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第4話:初対面

続きは22時くらいにー

 ガタゴトと揺られること数日。

 馬車がカルヴァ王国の貧相な街道を抜け、タヴェルニエ帝国の国境を越えた瞬間、景色は一変した。

 整備された石畳。鉄と火の匂い。そして、どこからともなく漂ってくる――。


(…旨そうな匂い。今、確かに肉を焼いた匂いがした…!)

 

 ベールの下で鼻をピクつかせる俺を、隣に座るマーサが鋭い目つきで睨んだ。


「レナート様、いえ姫様。背筋を伸ばしてください。…あと、鼻を鳴らさない。はしたないですわ」

「うふふ(分かってます、分かってますよマーサさん。でも今の香りは、おそらくオークの薪で燻した極上のベーコン…。王宮でさんざん感じた匂い…)」


 食欲で誤魔化そうとしていたが、馬車が帝都を囲む巨大な外壁を抜け、道の両側に広がる帝国軍の広大な訓練場を通り過ぎるにつれて、俺の心拍数は別の理由で跳ね上がった。


(…待って。あそこで訓練してる兵士、一人残らず俺より肩幅広くない? あんなのが何万人もいる国で詐欺を働こうとしてるのか、俺は…。え、改めて考えるとやばくないかこれ?)


 視界に入るのは、整然と並ぶ黒い天幕と、火花を散らして剣を振るう屈強な男たちの群れ。

 さらに馬車が進み、皇族や高官のみが通ることを許される、皇城こうじょうの第一城門をくぐる頃には、俺の胃はコルセットの圧迫とは無関係に、キリキリと痛み始めていた。


 やがて馬車が止まり、扉が開かれる。

 光が差し込む中、俺はマーサに支えられ、震える足で地面に降り立った。


「……っ」


 目の前に、壁が立っていた。

 いや、壁ではない。人間だ。


 黒い軍服に身を包み、マントを翻して立っていたのは、一人の男。

 見上げるほどに高い。カルヴァ王国の男たちがひょろひょろのモヤシに見えるほど、その体躯は頑強で、まるで研ぎ澄まされた大剣のような鋭い気配を放っていた。


 タヴェルニエ帝国将軍、フェルディナンド・フォン・タヴェルニエ。

 冷徹な氷のような瞳が、ゆっくりと俺を見下ろした。


(やばいやばいやばいやばい。ガチの死神だ。目が合ったら魂持っていかれるやつだこれ!)


 俺の体は、嘘偽りなくガクガクと震え始めた。

 ベールの裾が小刻みに揺れ、耳に付けられた宝石がチャラチャラと頼りない音を立てる。

 姉上なら「失礼ね!」と怒鳴り散らすところだろうが、俺にはそんな余裕はない。ただひたすら、マーサに教わった通り、俯いて首をすくめるのが精一杯だった。


「…これが、カルヴァの第二王女か」


 低く、地響きのような声。

 男の足音が近づいてくる。一歩、また一歩。

 そのたびに、俺の生存本能が「逃げろ!」と警鐘を鳴らす。

 

 フェルディナンド将軍は俺の目の前で足を止めると、不意に、大きな手を俺の顎へと伸ばした。


(ひっ…!?やばい怖い怖い無理!)


 太い指先が、ベールの下から俺の顎をすくい上げる。

 強引な動作ではない。だが、逃げ場を許さない圧倒的な力強さ。

 顔を上げさせられた俺の視界に、彼の端正だが冷酷な顔が迫る。


 至近距離。

 将軍の視線が、俺の瞳の奥を覗き込み、それからゆっくりと――首筋へと滑り降りた。


(待って、そこはダメだ!ストールしてるけど、喉仏がっ、緊張で激しく上下してるのがバレるっ!!)

 

 俺は必死に息を止めた。

 心臓が口から飛び出しそうだ。

 将軍は無言のまま、数秒間、俺の喉元をじっと見つめていた。


「…随分と、震えているのだな」


 将軍の口角が、ほんのわずかに上がった気がした。

 それは慈悲か、それとも獲物を追い詰めた愉悦か。


「まるで可愛らしい小鳥のようだ。歓迎しよう、我が妻よ。…せいぜい、壊れないように気をつけることだ」


 その言葉と共に、顎に触れていた手が離れる。

 俺は膝から崩れ落ちそうになるのを、気合だけで耐えた。


(…死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、これ絶対バレるし殺されるし、その前に心臓が止まる!)


 だが、絶望のどん底にいた俺の鼻腔を、再びあの匂いが掠めた。

 城の奥から漂ってくる、強烈なスパイスと芳醇な肉の香り。


(いや! 死ぬ前に、あの肉だけは食う! 食うまでは、女のフリでも何でもしてやる!)


 恐怖で涙目になりながらも、俺はベールの下で、固く、固く決意を新たにした。

 こうして、俺の帝国生活は、冷や汗と唾液が同時に止まらない状態で始まったのである。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


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