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第23話:地獄の接待

続きは明日のこの時間くらいにー

 ――緊張で、細胞が縮退しそうだ。

 俺は今、帝国の謁見の間の隣にある、豪華な会食用の円卓に座っている。

 正面には、見覚えのある…そして思い出すだけで胃がキリキリと痛む、カルヴァ王国の視察団の方々が並んでいた。


 団長は、かつて俺を「無能な寄生虫」と呼んで憚らなかったベルツァー宰相代理。その後ろには、姉上――エルゼ王女の取り巻きだった騎士や、俺を「いないもの」として扱ってきた役人たちが、品定めをするような嫌な目で俺を見ている。


「…お久しぶりでございますわ、ベルツァー卿。遠路はるばる、わたくしの健やかな姿を確認しに来てくださって、感激のあまり魔力が逆流してしまいそうですわ。うふ、ふふふ」


 俺は精一杯、裏返った高い声で挨拶をした。

 今日の俺は、コルセットをしていない。カミラたちが仕立ててくれた『光と影を操る魔法のドレス』のおかげで、見た目は豊満な淑女だが、着心地はパジャマ並みに快適だ。その快適さが、かえって俺に「バレるのではないか」という恐怖を与えてくる。


「……おいたわしや、エルゼ王女殿下。その、以前よりも随分と……立派な体躯になられて。よほど、帝国の…その、食文化が、殿下の体に特殊な影響を及ぼしたとお見受けいたします」


 ベルツァーが、哀れみと蔑みが混ざった顔で俺を見た。

 ……あ、これ勘違いしてるな。

 あいつらの目には、俺が「蛮族の国で変なものを食べさせられて、ブクブクと浮腫むくんでいる悲惨な姿」に見えているのだ。


「ええ、そうですのよ。こちらの食事は、わたくしの細胞一つ一つに直接語りかけてくるような、凄まじいエネルギーに満ち溢れていますの。おかげで、わたくしの乙女の体重も、少々……いいえ、劇的に進化を遂げましたわ!」

「……左様でございますか。…ああ、なんということだ。あの美しかった王女殿下が、これほどまでに変わり果てて……」


 視察団の連中が、ハンカチで目頭を押さえながらヒソヒソと囁き合っている。

「きっと、毎日家畜の餌を無理やり食わされているのだわ」「ああ、あの膨らみ、きっと拷問による腫れに違いない」……。

 おい、全部聞こえてるぞ。失礼だな。これは最高級の魔獣肉と、最高級のバターによって築き上げられた、至高の資産ミートだぞ。


 そんな俺の隣で、フェルディナンド閣下が、保護者、あるいは猛獣使いのような顔で俺の肩を抱き寄せた。


「ベルツァー卿。エルゼの変容を、悲しむ必要はない。彼女は今、この帝国で最も愛されている女性だ。俺が責任を持って、彼女の細胞の隅々まで幸福で満たしているからな」


 将軍の低い声が響く。

 その言葉に含まれた別の意味を察したのか、王国側の連中が顔を青ざめさせた。

 ……いや、将軍。その言い方は、王国側からしたら「毎晩凄まじい拷問(夜の営み含む)でボロボロにしている」っていう宣言にしか聞こえないから! やめて、俺の国際的な価値がどんどん下がっていく!


「さあ、エルゼ。お前の好きな、南方の『爆ぜる太陽ブドウ』だ。俺が剥いてやろう」


 将軍が、真珠のように輝く大きなブドウを一粒手に取り、俺の口元に運んできた。

 うわっ。これ、一粒で王国の平民の一ヶ月分の食費が飛ぶやつだ。

 

「あ、あーん……。……っ!! ん、んんんんんーっ!! 美味しいですわ!! 閣下、わたくしの魂が、今まさに南方の太陽に向かって飛び立ちましたわ!!」

「そうか。ならば次は、このブドウに魂を呼び戻してもらえ」


 次から次へと運ばれてくる、帝国の至宝。

 俺は当初の目的である慎ましい王女を演じることを、わずか五分で忘れた。

 だってもったいないじゃん。あいつらが「あいつ、拷問されてる…!」ってドン引きしている間に、俺はこの最高級の果実を胃袋に収める義務がある。


「……信じられん。あの様子……。もしや王女殿下は、あまりの苦痛に耐えかねて、食欲を司る脳の一部が破壊されてしまったのでは……」

「そうに違いない。あんなに必死にブドウを貪るなど…カルヴァ王宮では、あのように品格を欠いた姿、一度も見せなかったというのに」


 王国側の誤解は、もはや銀河系の果てまで加速していた。

 彼らにとって、俺の「食に対する真摯な姿勢」は、極限状態にある人間の異常行動にしか映らないらしい。


 その時だ。

 会食の給仕をしていた侍女たちの中に、一人、異様な殺気を放つ人物がいることに気づいた。

 …誰だろう。伏せ目がちで、顔は泥や化粧で汚れているが、その指先が、皿を持つ手が、怒りに震えている。


(なんだ…? 帝国の侍女にしては、随分と動きが素人くさいな……)


 だが、今の俺にはそんなことを気にする余裕はなかった。

 メインディッシュが運ばれてきたのだ。

 『金剛牛の赤ワイン煮込み――トリュフの海を添えて』。

 

「ああ…なんという、神々しい香り…。閣下、わたくし、このお肉と一緒に土に還っても後悔はございませんわ…」

「還らなくていい。お前は俺の隣で、この肉を血肉に変え、より強靭な…気高い美しさを身につければいいのだ」


 将軍の手が、俺の腰をぐいっと引き寄せる。

 コルセットがないおかげで、俺の本物の骨格の太さが将軍の手に伝わっているはずだが、彼はそれを楽しむように、さらに強く指を食い込ませた。

 やめて、そこ、さっき食べたブドウが詰まってるから! 漏れちゃう、淑女の余裕が漏れちゃう!


 会食は終盤に差し掛かった。

 ベルツァー卿が、王女の没落を確認して安心した満足げな顔で立ち上がった。


「フェルディナンド閣下、そしてエルゼ王女殿下。…本日は、殿下のお元気そうな(?)お姿を拝見でき、心より安堵いたしました。この報告を持ち帰り、陛下もさぞや…身代わりの…いえ、殿下の献身に感謝されることでしょう」


 ベルツァーが、最後の一言を飲み込むようにして礼をした。

 よし。終わった。

 これでこいつらは王国へ帰り、「エルゼ王女は帝国の毒にやられて狂ってしまった。放置しておいても害はない」と報告するだろう。

 そうなれば俺は正真正銘、この帝国で『一生、美味しいものを食べる珍獣』として平和に暮らせるのだ。


「それでは、我々はこれで……」


 視察団が、踵を返そうとした、その時。


 ガッシャアアアン!!


 静寂を切り裂く、陶器が砕ける激しい音が響いた。

 振り返ると、先ほどの殺気を放っていた侍女が、スープのボウルを床に叩きつけ、肩を激しく上下させて立っていた。


「何だ、無礼な。下がれ」


 将軍の声が、一瞬で温度を失う。

 侍女たちは一斉に平伏したが、その侍女だけは、顔を覆っていた髪を乱暴に掻き揚げ、燃えるような瞳で俺を睨みつけた。


「…ふざけないで。ふざけないでよ、レナート……ッ!!」


 その声を聞いた瞬間、俺の全身の血が凍りついた。

 聞き間違えるはずがない。

 幼い頃から、俺を罵り、踏みつけ、地を這うように強いてきた、あの傲慢な声。


「ちょっと待ちなさい、ベルツァー卿! 騙されてるわ、あんたたち全員!!」


 その侍女は、なりふり構わず叫びながら、俺の方へと一歩踏み出した。

 泥だらけの顔の下から現れたのは、かつての輝きを失い、嫉妬と怒りで鬼のようになった、本物の第二王女――エルゼの顔だった。


「……姉…上……?」


 俺の口から、掠れた声が漏れる。

 視察団が、将軍が、そして陰で見守っていた皇帝までもが、一斉にその乱入者に注目した。


 エルゼは震える指先で俺を指さし、裂けんばかりの声で叫んだ。


「その女は偽物よ! 帝国を騙しているのよ!!

 そこに座って、私の代わりに贅沢三昧をしているその豚は――女装した私の弟、レナート・フォン・カルヴァよ!!」


 ……ああ。

 終わった。

 俺の脳内にある『美食の楽園』が、音を立てて崩落していく。


 静まり返る謁見の間。

 視察団の驚愕。エルゼの勝ち誇ったような笑み。

 そして――俺を抱き寄せる将軍の、不敵に吊り上がった口角。


 俺の『絶対にバレたくない』戦いは、最悪の人物の手によって、最悪の形で幕を下ろした。

 ……かに見えた。

 

 だが、この時。

 俺以外の帝国側全員が「…ようやく自分たちから言い出したか」と、呆れと期待の入り混じった溜息をついていたことに、俺も、そして勝ち誇る姉も、まだ気づいていなかったのである。


去年はあちこちからシャインマスカットをいただきました

大変おいしゅうございました



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