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第20話:もこもこの聖域

続きは明日のこの時間くらいにー

 昨夜の猪の丸焼きパーティーは、文字通り『命の洗濯』だった。

 骨の髄まで吸い尽くし、脂の乗った肉をバリバリと咀嚼する俺の姿に、将軍は「良い牙だ」と満足げに頷き、侍女たちは「殿下の生命力、もはや聖獣の域ですね」と祈るように手を合わせていた。……今思えば、あの侍女たちの反応は「褒め」だったのだろうか。


 さて、そんな飽食の翌日。

 俺は少しばかりの危機感を抱いていた。

 ――太った。

 間違いなく、この一ヶ月で俺の肉体はカルヴァ王国時代の『干し肉のような筋肉』から、帝国の美食による『重厚な装甲(皮下脂肪付き)』へと進化を遂げている。このままでは、ただでさえキツいコルセットが、物理的な限界を迎えて爆発四散してしまう。


「…少し、城内を散策してきますわ。わたくし、帝国の『土地の精霊』と対話をする必要があるのですの」

「さようでございますか。では、護衛を…」

「いいえ! 精霊は恥ずかしがり屋ですので、一人でなければ出てこないのですわ! うふ、ふふふ!」


 侍女たちの「また始まったよ」という生温かい視線を背中に受けながら、俺は一人、城の奥まった区画へと足を向けた。

 目指すは、運動不足解消のためのウォーキングだ。

 人通りの少ない廊下を、内股を意識しながらもキビキビと歩く。時折、誰もいないことを確認して「ふんっ!」とシャドーボクシングを繰り出し、筋肉のキレを取り戻そうと足掻く。


 そんなことを繰り返しながら歩いていると、突き当たりに、やけに日当たりの良い、立派な扉の部屋を見つけた。

 …ここはどこだろう。地図には載っていないが、植物の匂いと、何やら不思議な生き物の気配がする。

 好奇心(と、少しでも面白い言い訳のネタを探したいという欲望)に負け、俺はそっと扉を押し開けた。


「失礼いたしますわ…? 精霊さん、いらっしゃいますこと…?」


 そこに広がっていたのは、サンルームのような明るい私室だった。

 そして俺は、信じられない光景を目にすることになる。


「…キュッ」

「にゃあ」


 部屋の中央、ふかふかの絨毯の上で、一匹の白くて細長い生き物――フェレットと、手のひらサイズの小さな子猫が、じゃれ合っていたのだ。

 そして、その二匹を――。


「こら。あまり暴れるな。お前は少し、欲張りすぎだ」


 …あの『帝国の死神』こと、フェルディナンド将軍が、軍服のジャケットを脱ぎ捨て、シャツの袖を捲り上げた姿で、床に膝をついて、デレデレの……いや、この上なく穏やかな表情で眺めていたのだ。


 俺は、その場で石化した。

 えっ。誰。あれ誰。

 将軍が、フェレットの腹を指でコチョコチョとくすぐっている。フェレットが嬉しそうに身をよじると、将軍の口角が見たこともないほど優しく、緩やかに上がった。


「っ…!」


 思わず、喉の奥から変な音が漏れた。

 その瞬間、将軍の鋭い視線がこちらを射抜く。一瞬で『死神』の顔に戻った彼に、俺は心臓が止まるかと思った。


「…エルゼか。ノックもせずに、無作法だな」

「あ、あ、あ…。ご、ごめんなさいまし! わたくし、その…精霊の導きで、つい! こ、これはいわゆる『スピリチュアル・不法侵入』ですわ!」


 俺は必死に裏返った声で弁明した。

 殺される。プライベートを覗き見した罪で、今度こそムニエルにされる。

 そう覚悟して震えていると、将軍は小さく溜息をつき、再び床の生き物たちに目を向けた。


「……いい。見られたのなら仕方がない。…来い、エルゼ。紹介しておこう」


 え。紹介?

 俺はおそるおそる、絨毯の端まで歩み寄った。

 近くで見ると、フェレットは艶やかな毛並みをしていて、子猫はまだおぼつかない足取りで将軍の指に噛み付こうとしている。可愛い。破壊的に可愛い。


「この白いのが『ユキ』。こっちの茶色いのが『ラテ』だ。……二人とも、王国の戦火から保護された生き残りでな。人間に怯えていたが、ようやくここまで懐いた」

「…保護、ですの……?」


 意外だった。

 戦場を蹂躙し、敵を塵も残さず殲滅すると恐れられているこの男が、戦火の中でこんな小さな命を拾い、自らの私室で大切に育てていたなんて。


「…閣下は、お優しいのですわね」


 本心が、ぽろりと口から漏れた。

 将軍は一瞬、意外そうに目を見開いた後、フッと自嘲気味に笑った。


「優しい? 俺がか。…笑えない冗談だ。俺はただ、こういう…自分の身を守る術を持たず、必死に、健気に生きようとする小動物が好きなだけだ」


 将軍の大きな手が、フェレットの頭を優しく撫でる。

 その手つきは、どこか俺が昨夜、頭を撫でられた時の感触に似ていた。


「…お前も、抱いてみるか?」

「えっ、わたくしが!? で、でも、わたくしの魔力が強すぎて、この子たちがビックリしてしまうかも…」

「いいから。ほら」


 将軍は強引に子猫を掬い上げると、俺の両手の中に預けてきた。

 うわ…。

 柔らかい。温かい。そして、すごく軽い。

 手のひらの中で「みゃあ」と鳴く小さな命の鼓動が、ダイレクトに伝わってくる。


「…可愛い。……すごく、可愛いですわ……」


 俺は女装していることも、正体がバレる恐怖も、一瞬だけ忘れた。

 ただ、この温かさが愛おしくて、自然と笑みがこぼれた。

 

 ふと視線を感じて顔を上げると、将軍が、至近距離で俺の顔をじっと見つめていた。

 その瞳には、いつもの鋭さはなく、深い色が宿っている。


「…やはりな」

「……何が、ですの?」

「いや。お前がそれを抱いている姿は、予想通り…収まりが良いと思ってな」


 将軍の手が、俺の頬に触れた。

 指先が、首筋の……喉仏のすぐ近くを、かすめるように滑る。


「ヒッ…!」

「お前は、この子たちによく似ている。…小さくて、弱くて、なのに必死に自分を大きく見せようと…牙を剥いたり、毛を逆立てたりする」


 …えっ、それって。

 もしかして、俺が「男なのに女のふりをしている」っていう、滑稽な足掻きを揶揄しているのか?

 俺の背中に冷や汗が流れる。

 だが、将軍の次の言葉は、俺の予想とは違うものだった。


「愛らしいな、と思う。……守ってやりたいと、そう思わせる。……たとえ、その正体が何であろうとな」


 ……えっ。

 何であろうと?

 

 俺の思考がフリーズする。

 今の言葉は、明らかに『正体を知っている』側のセリフだ。

 だが、将軍の顔は相変わらず「可愛いペットを愛でる飼い主」のそれだ。

 

 ……いや、待てよ。

 冷静になれ、レナート。

 この男は今、俺を『ペット』と同じ枠に入れたと言ったのか?

 つまり将軍にとって俺は、人質の王女という政治的道具ではなく、拾ってきた珍しい生き物という認識…?

 

 …それなら、辻褄が合う!

 俺がどんなに突拍子もない嘘を吐いても、どんなに淑女らしからぬ行動をとっても、彼が笑って許してくれるのは、俺を『知能の高い珍獣』だと思っているからなんだ!

 

(そうか…! 俺、愛されてるっていうか、懐かれてるんだ!)


 そう思うと、少しだけ気が楽になった。

 もちろん、男だとバレれば国際問題になるかもしれないが、少なくともこの将軍個人は、俺が「必死に擬態して生きようとしている姿」を面白がって、保護してくれている…。

 

「…閣下。わたくし、決めましたわ」

「ほう、何をだ」

「わたくし、この帝国で…閣下の『一番のお気に入り』になれるよう、さらに精進いたしますの! 細胞レベルで懐いてみせますわ!」

「……ふっ、ははは! 細胞レベルか。それは楽しみだ」


 将軍は愉快そうに声を上げて笑った。

 その笑顔を見て、俺は思った。

 

 この人は、怖いけれど、根は優しい人なのだ。

 自分より弱いものを慈しみ、守ろうとする、騎士の誇りを持った人。

 …だから、俺ももう少しだけ、この人の優しさに甘えてもいいのかもしれない。

 

 子猫の温もりと、将軍の穏やかな眼差し。

 この穏やかな時間は、俺の荒んだ心に、じわりと染み込んでいった。

 

「…さあ、エルゼ。そろそろ昼食だ。今日は獲れたての鹿肉を、お前の好きなレアで焼かせてある。…野生の血が騒ぐだろう?」

「はいっ! わたくしの野生、今まさに爆発寸前ですわ!」


 俺は子猫を返すと、スキップ(という名の不自然な跳躍)をしながら部屋を出た。

 

 王国では、誰も俺を愛してくれなかった。

 でも、ここには俺を「面白い生き物」として見てくれる人がいる。

 

 …身代わりになって、本当によかった。

 俺は、遠い故郷の空を想い、一瞬で鹿肉の香りに上書きした。

 

 迫りくる王国の視察団のことなど、この時の俺は、微塵も考えていなかったのである。


わかるよぼくも女装した高校生男子が「あなたの義妹ですの!」って来たら爆笑して放置するもん

でも最近の女装男子はクオリティが高い



「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


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