エピローグ:愛さないとは言われなかった
お読みいただきありがとうございました
カルヴァ王国が地図から消えて、一ヶ月。
帝都の空気は今日も平和で、かつてないほど美味い飯の匂いに満ちている。
俺――レナート・フォン・タヴェルニエ(いつの間にか閣下の名字になっていた。恐ろしい手際の良さだ)は、今日も今日とて、閣下の私室で豪華なアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「…はぁ。やっぱり、コルセットがない生活って最高ですね。細胞が伸び伸びとしています」
俺は、地声でそう呟きながら、スコーンにこれでもかとクロテッドクリームとジャムを塗りたくった。
今日の装いは、もうドレスではない。帝国貴族の令息が着るような、しなやかな上着とパンツスタイルだ。だが閣下の趣味なのか、袖口や襟元にはふんだんにフリルがあしらわれており、どことなく可憐な少年感を演出されているのが解せぬ。
「そうか。お前が満足なら、俺も嬉しい」
ソファの隣では、閣下が俺の腰を引き寄せ、当然のように俺を抱き枕にしながら書類に目を通している。
……もう突っ込むのも疲れたが、この人、俺が男だと公言してからの方が、遠慮なくベタベタしてくる気がする。
「ところで、閣下。改めて聞きたいんですけど」
「何だ」
「あんた、俺が男だと分かった瞬間に、なんで追い出さなかったんですか? 普通、和平の使者が男だったら、その場で処刑するか送り返すでしょう」
俺がずっと抱いていた疑問だ。
あの初対面の日。俺が必死に「うふふ」と笑い、顔を引きつらせていたあの日。
閣下は俺を一目見て、男だと確信した。それなのに、あえて俺を受け入れ、今日までこうして甘やかしてきたのだ。
閣下は書類を置くと、俺の顎を指先で持ち上げ、その深い瞳で俺を見つめた。
「…言っただろう。必死に小動物が化けようとしているのが可愛かったからだ、と」
「だから、それが変態だって言ってるんです!」
「それに」
閣下の指が、俺の唇をなぞる。
「お前は、この帝国に来てから一度でも、俺に『愛さない』と言われたことがあったか?」
「え…? いや、それは……」
言われていない。
冷遇されると思っていた。
「お前のような偽物を愛するはずがない」と、冷たく突き放されると思っていた。
だが、現実は違った。
閣下は俺の嘘を、俺の食欲を、俺の支離滅裂な言い訳を、すべて面白がり、そして受け入れてくれた。
「俺は最初から、お前という『個』に興味があった。男か女か、王女か王子かなど、俺にとっては瑣末な問題だ。…俺の前に現れたのが、必死に生きようとし、必死に美味い飯を食おうとするお前であったことが、すべてだ」
「…閣下」
不覚にも、ちょっと感動してしまった。
王国ではいないものとされ、平民の血を引く欠陥品として扱われていた俺を、この男は最初からレナートという一人の人間として、肯定してくれていたのだ。
「…じゃあ、俺がどんなに『防弾魔力ですの!』とか言っても、愛してくれていたと?」
「ああ。むしろ、あの時の必死な顔は、今の三倍は可愛かったぞ」
「やっぱり変態だ、この人!!」
俺が叫ぶと、廊下の方から豪快な笑い声が聞こえてきた。
「はっはっは! まだそんな痴話喧嘩をしているのか、お前たちは」
現れたのは、皇帝マクシミリアン陛下だ。陛下は俺の部屋に勝手に入ってくると、テーブルの上のスコーンを一つ奪って口に放り込んだ。
「陛下! また警備を撒いて……!」
「いいではないか。腹筋の鍛錬に疲れたのだ。…それよりもレナート。お前、いつになったら『空中浮遊の刺繍』の続編を見せてくれるんだ? 私はあれ以来、布を見るたびにお前のあの『糸の臓物』を思い出して、夜も眠れんのだぞ」
「陛下まで俺を玩具にしないでください! あれはもう黒歴史なんです!!」
俺が地声でツッコミを入れると、二人が顔を見合わせて笑った。
……ああ、平和だ。
王国にいた頃には想像もできなかった、騒がしくて、温かくて、腹一杯メシが食える日常。
「…あ、そうだ。陛下、閣下。これ、見てください」
俺は、テーブルの下から一枚の布を取り出した。
それは、俺が昨日から練習していた、新しい刺繍だ。
「…ほう。今度は何だ。また宇宙か? それとも深淵か?」
「違いますよ。…ほら」
俺が広げた布には、不器用ながらも、一匹の白いフェレットと、茶色い子猫が寄り添っている姿が刺繍されていた。
閣下の家族である、ユキとラテだ。
「…お前、これは」
「閣下が『しなやかな指先を痛めるな』って仰ったので、指の力加減を覚えたんです。…あんたの大事な家族、俺も好きですから」
俺が照れ臭くなってそっぽを向くと、閣下は一瞬絶句した後、俺を壊れ物を扱うような優しさで、ぎゅっと抱きしめた。
「…閣下、苦しいです…」
「黙れ。…お前は、本当に…俺を狂わせるのが上手いな」
「ははは! フェルディナンドが完全に骨抜きではないか! よし、レナート。その刺繍、帝国の国旗に採用してやろうか?」
「絶対にやめてください!!」
俺の叫びが、帝宮の空に響き渡る。
確かに、俺の身代わり結婚は、始まって数秒でバレていた。
俺が積み重ねた努力も、淑女の演技も、すべては筒抜けだった。
けれど。
「愛さない」とは言われなかった。
「いらない」とは言われなかった。
それどころか、俺のすべてを知った上で、この最強の男たちは、俺を「帝国の宝」だと言って笑ってくれている。
「…よし。決めた」
「何をだ、レナート」
「俺、この国で一番『幸せなデブ』になってみせますよ。…あ、でも閣下。夕飯の前に、その蜂蜜パイ…もう一つ食べてもいいですか?」
「…フッ。ああ、もちろんだ。…お前の細胞が、満足するまでな」
閣下が俺の額に、慈しむような口づけを落とす。
俺の身代わり女装生活は、幕を閉じた。
そして、俺の『正体バレバレ・溺愛帝国生活』は、今日も肉の香ばしい匂いと共に、どこまでも続いていく。
年末の大掃除するかーとパソコンのフォルダを漁った結果、見つけた産物です
読み返して腹筋が苦しかったです
お付き合いいただきありがとうございました
☆彡新作はじめました☆彡
【完結保証】婚約破棄されゴミとして押し付けられた侯爵令息、スパダリな私に全力で溺愛されて聖者として覚醒する〜今さら「息子を返せ」と言われても、もう遅いですわよ?〜
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強い女性と少年の成長が見たい方向け
1章16話は書き終わっているので毎日1話ずつ投稿します
2章は構想があるので需要があればー
恥も外聞もかなぐり捨てますが
すんませんマジでブクマと☆の評価くださいマジで
反応がないとメンヘラる人間なので
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