第11話:死神の読書会
続きは15時くらいにー
絶頂の翌日には、奈落が待っている。
そんな言葉をどこかで聞いた気がするが、今の俺がまさにそれだった。
朝からステーキ、昼は魔獣の肉を完食し、帝国の侍女たちに「姫様、なんてお見事な食欲…これぞ帝国の母の器ですわ!」と謎の絶賛を受けた。
そこまでは良かった。俺の全能感は依然として高く、自分こそがこの世界の王であると信じて疑わなかった。
しかし。
午後になり、自室でマーサに髪を整えられている時に、ふとした疑問が脳裏を掠めたのだ。
(……待てよ。俺、地声で『食った食った!』って言わなかったか?)
思い返せば、ステーキを完食した直後、あまりの多幸感に口が滑っていた。
普通、王女がゲップ混じりに野太い声でそんなことを言えば、周囲は凍りつくはずだ。あるいは「偽物だ!」と指を差されるはずだ。
なのに、帝国の侍女たちは「まあ、生命力に溢れていますわ!」と感動していた。
(生命力? 生命力で済むレベルか、それ? あと、さっきの『帝国の母の器』ってなんだよ。俺、どう見ても『男の腹持ち』してただろ)
一度芽生えた疑惑の種は、ドロドロとした不安となって俺の胸の内を侵食し始めた。
鏡の中の自分を見る。
…うん、今日もパッドは三倍盛りだ。でも、これ、よく見たら不自然じゃないか? 動くたびに中身の綿が、カサッって鳴ってるぞ。バレないわけがなくないか?
「…マーサさん。……わたくし、ちょっと不安になってきましたの。…うふ、ふ……」
「あら、どうされましたか、姫様」
俺が裏声で尋ねると、マーサは平然とした顔で手を動かし続けている。
「帝国の皆様、わたくしの、その、ちょっとしたお転婆を、あまりにもすんなり受け入れすぎではありませんこと? 昨日も『秘密の成長期』なんてデタラメを言ったのに、将軍様は感心してらしたし…」
「……姫様、それはきっと、帝国の皆様がそれだけ寛大だということですわ。あるいは、皆様が、その…想像以上に『おめでたい』方々なのかもしれません」
マーサの目が一瞬だけ泳いだのを、俺は見逃さなかった。
冷徹な彼女にしては珍しい反応だ。
(待て、マーサ。今、おめでたいって言った時に、ちょっと憐れむような目をしたよな!? 俺をか? それとも帝国をか!?)
そんなモヤモヤを抱えたまま、約束の時間がやってきた。
将軍の書庫での読書会だ。
俺は重いドレスの裾を引きずりながら、城の奥深くにある重厚な扉を叩いた。
「…入れ」
中に入ると、壁一面を埋め尽くす古書の香りと、暖炉の爆ぜる音が俺を迎えた。
フェルディナンド将軍は大きな革張りの椅子に座り、琥珀色の酒が入ったグラスを片手に本を読んでいた。
「来たか、エルゼ。…座れ、魔獣の資料を用意してある」
「あ、ありがとうございます…わ。……うふ、ふ…」
俺は将軍の対面に座った。
机の上に置かれていたのは、昼間言っていた『化けの皮を被った魔物』についての図鑑だ。
将軍は、その中の一ページを指し示した。
「これを見ろ。『ミミック・リザード』という魔物だ。自分より強い生き物の姿に擬態し、周囲を欺いて生き延びる。…面白いだろう?」
図鑑には、可愛らしいトカゲが必死に巨大なドラゴンの皮を被っている絵が描かれていた。
「必死に自分を偽るその姿は、傍から見れば滑稽だが、当の本人は『完璧に騙せている』と思い込んでいる。…実に健気で、愛らしいとは思わないか?」
(……っ! 心臓に悪いわ!)
将軍が、獲物を狙うような目でじっと俺を見つめている。
その言葉の一つ一つが、俺の女装王子としての自尊心を鋭く抉ってくる。
「…そ、そうですわね。……でも、いつかは…バレて、食べられてしまうのでは、なくて?」
俺は震える裏声で聞き返した。
すると将軍は、ふっ、と低く笑った。
「さあな。…だが、捕食者がそいつを気に入ってしまったら、どうなると思う? 正体を知りながら、あえて騙されているふりをして、太らせて、逃げられないように手懐ける。…そんな飼い方もあるのではないか?」
「ふ、太らせて……手懐ける…?」
「ああ。…エルゼ、お前も顔色が良くなったな。…指も、昨日より少し柔らかくなったか?」
将軍が俺の手を取り、じっくりと観察するようになでた。
男の、大きく、熱い手。
俺の節くれだった指関節を、彼は慈しむように親指でなぞる。
(ダメだ、これ、絶対気づいてるだろ! 今の『手懐ける』って俺のことだろ!? いや、でも、もし気づいてるならなんで処刑しないんだ!? 面白いペット扱いで済むレベルか、これ!?)
俺の脳内はパニック状態でフル回転していた。
これまでの帝国の過剰なまでの優しさ、そして目の前の死神の言葉。
すべてのピースが、「お前の正体、筒抜けだぞ」という一点に向かって収束していく。
だが、俺の生存本能が必死にブレーキをかける。
(いや、違う。深読みしすぎだ、レナート! 相手は帝国の武人だぞ? もっと単純なはずだ。きっと、ミミックの話はただの世間話だし、俺の指を触ってるのも、帝国の求愛行動が独特なだけだ!)
そうだ。そうでなければ、俺が昨日地声で叫んだ時に誰も突っ込まなかった説明がつかない。
彼らはただ、本当に、純粋に、少し変わった王女だと思っているだけなんだ。
…そう思いたい。そう思わないと、今すぐここから窓を突き破って逃げ出したくなる。
「…あ、あの、閣下。…そろそろ、お部屋に戻っても、よろしいでしょうか。……少し、知恵熱が、出そうですの…」
「そうか、無理をさせたな。…送らせよう」
将軍は立ち上がると、俺の腰を引き寄せるようにしてエスコートした。
その際、彼の鼻先が俺の耳元をかすめ、低い声が鼓膜を震わせた。
「お前の『秘密の成長期』、楽しみにしているぞ。…明日は、もっと大きな肉を用意させよう」
「ひ、ひゃい…! うふ、ふ……ありがとうございますわ…」
部屋に戻った俺は、バタリとベッドに倒れ込んだ。
(やばい。やばいやばいやばい。バレてるのか? いや、バレてない。…でも、あの言い方は……いや、でも肉はくれるし…)
信じたい自分と、確信してしまった自分が、脳内で泥沼の戦争を繰り広げている。
一方で、城の廊下では、将軍フェルディナンドが上機嫌で歩いていた。
「…閣下、あの方はいつ頃、ご自身で白状されると思われますか?」
背後を歩く部下の言葉に、将軍は足を止めずに答えた。
「さあな。…だが、あの様子を見るに、もう半分は気づいているだろう。それでもなお『女』だと言い張る根性、嫌いではないぞ。…もっと追い詰めて、どこまで抵抗するか、確かめてやりたいものだ」
死神の笑みには、昨日よりも深い、どす黒いほどの好奇心が混じっていた。
レナートは知らない。
自分が不安がっている姿こそが、将軍にとって最高のご馳走になっているという事実を。
「…バレてない、バレてない。……俺は完璧。……明日の肉。…うふふ……」
自分に催眠術をかけるように呟きながら、レナートは震える手でパッドの位置を直した。
帝国ライフ、最高……のはずなのに、何故か体の震えが止まらなかった。
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