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本州沿岸の街である鳴海市は、四方を海と山とに囲まれる自然豊かな港湾都市で、日本有数の行楽地として評判である。しかしその一方では、日本最大級の犯罪都市としても悪名を轟かせていた。
この街を訪れるのは、名物である海産物や、マリンスポーツに登山等と言ったレジャーを楽しむ観光客だけではない。港での輸出入や、行楽地開発の残りカスとも言える跡地や廃墟等を隠れ蓑にと目論む犯罪者、密入国者も大勢含まれており、その喧騒は正に年中無休で昼夜を問わず途絶える事は無い。その様は言わば、日本に生まれたマイアミビーチであった。
空が白み始めた頃。未だ騒がしい中心街や活気づき始めた港湾地区から遠く離れた、郊外の端にある小さな山。
私有地である事を示す鉄柵の門が独りでに開く。そして間もなく、一台のオートバイがそれを通り抜けて山道へと登って行った。
青褪めた肌のような色をしたアメリカンクルーザーだ。幾つか改造を施されているのか、カウルやケースが追加されている。跨るのは、黒いコートに黒いヘルメットの男。スモークタイプのバブルシールドの向こう側に薄らと見える顔には、赤い染みに塗れた白い髑髏が浮かんでいる。路地裏にいた死神――ペイルライダーを名乗る、あの男だった。
彼はぬかるんだ道を巧みに駆け抜けていくと、山の中腹辺りにひっそりと建つ古びた屋敷の前でマシンを停めた。髑髏顔の死神に相応しく、さながら幽霊屋敷や廃屋と見紛わんばかりのそれこそが、彼の拠点――孤独の要塞とも言えるアジトであった。
胸元から取り出したリモートキーのスイッチを押してガレージを開けると、マシンを時代遅れの黒いマッスルカーと薄汚れた白いバンの間に停める。シャッターが閉まる音の中、暖色の明かりをゆらゆらと揺らす古めかしい電灯の下で、ペイルライダーはエンジンを切り、乱雑にヘルメットを外してミラーに掛け、スカルバラクラバと暗視機能付きゴーグルを脱いでコートのポケットに仕舞った。長い髪を乱れたままに垂らす、死人のように青白い肌をした眼鏡の男の顔があらわになる。年齢は三十代か四十代か、はたまたそれ以上か。見た目には分からないが、その顔立ちは疲弊して憔悴しきったような表情も相まって、さながら今にも倒れて死んでしまいそうに見えた。
「全く……あのクズの豚野郎めが」顎紐で首から掛けていたハットを手に取り、軽く絞って水気を切りながら、苛立つように呟く。「随分とまぁ手間取らせやがって」
マシンを降り、凝り固まった体を解すように伸びをする。長身痩躯が悲鳴のような軋みを上げ、その後、ズブ濡れの寒さに震えた。
さっさと諦めてくれていれば、こんなに苦労もしなかったのに。彼は舌打ちをした。全力で逃げる相手と言うのは、逃げずに応戦してくる敵よりも遥かにタチが悪い。追う手間が掛かった所為で、今や疲労は困憊状態で、瞼も重くなっている。早くシャワーを浴びて眠ってしまいたかったが、まだ武器や装具の点検整備をしなくてはならない。なので、休むのはもう少し後回しにしなければならなかった。彼はもう一度舌打ちをして悪態を吐いた。
「豚は豚らしく屠殺場に並んでりゃあいいし、下衆は下衆らしくくたばってりゃあいいんだよ、畜生め」
「お疲れさん、ジョウ」ガレージの奥、住居と繋がる扉から声が掛けられた。老年の男性の声だ。同時に、死神だった男に向けてタオルが飛ぶ。
「こいつは随分とお早いお着きだ事で。なぁ、便利屋」死神だった男――ジョウは、タオルを掴み取りながら、視線を向けて言った。「なんせ家主より先に上がってるんだからな、相当だぞ」
「そりゃお前、一晩中雨ん中走り回って凍えてるだろうと心配してたもんでな。色々用意してやらにゃと思って来てやったんだよ」便利屋と呼ばれた恰幅のいい白髪交じりの男は、苦笑いをして答えた。ジョウが始末の証拠となるカメラを投げ渡すと、それを受け取って画像を軽く確認しながら続ける。「それに、報酬についても話さにゃならんしな、始末屋さんや」
「報酬、ねぇ……」ジョウは頭を乱暴に拭きながら、興味無さげに返した。いや、彼は実際に、報酬には興味が無かった。
始末屋とは単なる殺し屋と似て非なるもので、多額の報酬と引き換えに人を殺すのは同じくだが、そこには常に被害者の正当性を求めている。しかし、数多くいる同業者の中でも彼は、更に輪をかけて特異な存在であった。何故なら、依頼を受ける際の条件に、報酬の多寡を含めてはいないからだ。彼が重視するのは、正当性の有無は勿論の事だが、被害者の抱く恨みや憎しみ、怒りの深さや強さであった。そのこだわりは、師であり親代わりでもあった先代の始末屋から、技術と共に受け継いだ信条だった。例え山程の現金を積まれても、決して悪党からの依頼は取り合わず、何一つの利得が無くとも、当て所もない感情を抱いて救いを求める弱い善人からの依頼は受ける。時には赤字になって、銃弾の一箱すらも買えなくなる事もあったが、ジョウはそれを曲げないようにしていた。
先代とは親友であり、ジョウのもう一人の親代わりとして面倒を見てきた便利屋は、二代続けて掲げるこの信条にある程度の理解を持っている。だからこそ、彼が情報屋兼仲介屋である世話役──つまり便利屋として、都合にあった依頼を持ってきては、報酬のやり取りを代わりに担っているのだった。
「それで……」ジョウはズブ濡れのブーツを脱いで抱えて屋敷へ上がり、リビングへと続く廊下を歩きながら言った。
「お前の取り分はこれだけだ」傍らに続いた便利屋は、遮るように、茶封筒に入った数枚の紙幣を見せて言った。その数はお世辞にも多いとは言えない。高校へ上がりたての新人アルバイトがひと月に稼ぐ額よりも遥かに少ないだろう。便利屋は苦笑いする。「こりゃまた弾代に消えるな」
だがそれに対して、ジョウは別段特になんの感情も湧いては来ない。貰えるのなら貰っておくかとしか思わなかったし、そもそも気になっているのはそんな物では無かった。
リビングに着くと、手渡されたそれを一瞥してから、便利屋に問い返す。
「こんなのはどうでもいいよ。……依頼人は?」
「ちゃんと弔ったよ。まぁ、だからそんだけなんだがな」便利屋は呆れるようにして封筒を示した。「親族探し出して事情説明して遺体引き渡して……取り敢えず無縁仏にはならないようにはしてやったさ」
「そうかい。それなら、まぁ……いいさねな」ジョウは冷たく返したが、その実少しは心が軽くなっていた。
便利屋を介して始末の依頼が届き、ジョウがそれを受けた後、依頼人はその情報を嗅ぎ付けた件の闇金業者によって嬲り殺され、あらゆる臓器を摘出された上にバラバラに切り刻まれた無残な死体となって、街のゴミ捨て場に転がされていた。家族を奪われた仇を討ちに始末屋を頼って来たと言うのに、自身もその家族の元へと無理矢理送られた挙げ句、体は悪党の儲けに利用されてしまったと言う訳だ。それも放っておけば、ずさんな市警の捜査では身元不明の死体と行方不明者扱いになりかねない程の惨憺たる姿だった。その無情な末路に言い表せぬ程の怒りを抱いたジョウは、せめてもの慰みになればと、便利屋に依頼人の遺体の処理を頼んでから、始末の遂行へと向かったのだった。
「ちゃんと殺ったからな。お前さんの無念も少しは……」もう一度封筒を見やってジョウは呟く。だが、死んだ者が何かを思う訳も無いだろうに。そう自嘲もする。遺族にとっては行方不明者扱いに苦しむ事が無くなったのは唯一の救いだろうが、それも死んだ本人にとっては何一つの価値も無い。依頼人が無事に生きていないのなら、なんの意味も無いのだ。例え仇である悪党を始末したとしても……。「いや……タチの悪い冗談だな、こんなのは……」
やるせなくかぶりを振って、それから便利屋に向き直り、皮肉げに続けた。
「もう随分と長い事やってきたが、いつまで経っても慣れないな。依頼人が死ぬのにはさ」
「分かってる。あのホテルは二度と使わんよ」便利屋は苦々しい表情で答えた。「次からはちゃんと考えとくさ」
「あぁ、本当に……頼むよ」念を押すように返しながら、ジョウは、容易く金で心を売り渡すのがこの街の人間なのだと改めて認識した。
便利屋の調査によると、依頼人の情報が流れた原因は、これまでセーフハウス代わりに使っていたホテルの従業員の内の誰かが、裏で密告屋として買収されていたからなのだと言う。ジョウはその事でより一層、金に目が眩んだ欲深すぎる人間達に嫌悪感を抱き、例え始末の依頼が入らなくともすぐにでも従業員達を皆殺しにしてやりたい気持ちになっていた。だがそれではただの無差別な殺戮と変わらない上に、その所為で自ら敵を作ってしまえば、本当に助けを必要としている者の為に戦えなくなってしまう。自らに言い聞かせ、グッと奥歯を噛み締めて堪えた。それにそう言う薄情な連中は、いずれどこかのタイミングで依頼が入り、因果応報となるものだ。以前にも、多くの証人達の情報を流して儲けていた汚職警官の始末を、市警本部長の権藤仁から直々に依頼され、遂行した事がある。怒りは残るものの、いずれ来たるであろうその時を待ち、胸の奥に仕舞っておく事にした。
ジョウは自らの全身に装備した武器を外し、テーブルの上に置いた。メインとバックアップ合わせて二丁のH&K USP拳銃や、MP7短機関銃、移動用ガジェットのワイヤーショットにファイティングナイフ。その横に予備弾倉を並べる。それから返り血と雨に濡れた服や装具を脱いで体を拭き、事前に用意しておいた部屋着のスウェットシャツとパンツに着替えた。心は重く沈んでいても、体がすこぶる軽くなった事で、ほんの少しだけでも疲れが癒えた気になり、表情が僅かに和らぐ。
「ハイハイ、お掃除するとしましょうかね」便利屋が武器類に手を伸ばし、整備用品の纏められたトレーの上に、慣れた感で分解をし始めた。彼を便利屋と呼ぶ所以の一つだった。気付けば、あっと言う間にMP7がパーツの状態となって並べられ、続けてメンテナンスが開始されている。
昨晩は特に雨が酷かったので、錆付きや故障を防止する為にも、それぞれの手入れは念入りにする必要がある。ジョウもクリーニングキットを使い、己の得物達の清掃を始めた。銃器を分解し、部品に破損が発生していないかを確かめながら、水気を取って油を差し、組み上げ直す。血のこびり着いたナイフは丁寧に拭き取ってから刃を研磨し、空になっているマガジンには便利屋が持ってきた弾薬を装填してから、銃器と併せて耐衝撃性の高い合成樹脂製のケースへと仕舞った。この状態で、普段は屋敷の地下にある射撃場兼武器庫に収納し、保管しているのだ。
便利屋と二人でしばらくその作業に集中し、全てをケースに纏め終えた後、ジョウは乱雑に脱ぎ散らかした服やブーツ、装具の点検に移ろうとした。破れやほつれがあれば修理しなければならないし、場合によっては廃棄して、新たな物と交換する必要がある。命を預ける以上は、欠かす訳にはいかない。だが突然、その手を便利屋が止めた。
「なぁ、待て。何か聞こえないか?」片付けようとしていた四十五口径弾の箱をテーブルに置き、眉をひそめる。「外に誰かいる気がする」
「何?」ジョウも、MOLLE式の防弾ベストから分厚いケブラープレートを抜き出そうとしていた手を止め、耳を澄ました。
しんと静まり返り、木々のざわめきすら聞こえてきそうな中に、僅かながら確かに、何かの物音や誰かの声――人の気配のようなものが伝わってきた。方向を辿るように耳をそばだてれば、それは屋敷の正面付近から感じられる。
こんな早朝から他に来客だって? ジョウは首を傾げた。いや、有り得ない。今日は一日、便利屋以外に、屋敷を含めたこの山を誰かが訪れる予定など一切無いのだ。そしてそもそも、ここを訪れるような知り合いや関係者とは、事前に連絡を入れるように取り決めてある。それが無ければ、敵対的な侵入者と間違えて排除しにかかりかねないからだ。
もしや、と彼は思った。つけられていたのだろうか? そんな馬鹿な。わざわざワイヤーを使って、遠くに隠したオートバイの所にまで移動し、それに乗って帰ってきたのだ。追いきれるはずが無い。しかし……。
思わず身震いしたのは寒さからではなかった。もしも正体を知られ、この場所を襲われでもしたら、失うものが多すぎるからだ。それは金やそこらの代替品なんかでは到底取り返しのつかない、大切なものばかりだ。故に、絶対に避けなければならない。
「ちょいと見てくるかね」便利屋がジャケットの懐から拳銃を抜いた。日本仕様のSIG SAUER P230。彼がまだ若く、便利屋と呼ばれる前から使い慣れていると言う愛銃だった。慣れた手付きで銃口を下に向けながらスライドを軽く引き、薬室への装弾を確認すると、玄関へと向かうべく踵を返した。「お前は休んでろ」
「いや、一緒に行くよ」ジョウは便利屋にそう返す。「でないと気が休まらんさ」
今から地下に降りて替えの装備を取って来る暇は無いだろう。なのでやむ無く、ジョウは濡れたままの服と装具をもう一度着込み、再び戦う姿──始末屋・ペイルライダーとなった。ナイフを鞘に収め、USPを一丁取り出して消音器を着け直し、弾倉を装填すると、取り敢えずの戦闘準備が整う。
これが降りかかる火の粉であるのなら、払わなければ。彼も便利屋の後を追って居間を出た。
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枝葉を掻き分けながら、少女は懸命に走っていた。背後からの怒声を浴びながらも、それに追い付かれまいと足を動かす。やがて開けた場所に出て、目前に廃屋のような建物が現れた時、彼女は不意にぬかるんだわだちに足を取られてしまった。持ち前の優れた運動神経で反射的に受け身をとって転がるが、その疲れの溜まった小柄で華奢な体躯では勢いを殺しきれず、最後には盛大にうつ伏せになって倒れた。視界の端で、宙を飛んだキャスケット帽がべチャリと音を立てて泥の中に沈むのが見える。白いブラウスと青いコルセットスカートに包まれた可憐な容姿は汚れにまみれ、全てが醜い茶色に染められていた。荷物を詰め込んだボストンバッグが重く伸し掛かり、薄い胸が圧迫されて息が苦しくなる。どうにか押しやり、乱れた長い黒髪を掻き上げて顔を拭うと、枝葉のどこかに引っ掛けていたのだろうか、袖先が派手に破けている事に気が付いた。膝を突いて起き上がれば、それは裾も同様だと分かる。両足を包む透過性の無い黒いタイツにも派手な大穴が複数空いていて、傷から滲んだ血がじわりと染み込んでいた。この服気に入ってたのに、これではまるでゴミ同然ではないか。苛立ちが募るままに顔を歪ませる。
この街に着いてからは運が無い。少女はここしばらくの事を思い返した。
もう何日も前になる。彼女はあてのない旅路の中で、隣県は新堀市から繋がる列車を使ってこの鳴海市にやって来た。それは、彼女を執拗に追い続ける、正しくイカれた追跡者と言うべき存在から逃れる為にだった。
鳴海市は流れ者の犯罪者や無法者が多く危険ではあるが、その分だけ人の出入りも激しい。流石の『あの男』も、如何に全国規模のコネや伝手を持つとは言え、この騒がしい街の中からたった一人の人間だけを見付けるのには手間取るはずだ。その間に身を休め、路銀を蓄え、次なる逃走の旅に備えればいい。家出少女相手に買春をしている輩の家を転々とし、それなりの金額を失敬しながら、彼女はそう考えていた。
だが、油断と言うべきか、甘く見ていたと言うべきか。四軒目の買春男の部屋に身を潜めていた彼女の元を、突如として件の追跡者が襲撃したのだ。地元のストリートギャングらしきチンピラ連中を大勢従えていたので、恐らくはいつものように伝手を使って手下として借り受けたのだろう。単なる人海戦術の面もあったのだろうが、彼らの持つ獣じみた縄張り意識を駆使して、無数の余所者が出入りするこの街の中から、たった数日の内に居場所を特定したと言う訳だ。
取り押さえようとする連中に対し、少女は愛用のカッターナイフと持てる全てを使って抵抗した。大暴れして何人かの喉や手首を斬り付け、目玉を突き刺し、耳や鼻を噛み千切っては重傷を負わせた。しかしそうまでしても矢張り数の力には敵わず、結局は虚しく囚えられてしまった。
その後は市内の安ホテルに囚われ、凌辱の嵐に身を犯されていたが、彼女は決して諦めずにいた。そして監視の目が薄くなった頃合いに色仕掛けに出て、チンピラどもが鼻の下を伸ばして油断した隙を突き、玉を潰して鼻を砕き、怯ませる事で脱出。荷物の回収こそ出来たものの、有り金の全てを奪われていて街から出られず、彷徨い歩くしかなくなっていたが、なんとかこの山の麓に広がる古い住宅街で空き家を見付けて逃げ込んだ。
しばらくはそこを拠点にして凌ぐ他に道は無いだろうと少女は思っていた。また買春狙いの輩を利用するのは追手にも予想されている事だろうから、先回りされて発見される可能性が高い。なので出来る事と言えば、こうして廃屋に身を潜めつつも、万引きだのスリだのと言った窃盗の類を行って食いつなぐぐらいしかない。ただそうなれば、悪党でもない無関係の人間からも何かを奪わなければならないだろう。罪悪感や嫌悪感が辛く伸し掛かったが、それでも体勢を立て直すには必要な行いであるのだ。覚悟を決めてやるしかないと言い聞かせ、眠りに就いた。
だがそれもすぐに無駄になったし、身を休められる時間などほんの僅かなものでしかなかった。夜が明けた頃には、どうやって居場所を嗅ぎ付けたのだろうか、二人のギャングが、まるで放たれた猟犬の如くすぐそこまで迫っていたのだ。
繁華街までは遠く、彼女が得意とする人混みを利用して逃れる手は不可能だった。こうなれば山の中で撒くしかないと思い、彼女は鉄柵を乗り越え、木々や枝葉の織りなす自然の迷宮に身を投じた。これらを掻い潜る事だって、人の波を掻き分ける事と大差無い。事実そうだった。昔から体力や運動神経には恵まれていたので、ややもすれば上手く距離を稼ぐ事も出来た。それでも、向こうにも意地があるのか、はたまた別に目的があるのか、諦める気配が微塵にも無く、執拗に追い掛け回してくる。そして永遠にも思える程の長い追走劇の果てに、とうとう彼女はこの廃墟のような屋敷の前で、絶体絶命の状況となってしまったのだった。
クソったれが、と彼女は思った。正直な所あまりにも汚すぎるような言葉遣いは品性に欠くので好きでは無いのだが、今は思う存分に悪態の限りを吐きたい気分だった。これ以上自由を奪われるのは嫌だし、何よりもう無理矢理に体を汚されるのは真っ平御免だ。だが相手に罵り声を浴びせても、連中が怯む訳でも、ましてや逃げていく訳でも無い。今はそんな事をしている暇があるなら行動しなければならない。
少女はスカートのポケットから取り出した血錆の浮いたカッターナイフを右手に握り、ボストンバッグを左脇に抱えながら、なんとか後じさった。いざとなればその全てを武器にして戦う他に道は無い。勝てるかどうかは分からないが、やらなければならないのだ。
彼女の眼前には、だらしなく服を着崩した如何にもチンピラな男が二人、下卑た表情で笑い声を漏らして立っていた。完全に勝ち誇った顔だ、と少女は思った。同時に、その顔には明らかな別の目的も浮かんでいると理解する。彼らは悠然と、しかし隙を逃さないように視線を巡らせながら、彼女へと迫って来ていた。
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「なんだいありゃ?」玄関脇の小窓から覗きながら、便利屋が言った。「安っぽいドラマか何かか?」
「それにしちゃあ、随分と真に迫ってるじゃあないか」同じくドアスコープから覗きながら、ペイルライダーは皮肉げに答える。後をつけられていた訳では無いのは確かだが、眼の前で事件が置きているのも事実だった。
カッターナイフを握った泥だらけの小柄な少女が、見るからにまともそうではないチンピラ二人に迫られている。危険な気配が伝わってきた。追われる者と追う者。鳴海市の路地裏ではお馴染みの光景ではあるが、それをよもやこんな山の中で味わう事になろうとは。
大抵の場合は女が被害者で、野郎が加害者だ。そして数分と放置していれば、強姦もののアダルトビデオかスナッフフィルムの撮影会が生で開始されると言うのがお決まりの展開である。被害者が無惨にいたぶられる光景は、眼の前でやられて気分のいいものでは無いし、黙って見過ごす訳にもいかない。
ペイルライダーは溜息混じりに扉に手を掛けた。これがお馴染みの光景でお決まりの展開だと言うのならば、戦わなければ。
確かに始末屋の信条としては依頼されない限りは命を奪うべきではないが、先代は目の前で厄介事や面倒事に巻き込まれている弱者を放ってはおけないタチだった。『依頼と言う形式を守ってさえいればいい』として、時にはその場に乱入して被害者を救い出しては、誘導尋問のように無理矢理にでも引き受け、下衆で下劣な小悪党であっても片っ端から始末していた。そしてそれは、先代が居なくなった今でも、ペイルライダー――ジョウに受け継がれている。
悟られぬよう静かに鍵を開ける。飛び出す準備が必要だ。この屋敷の窓も扉も壁も、全てが先代と便利屋の手によって耐弾仕様に加工されている。射撃で一方的に制圧する事は内外問わずに叶わないので、戦闘行為に及ぶにはどこかしらから身を出さねばならない。
しかし、と取手を握ったまま動きを止める。動くにはまだ判断材料が足りていないのではないか? 一見すれば如何にお馴染みの光景に見えても、どちらが被害者でどちらが加害者か、真に判然としている訳では無いだろう? 先代もそこには充分注意を払ってから介入していたし、それは彼もまた同じであった。
もしも少女が彼らに対して害をなした悪党ならば、たとえ女子供であろうと別に助ける義理も無い。正当な復讐を妨げるつもりなど、始末屋である彼には毛頭無いからだ。それに女子供の悪党も珍しくない。過去には何人も始末してきた。だがもし彼女が虐げられる立場で、恨みと憎しみを募らせるしか道が無いのならば……。
「なぁ、オイ……どっちが被害者だよ」かぶりを振って眠気を払い、疲れた思考を奮い立たせて、ペイルライダーはこの状況を観察し、推し量ろうとした。殺人と言う悪行を成して戦うのだから、助けるべき相手を間違える訳にはいかない。ただ普段ならいざ知らず、一晩死闘を繰り広げた後では、中々に判断が鈍る。何か、決定的な何かが無いか……?
少女の背中は怯えるよりも怒りに満ちているように見えて、その姿勢は徹底抗戦の構えだ。大事そうに抱えた荷物に何か秘密でもあるのだろうか。対する男達の顔には笑みが浮かんでいる。ようやく追い付いたと言う安堵もさる事ながら、どことなく弄ぶような非情さも見えるようだ。
「なぁ、ジョウ……無理するな、休んでろ」ふと、便利屋が肩を叩き、声を掛けた。目を向けると、彼は拳銃を持ち上げ、それで外の連中を払うように示す。「面倒になりそうだったら俺が追い払っとくからよ」
便利屋は決して事無かれ主義では無いが、実に人間らしく、見ず知らずの他人よりも身内の事情を優先する。例え善悪が定かになろうとも、事態がどう転んでいても、諸共纏めてこの山から追い払う気でいるのだろう。それは疲弊した自分を気遣っての事なのだとペイルライダーも理解している。しかし、それではなんの解決にもならないではないか。別の場所で連中は再び同じ事を繰り返し、涙が流れ、そして最悪の場合は、特徴の似通った死体がそこらのゴミ捨て場で見つかったと知らされるだけだ。
「いや、駄目だ便利屋。そんなのは……」ペイルライダーは首を振る。目にした以上は、白黒明瞭に決着がつくまで納得が出来ない。彼はそんな性分だった。
幸か不幸か、二人が顔を見合わせたその時、屋敷の外で進展があった。
「あぁッ!」と言う叫び声が聞こえた。視線を戻すと、それは掴み掛かられ、押し倒された少女が思わず上げた悲鳴だと分かった。
「このクズ……離しなさいよ!」少女は罵りながらも右手に握ったカッターナイフを振り上げて突き立てようとする。だが、二人目の男がそれを蹴り飛ばして、遠くに弾かれてしまう。「この畜生どもめ!」
左手のバッグを、まるでフレイルか何かのように叩き付けようとする。どうやら命よりも大事な物では無いようだ。しかしもう既に間合いの中に入られてしまっている。上手く行かない内に、今度は掴み掛かっている男の手によって払われ、手から零れ落ちたバッグは明後日の方向へと転がった。
「オラ、大人しくしろよ、お嬢ちゃん」ニヤリと笑いながら、掴み掛かっているほうの男が言った。「こちとらボスに頼まれてんだからよ、連れてかねぇと俺ら殺されちゃうんだよね。逃してたまるかってのよ」
「ほぉう」とペイルライダーは呟く。
「でも壊さねぇ程度には好きにしていいって言われてんだわ」もう一人の男が余裕の表情で見下ろし、鼻の下を伸ばしながら言った。逸る気を抑えきれないでか、ジーンズの生地を押し上げて股ぐらが膨らんでいる。「ちょっくらいい目ぇ見させてくれよな」
「なぁ、他の連中とも楽しんだんだろ? 俺らにも遊ばせろよ」と掴みかかっている男が胸元に手を掛けた。「お嬢ちゃん程の上玉は滅多に味わえねぇからな」
「ふざけた事を抜かすんじゃないわよ、この下衆ども!」少女が叫びながら、蹴りを繰り出して男を押しやろうとする。そうして暴れなければ、きっと直ぐにでも身包みを剥がされてしまうだろう。それは容易に分かった。茶色く染まったブラウスが音を立てて破れかかり、下着と白い柔肌の一部が見え隠れする中、必死の攻防が繰り返されている。
「あぁ、なるほど。これではっきりした」ペイルライダーは頷いた。「人攫いの強姦魔に襲われているのは確実らしい」
どちらもよく相手をする敵であり、始末の対象だ。それが二つも揃っている。となれば、自身がどうするべきかも決まっていた。
「で、何する気だ、ジョウ?」便利屋が呆れたように問う。彼も既に悟っているのだ。止めても無駄なのだと言う事を。だからその手の銃も懐に仕舞われている。最早任せると言わんばかりの姿だ。
「外回りに行く」ペイルライダーは口元の髑髏をニヤリと歪ませながら言った。「仕事には営業も必要なんだろう?」
「あぁ……だな」便利屋がどこか納得するような溜息を漏らす。「じゃ、しっかり客取ってこい」
「あぁ、文字通りにな」ペイルライダーは悟られぬようにそっと扉を開いた。
まずは少女を確保する事が肝心だ。揉み合っている所を銃撃などして、誤射しては話にならない。同じように刃物も危険だ。徒手空拳で挑まねば。拳銃を仕舞いつつ、深呼吸して心身を無理矢理戦闘用のそれに移行させ、眠気や疲労感をどうにか隅へと押しやると、ペイルライダーは素早く駆けて少女と男達の元へと詰め寄る。
「ちょいとどきな、下衆ども!」左のフックで少女に掴み掛かる男のこめかみを張り倒し、踏み込むと同時に身を回しながらの右の足刀でもう一人の男の鳩尾を蹴飛ばす。そうして男達を少女から引き離すと、ペイルライダーは彼女を抱き起こして踵を返した。
「な、なんだぁてめぇ……!」
「待てやコラ……!」
呻くような男達の声が聞こえる。何か返してやりたくもなったが、無視して走り、屋敷へ戻った。
「さて……どうも、お嬢さん」少女を下ろすと、手早く扉を締め、鍵を掛けながら言った。「助けが必要そうだね」
「え、えぇ」少女は驚いたように目を丸くさせてから、ハタと気付いて崩れた服装を簡単に整え、頷いた。「ちょっと……熱烈な追っ掛けに参ってるのよ」
それから視線を彷徨わせた後に続ける。
「あなたの持ってるソレで、軽く追い払って貰えないかしら?」その指はホルスターに仕舞われた拳銃を示していた。「この街でそんな物を持ってるんだから、ただのオモチャなんかじゃないんでしょう?」
彼女の言う通り、鳴海市の発砲事件発生数は日本随一を誇り、それは今や、俗に修羅の国と呼ばれる地域を遥かに凌駕している。伊達に日本のマイアミビーチと例えられている訳では無いのだ。そんな街では、遊び以外で銃を持つ者も多い。
「そうだよ」頷いて、ペイルライダーは彼女に答えた。「俺は始末屋さんさね」
「始末屋……! まさかこんな所に……」少女は確かめるように呟き、そして尋ねた。「じゃあ、今すぐあいつらを始末してって言ったら……!?」
「それは依頼だな」
「えぇ、そうよ」
「喜んで引き受けるさ。俺は悪党退治の専門家。人攫いも強姦魔もお馴染さね」彼は頷いたが、少し気になる点もあった。何故連中のボスとやらは、手下にわざわざ小娘一人を追い回させるのだろう。それも、こんな山奥に逃げ込まれても尚、執拗にとは。見た所、容姿は泥にまみれていても至極可憐であると分かるくらいには整っているが、中世の倫理観でもあるまいし、それが理由と言う訳でも無いだろう。ペイルライダーは彼女に問い掛けた。「ただ、教えてくれ。なんで追われてるのかを」
「あぁ、えっと……そうね……」言って、少女は少しの間唸った。その様は、迷い、悩んでいるようにも見えた。ややあってから、彼女は続けた。「ちょっと、今すぐには説明しきれないわ。込み入った事情があって」
「ほぉう、そうかい」
「でも、後で必ず話すわ。それと、これは信じて。悪党は私じゃない、奴らのほうよ」彼女は外の連中を示すようにドアを指差した。
その縋り付くような目を見やったペイルライダーは、瞳の奥から切迫した緊張感の他に、当て所の無い憎悪が滲んでくるのを感じた。この瞳の色に彼は覚えがあった。これまで始末屋を最後の手段として頼りに来た依頼人達――悪逆非道の連中に虐げられて苦しめられてきた弱き善人達と、同じ感情が浮かんでいるのだ。
直後に、扉が強烈な衝撃を受けた。ガチャガチャと取手を動かす音がして、続いて怒号が響く。
「オウコラふざけんなクソが!」
「そいつぁ俺らの獲物だぞボケ! 返しやがれ!」
脇の小窓から覗くと、男達が乱暴に扉を蹴り叩いているのが見えた。続けて体当たりをしたり、殴り付けたりと、とにかく力任せにブチ破ろうとしているのが分かる。
「コイツはまぁ……随分と品の無い追っ掛けも居たもんだな」ペイルライダーは呆気にとられるように呟いた。「ノックの仕方も知らないのか」
連中の「開けろ」と怒鳴る声も、響き渡る物音も、疲労の残る心を掻き乱し、苛立たせるには充分すぎるものだった。騒音は次第に激しさを増していき、思わず溜め息と舌打ちが漏れる。
「あぁ、もう本当に……鬱陶しいわね」見れば、少女も顔をしかめ、疲れた息を吐いていた。「下衆で下劣なクズどもめ、聞くに耐えない下品さだわ」
まずはこの場を早めに片付けるべきだろう。それは彼女の為だけではなく、自分の為にもだ。
「まぁ、そうだよな……分かった、先ずは奴さんらを黙らせて来るよ」
「あぁ、お嬢ちゃんは任せろ」見守るように黙っていた便利屋が言った。「一応依頼人になった訳だからな、話は聞いておく」
「それじゃあ、込み入った事情とやらを纏めておいてくれ」ペイルライダーは頷き、それから周囲を見回して逡巡した。正面からでは面倒そうだが裏では些か遠いし、行くなら上だろうか。「但し、報酬の話がしたけりゃあ早めに済ませなよ」
ブーツのまま上がり込み、廊下奥へと向かう。
「でないと、帰ってくるほうが先になるぞ」
「え、いやちょっと、どこ行くのよ……?」と少女が呟くのが聞こえたが、何も返さなかった。
※
「……じゃあ、金は無いんだな?」
「えぇ」少女は便利屋を名乗る老人に頷き返しながら、今だ響いてくる騒音と罵声に辟易していた。あの髑髏顔の始末屋はどこへ行った? 連中を始末して、助けてくれるんじゃなかったのか? 何故かさっき家の奥へ姿を消してしまったが、まさかあれだけの事を言っておきながら怖気付いた訳ではないだろうな……?
その内、遂には銃声まで聞こえてくるようになった。ドアに響く衝撃と窓に走る亀裂は、男達がブチ破らんとしているのを表すには充分だった。
「あぁ、大丈夫さ。防弾だよ」と便利屋は呑気な声で言ったが、少女としては、それでも早く片付けて欲しい気持ちで一杯だった。「で、報酬の件だが……」
その時、突如として、ガラガラと何かが動き出す音がした。屋敷の横から聞こえてくる。どうやら併設されているガレージのシャッターが開き始めているようだ。少女も便利屋もそちらを見やった。まさか始末屋はそちらから回り込む気なのだろうか? だがそれでは撃たれかねない気もするが……。それに、数に押し負けて入りこまれたらどうするのだろう?
「オイ開いてくぞ」
「行くぞ、引き摺り出せ」
小窓から見ると、男達が早くも動き出していた。そのまま押し通るつもりなのだろう。銃を構えて走り出し……。
次の瞬間に、くぐもった射出音が三度、外からしたのが聞こえた。それはガレージの方向とは違い、上からだった。
「ぎゃあ!」と悲鳴が上がって、血が辺りに飛び散ったのが見えた。男達の片割れが全身から血を流して、崩れるように倒れ込んだ。取り落とした銃が泥の中に沈む。
「なんだ……!?」もう片割れがハッとして、銃をもたげて見上げようとした。そこにまた三度、くぐもった音がして、体から血が舞う。男は呻いて後じさった。だがまだ銃は放していなかった。脅威は残っている。
「弾の雨では物足りなかったか?」頭上から黒い影が、男に飛び掛かった。「だったらサービスだ!」
それは始末屋だった。右手に黒い筒を着けた拳銃を持ち、踏み付けるように蹴り飛ばしていた。ミサイルキックの後、二人はもつれて倒れ込んだ。
蹴り倒された男は苦しみに藻掻いていたが、始末屋は転回して上手く着地したので、すぐに立ち上がって次の行動に移った。
拳銃を両手で握りながら男達に向き直ると、瞬時に二人の様子を警戒し、そしてまだ銃を握っていたほうへと素早く近寄りながら三発射撃した。先ほどと同じくぐもった射出音が数度聞こえる。彼の銃声だったのだと分かった。
撃たれた男の手に力が無くなり、銃を取り落とす。始末屋はそれを蹴り飛ばして、血の滲んだ男の胸板を踏み付けた。
「無理矢理ヤるのが好きなんだろう?」よく見れば、それは彼女の服を引き裂こうとしていた男だった。最早身動ぎ一つせず、呻きすら聞こえてこないのだが、確実にトドメを刺すと言わんばかりに、彼は容赦無く脳天に射撃した。「無理矢理殺られる気分はどうだ?」
流れるように狙いは、傍らの男に向いた。荒く早い呼吸をしながら、口をあんぐりと開けている。既に瀕死で、放っておけばその内力尽きそうにも見えた。だが始末屋はその顔目掛けて数度射撃した。
「鉛味を喰らえ」銃弾は頭部周辺に集中し、その内幾つかは口に飛び込んだようだ。中からも血飛沫が舞った。音の消えた男を覗き込んで、始末屋は言った。「天にも昇る気分じゃあなさそうだな」
気付けば、あっと言う間に終わっていた。静まり返った中に、二つの死体が横たわり、その間に骸の顔を被った一人の男が立っていた。
「始末屋さん、強いじゃない……」少女は呆気に取られるように呟いた。
「そりゃそうさ」便利屋が苦笑する。「でもなきゃ、奴もペイルライダーだなんてご大層な名前を掲げちゃいないさ」
「青褪めた騎士……死の象徴」少女はどこか納得するように言葉を漏らした。「……死神」
始末屋――ペイルライダーの容赦の無い戦い振りを見て、少女はふと、彼ならば全ての元凶を叩き潰してくれるのではないかと希望を抱いた。もうずっと抱き続けて燻っていた願い――それは、この身を汚して作り変え、自由を奪った張本人が、苦しみのた打ち回りながらくたばる事だ。自らの吐いた血反吐にまみれて悶えながら死んでいく様を眺め、思う存分踏み躙り、嘲り笑う。それを何度夢見た事か。この男に頼めば、それも決してただの夢では無くなるのかも知れない。
「ねぇ、便利屋さん。始末屋さんに依頼したい事があるの」彼女は便利屋に縋るように言った。「この世から消し去って欲しい奴が……始末して欲しい相手がいるのよ」
「今の奴ら以上に?」
「あんな連中なんか比じゃないくらいによ」
「相談次第だな」便利屋が答える。「まずは今回の報酬を……」
遮るように、再びガレージのほうから騒音がして、次いで軽くドアを叩く音がした。
「便利屋、開けてくれ……始末はついたよ」深い溜め息混じりの声が聞こえてくる。「ただ取手と鍵を壊されてな」
便利屋が扉を開くと、先程までの勇ましい姿とは打って変わって、息を切らし、肩を落とした始末屋――ペイルライダーが立っていた。
「これ、後で直しておいてくれよ……」力無い声で言う。「それで、話は……?」
「まだ報酬の所だ」
「やっぱり僕のほうが早かったな……」血に塗れた髑髏の顔を歪ませて笑うが、その様子は、もうどうにも余裕が残ってないように見えた。
「だが別の始末を依頼したいとさ」
「……ほぉう、気になるじゃあないか。聞かせてくれよ」銃を仕舞い、少女を見下ろす。そして突然、膝から力が抜けたように床へと崩れ落ちた。
「えッ、ちょっと……!?」彼女は慌てて駆け寄ろうとしたが、当然それよりも早く、傍らに立った便利屋が彼を抱えて支えていた。
「大丈夫だ、寝てるだけだよ。まぁ、限界だったんだな」便利屋が説明するように言った。「なんせ、ゆうべは夜遊びが過ぎたもんでね」




