第27話:王国の終焉
続き(エピローグ)は明日のこの時間くらいにー
戦争とは、もっと泥臭くて、血なまぐさい、終わりの見えない地獄のようなものだと思っていた。
だが、タヴェルニエ帝国の軍事力は、俺のそんな貧弱な想像力を、圧倒的な質量で踏み潰していった。
「……閣下。あの、報告によれば、もう王都の第一門が突破されたそうですが。…今、出撃してから三時間くらいですよね?」
俺は帝国の移動式天幕の中で、最高級の仔羊のローストを頬張りながら、閣下に問いかけた。
閣下は軍服のボタンを一つ外し、優雅に赤ワインを揺らしながら、俺の食べっぷりを満足げに眺めている。
「妥当な時間だな。カルヴァ王国の防壁など、帝国軍から見れば乾燥したクッキーも同然だ。…レナート、そんなに驚かなくていい。お前を『いないもの』として扱ってきたあの国は、それほどまでに脆く、無価値なものだったということだ」
閣下はそう言うと、俺の口元についたソースを、指先で優しく拭った。
……怖い。この人、戦況報告を読みながら俺にエサをやる時、一番いい笑顔をする。
カルヴァ王国への進軍は、もはや戦争と呼ぶのもおこがましい、一方的な大掃除だった。
帝国軍が国境を越えた瞬間、王国の守備隊は戦う前から武器を捨てて逃げ出し、貴族たちは我先にと財産を抱えて他国へ亡命しようとした。だが、皇帝陛下が事前に周辺国へ「王国の亡命者を受け入れた国は、帝国への敵対と見なす」と通告していたため、逃げ場はどこにもなかったらしい。
そして、進軍開始からわずか三日。
俺たちの前には、縄で縛られ、泥と涙でぐちゃぐちゃになったカルヴァ王国の元国王と、姉上――エルゼの姿があった。
「…あ、あ、ああ……。フェ、フェルディナンド閣下…! これは何かの間違いでございます! あの身代わりは…レナートが勝手に!」
元国王が、地面に頭を擦り付けながら命乞いをする。
かつて俺の存在を無視し、「不吉な平民の血を引く小僧」と冷たく吐き捨てたあの威厳は、どこにもなかった。
「黙れ、老いさらばえたゴミが。…お前の言葉は、もはや帝国の土を汚す音でしかない」
閣下の冷徹な一言で、元国王はヒッと喉を鳴らして沈黙した。
その隣で、エルゼは既に精神が限界に達しているのか、空虚な目で俺を凝視していた。
「レナート……。あんた、なんで…。なんで、笑ってるのよ……。あんたは、私が捨てた、ゴミのはずなのに……」
「ゴミ、ですか。…お姉様。あなたがゴミだと思って捨てた場所は、実は世界で一番美味しい肉が食べられる特等席だったんですよ」
俺は地声で、冷淡に言い放った。
もう、高い声を作る必要も、淑女を演じる必要もない。
俺を縛っていた王国という呪いは、目の前で音を立てて崩れ去ったのだ。
「陛下より、沙汰が下りている」
閣下が、一枚の羊皮紙を広げた。
「カルヴァ王国は本日をもって消滅する。その領土は帝国の直轄地とし、全ての王族、貴族はその地位を剥奪する。…元国王、および元王女エルゼ。お前たちには、死罪に勝る『恵み』を与えよう」
「……恵み…?」
元国王が、希望に縋るような目を上げる。だが、閣下の口角が不敵に吊り上がるのを見て、その希望は一瞬で絶望に変わった。
「お前たちがレナートに強いた、あの『離れ』での生活。…それを、この帝国の最果ての、最も劣悪な収容施設で、死ぬまで再現してやる。…お前たちの名前を呼ぶ者は誰もいない。お前たちの存在を認める者も誰もいない。…ただ、その命を繋ぎ止めるための『食事』だけは与えよう」
数日後。
俺は、閣下に連れられて、その施設を視察に訪れた。
そこは、帝国軍の古い砦の地下に作られた、冷たく湿った石造りの独房だった。
格子戸の向こう側。
かつての豪華な王衣を剥ぎ取られ、ボロ布を纏った元国王とエルゼが、木の板の上に座っていた。
「……お腹、空いた…。ねえ、誰か……。私は王女なのよ……。エルゼ・フォン・カルヴァなのよ…」
エルゼが、掠れた声で呟く。
そこへ、看守の兵士が、ガチャンと音を立てて、二つの木の皿を差し入れた。
「……なによ、これ……」
エルゼの絶望的な声が響く。
皿の上に乗っていたのは、真っ黒に焦げた、石のように硬いパン。そして、具が一切入っていない、塩水のような薄いスープ。
……ああ、見覚えがある。
俺が王国で十数年間、毎日、朝昼晩と食べ続けてきた「御馳走」だ。
「お召し上がりください、お姉様。…それは、お姉様が『レナートにはこれで十分よ』と仰っていた、特製のメニューです。…あ、パンはそのまま噛むと前歯が折れますから、スープに一時間くらい浸してから食べるのがコツですよ。もっとも、一時間待ってもスープは冷め切っていますが」
「…っ!! レナート!! おのれ……おのれぇぇぇ!!」
元国王が、震える手でパンを掴み、泣きながらそれを口に運ぶ。
一口食べた瞬間、彼はあまりの不味さと硬さに、嗚咽を漏らして吐き出した。
「た、食べられん……。こんなもの、家畜でも食わんぞ……っ!」
「家畜以下の存在として扱ってきた俺に、それを言うんですか?」
俺は格子の隙間から、彼らを冷たく見下ろした。
「あんたたちは、俺をこうして『殺さない程度に生かし続ける』ことで、満足していた。…だから、俺も同じことをするだけです。…大丈夫ですよ、お姉様。帝国の医療は進んでいますから。どんなに衰弱しても、死ぬことだけは許されません。……ずっと、ずっとその味を、その孤独を、骨の髄まで楽しんでください」
「ひっ……! ああ……ああああ!!」
エルゼは狂ったように叫び、自分の髪を掻きむしった。
かつての俺と同じ。誰にも届かない叫び。誰にも顧みられない絶望。
俺は、その光景を最後まで見届けた後、閣下に促されて背を向けた。
……驚くほど、心が軽かった。
憎しみすら、あの塩水のスープと一緒に蒸発していくような、そんな清々しさ。
「……気が済んだか、レナート」
独房を出たところで、閣下が俺を抱き寄せた。
「はい。……もう、十分です。…あの人たちの顔を見るよりも、俺、お腹が空きました。…あ、そうだ、閣下。王国の宝物庫から、面白いものが見つかったって本当ですか?」
閣下はフッと笑い、俺の鼻先を突ついた。
「ああ。お前が欲しがっていた、カルヴァ王国秘伝の『氷結蜂蜜酒』の樽だ。…今夜の祝宴で、お前のために開けよう。…あんなゴミ溜めのような国だが、酒の醸造技術だけは、わずかに評価に値する」
「本当ですか!? 閣下、大好きです!!」
俺は閣下の腕に飛び込んだ。
かつての俺を苦しめた故郷は、今や俺の胃袋を満足させるための戦利品へと成り下がった。
俺は、背後で続く虚しい呻き声を聞き流しながら、閣下と共に光の差す地上へと歩き出した。
復讐は終わった。
これからは、俺の『人生で一番わがままな美食ライフ』の、本当の幕開けだ。
「…あ、閣下。蜂蜜酒には、やっぱりあの、塩漬けの燻製肉が合いますよね?」
「ああ。お前の細胞が望むままに、すべて用意しよう」
「面白かった!」
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