表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/29

第17話:もう限界だ

続きは明日のこの時間くらいにー

 タヴェルニエ帝国の皇帝、マクシミリアンは、黄金の装飾が施された執務机に突っ伏していた。

 端から見れば、国務の激務に倒れた偉大なる皇帝の姿に見えるだろう。だが実際は違う。彼は今、これまでに経験したことのない「肉体的な痛み」と戦っていた。


(…腹筋が。腹筋が、千切れる…!)

 

 原因は分かっている。数分前までこの部屋にいた、我が弟フェルディナンドと、自称・王女のせいだ。

 マクシミリアンは、震える手で冷めた茶を口に運び、無理やり喉の奥に押し込んだ。そうでもしなければ、噴き出しそうな笑いを抑え込むことができない。


 そもそも、この縁談を受け入れたのは、単なる気まぐれだった。

 北方の弱小国家、カルヴァ王国から「人質の王女を差し出す」と言われた時、マクシミリアンは正直、一時のご機嫌取りだと鼻で笑ったものだ。


 だが、現れた王女は、マクシミリアンの想像を遥かに超えていた。

 結婚式の当日。

 真っ白なドレスに身を包み、顔中にこれでもかと白粉を塗りたくったレナート王子が、小刻みに震えながらバージンロードを歩いてきた時。マクシミリアンは隣に座る側近と目を合わせないよう必死だった。

 首元を隠すための不自然なほど高い襟。

 明らかに「詰めすぎ」な胸元の膨らみ。

 そして何より、緊張のあまり「うふ、ふふふ…」と壊れた玩具のような声を漏らしながら、ガチガチに固まった挙動で歩くその姿。


(誰がどう見ても、男だろうがッ!!)


 玉座の上で、マクシミリアンは叫び出したくなるのを堪え、冷徹な皇帝の仮面を被り続けた。


 それから一ヶ月。

 マクシミリアンは、自分の決断を深く後悔していた。

 最初は「弟が変な遊びを始めた。飽きるまで見ていよう」くらいの軽い気持ちだったのだ。だが、事態は悪化の一途を辿っている。


 コンコン、と扉が叩かれる。


「失礼いたします、陛下。フェルディナンド閣下とエルゼ様より、昨晩の晩餐会の報告書が届きました」


 入ってきた侍従長の声も、どこか上擦っている。彼はレナートの正体を知る数少ない共犯者の一人だが、最近では報告書を読むたびに「くっ……ふ、ふふ」と不敬な音を漏らすようになっている。


「…読め。ただし、簡潔にな」


 マクシミリアンは身構えた。腹筋に力を込め、感情を殺す。


「はっ。…『王女殿下は、供された牛の丸焼きを大変気に入り、骨の髄まで吸い尽くされました。その際、周囲に不審がられないよう、カルヴァ王国には「骨の髄まで吸い尽くさないと、先祖の霊が枕元に立つ」という呪いがあるのだと、実に見事な言い訳をなさいました』とのことです」


 マクシミリアンは机を拳で叩いた。


「そんな馬鹿な呪いがあるか!! そもそも吸い尽くす際の吸引力が男のそれだろうが! 淑女の食事風景ではないわ!」

「さらに続きがございます。…フェルディナンド閣下はそれを受け、『なんと敬虔な…。ならば俺も、お前の先祖を敬うために一緒に吸おう』と仰り、二人で無言で骨をしゃぶり続け、会場を静まり返らせたそうで…」

「やめろ!! もういい、読むな!!」


 マクシミリアンは頭を抱えた。

 弟がおかしい。あの冷徹だったフェルディナンドが、レナートが吐く『鉄板を貫く刺繍』だの『喉の筋肉』だのといった、三歳児でも信じないような嘘をすべて全肯定しているのだ。

 それどころか、最近では『いかにレナートに、より独創的で面白い嘘を吐かせるか』を楽しんでいる節さえある。


「陛下。もう一つ、緊急の報告が。…カルヴァ王国から、定期報告への返信が届きました」


 侍従長が差し出した手紙を、マクシミリアンはひったくるようにして読んだ。

 そこには、『エルゼ王女の病を案じている。将軍の意に沿うよう、くれぐれも言い聞かせている』といった内容の、慇懃無礼な文章が並んでいた。


「…あいつら、本当に何も分かっていないのだな」


 マクシミリアンは、怒りを通り越して憐れみすら覚えた。

 王国側は、レナートが帝国で拷問を受けているか、あるいは死の恐怖に怯えていると信じ込んでいるらしい。

 実際はどうだ。レナートは毎日、魔獣の料理を頬張り、帝国の最高級の寝具で爆睡している。

 

「……なぜ、私はあの時、この茶番を止めておかなかったんだ…」


 マクシミリアンの脳裏に、今後の展開が予想として浮かぶ。

 このままではレナートが男だと公にバレる前に、帝国の美食によって「いっそ一生、女装してここで暮らす」と決意しかねない。


「…陛下。フェルディナンド閣下より、伝言がございます。…『明日の茶会には、エルゼと共に陛下のもとへ伺います。新しく身につけた「空中浮遊の刺繍」の腕前を披露したいとのことですので、楽しみにしていてください』と…」

「…………」


 マクシミリアンは、静かに立ち上がった。

 そして、執務室の窓を開け、帝国の冷たい風を全身に浴びた。


「……侍従長。明日の茶会は、中止だ。…いや、私の体調不良にしろ。原因は『腹筋の断裂』だ。間違いではない…」

「陛下、それは流石に…」

「分かっている! 分かっているが、もう限界なんだ! あいつらが並んで歩いているのを見るだけで、私の胃液が逆流しそうになるんだ! そろそろ勘弁してくれ! 私が笑い死ぬぞ!」


 マクシミリアンは叫び、そのまま椅子に崩れ落ちた。

 皇帝として、威厳を保たなければならない。

 だが、この帝国で最も威厳を破壊しているのは、間違いなく自分の身内であった。


 カルヴァ王国。あの愚かな国がこの茶番の真実を知った時、一体どんな顔をするのだろうか。

 そして、レナートが「実は男でした!」と告白した際、弟が「知っていたが?」と即答する場面を想像し――マクシミリアンは再び、腹を抱えて床に膝をついた。


「後悔している…。私は、受け入れるべきではなかった。…こんな世界一平和で、世界一頭の悪い国際問題を…ッ!!」


 帝国の夜は更けていく。

 皇帝の執務室からはその晩、すすり泣くような、あるいは笑い声を必死に押し殺すような、奇妙な呻き声が絶えなかったという。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


と思ったら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします!


面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


ブックマークもいただけると本当にうれしいです!


なにとぞよろしくお願いいたします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ