今もまだ健在だ。二人は間合いを計るように対峙し、一瞬にして肉薄した。取っ組み合いになる二人の周りに、気付けば部屋に居た他の連中が囲むようにして並んで囃し立てている。矢張り彼らも娯楽や刺激に飢えていたのだ。

「まぁ待てお前ら、落ち着け、やめろ」隊長格の男が足早にやってくると、二人を引き離すように押し退けながら言った。「そうやって馬鹿やってたらマジで死ぬ羽目になるぞ。分かってんのか?」

 隊長格の男の手は吊り下げられたライフルから腰のハンドガンに掛かり、今にも射撃姿勢に入らんばかりだ。恐らくは脅しだろうと、それは分かってはいる。裏切るつもりもないのに、護衛に来ておきながらその護衛対象や自らの仲間を撃ち殺すような馬鹿な傭兵など、一体どこに居るだろうか。だがそれでも、そこには若干本気の凄味も垣間見えていた。これが隊長格にまで上り詰める気迫か、と舌打ちしながら納得する。部下達もそれを受けては渋々下がるしかない。全員がすごすごと元の位置に戻っていき、暇を持て余すように己の銃を弄り始めた。解散を見届けて、隊長格の男が青木照彦に向かって言った。

「敵の情報が掴めてないんだ。攻め込む事が出来ないってのは分かるだろ?」

「そりゃ分かるさ。馬鹿にしてんのか?」

「ちげぇよ、ったく……。とにかく、今はもう迎え討つしかねぇんだ。となりゃここがやりやすいんだよ。街なかでドンパチおっ始めても邪魔ばっかでダルいしよ」

 確かにその通りだ。それは自分でも納得している。

「だがなぁ、まともに風呂にも入れねぇし寝床も腐ってるような場所にゃいい加減我慢ならねぇよ。何より女がいねぇのがクソみてぇにつまんねぇ。野郎しかいねぇとかホモじゃあるめぇし、俺にゃそんな趣味はねぇんだ気色わりぃ。せめて女の部下とかいなかったのかよ?」

「……なぁ、もう少し耐えてくれよ。奴を始末し返したら好きに遊び回れるんだからよ」隊長格が呆れ混じりにボヤくが、青木照彦は苛立ちのままに舌打ちを返した。

「なんかおもしれー事でも起きてくんねぇかなぁ」



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