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始末屋 The Pale Rider  作者: 西 光太郎


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1-4

挿絵(By みてみん)

「オイ、ありゃなんだ?」ホテルの部屋に戻り、青木照彦は顔に掛かった返り血と汚れを拭うと、周りの手下に問い掛けた。「あのバカみてぇなカッコしてた奴のこったよ」

 血と埃にまみれた上着を放り投げ、舌打ちをする。

「クソが、邪魔しやがって……オイ、てめぇらの仲間が殺られたんだぞ。誰かなんか情報はねぇのか?」

「多分アイツぁ……始末屋だ」髪の乱れた髭面のギャングが答えた。顔に血飛沫を浴びた跡のある男だ。青木照彦は思い出した。同じ車に乗っていて、その助手席に居た男だった。運転席の男が銃撃を受けて死んだ際、その血を浴びたのだろう。髭面は参ったように髪を掻き上げて撫で付けながら言った。「聞いた事がある。髑髏顔の死神……ペイルライダーって奴の話を」

「なんだそのフザけた名前は? ガキのお遊びみてぇだな」青木照彦は鼻で笑うが、名前を聞いた途端に男達は全員神妙な顔付きになっていた。

「髑髏顔……」

「あぁ言われてみれば確かにありゃ髑髏顔だった……」

「あれが死神だってのか……?」

「マジかよ畜生……」

「俺ぁ初めて見た……」

「たりめぇだろ見た奴ぁ大体死んでんだよ」

 周りがざわつく中で、髭面は視線を落として続ける。

「始末屋ってのは大抵面倒な連中だが、中でも髑髏顔の死神は特にイカれたヤベェ奴だ……。先週、港でバルベルデからのヤクを水揚げしてた連中が殺られた。ボスがサツに金握らせて情報漏れねぇようにしてたってのに……どっから嗅ぎ付けたのか知らねぇが突然そこに現れて、その場に居た十人以上をたったの一人で血祭りに上げやがった」

「ほぉう? まるで見てきたような口ぶりじゃねぇか。なんだ? そこに居たのか?」

「いやちげぇよ、俺じゃねぇ……俺の弟がそこに居た。最後の電話が忘れられねぇ。助けてくれって泣いてたよ。髑髏顔の奴が来た、あれは死神だ、って……銃声と爆音の中で悲鳴上げながらさぁ。……兵隊揃えて駆け付けた時にゃもう、弟は首捩じ切られて燃やされてて……残ってたのは頭、それも顔の半分だけだったよ」

「あ、アンタ……こっから離れたほうがいいぞ……」禿頭の男が顔を青褪めさせながら項垂れて、ようやっと言った。「狙いは恐らくアンタだ」

「なんでそう言い切れる?」青木照彦は問い返した。

「分からねぇか? アンタの周りに居た奴ばっか撃たれてた! 車を見れば分かる。弾の痕もアンタの居た近くに集中してた。きっとアンタを殺そうとしてたに決まってる……。始末屋ってのは被害者から依頼を受けて悪党を殺しに来るんだ! 言っちゃなんだが俺達ゃそこらにいるような小物だ、大した事はしてねぇ……。それよりアンタみてぇなエグい事してきた奴が狙われてるほうが自然だろ!」

「……だとしたら、アイツの仕業か」青木照彦には思い当たる節があった。彼の追う少女が、その小さな胸の内にどれだけの恨み辛みと怒りを抱いているのか、それくらいは理解している。何故なら彼自身が手塩に掛けて育てたからだ――尤も、売春婦に、ではあるが。きっと? 恐らく? いや、確実にあの女の仕業だろう。泣き寝入りするだけの他の連中とは違って、何に変えてでも憎悪を晴らし、自由を手にしようとするくらいの気概は持っているはずだ。そうでもなければ、この一年もの間、全国各地を渡り歩いては手下を殺して追走を躱そうともしない。あの女なら、こんな小賢しい真似をしでかしても不自然ではない。だが、だからと言って何を怖気付く必要があるのだろうか。

「何ビビってやがるんだか、たった一人を相手によぉ」青木照彦は嘲るようにそう言った。何がそんなに脅威に思うのか、彼には理解出来ないのだ。さっきだって撃たれて怯んで逃げて行ったじゃないか。確かに何人かは撃ち殺されたし、最後には爆発まで起こされて、間近で巻き込まれた奴らは漏れなく焼かれるか八つ裂きになるかで死ぬか死んだほうがマシなくらいの目に遭い、自分も爆風に煽られて背中をしたたかに地面に打ち付けてしまったが、しかし冷静に考えれば優勢だったのはこちらのほうだ。青木照彦は口を開いていた二人を見た。「相手はたった一人で、こっちは全部で……何人だ? 外に居る連中も合わせりゃまだ二十人近くも居るじゃねぇか」

 だが、髭面と禿頭の男達は完全に参っているようで、その視線を受けただけでも後じさらんばかりにたじろいだ。二人はそのまま、慌てて言う。

「わ、悪いが俺は降りるぜ! まだ死にたくねぇ……お、弟みたいに、あんな無惨に殺されたくねぇ!」

「おお俺もだ! か、金はいらねぇ、ウチに帰らせてもらうぜ!」

 どよめくように動揺が広がっていくのを感じる。恐れが伝染病のようにうつっているのだ。それも、得体の知れない死神とやらの影に怯える恐怖がだ。

「……オイオイお前ら」青木照彦は溜息混じりに言うと、素早い動きで殴り倒してすぐさま懐からコルトのセミオートを抜き、その二人を撃ち殺した。「情けない事言ってんじゃねぇよ、他にも響くだろうが」

 彼は銃をもたげて、周りに立つ他の連中へ向けながら、携帯電話を取り出した。周囲が臆して後じさるのを尻目に、それを弄りながら言う。

「始末屋殺した奴には特別ボーナス、現ナマでくれてやるぞー。それと逃げてぇんならここで俺が撃ち殺さない内に逃げろよー。まぁ、そしたら後でテメェらんとこのボス脅すから、別の奴らが処刑しに来るかも知れんがな」そこで、隅のほうで拳銃を抜きかけた男に向けて照準を合わす。「……あーオイそこの奴、銃下ろせ。最初に言ったろ? 俺を殺すのもよしとけって。俺のログインがねぇと、テメェらんトコのボスだけじゃねぇ規模のネタ、全部ウェブとマスコミに流れっからな」

「よせ、ボスに殺されちまうぞ」友人か古い付き合いなのだろう傍らの男が、震える手で拳銃を抑え、下ろさせるのが見える。「他の組織からも狙われちまう」

「そうなりゃ生きててもお先真っ暗だな」青木照彦は鼻で笑い、続けた。「ま、裏切るってんならそんくらいの覚悟は持てよー」

 正しく無関心な教師のような口ぶりだったが、その実、彼の視線はその場の全員を捉えるように動き、全身からは何をしだすか分からない狂気と怒りが滲んでいた。全員が圧倒されておののいたのを見て、青木照彦は、始末屋への恐怖よりも、今この場での恐怖が勝っているのを把握した。

「なぁオイ、弱気になってんじゃねぇよ。勝ちゃいいんだよ勝ちゃ。考えてもみろ。こっちはまだこんだけ居るんだし、これから増援も呼ぶんだ」電話を示して続ける。「それなら殺しに来ても殺し返せるだろうが。そんでこっちは晴れて自由の身だ」

 弱みを握り、恐怖させると共に、檄を飛ばす。それが彼の手段だった。単純だが効果はある。芯の無い者には特にだ。そして今、彼は確信していた。これで支配出来た、と。

 電話口にしゃがれた男の声が聞こえてきた。この辺りのストリートギャングやヤクの売人の元締めをしている地元マフィア、その内の一組織を仕切るボスだ。同時に、かつての顧客の一人でもある。他組織同様、この男も汚職まみれの鳴海市警や地方検察とも繋がりを持ち、罪を逃れつつ今なお重ねている訳だが――青木照彦の手には、そんな堕落した司法の力でも無視出来ない程の情報が幾つも握られていて、それを元手に『交渉』をしては、活動基盤となる拠点や手下を借りているのだ。そして青木照彦自身の言った通りに、自らの身にはおいそれと手出しも出来ないように布陣も固めてある。余程の間抜けでない限りは応じる以外に手は無いし、逸る誰かが勝手な真似をしでかさないように目を光らし、釘を刺す他に無いのだ。

 青木照彦はマイク越しに彼へ向けて言った。

「よぉ、てめぇんトコのガキどもが何人か殺られちまってよ。あー、相手は始末屋ってんらしい。……あぁ、次はもっと使えるのを寄越してくれ。……そう、逆に始末してやりてぇんだわ」


「あぁ、クソ……まだ痛い」ジョウが苛立つように歯を食い縛りながら呻いた。「オイ、どうにかしてくれよ、畜生……」

 バー・アサイラムの二階にある住居スペース。客間となっている裏手の和室で、布団の上に横になった彼は、穴の空いた防弾ベストを脱ぎ、破けた黒いドレスシャツの袖と裾を捲り上げて抉れた左腕と古傷だらけの腹部を晒し、便利屋の弟子の手当てを受けている。先程常備しているであろう薬を飲んだ所だが、まだ効果は薄いのか、左腕以外の肌にはじっとりと汗が滲み、見る者にその身に走る痛みがどんなものなのかを知らしめていた。

 少女は障子張りの引き戸の付近に立って、ジッと、応急処置を受けているその様子を見やっていた。

「幸い出血や骨への異常は無いようですが、えらく酷い打撲になってますね。ちゃんと冷やして休んどいて下さいね」腹部を包帯で圧迫し、氷を手渡すと、抉れて捲れ上がった左腕の皮膚を修復剤で貼り直して、弟子は言う。「一応医者と技師を呼んでおきましたから、今晩はここで大人しくしてて下さいよ?」

「……だったらもっと痛み止めが必要だろうよ。いや、マティーニとかモヒートとか贅沢は言わんからさ、ちょっとラムかバーボンでもくれよ」ジョウは呻くように呟きながら、起き上がろうとした。「あと、新しい服も。ほらこれ、破れてるんだぞ」

 彼は傍らに置かれた替えの服――弟子が用意した物で、恐らくはこれもこの家に常備しているのだろう――に手を伸ばそうとした。だが、すぐさま響いてきた痛みによってそれは遮られ、再び唸りながら横になった。

「あのですねぇ……幾ら左腕で削がれたからって銃で撃たれてるんですよ? しかも飛び回るからってプレートは軽装用のレベル2Aなんか使って。結構な衝撃食らってるはずなんですから、無茶しないで下さい」弟子は新しいシャツを手渡すと、立ち上がって店へと戻ろうとする。「あと、お酒なんて絶対駄目です。また吐かれちゃ困りますし、大体さっき薬飲んだばかりでしょうが」

「あぁもう分かったよ、お小言マシン。……クソ、ここ何日かは本当に最悪だな全く。依頼人は死ぬ、悪党と濡れ鼠の鬼ごっこ、正体はバレる、撃てたのに撃てず終いで挙げ句に撃たれる、べらぼうに痛い……! 苛つくよ。なんか一つくらい、いい目見させてくれないのかよ畜生」

「お嬢さんは助けられた。でしょ?」苛立つようにボヤき続けるジョウに、弟子は涼しい顔で返した。

「あぁ? いやまぁ、それはそう、だけど……うん……でもなぁ……!」

「ホラ、いい目は見られました。だから後はいい夢でも見てて下さい、おやすみ」それから、少女と擦れ違う形になった弟子は、彼女に向けて優しい声で言った。「あなたも今日はもう上がっていいですから、シャワーでも浴びて着替えたほうがいいですよ。なんせホラ、血まみれですしね」

「えぇ……」と少女は頷いたが、今は自身の身なりについてなど関心も湧かなかった。

 弟子が去るのを感じながら、少女はようやっと起き上がりつつあるジョウの左腕に目を落とした。彼の左腕は僅かに肌の色やサイズが異なっている。それに目を凝らしてよくよく見れば、関節部や指先などには薄らと分割線が入っているし、前腕部に出来た大きな皮膚の裂け目――弾痕からは、何か金属的な鈍い色が顔を覗かせていた。

「ねぇ……あの……」少女は口を開いたが、上手く言葉が紡げなかった。何故なら、彼が負傷してしまったのは自分の所為だと言う負い目があったからだった。それでなんと声を掛ければいいのだろう? ごめんなさい、傷は大丈夫? お腹だけじゃなくてその腕もよ、見た感じ酷く『壊れている』じゃない……。どう足掻いてもそれには触れざるを得ない。

「なんだい。今朝は泥で、今夜は血にまみれてるのかい、お嬢さん」ジョウが疲れたような目を向けながら、戯けるように言った。しかしそこには、どことなく非難の色も含まれていた。「随分変わった風呂の趣味で。悪いが俺には理解出来んよ」

 それから彼は、彼女の視線がどこに向いているのかに気付いたようで、溜息混じりに続けた。

「あぁ、そうだよ……義手だよ」

「そう……なのね……」彼が自ら切り出してくれたお陰で、少女もおずおずとだが、言葉を紡げた。矢張りそうだった。それも世に出回る物よりも遥かに強固な代物で、だから撃たれていながらも、負傷を抑えられているのだろう。それから何かを言うべきだと思って、言葉を紡ぐ。「えっと……その……いつからそうなの?」

「もう随分と昔からさね」だがジョウは、そう冷たく切り捨てるように言って、沈黙してしまった。当然だと少女は思い、同時にしくじったとも思った。咄嗟に口をついて出たとは言え、なんでそんな事を言ってしまったんだろう。

 居心地の悪い静けさが続いた。少女は興味と謝意とで混乱するまま、最早何を言うべきか分からなくなった。ただ彼の腕はどうしても目を引くので、視線はそちらに行きがちだった。すると、やがてそれに耐えかねるように――あるいは苛立ちに任せて吐き散らしたくなったのか、ジョウが再び溜め息を吐いて、少しためらいがちながらも続けた。

「昔、強盗に襲われて両親が殺されてね……僕は重傷を負わされながらもなんとか逃げる事が出来たけど、代わりに腕含め、色々と失う羽目になったのさ。その後、引き取ってくれた親父さん――先代の始末屋と便利屋が、伝手を使ってコレを作らせて以来、こうして機械仕掛けの腕と一緒に生きてるんだよ」

「……辛かったでしょうに」そう言ってから、月並みな言葉だと思って顔をしかめた。だがそう言う他に何も思い付かなかったのも確かだ。もっと気の利いた言葉を掛けられたら良かったのに。

「そりゃあね、そうさ。それに今だってそうだ」ジョウは吐き捨てるように言った。「機械の腕だ、時には助かる事もあったけど……失ってる事には変わりないんだぞ。いい思いなんて、一つも……無いよ」

 ジョウは自嘲するように笑みを浮かべると、呻きながらシャツを着替えて腕を隠した。そこで袖の無いインナーから覗く義手の殆ど全容が見えて、その規模は肩先からなのだと分かった。ジョウは皮膚の破けていた辺りをさすり、舌打ちをしながらも確かめるように握っては開く。作動音など全くしない、まるで生身の腕そのものに見える。けれども確かにそこには異物があるのだ。彼は、ふん、と小さく息を吐いて、それから少女へと視線を返した。

「だからそう、あまりジロジロ見ないでくれよ。あと、これについても誰にも言わないでくれよ? 出来ればコイツは最後まで隠しておきたいくらいの切り札で、『奥の手』なんだ」

 少女は頷き返すしかなかった。彼の戯けるような口振りは、むしろ痩せ我慢のようにしか見えなかった。それはきっと撃たれた痛みの所為もあるだろうが、それだけでは無い。彼もまたその身の内に傷を抱えているのだ。そしてその傷痕は深く、大きいものなのだ――自分と同じで。彼女には彼の痛みがよく分かった。体の一部を奪われる経験なら、彼女もしているのだから。なのに今はその自分が傷を抉るような真似をしてしまっている。

「ごめんなさい、私の所為で……」少女はようやっと、その言葉を絞り出した。その謝意は本心からのものだった。そもそも彼女が言う事を聞いて無茶をしなければ、きっとこうはならなかっただろう。彼は心身共に傷付かずに済み、始末もきっちりと片が付いていたはずだ。全てを悪い方向に転がしたのは、彼女の行い以外に何も無い。申し訳無さに胸が詰まりそうになっている。だが、どうしてでも奴の死に様を眼の前で見てやりたいと言う、その想いも決して消えはしない。もし次もまたチャンスが有るのなら、その時は……そうだ、その時も同じように、無茶をしてでもそれに掛けるだろうと思った。危険なのは十二分に分かっているが、そうしなければ、全身を支配する憤怒と憎悪は決して収まらない。

「なぁ……どうして来たんだ?」少しの沈黙の後、ジョウが冷たい声で問い掛けてきた。「来るなと言ったろうに。危険だし、足手纏いだとも。それなのに、何故?」

「それは……」

 言い淀む彼女に、ジョウは苛立つように続ける。

「これまでの依頼人にも、同じくらいに相手を憎んでいる奴は大勢居たよ。だがお嬢さん程に無茶をする奴は中々居なかったな。皆そうさ……仇を討ちたい、復讐はしたい、けれども傷付きたくはないし、ましてや死にたくなんてないものさ。だが、どうやらお前さんは違うみたいだな。そうまでして死に様に執着するのは、何故なんだ?」

 その疑念と非難の入り混じった声に、少女は迷った。理由を言うのは簡単だったが、そうすれば今朝のように、自分の中に流れる唾棄すべきモノや、身に刻まれた傷痕を思い起こさせて、憎悪と激怒に耐えきれずに泣き喚いてしまいそうになる。確かに依頼をする上では仕方が無かったのだが、出来る事なら便利屋にだって話したくはなかったくらいだ。しかし、今のジョウを納得させられるだけの言い訳は思い付かなかった。その目は彼女を追い詰めるようだった。

「そ……れは……」やがて彼女は決意し、絞り出すように言った。「それは、私が……私が奴の……青木照彦の娘だからよ」

「何……?」少し間の抜けた声が返された。

 彼女はポケットから小さく折り畳んだ紙を取り出し、それを広げて差し出した。涙の滲んだ跡のあるそれは、今朝、便利屋が調べて纏めた物の内の一枚だった。そこには彼女についての情報が載っている。少女は静かに名乗った。

「私の名前は青木恵美」

「娘、か……しかし、なるほど……道理でな……」ジョウは受け取った紙と彼女を見詰めて、少し目を丸くしていたが、どこか納得するようだった。「じゃあ売春の被害ってのは……」

「本当の事よ。でも高校からじゃない」少女――青木恵美は頷き、続けるように言った。「私は幼い頃から両親に性的虐待を受けていたわ。奴らは私を売り物とする為に調教していたのよ。十歳になる頃には知らない大人に体を売らされていたわ。全ては奴らが楽して儲ける為……つまり私は、文字通り『恵み』をもたらす為だけの存在だったのよ」

「そんな事をさせられていて、よく無事だったな」まるで我が身の痛みであるかのように顔をしかめてジョウが言う。

「父は体育教師だったから、体の事には詳しかったのよ。知り合いには医者も居て、加減や制御も知っていたみたい。それでも、十二の頃に妊娠してしまった時は、流石に面倒だと思ったんでしょうね。コネを使って私の体に手術をさせたのよ」

「……堕胎か?」と半ば分かったと言わんばかりの声でジョウが言った。

「それもあるけど……」恵美は首を振る。「いいえ、もっと根本的な事よ」

「根本的、だと?」

「私の子宮を摘出したの」恵美は服をはだけて、自らの腹部を晒した。そこには今も薄らと手術痕がある。事情を知らなければ単なる小さな傷跡ではあるが、それは言わばジョウにとっての義手のようなもの――一生消えずに忘れられない、痛みと怒りの証である。

「な……ッ!?」ジョウの目が見開いた。信じられない物を見るかのような目だ。いや、信じたくないのだろう。予想は出来れども、それは正に残酷な仕打ちだ。「いや、まさか、冗談だろう……!?」

「それならどれだけ良かったか」恵美は傷痕を示しながら続けた。「でも本当に……私の体を作り変えたのよ。もう二度と面倒事にはならないように、ってね。つまり、私を完全な道具に仕立て上げたのよ」

「な……なんて事を……ッ」恵美の目の前で、彼の顔が一気に怒りと憎しみに赤く染まるのが見えた。彼女の傷を通して、行われた悪逆非道を見ているかのようだ。彼は深い悲しみに震える声で言った。「我が子に……実の娘にだぞ……ッ! どうしてこんな惨い、仕打ちが出来る……ッ!? 信じられん……僕には信じられないッ! こんな、こんな事があっていいのか!?」

 参ったように長い髪を掻き上げ、顔を覆い、頭を抱える。

「ゆ、許せん……許せん! 許せんッ! 外道め、絶対に許さんッ!」荒い吐息と共に唸り声が漏れ、その姿は最早別の痛みに悶え苦しんでいるようにすら見えた。いや、正に彼は苦しんでいるのだ、理解出来ない行いに。実の親が実の娘に行うにはあまりに残虐で理不尽な行いだ。恵美だって、これが自分の身に起こった事ではなく傍から見聞きしていればそう感じるだろうと思ったし、それが当然の反応だと思った。同時にジョウの親が、そして親代わりとなった存在が、如何に彼に愛情を注いでいたのかを窺い知れて、羨ましくなった。

「あれが私の親だなんて認めたくないから、本当は名乗りたくなんてなかった。ただの一被害者として、奴が死ぬのを見てやりたかった。けど、もう説明する以外に思い付かなくて……」

「もういい」ジョウが遮った。呻きながら身を捩り、彼女の服を直す。「辛かったろうに」

 それから彼も、そんな言葉しか言えなかった事を悔やむように顔をしかめた。

「別に……」恵美は最早自棄になって笑い返したが、その時、いつの間にやら頬を伝っていた涙に気付いた。「でもこれで分かってくれたでしょう? 私の想いが」

 それを切っ掛けに、恵美は両目から止めどなく涙の粒が溢れ出るのを感じた。もう堪えるのも限界に達していたのだ。

「あぁ、よく分かった。充分過ぎるくらいにな……ッ!」ジョウは深い憎悪と悲哀が混ざり満ちた顔で見詰めてから、頷いた。その顔には、もう彼女へ対する非難の色は無い。恵美に対して向けられていた悲しい優しさが過ぎ去った後、彼の身を裂くように沸き起こり、纏い付くのは、悪に対するおぞましい程の憤怒と殺意だけだ。「これで本当に一片の慈悲も容赦も無く、あのド畜生を殺せるようになったよ……。あぁ、殺してやるぞ……邪魔する連中も皆纏めて殺してやる……!」

 恵美は彼から溢れる怒りに感謝を抱いた。これ程のものを抱いてくれるのなら、必ず憎き父親も惨殺してくれるに違いない。絶望の淵に追い詰めて、血反吐の海に叩き込み、地獄の底まで突き落としてくれるはずだ。

 だが……それでいいのだろうか? それ『だけ』で……? そう心の中に引っ掛かりが生まれるのも感じた。改めて奴の仕打ちを思い返す内に、その身に宿ったおぞましい感情は激しく逆巻き猛り狂っている。ジョウが殺すのをただ黙って見ているだけで、この激情が収まるのか? 死に際を嘲り、踏み躙るだけで、本当に満足出来るのか?

 ……いいや、無理だ。最早それだけでは、まるで足りない。もっと、もっと何か、満たしてくれるようなものが欲しい。

「いいえ、ちょっと待って」恵美は涙を拭い続けながら首を振った。嗚咽混じりではあるが、耐えきれない程の怒りの滲んだ声で続ける。「依頼を少し変えさせてちょうだい」

「変える? どう言う事だ?」ジョウが尋ねる。努めて穏やかな声を出しているようだった。「始末してほしいんだろう?」

「そうよ……そうだったわ。でも今はもう、ただそれを眺めるだけなんかじゃ、到底この身に溢れる気持ちが抑えきれないのよ。だからお願い……銃を貸して」恵美は溢れる涙をそのままに、彼を真っ直ぐに見詰め返した。部屋の隅に纏められている装備と、それに収められている銃器を示す。「奴は私自らの手で殺すわ」


「なるほど、聞いたのか」便利屋がカウンターの向こうから言う。

「あぁ」ジョウは頷いた。

 一夜明けた昼過ぎ。開店準備中の店内にジョウは居た。馴染みの闇医者によって処方された錠剤を飲み、左腕の調子を確かめるように動かしながら答える。

「彼女の憎しみがよく理解出来たよ、痛いくらいにね。恨んで当然だし、死に様を見たがっても当然だな。……自分で殺したがってもね」

「初めて聞いた時、俺はなんだか小さい頃のお前を思い出したよ。無くしたものとか、無理矢理ついて行こうとする所とか、似ている気がしてね」

「あぁ……かもね」便利屋の言葉に、ジョウはすっかり直された左腕に目をやりながら、ふと昔を思い返した。

 かつて押し入り強盗によって両親と左腕を始めとした多くのものを奪われた後、師である先代の始末屋に引き取られた彼もまた、自らの依頼した仇討ちに無理を言ってついて行ったのだ。そうしなければ満足出来なかったのを今でも覚えている。ただ復讐を依頼して待つだけでは、自分の中に巣食うおぞましい感情を処理しきれなくなりそうだったし、一生苦しむ事になりそうだったからだ。足手纏いでしかなかったろうに、先代は何も言わずにいてくれたし、危険からは身を挺して庇ってくれて、最後には引き金も引かせてくれた。自らの手で仇にトドメを刺せた。それが彼の心の中に渦巻く醜くドス黒い感情を、ほんの僅かではあったが和らげてもくれたのだ。

 ジョウは昨夜の事を思い返し、改めて確かになと思った。恵美は正しく過去の自分と言える。その胸に抱えた暗く黒い激情を晴らすには、自分の手で始末をつけさせてやるしかないのではないだろうか……。

「思ったんだが……」便利屋は呟くように言った。「連れて行ってやるべきかも知れないなって」

「それは何か? 昔の俺みたいにか」ジョウは眉を顰めて返した。

「そうだな」便利屋は頷く。「それが一番の薬になるってのは、お前がよく分かってるんじゃないのか?」

 勝手な事を抜かして、とジョウは少し苛立った。しかし彼の言う通り、頭の中にはその考えが渦を巻くように残っている。

「だが危険だろうに」ジョウは首を振った。「戦いの場に素人を連れて行くなんてのはさ」

 青木照彦は彼女を捕らえ、心をへし折り、再び手駒の娼婦として活かす事を目的としているようだが、それが戦闘の混乱の中でどれだけ守られるかは分からない。下手をすればどさくさに紛れて殺されてしまう可能性だってあるのだ。それでは、例え始末を果たしたとしても意味が無い。依頼人が生きていなければ、その身に募った憎悪を晴らしたとはとても言えないだろう……。

「そうさ、命のやり取りをするんだぞ。遊び半分にチンケなプライド片手で、そこらの族やクズガキ相手に喧嘩を吹っ掛けに行くのとは訳が違うんだ。馬鹿どもの言うような潰すだのぶっこむだのとは段違いの話なんだぞ……」

 しかしそうは思っても、ジョウには他に彼女の救いとなる手段が浮かばなかった。彼女が昔の自分なら、望む事をさせるべきだ。それが何よりの救いになる。

「心配なら、私を訓練して」厨房の奥、住居と繋がる通路のほうから恵美がやって来て、強い口調で言った。いつから聞いていたのだろうか。身支度を整えた彼女は、すぐにでも動き出せると言わんばかりの様子だ。「私に、戦い方を教えて」

「お嬢さん」ジョウは敢えて名前を使わず、そう呼んだ。昨夜の話を聞いた後では名前を呼ぶのは憚られたし、彼女もそれを望んでいるだろうとも理解していた。それから首を横に振る。「いや、付け焼き刃では歯が立たんだろうよ。例えどんなチンピラ崩れの雑魚相手であっても、向こうだって必死なんだ。そんな奴を前にしては、生半可な力や技では生き残れないよ」

「確かにそうかもね……。だからあなたが指示を出して。連れて行ってくれるならその命令に従うわ」恵美は答える。「それなら無茶は出来ないし、あなただって満足でしょう?」

 ジッと、彼女はジョウを睨むように見る。

「それは、そう、だけど……」泣き腫らした目に浮かぶ意思の強さに、ジョウはもう一度かつての自分を思い起こし、言い淀む。あの時、自分も泣きながら頼んだっけか。腕が無いのに土下座までしようとして床に顔をぶつけて、口から鼻から額からと血を流して……。それだけ必死な想いだったんだよな、と懐かしむ。方向性は違えども、彼女も同じように執念深く燃える瞳をしている。ここで断れば、恐らくは土下座で頼み込むよりも自力で打倒しようと再び無茶な何かをしでかすのは容易に想像がついた。もし銃でも爆薬でも勝手に持ち出されようものなら、無差別テロ紛いの見境の無い攻撃でも仕掛けかねない。そうなった時はもう最悪の展開としか言いようがないだろう。

 見やれば、便利屋も同じ気持ちだったのだろう。彼も懐かしむように、そして悲しむように彼女を見ていた。

 むぅ、と唸り、ジョウは考え込む。確かに命令通りに動いてくれれば危険性も減らせる。それは経験が裏付けている。先代もただのガキだったジョウを危険から遠ざけつつ戦っていたし、その指示のお陰で彼は今もここに居る。しかし、先代の――親父さんのようなそんな真似が、果たして自分に出来るのだろうか? そもそもそんな余裕、自分にあるだろうか? いつだって必死に平静や余裕を装っては痩せ我慢しかしていない自分に、他人を気に掛けながら戦うなんて芸当が出来るとは、到底思えない……。

「いや……でも……僕には……」駄目だとか無理だと言う言葉が喉元まで出かかっては、グッと押し込められて奥に消える。言って楽になりたい気持ちと、言うべきではないとする気持ちが葛藤となって胸の中で激しく暴れている。自信なんかよりも、不安や恐怖が勝る。

「……なぁ、俺も出来る限りフォローはする」やがて、便利屋が言った。「それにお前だって、ソイツに慣れるまでは時間が掛かるだろ?」

 彼はジョウの腹部を示す。そこは撃たれて負傷している部分だった。

「まぁ、そうだけど……」便利屋の言わんとする事はジョウにも分かった。鎮痛剤で抑えたとしても、まだ疼くような感覚は時折動きを阻害し、悶絶してしまう。効果が切れれば尚更だ。一瞬の隙が命取りになる世界に踊り出るにしては、コレは致命的だった。薬を使わずとも痛みが和らいで体に馴染み、それを耐えて無視出来るようになるまでは、今しばらくの時間が掛かるだろう。

「それまでの間に、やれる事をやればいい」

 便利屋の言葉を受けて、ジョウはどうするかとしばしの間沈黙した。どうにも不安は拭えないが、本当に助けになる方法が他には見つからないので断りようも思い付かない。再び低く唸りながら悩んで、ジョウは溜息を一つ吐き、やがて渋々と言った調子で二人に向けて言った。

「……分かった、連れて行くよ」

「本当……!?」驚きを滲ませながら恵美が問う。

「あぁ」

「ありがとう……!」

「但し、しっかりと訓練もするぞ。ちゃんと指示が聞けるようにな」

「望むところよ……ッ!」恵美が頷き返した。その目は熱を感じるほどの強さに満ちていて、決して折れず屈しないと語っているようだ。

 気乗りはしないが、その想いに応えてやろう。ジョウは彼女の目を真っ直ぐに見やりながら思った。


 鳴海市には、行楽地開発の中止や企業の倒産によって放置されたままの土地や建物が数多くある。その内の一つ、都市部から外れた山間奥地にある古いホテルの廃墟。解体作業の最中に放棄されたその場所に、青木照彦は居た。

 かつては登山客向けに運営されていたと言うそこは、遥か昔に所有者が行方を眩ました事によって捨て置かれていた所を、彼と結託している地元マフィアの連中が違法に占拠し、長らく取引やブツの一時保管、人質の監禁、証人や証拠の隠滅に使用しているのだと言う。だが、今は決して商談だとか裏工作を行っている訳ではなかった。始末屋に狙われているとあって、マフィアのボスから、迎え討つ事になればそれに相応しい潜伏場所として用意されたのだ。これは単にボスの老人が、自分のアジトである別荘だの屋敷だのを提供して汚損されたくなかったが為の利己的な判断だったのだろうが、敵を敢えて待ち受けるにはむしろ好都合な部分もあった。素人目に見ても、人混みが射撃の邪魔になり得る街中や、同じホテルと言う括りでも逃げ道も隠れられる場所も少ないあの売春宿なんかよりは、ここのほうが遥かに戦いやすそうなのだ。屋内は一見開けているようでいながらも、撤去中に捨て置かれたままの家具や建具、なんらかの事情で崩れた建材の瓦礫等が所々に纏められていて、程良く遮蔽物として利用出来るだろうし、屋外の環境にしても繁華街や大通りからは離れて人通りが無い事から、見張りを立てれば付近一帯からの接近者をいち早く発見し、先んじて攻撃する事も可能だろう。加えて、当分の間は買収してある汚職警官達の根回しで、もし仮に通りがかりからの通報があっても、数少ないまともな連中には届かず処理されるようになっているので、別の地域を根城としているクライムファイターどもでも出張ってこない限りは、面倒な介入も起こり得ない。実にいい環境と言えた。

 約十階建ての内の三階、北側部分。そこには幾つもの壁をぶち抜いて作られた広い部屋がある。組織規模での重要な商談や取引の為にと改装された場所で、丁寧さや清潔さは足りないものの、ある程度の内装が整っている。周辺地域への送電が途絶えて久しい中、裏手に設置した発電機で室内の照明は確保されており、そして何よりこの部屋は、その内張りに使用された特殊な鋼材のお陰で、雨風どころか大口径の銃弾すらをも防げる防弾仕様となっていた。四方はおろか床と天井にも徹底されており、窓には防弾の磨りガラスを嵌め込んでいるとの事で、中の人間を殺したければ爆撃でもして建物諸共部屋自体を崩すか、直接乗り込む以外に道は無いと、ボスの老人は豪語していた。

 ちょっとしたセーフルームとも言えるその部屋の真ん中で、時代遅れの古びたソファに腰掛け、ボロボロだが重苦しい作りのテーブルに足を乗せながら、青木照彦は眼の前でいそいそと支度をしている連中を見た。十人もの男達が、抱えてきた荷物を展開して、収められていた装備を着込んでいる。追加として新たに寄越された手下達で、護衛や戦闘を主たる役目として雇われている、言わば傭兵のような連中だ。

「で、お前らなら始末屋ってのも殺れるって聞いたが、本当だろうな?」

「あぁ、任せろ」先に支度を終えた隊長格の男が、自信に満ちた声で言った。

 男達は街で悪目立ちしないようにするためか、一見するとミリタリーかアウトドア趣味なだけの市民に見える服装をしている。しかしその上から皆一様に、双眼鏡のようなゴーグルを備えたヘルメットや弾倉を幾つも収めた防弾ベストを身に着け、M4だとか言う名前らしい戦争映画で見た覚えのありそうな形の黒い自動小銃を肩から吊り下げていて、只者ではない気配を醸していた。実際聞く所によると、彼らは以前始末屋か殺し屋の襲撃からボスを守り、逆に返り討ちにした事があると言う。これに元々居た二十人程のストリートギャングどもが合わされば、ちょっとした軍団の出来上がりだ。連中はヤクの売人をしているチンピラで決して戦闘のプロではないが、抗争だの取引相手とのトラブルだのでそれなりに修羅場を潜り抜けている。たった一人を相手にするには充分過ぎると言えた。

「後は木っ端どもからの連絡待ちか」

 今その下っ端連中の内の何人かは街に繰り出して、情報屋や仲介屋等に力づくの聞き込みをしながら、恵美の居所と共に、始末屋――髑髏顔の死神ペイルライダーとやらの事を調べている。遭遇からまだ一日程しか経っていない今の所はまるで芳しくないが、連中だってただ数が居るだけの流れ者ばかりではない。中には長くこの街を根城にして精通している者も居る。すぐにも正体も含めて居所を突き止められるだろうと思った。そしてその時が来たら、何も待つ事はない。むしろこちらから打って出て、呑気している所を逆に始末し返してやればいいだろう。これだけの連中が居れば、そこは数で押し通せるから問題無いはずだ。青木照彦はどこか気楽に構えていた。

「しかし髑髏顔の始末屋が相手とはなぁ」隊長格の男は皮肉げに言った。「遂に俺達にもチャンスが来た訳だ」

「チャンス?」

「おうよ。なんせ奴はそれなりに名の知れた始末屋さ、殺せば箔が付く。そうすりゃもっといい待遇を要求出来るだろうし、なんなら他に稼ぎのいい仕事にだってありつけるだろうよ」

 隊長格のみならず、仲間の男達の顔には獰猛なやる気が満ちている。それは己の命を的にしてでも金を追う、飽くなき強欲さが故なのだろう。青木照彦にはそれは少し過剰なようにも思えた。オイオイと呆れ混じりに首を振る。本当にそこまでの相手だろうか? 今日に至るまで、その髑髏顔とやらの話を散々聞かされ続けてきたが、それでもこの街の悪党どもが危惧するような強敵で、殺す事が一種の称号のようになる相手とは感じられない。だが、同時に都合がいいとも思う部分があった。この貪欲さがあれば、戦いで手を抜いたり、裏切ったり、直前で逃げ出すような真似はしないだろうからだ。

「なら逃す手はねぇな。頑張って仕留めて出世してくれや」彼が興味の無い本心を隠してそう言うと、男達は頼もしさと卑しさの混ざった笑みで頷いた。



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