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第19話:鉄壁の侍女たち

続きは明日のこの時間くらいにー

 タヴェルニエ帝国軍、特務工作部隊。

 それが私たち三人の本来の肩書きだ。潜入、暗殺、情報収集……あらゆる汚れ仕事を完璧にこなしてきた私たちが、まさか「他国の王女(自称)の着替えと刺繍の相手」という、帝国史上最も奇妙な任務に就くことになるとは思わなかった。


 現在、私たちの主君であるフェルディナンド閣下の妻――エルゼ・フォン・カルヴァ王女殿下は、午後の日差しの中で、自ら作り出した『刺繍という名の糸屑の山』に囲まれて、実にお幸せそうに昼寝をしていらっしゃる。


「さて。定例の報告会議を始めましょうか」


 リーダーのカミラが、声を潜めて切り出した。私たち三人は、殿下の寝室の隣、控えの間で円卓を囲む。


「まずは基本事項の確認。…今さら言うまでもないけれど、パーフェクトな『男』ね。それも、かなり育ちの良い」


 カミラが即答した。私たち三人、初日の着替えの時点で、全員が同じ結論に達していた。

 ドレスの編み上げを解いた瞬間、そこに現れたのは、しなやかな筋肉の乗った、紛れもない少年の背中だったからだ。おまけに、殿下が必死に「結界」だの「防弾」だのと言い張っていた胸元の詰め物。あれ、中身はただの古布と綿だった。あんなもので弾丸が防げるなら、帝国の軍備は今すぐ綿工場に転換すべきだわ。


「足のサイズ、喉仏の可動域、そして何より、着替えの際に必死に『ナニか』を隠そうとするあの不自然な動き。…工作員としては落第点ね。可愛げだけは満点だけど」


 二番手の侍女、リサがクスクスと笑いながらお茶を啜る。彼女は殿下の食事管理を担当しているが、その報告書はもはやギャグの領域に達している。


「昨日の晩餐も凄かったわ。殿下、猪の骨を素手で折ろうとしていたもの。淑女の握力じゃないわ。でも、閣下の前では『あら、手が滑って折れてしまいましたわ!』なんて真っ赤な顔をして仰って…。閣下も閣下よ。『流石はカルヴァ王国の怪力、いや、神秘だな』なんて、あの無表情で全肯定しているんですもの。私、給仕しながら吹き出すのをこらえるので必死だったわ」


 そう、この「王女ごっこ」が成立している最大の理由は、他でもない。

 私たちの主、フェルディナンド閣下が、この茶番を全力で楽しんでいるからだ。


「閣下はどう思っていらっしゃるのかしら? まさか、本当に気づいていないなんてことは…」


 新入りの私が呟くと、カミラが呆れたように肩をすくめた。


「ありえないわ。閣下は戦場で、数キロ先の敵の吐息すら聞き分けるお方よ。殿下がドレスの下で『よし、今日もバレてないぞ!』なんて小声でガッツポーズしているのを、聞き逃すはずがない。…あれは、確信犯よ。確信犯の極み」


 カミラの話によれば、閣下は昔から「小さい生き物が一生懸命に何かを隠したり、擬態したりしている姿」を眺めるのがお好きだったらしい。

 かつて閣下が飼っていたフェレットが、おやつを隠した場所を必死に忘れたふりをして閣下の顔色を窺っていた時、閣下は今の殿下を見ている時と同じ「とろけそうなほど甘い目」をしていたという。


「つまり、殿下は閣下にとって『最高に面白い、喋る巨大フェレット』っていう認識なのね…」

「しかも、女装という手の込んだ擬態付きの。…そりゃあ、手放したくないはずだわ」


 私たちは、窓越しに眠る殿下を見やった。

 口の端から少しだけよだれを垂らし、「……むにゃ、赤エビ……もう一皿……」と呟いている。

 正直、このレナート殿下という人物は、非常に愛されやすい気質をしていると思う。

 自分をいないもの扱いしていた王国への復讐心があるのかと思いきや、出てくる言葉は「メシがうまい」「ふかふかのベッド最高」という、あまりにも純粋で慎ましい欲望ばかり。

 私たち侍女に対しても、最初は怯えていたけれど、今では「カミラさん! 今日のスープ、私の細胞が歓喜していますわ!」と、妙な語彙力で全力の感謝を伝えてくれる。

 そんな姿を見せられれば、例え正体が男だろうと、正体を隠す努力がザルだろうと、どうでもよくなってくるのだ。


「城内の噂はどうなっているの? 流石に洗濯係や厨房の連中には、隠しきれないでしょう」


 カミラが訊ねると、リサがニヤリと笑った。


「それが面白いのよ。もう城内では、殿下が男であることは公然の秘密になりつつあるわ。洗濯係の婆様なんて、『あんなに可愛らしい若様が、一生懸命おなごのふりをしてるんだ。私らがしっかり守ってやんないとね!』って、鼻息荒くしながら殿下の肌着を、特大の王女用スリップの中に隠して干しているもの」

「厨房もよ。料理長が『殿下の逞しい喉を通るには、これくらいの塊肉じゃないとな!』って、淑女用とは思えないボリュームのステーキを毎晩焼いてる。…で、殿下がそれを『乙女の小食ですわ』って言いながら完食するのを、影からみんなで生温かく見守るのが、最近のトレンドね」


 驚いた。この帝国、軍事国家のくせに、変な方向に一致団結し始めている。

 皇帝陛下までもが、殿下を見るたびに笑いをこらえてプルプル震えているというのだから、もはや国を挙げた盛大なドッキリ企画に近い。


「でも、王国側はどうするつもりかしら? あんなに不器用な替え玉を送ってきて、バレないと思っているのが不思議だわ」


 私の問いに、カミラが冷酷なプロの目に戻って答えた。


「おそらく、王国は殿下を捨て駒にしているのね。バレて殺されるか、バレなくても地獄のような待遇で一生を終えるか…。どちらにせよ、自分たちの手を汚さずに厄介払いをしたつもりなんでしょう。……哀れなことね。自分たちが送った捨て駒が、今や帝国の最高幹部たちをメロメロにしているなんて、夢にも思っていないでしょうけど」


 カミラは立ち上がり、殿下の寝室へと向かった。


「さあ、お喋りは終わり。そろそろ殿下を起こして、夜の猪の丸焼きパーティーのための準備をさせましょう。…今日も全力で『バレてないふり』をする殿下の相手をするわよ」

「ええ。殿下が『このコルセット、特殊な重力制御装置なんですのよ!』って言い出したら、なんて返せばいいかしら?」

「『流石は殿下、物理法則すら超越しておられるのですね』で決まりよ」


 私たちは顔を見合わせ、声を殺して笑った。

 

 主君が楽しんでいて、お世話対象が可愛くて、仕事(茶番)の内容も面白い。

 おまけに、時々やってくる王国の使者が「身代わり王女は今頃、絶望の淵にいるはずだ」という勘違いを撒き散らしていくのが、最高のスパイスになっている。

 

 特務工作員の私たちが、こんなにやりがいの…というか、笑いの絶えない任務に就けるなんて。

 

「…あ、姫様。おはようございます。よくお眠りでしたね」


 寝ぼけ眼で起き上がったレナート殿下が、咄嗟に裏返った声で「う、うふふ! わたくし、夢の中で天使と格闘…いいえ、舞踏会を楽しんでいましたのよ!」と、また支離滅裂な言い訳を始めた。


「さようでございますか。天使を投げ飛ばす……いえ、リードする殿下のお姿、目に浮かぶようですわ」


 私たちは今日も、目の前の「必死な小動物」に最高のノリで合わせる。

 いつかこの化けの皮が剥がれる日が来るのかもしれない。

 けれど、その時はきっと、正体がバレた絶望の瞬間ではなく、この帝国全体が「知ってたよ!」という爆笑と共に、彼を正式に迎え入れる瞬間になるだろう。

 

 私たちは確信している。

 この「世界一平和な詐欺事件」の結末を。


「さあ、殿下。お着替えの時間です。…今日は、殿下の防弾魔力がより高まるよう、しっかりとお手伝いさせていただきますね」

「お願いしますわ! わたくしの細胞も、やる気に満ち溢れていますの!」


 私たちは、殿下の元気な、そして低い笑い声を聞きながら、今日も華麗に、職務を遂行するのだった。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


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