第7話:死神の観察日記
続きは1時くらいにー
正直に言って、今回の政略結婚には微塵の期待も抱いていなかった。
カルヴァ王国から送られてくる第二王女。噂によれば、高慢でわがまま、選民意識の塊のような女だという。和平の生贄として差し出される女に興味などないし、適当な離れにでも放り込んで、一生飼い殺しにするつもりだった。
だが、到着した馬車の扉が開いた瞬間、俺の予測は音を立てて崩れ去った。
(…は?)
目の前に現れた『エルゼ王女』を一目見た瞬間に違和感を感じ、今までの経験から結論付けた。
――骨格が、男だ。
確かに華奢ではある。背も低い。ドレスと厚化粧で巧みに偽装されてはいるが、重心の置き方、肩のライン、そして何より歩く際にわずかに覗く足の運びが、教育を受けた淑女のそれではない。獲物を狙う野犬か、あるいは逃げ惑う小動物の動きだ。
驚いた。あの弱小国家は、あろうことか帝国を相手に身代わりを送り込んできたらしい。
普通なら、その場で偽物の首を刎ね、そのままカルヴァ王国へ宣戦布告するのが帝国の正解だ。
だが。
「…っ」
ベールの下でガタガタと小刻みに震えている、偽物の王女を見た瞬間。
俺の心の中に、今まで感じたことのない妙な感覚を感じた。
(なんだ、この妙な生き物は…)
恐怖のあまり顔面を蒼白にし、涙目になりながらも、必死に『女の振り』をして俺の前に跪こうとしている。
顎を掬い上げてみれば、そこには案の定、男特有の喉仏がストールの下で激しく上下していた。
バレていないと思っているのか。
これほどまでにあからさまな偽装で、この帝国を、そして俺を欺けると思っているのか。
(面白い…)
これまで数多の戦場を見てきたが、こんなに必死で、こんなに無謀で、そしてこんなに『弱そうな』敵は初めてだ。
その必死さに免じて、もう少し観察してみたくなった。
極め付けは、結婚式の夜だ。
大聖堂での儀式中、奴はコルセットの締め付けのせいか、今にも死にそうな顔をしていた。
隣で今にもぶっ倒れそうな小動物を放っておけず、披露宴を中止にして自室へ運ばせたのだが。
「……っはぁぁぁぁぁぁああ! 空気が旨い……!」
部屋の外まで漏れ聞こえてきたのは、およそ王女とは思えぬ、しかしどこか聞き心地の良いハスキーな男の声だった。
着替えを終え、用意した粥を差し出すと。
(…食うな。めちゃくちゃ食うな、こいつ)
さっきまでの死にそうな様子はどこへやら、奴は一心不乱に粥を掻き込んでいた。
スプーンを運ぶたびに喉仏が動き、頬を膨らませて咀嚼する姿は、冬眠前のリスのようだ。
「…あ、あの、これ、すごく美味しいです…」
思わず地声が漏れていることにすら気づかず、目を輝かせて粥を絶賛する奴。
おそらくは不遇な立場の者だろうが、カルヴァ王国の王子が、なぜこれほどまでに食に対して貪欲なのか。
そして、なぜあんなクソみたいな王国のために、命懸けの女装をしているのか。
「…そうか。小動物というのは、やはり食べている時が一番落ち着くようだな」
つい、本音が漏れた。
奴は不思議そうな顔をしていたが、俺の手がその頭に触れると、猫のようにびくりと体を強張らせた。
柔らかい髪。折れそうなほど細い首。
ひとたび力を込めれば、簡単に壊れてしまいそうなほど脆い存在。
――飽きるまで、泳がせておくのも悪くない。
カルヴァ王国がどんな企みを持っていようが、俺の知ったことではない。
ただ、この必死に化けている小動物が、次にどんな面白い反応を見せるのか。
そして、こいつを手懐けた時、どんな顔をして俺に懐くのか。
(…食に期待するあの顔。あれをもう一度見たいものだ)
寝台で泥のように眠る『偽物の妻』を見下ろしながら、俺は無意識に口角を上げていた。
兄である皇帝には、後で適当な報告をしておけばいい。
「新しいペットを飼い始めた」とでも言えば、あの兄なら面白がって協力するだろう。
こうして。
大陸全土に恐れられる『死神』の初夜は、意外なほど穏やかな、そして奇妙な期待感に満ちたものとなった。
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