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プロローグ:詰んだ、詰みました、詰んでます。

※前編通してギャグ注意

 目の前に広がる光景は、控えめに言って『地獄の底』だった。

 

 タヴェルニエ帝国の誇る白亜の大聖堂。歴代皇帝が戴冠式を行い、数々の英雄が神に誓いを立ててきたこの神聖な場所で、俺は今、人生最大の嘘をついている

 天井近くのステンドグラスからは眩い光が降り注ぎ、床は綺麗に磨き上げられている。その上を埋め尽くすのは、帝国が誇る名門貴族や軍人たち。彼らの視線は今、壇上に立つ俺――カルヴァ王国が第二王女、エルゼ……のフリをしている、第三王子の俺に集中していた。


(やばいやばいやばい、ガチでやばい。これバレたら処刑だよね? 国家間詐欺だよね? ギロチンだよね!?)


 内心の絶叫は、厚く塗りたくった白粉(おしろい)と、幾重にも重ねたレースのベールの下に隠している。


 しかし隠しきれないのが肉体の悲鳴だ。

 まず、コルセット。

 ウエストを女の細さにするために侍女三人がかりで締め上げたせいで、肺が半分くらいしか膨らまない。呼吸をするたびに肋骨がミシミシと鳴っている気がする。酸欠で頭がグラグラするし、さっきから視界の端にチカチカと火花が飛んでいる。

 

 次に、このドレス。

 王女が着るような最高級のシルクは、男の俺にとってはただの重石だ。裾を踏んで転んだ瞬間、女性らしからぬ足が現れてしまったら、その場で人生の終了が確定する。

 

 そして何より、吐き気がやばい。

 極限の緊張と、空腹と、コルセットの圧迫が連携している。今ここで俺が胃液をぶちまけて粗相をすれば、この美しい黄金の床は台無しになり、俺の首は物理的に飛ぶだろう。


(……なんで。なんで俺、こんなことしてるんだっけ?)

 

 視線を少し横に向ければ、そこには俺の夫となる男が立っていた。

 帝国将軍、フェルディナンド・フォン・タヴェルニエ。

 皇帝の弟であり、数々の戦場を制してきたという『死神』だ。

 見上げるほどに高い背、鍛え抜かれた屈強な体躯。儀礼用の白い軍服に身を包んだその姿は、まさに獲物を狙う猛禽類のそれだ。


 ふと、その鋭い眼光が俺を射抜いた。

 ベールの隙間から視線がぶつかる。

 その瞬間、心臓が跳ね上がった。喉仏が、緊張でひくついた。

 慌てて俯くが、男の視線は俺の首元あたりをじっと見つめている気がしてならない。


(待って、今、喉仏見られた!? いや、大丈夫だ、ストールで隠してる。バレてない。バレてないはずだ。俺は女だ。俺は可憐な王女だ。大丈夫だ、乗り切れ!)


 そう、すべては『ご飯』のため。

 あの冷遇された王国を抜け出し、この帝国で美味しい肉料理とふかふかのベッドを手に入れるため。


 バレなければ、勝ち。

 バレたら、死。

 もう後戻りはできないのだ。


 ――時計の針を、一ヶ月前に戻そう。

 すべては、あのクソったれな姉貴のわがままと、俺の食欲から始まった。



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