第13話:美食への祈り
続きは21時くらいにー
――神様。
もしあなたが本当に天上におわすなら、どうか哀れな一人の王子、いや、今は可憐な王女である俺の願いを聞き届けてください。
俺が男だとバレませんように。
俺の喉が、ただの意思疎通のための筋肉として、今後も受け入れられ続けますように。
そして何より。
今日の夕食に出ると噂の『幻の銀鱗魚のムニエル』を食い終わるまでは、どうか俺の首と胴体がくっついたままでありますように。
「何を熱心に祈っているのですか、姫様。不気味ですわよ」
自室のベッドの脇で膝をつき、必死に手を組んでいた俺に、マーサが冷淡な声を浴びせた。
「……マーサさん。…俺、気づいたんです。俺の命は、今や帝国の料理人が握っているということに」
「……はい?」
「昨日の『喉の筋肉』発言を思い返すと、自分でも死にたくなるんですけど…でも、あの時に出たスペアリブ、本当に美味かったじゃないですか。あんなもん食わされたら、もう王国のカビパン生活には戻れない。…たとえ詐欺罪で処刑されるとしても、せめてデザートを食い終わってからにしてほしいんです」
俺が真剣な顔で訴えると、マーサは「もはや手遅れですわね」と深くため息をつき、俺の背中のコルセットを締め上げた。
ぐえっ、という王女らしからぬ声が漏れる。
だが、その痛みすらも美食への代償だと思えば耐えられる。今の俺は、食欲という名の信仰に身を捧げる狂信者だった。
身支度を終えた俺は、再び冬場の鳩のように詰め物をし、晩餐会へと向かった。
今日は皇帝陛下も同席する、少し形式張った食事会だという。
(やばい。皇帝陛下は将軍よりさらに鋭そうだ。…落ち着け、俺は女だ。俺の肩幅は『帝国を支えるための慈愛の広さ』だ!)
晩餐会の会場である大食堂に足を踏み入れると、そこにはすでにフェルディナンド将軍と、そして上座に皇帝マクシミリアンが座っていた。
「…エルゼ、来たか。…こちらへ」
将軍が俺を隣の席へと促す。
将軍の視線は相変わらず俺の喉元を執拗に舐めるように動いているが、俺はもう動じない。なぜなら、俺の視線の先には、運ばれてきたばかりの黄金色に輝くオードブルがあるからだ。
「…お初にお目にかかります、陛下。…うふ、ふ……。本日は、お招きいただき、光栄ですわ……」
俺が精一杯の裏声で挨拶をすると、皇帝陛下は一瞬、顔を背けて口元を片手で覆った。
「…ああ。……歓迎する、エルゼ王女。…随分と、…その…『個性的な』声色だな。…喉の調子が悪いのか?」
(きた! 皇帝からの直接攻撃!)
俺は心臓をバクバクさせながら、昨日設定した『一族の特性』を堂々と話した。
「ええ。…昨日、閣下にもお話ししましたが……。わたくしの一族は、喉の筋肉が発達しておりまして。今の声は、『感謝と尊敬』の周波数なのですの。…うふ、ふ、ふ…」
「…………」
皇帝陛下が、さらに深く顔を覆った。
彼の肩が小刻みに震えている。…きっと、帝国の頂点に立つ者として、王国の奇妙な文化に戦慄しているに違いない。
「……そうか。筋肉、か。…素晴らしい。…フェルディナンド、お前は実に……興味深い妻を得たな」
「ええ、兄上。こいつは毎日、新しい驚きを俺に与えてくれます。…見てください、面白いでしょう」
将軍が俺の喉元に指を這わせた。
ひっ、という情けない声が出そうになるのを、俺は必死に飲み込んだ。
(やばい、やばいやばいやばい! バレてる? やっぱりバレてるの!? …でも、バレてるならなんで食事を続けるの!? これ、新手の拷問!?)
パニックに陥りそうな俺の前に、ついにメインディッシュ――『銀鱗魚のムニエル・焦がしバターソース添え』が運ばれてきた。
その瞬間。俺の脳から不安が綺麗さっぱり消え失せた。
立ち上るバターの芳醇な香りと、レモンの爽やかな酸味。銀色に輝く皮目はパリッと焼かれ、その身は驚くほどふっくらとしている。
(あ、これ、食わずに死ねないやつだ)
俺は淑女の嗜みを思い出しつつも、必死にフォークを動かした。
旨い。旨すぎる!!!
口の中で魚の身がホロリと解け、濃厚なソースが舌を包み込む。
噛み締めるたびに溢れ出す海の恵み。王国では見たこともないような贅沢な味わいだ。
(お願い、バレないで! …あと百年、いや、せめてこの一皿を食べ終わるまではバレないで! 神様、このムニエルのために俺は魂を売ってもいい!)
俺は涙目になりながら、必死にムニエルを咀嚼した。
その必死な様子が、将軍の目には『感動のあまり震える可憐な乙女』…ではなく『餌を奪われまいと必死なリス』に見えていたようだが、俺の知ったことではない。
「…エルゼ。…ソースが跳ねているぞ」
将軍が、ハンカチで俺の口元を拭ってくれた。
彼の指先が俺の肌に触れるたび、ゾクゾクとするような感覚が走る。…これは恐怖か、それとも別の何かか。
「…あ、ありがとうございます、わ。…閣下…わたくし、幸せですの…このまま死んでしまってもいいくらいです…。…喉の筋肉も、最高潮に、喜んでおりますわ…」
「…そうか。ならば、明日はさらに珍しい『魔鳥のロースト』を用意させよう。…お前が、どこまで喜ぶか楽しみだ」
将軍の微笑みには、どこか獲物を追い詰めた猟師のような、しかし同時に、自分だけの愛玩動物を慈しむような独占欲が混じっていた。
皇帝陛下は、俺たちのやり取りを眺めながら、ついに耐えきれず席を立った。
「…すまない、フェルディナンド。…少し、(笑いすぎて)腹痛がひどい。…先に失礼させてもらう。……エルゼ王女、…明日もその……素敵な感性を、大切にな…」
皇帝はよろめくような足取りで、逃げるように食堂を後にした。
(皇帝陛下、やっぱり怒ってたのかな。…お腹が痛くなるほど不快だったのかも。ごめんなさい、陛下。でもムニエルは最高でした…!)
俺は一人、勘違いの謝罪を胸に抱きながら、皿に残ったソースをパンで綺麗に拭い取った。
部屋に戻った俺は、鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。
白粉の下にあるのは、かつて「いないもの扱い」されていた、痩せっぽちの王子の顔だ。
それが今では、帝国の美食のおかげで、少しだけ肌に艶が戻り、目には活力が宿っている。
(この生活を、失いたくない)
ただのご飯じゃない。
自分を見てくれる人がいて、偽物だけど名前を呼んでくれる人がいて、美味しいものを美味しいと言える場所。
たとえそれが、薄氷の上の茶番劇だとしても。
「バレないでくれ、頼むから…。明日も、明後日も、…俺に肉を食わせてくれ…」
俺は、今や自分の体の一部と化した三倍盛りパッドを抱きしめ、祈るように眠りについた。
一方で、執務室に戻った皇帝マクシミリアンは、側近たちに命じていた。
「…いいか、絶対にバレるなよ。…あの子が『バレていない』と信じて、あの必死な嘘を吐き続けている姿が、今の帝国の、唯一の癒やしなのだからな」
「はっ。…料理長が、明日の魔鳥のローストは、王女殿下が一口で食べやすいよう、かつ食べ応えがあるようにと、特製の仕込みに入っております」
「く、アッハハハ…無理、死ぬ…笑い死ぬ……」
帝国全土を巻き込んだ壮絶な嘘の輪が、レナートを追い込んでいく。
それはカルヴァ王国の冷遇よりも、ある意味では逃れがたい、甘く危険な監禁の始まりだった。
(肉…魔鳥の肉…うふふ……)
レナートの寝言が、今日も静かな夜に響いていた。
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